一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第九章 次なる戦いに備えて

ウーマンパワー

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 衛兵による猥褻行為を訴え出たのは、ディシャレをはじめとする「ロマンスの会」の若手女官たちであった。
 フローレンティーナ女王とルークス卿との恋を応援する彼女らは、二人の敵である女官長ら文官と衛兵の排除を計画したのだ。
 質の低い衛兵たちは、若い女官が隙を見せるだけで臀部しりに手を伸ばすなど、簡単に釣れた。
 女官たちは手順を踏んで、まず女官長に報告した。
 しかしルークス卿への誘惑行為をした者たちの訴えに、上司は耳を貸さない。
 次にロマンスの会は女王陛下に申し出た。
 女王に対応を命じられては是非もなく、女官長は衛兵長に事実確認を求める。
 衛兵長はしらを切り、同じく公爵派の女官長もそのまま女王に報告した。
 両長が「事件は無かった」ことにしたため、前宮内相に情報が上がらなかったのだ。
 衛兵長による事件隠蔽という大義名分を得て、ロマンスの会は軍にした。
 当然、全てはフローレンティーナ女王の意を受けての作戦である。
 その戦果が、宮内相交代にともなう王城の大掃除だった。

 武官のお歴々が頭を悩ませている問題を聞くと、若い女官はあっさりと言う。
「一家丸ごと抱え込めばよろしいかと。王城の人員を大幅に入れ替えるのですから、各領主への応援要請に紛れ込ませるのは簡単なこと。『娘が船旅で陛下と親しくなった』との口実があれば、名指しで引き抜いても不自然ではありますまい」
「それで一家が、代々仕えた伯爵家と縁を切るでしょうか?」
 プルデンス参謀長の心配を、ディシャレはバッサリ切り捨てる。
「王城勤めで陛下のお目にとまれば、貴族への道が開かれます。代々下働きで留められた地方領主に義理立てして、貴族になれる機会を逸するとは思えません。たとえ親が恩義を感じていようと、娘さえ陛下のお味方になれば、アルティ・フェクスとの友情は保たれます。女王陛下のご友人になれるのですよ? 私ども貴族の娘でさえ、実家より陛下を選んだくらいです。ましてや、平民には望むべく以上の栄華となれば」
 悪そうに微笑む女官に、上役になったドロースス子爵が嘆息する。
「やれやれ、女性を敵に回したくはありませんな」
 暴君アラゾニキ四世に恨まれた猛将も、搦め手だけで宮内相を討ち取った女戦士には脱帽した。

 一人、プルデンス参謀長だけが浮かない顔をしているので、ディシャレは笑みを貼り付けたまま問いかける。
「参謀長殿は、私の予想が間違っているとお思いで?」
「あー、いえ。一般論では正しいでしょう。ですが、クラーエ・フーガクスは一般的とは言いがたい人物です」
「何か問題が?」
 ため息まじりに参謀長は言う。
「招待する三人については、ルークス卿からある程度聞けました。他ならぬ陛下の旅に同行させるほど、三人は彼の信頼を得ています」
「アルティ・フェクスの友人だから、ではないと?」

「それだけで他人を信じるルークス卿ではありません。なぜなら彼の信頼基準は、精霊だからです」

 それは一同にも理解できた。
「三人はルークス卿にならい、精霊を友達にしています。精霊を友達とした精霊使いは、精霊契約者よりも誠実さが求められます。損得で主人を変えるような人間では、精霊は友達になりません」
「では娘は間諜として働く、と?」
「ルークス卿は全乗組員に陛下への忠誠を誓わせる予定です。恐らく三人にも誓わせるでしょう、友達となった精霊に。もしも間諜活動を指示されていたら、その時点で発覚します」
「なら安心ですね」
「信頼を裏切られたルークス卿の心情を思うと、安心はできかねます。この船旅は陛下並びに、ルークス卿の精神疲労を癒すのが目的です。だのに信じた人間に裏切られては」
「ならいっそ、三人の同行を断ればよろしいのでは?」
「せっかくルークス卿が人間不信を克服しようとしているうえに、陛下もお認めになられたのですよ? アルティ・フェクスの情緒安定のためにも、何とか同行させたいものです」
 するとヴェトス元帥が口を挟んだ。
「それだけでは冒険する理由として弱いな。本音を言ってみろ」
「ヴェスペルティ伯爵の立ち位置を、明確にする絶好の機会です」
 ディシャレは呆れた風に首を振った。ルークスの心配をしていると思っていた参謀長に、別の思惑があったので。
「もし伯爵が隠れ公爵派であれば、家族を手元に置いたまま娘を陛下に近づけられる、この機会を逃すでしょうか? あるいは伯爵の真意が中立、もしくは女王陛下に近いなら、素人を間諜にする理由はありません」
「参謀本部が白黒付けたいのは理解するが、軍としては許諾しがたいぞ」
「騎士団も容認できませんな」
 沈黙していたフィデリタス騎士団長が重々しく言う。
「間諜が露見した場合、フーガクス嬢は生きてはいられまい。アルティ・フェクスは悲しみ、ルークス卿は責任を感じ、陛下も心をお痛めになろう。陛下とルークス卿を静養させたいのに、その反対となる事態は避けていただきたい」
「しかも敵は事実上『何もしないで最大の成果を得られる』わけだ。そんなやり得を許すわけには行かぬな」と元帥も追従する。「何か対策があれば別だが」
 プルデンス参謀長は肩をすくめる。
「王宮工房から戻る車内でクラーエ・フーガクスの同行を聞かされてから、ずっと考えてはいるのですが、これと言った妙案はいまだに」
「貴様の事だ。妙案は出ずとも、下策くらい出ているだろう。吐いてしまえ」
 言葉を濁す部下に、元帥が無理強いした。
 プルデンス参謀長は右手で口を押え、しばし沈黙する。
 一同が見守る中、うな垂れつつため息をついた。
「これは本当に下策中の下策なのです。我が方は損害が出る一方で、敵は無傷という最悪に近い収支になります」
「それで陛下やルークス卿は守れるのか?」
 フィデリタス騎士団長が問いかける。
「それはもちろん。アルティ・フェクスも、恐らくは無傷で済みます」
「なら許容できる」
 騎士団長は了承した。
 ヴェトス元帥は損害の具体的内容を求める。
「クラーエ・フーガクス、彼女には気の毒ですが、伯爵の立ち位置に関わらず、傷付けてしまいます。それともう一人――軍には人材がいないので、その調達から始める必要があります。それと、もし伯爵が公爵派だった場合はディシャレ・アミーカ、あなたに陛下の耳を塞ぐ役を担っていただきたい」
「元よりそのくらい覚悟してますわ」
「そして、私です」
 と参謀長は自らを指した。
「ただでさえルークス卿には『隠し事が多い』と苦言されていますのに、さらに信頼を損ねてしまいます」
 祖国の為に泥を被るのも参謀の仕事だ、と頭では理解してはいるものの、やり切れなさは拭いされなかった。
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