最悪で、最愛〜失恋から始まる本当の恋〜

一宮梨華

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第2話

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開院パーティー当日は、都内の某ホテルの会場の一室を貸し切り、立食スタイルで行われた。

医師や看護師、検査技師や私たち事務員が集まり、好き勝手飲み食いする。もちろん堅苦しい挨拶などはあるが、誰も聞いちゃいない。

「うわ。どれも美味しそう! 日本酒も飲み放題だって。早く行こ! 凛!」
 
もちろん、私たちも例外ではない。菜穂は入り口のドアを開けた瞬間歓喜の声を上げ、大はしゃぎ。合コン気分で来る人も多いらしいが、菜穂は完全に色気より食い気。

そして今日は後輩である、望月唯も一緒に来ている。

「凛さん、私今日は本気でいい出会い求めてるんで。アシストよろしくお願いしますね!!」
「はいはい」

彼女はごりごりの肉食系女子。私より二つ年下だが結婚願望が強く、絶対にハイスペ男性を捕まえてやるんだと、毎日意気込んでいる。

現に今も男性受けしそうな女子アナ風ファッションに身を包み、メイクも普段より気合が入っている。菜穂と足して二で割るとちょうどよさそうだと、密かに感じているのは内緒だ。

「実は今日、少しでも小顔に見られたくて、一日何も食べてないんです」
「え? そんなことしたら倒れるよ?」
「大丈夫ですよ。だって倒れたらここにいるハイスペ男性が介抱してくれるじゃないですか。まさに一石二鳥ってやつです」

グッと、親指を突き出され、口角がわずかに引きつる。そこまで計算尽くとは、もはや脱帽だ。

厄介な人に捕まらなければいいけど……

「よーし、今日は思いっきり飲むぞ! 凛、こっちこっち!」

私の心配をよそに、傍若無人で張り切る菜穂。そんな彼女の背中についていくと、センターテーブルに豪華な料理がずらりと並んでいるのが見えた。

そこにはすでにたくさんの人が集まっている。

「うわ、美味しそう」

菜穂が言うようにどれもおいしそうで、高級食材だらけ。適量をお皿に盛ると、三人でそれを食した。

「このウニめっちゃ美味しい」
「菜穂さん、取りすぎじゃないですか?」
「唯こそ、もっと取らないと損だよ損」

各々好き勝手に感想を言い合いながら、飲み食いする。料理の種類は和洋折衷になっていて、どれも舌を唸らせる。さすが都内随一の病院が御用達としているホテルだ。

普段残業も多く、派閥争いに巻き込まれることもあるけれど、この日だけはこの病院に就職してよかったと思える。

「あ、一ノ瀬だ」

もぐもぐと咀嚼しながら入口に目をやると、今来たであろう一ノ瀬が、その場でキョロキョロしているのが見えた。

人混みのなかでも頭一つ飛び出ているから、どこにいても目立つし、わかりやすい。

「一ノ瀬! こっちこっち!」

大きく手を振る私に気がつくと、不愛想な表情でうなずく。スーツのポケットに片方だけ手を突っ込み、人をかき分けると私たちの方へやってきた。

「お疲れ。あれ? なんか疲れてる?」

やってきた一ノ瀬はどこか覇気がない。いつも元気いっぱいキャラではないが、明らかに顔が疲れている。

「バグが見つかって、徹夜した」
「はぁ!? まじ? 帰って寝たほうがいいんじゃないの?」
「いやいい。慣れてるし」

言いながら、気怠そうに会場を見回している。エンジニアとは体力勝負とはいうけど、寝られないほど激務とは、なんて不健康なんだろう。

でも我が病院のシステムは、彼らの手にかかっている。システムがダウンした日には、膨大な損害がでるだろう。

オペは中止になり、入退院の処理もできない、もちろん外来だって。そう考えると、医療従事者と同じくらい、使命感を持って働いているのだろう。改めて尊敬する。

「可哀そうだから、私が何かとってきてあげる。一ノ瀬はそこで待ってて」

あくびを噛み殺す一ノ瀬にビシッと指を差しそう告げると、料理があるテーブルへと急ぐ。

背後からは「凛、やっさしーい」「きゃ~、愛ですね、愛」等々、冷やかす声が聞こえるがいつものこと。

それらをギロリと睨み牽制した後、体力の付きそうな肉類を多めに取り、一ノ瀬に手渡した。

「はい。食べて元気出して」
「サンキュ」

素直に受け取ると一ノ瀬はローストビーフを豪快に頬張る。男の人が食べる姿って、勇ましくて見ていて気持ちがいい。

男の圧倒的なタフさを感じる。

「あ、ビール飲む?」
「飲まん」

即レスされ、ぷぷっと笑ってしまう。その風貌でお酒が一滴もダメって、いったいどんなギャグ? って最初思ったけど、本当に体に合わないらしい。

飲むと全身赤くなって、具合が悪くなるのだとか。人は見かけによらない。

こいつと最初に話したのは入社してすぐの研修期間のときだった。同じグループになり、一緒にビジネスマナーや電話応対などの研修を受けたのだ。

一ノ瀬に「愛嬌」という言葉は皆無のようで、講師にいつも「もっと笑って」などと注意されていた。

彼的には精一杯笑っていたようなのにまったく伝わらず、それがおかしくてつい吹き出してしまったのを覚えている。

それがきっかけで話すようになり、今でもよく一緒にごはん行ったり、会えば雑談したりする。気が合うかと聞かれたらすごく合うわけではないが、ただこいつの前では自分を偽らなくていいから楽なのだ。そう、ただそれだけ。

「ちょっ、凛! あれ見て」

菜穂が持っていたフォークで興奮気味に入り口を指す。その先を辿れば、見覚えのある男性の姿が……。

「木崎さんじゃない?」
「本当だ」
「話しかけてきなよ! ほら、早く!」

菜穂が小柄な体型からは想像もできない力で、私の背中をぐいぐいと押す。

「無理無理無理。それに急に話しかけられたら怖いって」
「何言ってんの! 今日は無礼講だって。このチャンスを逃したら次はないよ?」

興奮する菜穂に押されながら、弱々しく首を振る。

話しかけろって言われてもなんて切り出せば? この前は外科外来はわかりましたか、って?

いやいや、共通点もないし、向こうからしたらきっと「誰?」状態。変な女だって思われかねない。

なんて考えている間にも、木崎さんは資材課の部長(50歳)と談笑しながら、こっちへとやってくるのが見えた。

目尻を下げ、優しげに笑う姿に思わず目を奪われた。

あんなふうに笑うんだ。いつも仕事中の顔しか見ないから新鮮。

「冴島さんたちも来てたんだね。お疲れ」

思わず見とれていると、資材課の部長が私たちの前で足を止め、声をかけてきた。慌てて会釈し挨拶をする。

「お、お疲れさまです」
「あ、そうそう。今度医事課に新しい印刷機を導入しようと思ってて。木崎くんに相談してたところだったんだ。君たちの意見も今度聞かせて」
「はい。私たちで良ければ」

そう答えながら、チラリと木崎さんを盗み見る。その瞬間、心臓がドクッと跳ねた。

凛々しい立ち姿なのに、顔は笑顔で、優しそうな雰囲気を醸し出している。それに前々から思っていたけど、声がいいんだよな。

今も部長に話を振られ「お任せください」などと、低く、よく通る魅力的な声で返事をしている。

憧れの推しが目の前で話しているなんて、夢のよう。あー、いつまでも見ていたい。

「というわけだから、冴島さんよろしくね。木崎くんも、医事課に用事があるときは彼女に聞くといいよ。もう長いし、しっかりしてるから」
「いえ、そんな……」

突然の褒め言葉に恐縮していると、木崎さんとバッチリ目が合った。さっきよりもさらに心臓がドキッと激しく鳴る。

「よろしくお願いします、冴島さん」
「えっ、あ、は、あ、はい!」

彼の口から自分の名前が飛び出し、思いっきり変な返事をしてしまった。

だが気づいたときには遅く、木崎さんはおもしろそうに微笑んで、私を見ていた。

しまった、やらかした。

恥ずかしくてどこに視線を向けていいかわからず、目もキョロキョロしている。これじゃあ完全に変な女だ。

背後からは菜穂や一ノ瀬たちの視線を思い切り感じ、頭の中は大パニック。

「ちょっと、凛。もっとましな受け答えできないの?」

菜穂に小突かれハッとする。気づけば木崎さんはいなくなっていて、思わず辺りを見回した。

「完全にテンパった」

私の情けない声が、その場にぽつりと落ちる。いざというとき、緊張して失敗してしまうタイプ。今さらながらそんな自分が恨めしい。

「ずっと挙動不審だったぞ。カタコトだったし」
「もうやめてよ、一ノ瀬まで。緊張するとポンコツになるの」
「ポンコツはいつものことだろ」
「はぁ!? 喧嘩売ってる?」

拳を握り、下から思い切り一ノ瀬を睨む。 こいつにあんなシーンをみられたことすら恥ずかしいのに、さらに醜態をさらす羽目になるなんて。

「はぁ……飲もう」

こうなったら飲むしかない。よく失敗するけど、切り替えは早いタイプ。楽観主義ともいう。

心の中で言い訳して、グラスワインを勢いよく飲み干す。美味しいもの飲んで食べて忘れよう。

木崎さんだって仕事できているようなものだし、私のことなんていちいち覚えていないだろう。

「そういえば唯は?」
「あれ? いつの間にかいないね」

菜穂と二人で会場内を見回す。

すると、少し離れたところから唯ちゃんの切羽詰まった声が聞こえてきた。

「悪いですが、声かけてきたのはそちらですからね」
「だからって連絡先交換します? 私、この人の彼女なんですけど」

見れば知らない女性と言い合っている。その女性の隣には一人の男性がオロオロしていて、周りには人だかりができていた。

いったい何があった? 嫌な予感を抱えながら菜穂と二人のもとへ向かう。

「唯ちゃん、どうしたの?」

肩で息をする唯ちゃんに、やんわりと背後から声をかける。すると唯ちゃんはハッとしたように、こちらを振り返った。

「聞いてくださいよ、凛さん。この男性に声をかけられたから楽しく話してただけなんです。そしたら彼女さんが誤解したみたいで」

なるほど、この青ざめた男性は彼女がいるにもかかわらず、唯ちゃんに声をかけ、さらには連絡先まで聞いてきた。

それはどう考えても男性が軽率だと思う。きっと唯ちゃんだって、彼女がいるなんて知らなかっただろうし。

「うちの彼氏、そんなナンパみたいなことする人じゃないです。明らかに嘘ついてますよね。すっごい気合入れてるみたいだし、合コンかなにかと勘違いしてるんじゃないですか? 会社の記念パーティーで、人の彼氏に手を出すなんて最低ですよ」

「だから何度も言ってますけど、そちらから声かけてきて、連絡先教えてって言ってきたんですからね。そんなにご心配なら、首輪でもつけてたらどうですか?」

お互い一向に引こうとしない。むしろヒートアップしていて、野次馬もどんどん増えている。

そもそも自分の彼氏が悪いのに、女性の方を責めるってどういう心境なのだろう。躾けるべきは彼の方。なのに、この女性はさっきから唯ちゃんばかり責め立てている。

でもこれ以上会場はホテルに迷惑をかけるわけにはいかない。ここは止めなければ。

「唯ちゃん、みんな見てるしそのへんで……」

そっと仲裁に入るが、唯ちゃんも興奮しているので聞く耳をもたない。彼氏という男性も、オロオロするばかりで全然役に立たないし。来賓の人も、院長だっているのに。困ったな。

「はぁ!? 首輪って人の彼氏をペットみたいに」
「あ、ペットに失礼でした。彼女がいるのにナンパして、怒り狂う彼女を止めることさえできない。犬や猫の方がもう少しうまく立ち回りますよ。ペット以下です」

うわ、言い過ぎだよ……。 

唯ちゃんって一度切れると止まらないから困りもの。いつだったか、クレーマー患者にブチ切れて大変だった。警備員まで駆けつけて、かなりの騒動になったっけ。そのあと反省文書かされて……。

あぁ思い出しただけで、冷や汗が出る。

「あの、冷静に……」

再度仲裁に入る。今度は唯ちゃんの前に立ち、身体で制止した。だがそれがいけなかった。

「うるさい、外野は黙ってて」

その罵声と共に、ピシャッという水音と、甘ったるい液体が頭から降り注いだのだ。

え? 何? 冷たい……。

「り、凛さん!」
「凛!」

唯ちゃんや菜穂が、大きな声をあげながら近寄ってくる。

会場内はさらに騒然とし、その中で私は頭からぽたぽたと雫を垂らしながら呆然としていた。

これは、ジュース? あ、オレンジだな。いや、そんな呑気なことを考えている場合じゃない。

髪はベタベタするし、着てきたブラウスも、白いキャンバスにオレンジの絵の具をぶちまけたようになっている。

恐らく、さっきの女性が私にジュースをかけたのだ。

最悪だ……

ちらりとその女性の方を見れば「やば」と青くなっている。しかも謝りもせず、そそくさと男性を連れ逃げて行った。

「ごめんなさい、凛さん。私のせいで」
「もう、唯あんた場所考えなさいよ」

おしぼりで必死に私の髪や体を拭いてくれている二人。

「これくら平気だから……あっ」

二人にへらっと笑いかけていると、突然バサッと肩になにかが降ってきた。見れば大きなジャケットが体を覆うようにかかっている。

「着とけ」
「一ノ瀬……?」
「見世物じゃねぇだろ」」
「う、うん……」

こういう優しいところあるんだ。しかも私を周囲の視線から守るように立ちふさがると、ジロリと周りを威嚇している。

一応会社の人なのに。あとから変なこと噂されたらどうするの? 
 
……って、気にするような人じゃないか。

「あの、大丈夫ですか?」

すると、人々の視線の壁を切り裂くような、切羽詰まった声が私の耳に届いた。

ハッとして顔を上げれば、目の前に心配そうな表情の木崎さんが立っていた。

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