水の流れるところ

文字の大きさ
57 / 73

しおりを挟む
 千晃はそこへ向かうことを決めて、車に乗り込んだ。しかし、時刻を確認して思い留まる。まだ夕方だったため、おそらく店自体が開いていないところがほとんどだろう。

 待つしかないか。

 そう思ったところで、軽い目眩めまいに襲われる。体が低糖状態になり、ふらつくような感覚がした。そこで、朝から自分が何も食べていないことに気づいた。一旦、自宅へ戻って何か腹に入れよう。食欲がなくても動くために食べなければ。そう思い、ジムの駐車場から出ると、車を自宅へと走らせた。

 玄関を開けて、静まり返った自宅へと入る。いつもは安心する1人きりのこの空間が、なぜか今はよそよそしく感じた。その冷ややかな沈黙に耐えられず、部屋中の電気を点け、テレビの電源も入れた。

 キッチンへと行き、インスタントラーメンと冷蔵庫にあったチーズを取り出した。何でもいいから腹に入れなければと思った。

 変な組み合わせの食事をとにかくき込んだ。味などなかった。食べている間中、笑顔で焼き肉を食べる誉の姿が離れなかった。たった3週間前のことなのに。もしかしたらあれは幻覚だったのかもしれないと思わせるぐらい、遠い出来事に感じた。

 やっと出会えたと思った。自分が心から気を許せる相手に。まだ数ヶ月の付き合いなのに、どこか懐かしい感じすらした。突然、千晃の前に現れて。千晃の中に無遠慮に入り込んできて。けれど不思議と不快感はなくて。むしろ、安心感さえあった。今まで経験したことのない感情や感覚をたくさん千晃にくれた男。

 もし、このまま誉と会えなかったら。

 そう思った途端、微かに手が震え出した。もうずっと味わっていなかったあの感覚が押し寄せる。冷静でなくなっていく自分。感情を抑えきれなくなる自分。千晃は、手にしていた箸をその場に落とすと、立ち上がって浴室へ逃げるように向かった。

 乱暴にドアを開け、急いで蛇口を捻る。必死で手を洗った。洗いながら、誉のことを考える。

 誉。

 ばしゃばしゃと水音が響く。

 誉。

 冷たくなっていく両手を執拗しつように擦る。

 どこにいるんだ。

 誉へと問いかけた。その時。

 何かを感じて顔を上げた。鏡の中に視線がくぎ付けになる。

「……誉」

 そこに、誉がいた。探していた、追い求めていた誉がいた。両目を大きく見開いて、千晃を凝視している。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...