一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

文字の大きさ
184 / 187
第九章 次なる戦いに備えて

懸念は増すばかり

しおりを挟む
 王都アクセムを囲む城壁の手前で、女王のゴーレム車は停止した。
 道ばたに大柄な男が片膝を付いている。
「彼がそうですか?」
 プルデンス参謀長の問いかけにルークスはうなずき、手はずどおり扉を開けた。
「陛下、対サントル帝国戦で僕が雇った傭兵のサルヴァージです。僕を護衛して、あと帝国軍騎兵からアルティを守ってくれました」
 ルークスが紹介すると傭兵は顔を上げ、片目を隠した黒い布を取り去り、両の目で凝視する。
 かつてない近距離で女王陛下の顔を凝視できて、巨漢の傭兵は相好を崩した。
 別に微笑まれたわけでもなく、声かけもない。
 それでもサルヴァージは目を見開いたまま、感極まったように息をついた。
 フローレンティーナ女王は扇で口元を隠しつつ、小声でルークスに話しかける。
「分かりました」
 ルークスは言われるままに扉を閉め、御者台のフォルティスに発車をうながした。
 傭兵を残して進む車内で、女王は言う。
「少し冷たくありませんでした?」
 ルークスが頼りにした人間を、ぞんざいに扱いたくなかった。
「いえいえ、あれでも大盤振る舞いです」とプルデンス参謀長が説明する。「彼は我が国ではなく、ルークス卿個人に雇われたにすぎません。功績も雇い主とその家族を守っただけ。本来なら、一国の君主が足を止めるなどありえません」
「なら、どうして拝謁を許したんです?」
 とルークスが尋ねる。彼の傭兵への評価は「今回だけじゃ足りないから、この次頑張って」程度である。
 ゴーレム車を止めて女王の顔を拝ませたのは、プルデンス参謀長の提案だった。
「彼の、陛下への想いが本当か、ただの口実かを確認したかったのですよ」
「どうでした?」
 ルークスは邪気のない顔で問う。
「見た限りでは、身の程をわきまえていないのは確かなようでした」
 おまけに油断がならない。
 拝謁を夢見て練習してきたとしても、血なまぐさい傭兵とは思えぬほど所作が洗練されていた。
 平民であれだけできるのは、貴族に仕えている者くらいだ。
(あるいは元貴族か)

 騎兵にしては大柄過ぎる傭兵の噂は、以前よりプルデンス参謀長も聞いていた。
 対リスティア戦で「バリスタ要員に転向していた」と知って「目端が利く」と心に留めた。
 そしてルークスらが下町を捜査中に「偶然出会った」と耳にするや警戒し、全力で情報を集めた。
 結果、傭兵団に属さない流れの傭兵ということしか分からなかった。
(あれだけ目立つ大男が、戦歴以外ほとんど情報がないのは不自然すぎる)
 正直、得体が知れない人間をルークスに近寄らせたくない。
 それが外国人となれば、なおさらである。
「ルークス卿、船旅には彼を同行させないでください」
「陛下の船に、信頼できる人だけを乗せれば護衛は不要になります」
 それを聞いて参謀長も、少しは安心できた。
 自分を「伝手」としか見ていない人間を信じるほど、ルークスがおめでたくはないことに。
 それだけに余計「卿が信頼した中に要注意人物がいる」と言いづらくなってしまった。

                  א

 夕刻、帰路に着いたルークスたちと入れ違いに、フェルームの町からヴェトス元帥が王都に帰ってきた。
 王城内の軍司令部で、参謀長と騎士団長を交え、新宮内大臣と顔合わせする。
 王城の掃除――公爵派の排除について四人だけの密談だ。

 本題に入る前に、プルデンス参謀長が先ほど知った懸念事項を報告する。
「陛下の船旅に、ルークス卿がヴェスペルティ伯爵の関係者を招く意向です」
 参謀長が出した名前に、新宮内相のドロースス子爵が嘆息した。
「確か日和見派でしたな」
 パトリア王国の貴族は、武官を中心とした女王を支持する勢力と、文官を中心としたプロディートル公爵を支持する勢力だけではない。
 どちらにも属さない中立の者もそれなりにいる。
 勝ち馬に乗ろうと両勢力を天秤にかける中立貴族は、陰で日和見派と呼ばれていた。
 ヴェルペルティ伯爵についてプルデンス参謀長が情報を共有する。
「性格は温厚、交友関係は内外に幅広く、基本的に王都におられますが、領地経営は臣下に任せず良好、領民からも慕われていると聞いています。ただ、いわゆる日和見派とは差異が見受けられます」
「どの辺が違うのか?」
 彼の上官で部屋の主であるヴェトス元帥が問いかける。
「他の方々のように双方に良い顔をしないどころか、自らはもちろん子弟さえ官職に就かせないなど、国政から距離を置いております」
「国政に関与しないだけなら、昔ながらの貴族――というわけではないのだな?」
「はい。ご子息をマルヴァド王国に留学させただけならともかく、妾腹の子まで王立アクセム学院に入れております。農業や治水で先進的な技術を取り入れるなど、保守的とは言いがたい方かと」
 それを聞いてフィデリタス騎士団長がつぶやいた。
「何やら、プロディートル公爵に似た印象がありますな」
「はい。それこそが、私が懸念する最大の理由です。これがヴェスペルティ伯爵だけなら偶然とも思えますが、他にも経済力を持ち先進的でありながら、国政に関わらない方々が少なからずいらしまして、偶然にしては類似例が多すぎるかと」
「つまり、公爵の本当の手足は中立に偽装しており、現職に据えているのはトカゲの尻尾か?」
 元帥の質問に参謀長は渋面で答える。

「憶測になりますが、失政で陛下に責任を取らせる意図ならば、無能者の登用は理にかなっているかと」

 その憶測が、武官たちのに落ちるのを待ってから、参謀長は続ける。
「公爵殿下にとって想定外だったのは、切り捨てるはずだったトカゲの尻尾を九年間も引きずらされたことでしょう。たった一組の平民親子によって」
 レークタ親子によって、二度もリスティア大王国による侵攻は撃退されたのだ。

 新宮内相が言う。
「しかし、相手が偽装日和見派となると厄介ですな」
 ヴェトス元帥は参謀に尋ねる。
「この機会に、伯爵を取り込めないか?」
「親族ならともかく、ルークス卿が招くのは下働きの平民の子です。伯爵に恩は売れませんし、いつでも切り捨てられる一方、間諜として絶好の立ち位置かと」
「正体が露見している間諜など、恐れるどころか好都合だ。偽情報を掴ませるには打ってつけだろう」
「問題は当該生徒クラーエ・フーガクスが、アルティ・フェクスの親友三人のうちの一人だという点です。ルークス卿は味方に引き入れたつもりでしょうが、平民の意志など主人の意向に消し飛ばされます。それに、間諜の役割は情報収集だけではありません。このケースで一番懸念されるのは、人間関係の破綻です」

「「!?」」

 室内の空気が一気に緊迫した。
「対帝国戦からルークス卿は精神的に不安定です。そんな彼を支えているアルティ・フェクスの友情が壊れたりしたら――影響の度合いは測りかねます」
 パトリア軍の知恵袋は独身かつ女性に縁がなく、年頃の少女は扱いあぐねていた。
 無骨な武官たちは娘がいても「我が子の心が分からない」と嘆く始末。

 一同が頭を悩ませるなか、若い女官が茶器のワゴンを押して入室してきた。
 ドロースス子爵が話題を変えようとするのを、参謀長は留めた。
「ご心配なく。彼女は陛下の忠臣です。衛兵による猥褻行為を相談に来た女官こそ彼女、ディシャレ・アミーカなのです」
 ディシャレはスカートをつまんで優雅に一礼した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした

茜カナコ
ファンタジー
魔法使いよりも錬金術士の方が少ない世界。 貴族は生まれつき魔力を持っていることが多いが錬金術を使えるものは、ほとんどいない。 母も魔力が弱く、父から「できそこないの妻」と馬鹿にされ、こき使われている。 バレット男爵家の三男として生まれた僕は、魔力がなく、家でおちこぼれとしてぞんざいに扱われている。 しかし、僕には錬金術の才能があることに気づき、この家を出ると決めた。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...