50 / 73
逃げられない
しおりを挟む
「うわー」
駅の改札を抜けて構内を出ると、土砂降りの雨が降っていた。確かに今日は1日曇り空だったが。こんなに天気が崩れるとは思っていなかった。天気予報なんて全くチェックしていなかったので、傘も持っていない。
仕方なくしばらく待ってみたが、一向に止みそうになかった。勿体ないなと思いながらも、売店でビニール傘を購入して駅を出た。
急いで帰る必要もないので、傘を時々くるくると回転させながらのんびりと帰り道を歩いた。雨のせいか、アパートへと続く細い住宅街の道はいつもより人気がなかった。雨がビニール傘を激しく叩く。ぼつぼつと鈍くて重い音が傘の中に響いた。
ようやくアパートの階段下へと辿り着いた。傘を閉じて、階段を上がる。小さな踊り場を抜けて、自分の部屋へと鍵を探りながら歩いていると。
ふいに、背後に人の気配がした。玄関前で立ち止まって振り返る。驚きで体が強ばった。
「お前……」
誉の真後ろに、あのホストの男が立っていた。全身ずぶ濡れだった。生気のない青白い顔でじっと誉を見つめている。
「なんで……」
どうしてこの男がここにいるのか。もしかしたら、後をつけられていたのだろうか。でも、いつ、どこから? 全く気づかなかった。男は表情を変えずに、ぼそりと口を開いた。
「……待ってた。帰ってくるの」
ということは、待ち伏せされていたのか。でも。
「……どうやって知ったんだ? 俺がここに住んでること」
「追っかけた。先週、焼き肉屋にいたよね? あの男と」
「…………」
見られてたのか。
「店から出てくるところを見たから」
「でも……駅から車だったのに……」
「タクシー拾った」
タクシー運転手もさぞ迷惑だったに違いない。数分で降りる客なんかを拾って。
「やっぱり、あいつとヤってたんだ」
「ヤってない」
「変だったもんね。サウナん時」
「…………」
「相手がマネージャーだったらさぁ、俺の方が全然上だと思うし、まだ見逃せたけど」
あの男は、なんか許せない。そう続けて、男が虚ろな目で誉を見つめてきた。その、どこか狂気めいた異常な雰囲気に、誉の中で危険信号が灯る。警戒して少し後ずさりをするが、男は誉のそんな様子を気にも留めず、無表情のまま会話を続けた。
「しかも誉さん、勝手に辞めちゃうし」
「……それは、別にいいだろ。俺のことなんだから」
「よくないよ」
「なんで」
「だって、誉さんは俺のもんだし」
「は?」
「飼い主に黙って逃げ出すなんて恩知らずだよね」
「…………」
「お仕置きがいるよね」
「何言って……」
その瞬間。細長い物体が視界に飛び込んできて、咄嗟に口をつぐんだ。男の手には、サバイバルナイフが握られていた。背中にぞくりと悪寒が走る。無表情だった男の顔が、ゆっくりと笑顔に変わっていった。まるでスロー再生しているかのようだ。男の口角が歪みながらじわじわと上がっていく。
なんとかしないと。そう思うのに、体が凍ってしまったように動かない。声も出せない。恐怖で微かに足が震え出す。鼓動がどくどくと速くなる。
さっきから、雨の音しか聞こえない。激しく叩き付けるような雨の音。この世界に自分と男だけが取り残されてしまったような気になる。
重く湿った空気がじわじわと2人を包み始めた。この空気に取り込まれたら、もう逃げられない。本能的にそう感じる。しかし、体は動かない。
男の手がぬっと伸びてきた。
誉はその場に立ちすくんで、その手に自分が飲み込まれていくのを、ただ為す術もなく眺めていた。
駅の改札を抜けて構内を出ると、土砂降りの雨が降っていた。確かに今日は1日曇り空だったが。こんなに天気が崩れるとは思っていなかった。天気予報なんて全くチェックしていなかったので、傘も持っていない。
仕方なくしばらく待ってみたが、一向に止みそうになかった。勿体ないなと思いながらも、売店でビニール傘を購入して駅を出た。
急いで帰る必要もないので、傘を時々くるくると回転させながらのんびりと帰り道を歩いた。雨のせいか、アパートへと続く細い住宅街の道はいつもより人気がなかった。雨がビニール傘を激しく叩く。ぼつぼつと鈍くて重い音が傘の中に響いた。
ようやくアパートの階段下へと辿り着いた。傘を閉じて、階段を上がる。小さな踊り場を抜けて、自分の部屋へと鍵を探りながら歩いていると。
ふいに、背後に人の気配がした。玄関前で立ち止まって振り返る。驚きで体が強ばった。
「お前……」
誉の真後ろに、あのホストの男が立っていた。全身ずぶ濡れだった。生気のない青白い顔でじっと誉を見つめている。
「なんで……」
どうしてこの男がここにいるのか。もしかしたら、後をつけられていたのだろうか。でも、いつ、どこから? 全く気づかなかった。男は表情を変えずに、ぼそりと口を開いた。
「……待ってた。帰ってくるの」
ということは、待ち伏せされていたのか。でも。
「……どうやって知ったんだ? 俺がここに住んでること」
「追っかけた。先週、焼き肉屋にいたよね? あの男と」
「…………」
見られてたのか。
「店から出てくるところを見たから」
「でも……駅から車だったのに……」
「タクシー拾った」
タクシー運転手もさぞ迷惑だったに違いない。数分で降りる客なんかを拾って。
「やっぱり、あいつとヤってたんだ」
「ヤってない」
「変だったもんね。サウナん時」
「…………」
「相手がマネージャーだったらさぁ、俺の方が全然上だと思うし、まだ見逃せたけど」
あの男は、なんか許せない。そう続けて、男が虚ろな目で誉を見つめてきた。その、どこか狂気めいた異常な雰囲気に、誉の中で危険信号が灯る。警戒して少し後ずさりをするが、男は誉のそんな様子を気にも留めず、無表情のまま会話を続けた。
「しかも誉さん、勝手に辞めちゃうし」
「……それは、別にいいだろ。俺のことなんだから」
「よくないよ」
「なんで」
「だって、誉さんは俺のもんだし」
「は?」
「飼い主に黙って逃げ出すなんて恩知らずだよね」
「…………」
「お仕置きがいるよね」
「何言って……」
その瞬間。細長い物体が視界に飛び込んできて、咄嗟に口をつぐんだ。男の手には、サバイバルナイフが握られていた。背中にぞくりと悪寒が走る。無表情だった男の顔が、ゆっくりと笑顔に変わっていった。まるでスロー再生しているかのようだ。男の口角が歪みながらじわじわと上がっていく。
なんとかしないと。そう思うのに、体が凍ってしまったように動かない。声も出せない。恐怖で微かに足が震え出す。鼓動がどくどくと速くなる。
さっきから、雨の音しか聞こえない。激しく叩き付けるような雨の音。この世界に自分と男だけが取り残されてしまったような気になる。
重く湿った空気がじわじわと2人を包み始めた。この空気に取り込まれたら、もう逃げられない。本能的にそう感じる。しかし、体は動かない。
男の手がぬっと伸びてきた。
誉はその場に立ちすくんで、その手に自分が飲み込まれていくのを、ただ為す術もなく眺めていた。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる