水の流れるところ

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三行半

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 味の感じられない前菜を黙々と食べていた時。何も話そうとしない千晃にしびれを切らしたのか、父親が口を開いた。

「仕事はどうだ」
「……順調だけど」
「お前、全く家に帰って来ないが、たまには顔を見せたらどうだ」
「……そのことだけど」

 頭の中に、誉の笑顔が浮かぶ。

『言いたいこと言って。三行半突きてやればいい』

 言ってやる。

「もう、家には帰らない」
「……何を言っているんだ」
「今日で、あんたと会うのも最後にしたい」
「……どういうつもりだ」
「もう、縁を切りたい。あんたとも、家族とも」
「……説明しろ」

 千晃は、真っ直ぐに父親の目を見て続けた。

「あんただって気づいてただろ。俺が家でどんな扱い受けていたか」
「…………」
「ずっと我慢してた。縁を切りたくて、切りたくて仕方がなかった。だけど、金だけの:繋(つな)がりではあったけど、育ててもらった恩もあるから自分からは言い出せなかった」
「……親に向かってよくそんな言い方できるな」
「悪いけど、もう親だとも思っていない」
「…………」
「弟やあの女はもともと家族とも思ってなかったけど。俺をかばっても守ってもくれなかった、見て見ぬフリしていたあんたのことももう親だと思ってない」

 こんなにはっきりと、父親に向かって自分の気持ちを伝えたのは初めてだった。父親は不愉快そうに眉を潜めてこちらを:睨(にら)むように見た。構うことなく話を続ける。

「俺が望むのは、今後一切、あんたたちとの関わりを断つことだけだ。もちろん遺産なんて要らないし、九条病院の息子なんていう肩書きも要らない。まあ、今の生活もあんたたちに一切頼ってないから、何も変わらないけどな」

 変わるとしたら、肩書きがなくなった分、寄ってくる人間が減るぐらいだろう。

「……いい加減、俺を自由にしてくれ」

 つぶやくように父親に伝えた。父親は不愉快そうな表情を崩さなかったが、それ以上何も言わなかった。

 言いたいことは言った。自分はここに父親の許しを請うために来たわけじゃない。自分の意志を伝えるために、区切りをつけるために来た。だから、父親の返事も反応も必要ないし、どうでもいい。もうここにいる意味はない。そう思った千晃は、メインを待たずに席を立った。

「もう、行くわ」

 携帯をかばんに入れて、コートを手に取った。父親の顔は見ずに、個室の扉へと向かった。スライド式の扉の取っ手をつかむ。

「……千晃」

 そこで、父親に呼ばれて手を止めた。呼び止められるとは思っていなかったので驚いた。

 振り向くと、父親は真っ直ぐに前を向いて、壁をにらむように見つめていた。千晃の顔を見ることなかった。しかし、千晃に向けてはっきりと口にした。

「……悪かった」
「…………」

 もう、いい。これで、やっと終わった。

「……元気で」

 千晃は一言そう伝えると、個室を出た。会計を済ませてから、行きとは違う晴れやかな気持ちでレストランを後にした。
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