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第九章 次なる戦いに備えて
懸念事項
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王城に戻るゴーレム車内は密談に好都合である。
客車を引くスティールゴーレムがガシャガシャ金属音を立てるので、御者台のフォルティスにさえ車内の会話は聞こえない。
ルークスとフローレンティーナの対面には、プルデンス参謀長が座っていた。
「友達作戦を、ルークスはどうやって思いついたのかしら?」
女王の問いかけに、少年は視線を虚空に漂わせた。
「敵の真似ですね。僕の友達以外でも、人間を友達と見てくれる精霊はいるわけです。だったら精霊を友達にする人間を増やせば、がんばってくれるだろうと思いました」
要領を得ない回答だったが、フローレンティーナは気付かぬ振りをした。
見かねた参謀長が補足する。
「ルークス卿は精霊への信頼が絶大ゆえに思いついたのでしょう。しかも『陛下への忠誠を精霊に約束する』発想は流石です。契約者を守るために精霊が祖国に仇なすかも、との懸念を払拭できました。たとえ何者かによって寝返りを強いられたとしても、精霊の離反をもって確認できますし」
「とても名案ですね」
女王は満足して微笑む。そして素朴な疑問を呈する。
「その手法を他部隊にも使えますか?」
「それは――正直難しいかと」
不思議がる主君に、痩せた武官は説明する。
「ゴーレム大隊は我が軍の最精鋭、能力以上に人格重視で選抜していますので、騎士団に匹敵する士気と規律とを兼ね備えております。しかも巨大ゴーレムを運用するうえで、精霊への信頼は不可欠です。ですので精霊を友達にして陛下の騎士としても、問題は起きないでしょう」
「他はそうではない、と?」
「残念ながら。精霊を友達にする、それだけで精霊使い以外の民や兵に反発されます。それにくわえて軍の精霊士でさえも、精霊への信頼度がやや不足しているのが現状です」
「精霊を信じていない人が学園で教えていますからね」
ルークスが無慈悲に断じるので、プルデンス参謀長はため息まじりにフォローした。
「前学園長の方針はそうでしたが、現学園長は理解あると聞いております。しかしながら、たとえ民や兵の理解を得られたとしても、騎士の大増員は現在の騎士階級に嫌がられるでしょう。その点リスティア戦で最大の貢献をしたゴーレムコマンダーなら、誰も異は唱えられません」
ルークスには理解できない話だった。
「別に自分が位を失うわけじゃないのに、どうして他人が騎士になるのを嫌がるんですか?」
「悲しいことに、人間は嫉妬をする生き物なのです。また階級による相対的な位置に拘る人は『同列が増えると相対的に地位が下がる』と考えるものです」
「嫉妬って厄介ですね。僕にはどうにも理解できません」
これにはフローレンティーナが驚いた。
「ルークス、あなたは他人をうらやんだりしないのですか?」
「したこともありません」と即答したのでまた驚く。
嫉妬への対処が必須な貴族社会の住人からは信じられない。
プルデンス参謀長も驚いていた。
「他の生徒たちがノームと契約をしてゆくのを、うらやましいとは思わなかったのですか?」
「契約するか決めるのは精霊ですから。それに他人が幸せになろうが不幸になろうが、僕には影響しません。あと――」
ルークスは一度フローレンティーナに顔を向けてから言う。
「他人にうらやましがられる人って、そんなに幸せそうには見えないんです」
「なぜです?」
「うらやましがられる人って、大抵悲しみや怒りの精霊をまとわりつかせています。悲しんでいたり怒ったりしている人が、幸せなわけないですよね?」
精霊をあまり知らない女王はすんなり受け入れたが、参謀長は目を見開いた。
「感情を操る精霊が見えるのですか!?」
「はい。ああ、見えるのは怒りと悲しみの精霊だけで、他は見えません」
「ルークス卿が精霊士として桁違いだと、頭では理解していたつもりでしたが、そこまでとは……」
プルデンス参謀長の驚愕をよそに、ルークスは悲しげな顔になる。
「陛下をうらやむ人は大勢いますが、その陛下が悲しみの精霊バンシーに囲まれています。だのに僕は……見えるだけで追い払えない……」
「ルークス、あなたは私に勇気をくれました。どれほどの悲しみが襲おうと、あなたとの約束が私を支えてくれたのです」
だがルークスの目には、いまだにフローレンティーナにまとわりつくバンシーが見えるのだ。
重い空気を払おうと、プルデンス参謀長は話題を変えた。
「立て続けの戦争で、お二人ともお疲れでしょう。しばらく静養されてはいかがですか?」
かねてより準備していた船旅を提案する。
フローレンティーナの母の生国を訪問するのだ。ルークスがいれば往復ともに追い風になる。
「それは良い献策です」
「賛成です」
女王と少年は一も二も無く賛同する。
二人共「相手を休ませるために、自分から休むようにする」と参謀長に言い含められていたのだ。
相手も同じ事を言われたとは知らされていないものの、女王は察していた。ルークスを休ませられるなら、口実に使われるくらいなんでもない。
「陛下の外遊中に、王城内の掃除は済ませておきます」
参謀長は新宮内相による人事刷新を示唆した。
ルークスはそんな水面下の動きを知ることもなく、マイペースでいる。
「その船に、陛下の味方になった人たちも乗せて良いですか?」
「まあ、それは素敵ですね。どのような方です?」
友達がいないと聞いていたルークスが、味方を作ってくれたのが嬉しいフローレンティーナだ。
「ノームを友達にしている人です。三人とも女子で、アルティの友達でもあります」
女王の表情が一瞬強ばったことに、参謀長は気付いた。その後にルークスが挙げた名前に内心で頭を抱える。
(これは対策が必要ですね)
王城へ戻る短時間で頭痛の種が撒かれてしまい、会議よりも疲れてしまった。
客車を引くスティールゴーレムがガシャガシャ金属音を立てるので、御者台のフォルティスにさえ車内の会話は聞こえない。
ルークスとフローレンティーナの対面には、プルデンス参謀長が座っていた。
「友達作戦を、ルークスはどうやって思いついたのかしら?」
女王の問いかけに、少年は視線を虚空に漂わせた。
「敵の真似ですね。僕の友達以外でも、人間を友達と見てくれる精霊はいるわけです。だったら精霊を友達にする人間を増やせば、がんばってくれるだろうと思いました」
要領を得ない回答だったが、フローレンティーナは気付かぬ振りをした。
見かねた参謀長が補足する。
「ルークス卿は精霊への信頼が絶大ゆえに思いついたのでしょう。しかも『陛下への忠誠を精霊に約束する』発想は流石です。契約者を守るために精霊が祖国に仇なすかも、との懸念を払拭できました。たとえ何者かによって寝返りを強いられたとしても、精霊の離反をもって確認できますし」
「とても名案ですね」
女王は満足して微笑む。そして素朴な疑問を呈する。
「その手法を他部隊にも使えますか?」
「それは――正直難しいかと」
不思議がる主君に、痩せた武官は説明する。
「ゴーレム大隊は我が軍の最精鋭、能力以上に人格重視で選抜していますので、騎士団に匹敵する士気と規律とを兼ね備えております。しかも巨大ゴーレムを運用するうえで、精霊への信頼は不可欠です。ですので精霊を友達にして陛下の騎士としても、問題は起きないでしょう」
「他はそうではない、と?」
「残念ながら。精霊を友達にする、それだけで精霊使い以外の民や兵に反発されます。それにくわえて軍の精霊士でさえも、精霊への信頼度がやや不足しているのが現状です」
「精霊を信じていない人が学園で教えていますからね」
ルークスが無慈悲に断じるので、プルデンス参謀長はため息まじりにフォローした。
「前学園長の方針はそうでしたが、現学園長は理解あると聞いております。しかしながら、たとえ民や兵の理解を得られたとしても、騎士の大増員は現在の騎士階級に嫌がられるでしょう。その点リスティア戦で最大の貢献をしたゴーレムコマンダーなら、誰も異は唱えられません」
ルークスには理解できない話だった。
「別に自分が位を失うわけじゃないのに、どうして他人が騎士になるのを嫌がるんですか?」
「悲しいことに、人間は嫉妬をする生き物なのです。また階級による相対的な位置に拘る人は『同列が増えると相対的に地位が下がる』と考えるものです」
「嫉妬って厄介ですね。僕にはどうにも理解できません」
これにはフローレンティーナが驚いた。
「ルークス、あなたは他人をうらやんだりしないのですか?」
「したこともありません」と即答したのでまた驚く。
嫉妬への対処が必須な貴族社会の住人からは信じられない。
プルデンス参謀長も驚いていた。
「他の生徒たちがノームと契約をしてゆくのを、うらやましいとは思わなかったのですか?」
「契約するか決めるのは精霊ですから。それに他人が幸せになろうが不幸になろうが、僕には影響しません。あと――」
ルークスは一度フローレンティーナに顔を向けてから言う。
「他人にうらやましがられる人って、そんなに幸せそうには見えないんです」
「なぜです?」
「うらやましがられる人って、大抵悲しみや怒りの精霊をまとわりつかせています。悲しんでいたり怒ったりしている人が、幸せなわけないですよね?」
精霊をあまり知らない女王はすんなり受け入れたが、参謀長は目を見開いた。
「感情を操る精霊が見えるのですか!?」
「はい。ああ、見えるのは怒りと悲しみの精霊だけで、他は見えません」
「ルークス卿が精霊士として桁違いだと、頭では理解していたつもりでしたが、そこまでとは……」
プルデンス参謀長の驚愕をよそに、ルークスは悲しげな顔になる。
「陛下をうらやむ人は大勢いますが、その陛下が悲しみの精霊バンシーに囲まれています。だのに僕は……見えるだけで追い払えない……」
「ルークス、あなたは私に勇気をくれました。どれほどの悲しみが襲おうと、あなたとの約束が私を支えてくれたのです」
だがルークスの目には、いまだにフローレンティーナにまとわりつくバンシーが見えるのだ。
重い空気を払おうと、プルデンス参謀長は話題を変えた。
「立て続けの戦争で、お二人ともお疲れでしょう。しばらく静養されてはいかがですか?」
かねてより準備していた船旅を提案する。
フローレンティーナの母の生国を訪問するのだ。ルークスがいれば往復ともに追い風になる。
「それは良い献策です」
「賛成です」
女王と少年は一も二も無く賛同する。
二人共「相手を休ませるために、自分から休むようにする」と参謀長に言い含められていたのだ。
相手も同じ事を言われたとは知らされていないものの、女王は察していた。ルークスを休ませられるなら、口実に使われるくらいなんでもない。
「陛下の外遊中に、王城内の掃除は済ませておきます」
参謀長は新宮内相による人事刷新を示唆した。
ルークスはそんな水面下の動きを知ることもなく、マイペースでいる。
「その船に、陛下の味方になった人たちも乗せて良いですか?」
「まあ、それは素敵ですね。どのような方です?」
友達がいないと聞いていたルークスが、味方を作ってくれたのが嬉しいフローレンティーナだ。
「ノームを友達にしている人です。三人とも女子で、アルティの友達でもあります」
女王の表情が一瞬強ばったことに、参謀長は気付いた。その後にルークスが挙げた名前に内心で頭を抱える。
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