フェイク

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卵焼き

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「明石主任、それ、違いますよ」
「あ、ごめん」

 部下に指摘されて、慌てて資料を確認する。

 生産会議の最中なのに、集中力が切れて軽率なミスをしてしまった。話していたものとは違う製品の数字を挙げてしまったようだ。最近、こういうことが多くなった。自分らしくもない。だけど今の自分が、仕事に対しての熱量がかなり下がっていることは自覚していた。

 一歩家から出た途端に、家に帰りたくなるのだ。七尾人形のところに。

 七尾人形が明石のところに来て、四ヶ月ほど経っていた。明石にとって、七尾人形との生活はすでに当たり前のものとなっていた。

 七尾人形は明石が留守にしている間に、時々外出するようになった。本人にナビゲーションシステムが掲載されているので、行きたいところに行けて、帰りも迷うことはない。

 小遣いと、何かあった時用に明石の連絡先を書いたメモを入れた紐付きの財布を、落とさないように首にかけて出かける。財布は小さな子供が持っているようなやつで、モンスターをゲットしながら冒険する有名ゲームの人気キャラクターの形をしている。電気で攻撃する黄色のモンスターだ。イケメンの七尾が付けていたら面白いなと思って、明石が選んで買ったものだった。

 本物の七尾と出くわしたり、七尾の知り合いに見つかったりするといけないので、眼鏡をかけたり帽子をかぶったりして、ある程度変装もしているようだ。

 どうやら七尾人形は、明石の知らないところでデータにはなかった七尾のことを色々と調べているらしい(明石の前では相変わらず興味のないフリをするのだが)。

『ちょっ、七尾! 何してんの!』
『料理だけど』
『なに、急に』
『「王子の料理好きが発覚! 弁当の卵焼き分けてくれたんだけど、超美味♡」』
『……何言ってんの?』
『ナナオユウダイの情報が載ったSNSからの抜粋』
『SNS?』

 詳しい話を聞くと、会社の女子社員の間で『イケメン社員情報垢』なるものが存在しているようだ。

 そこで七尾は『王子』だの『ユウユウ』だのと呼ばれ、よく登場するのだそうだ。

 そこで得た情報によると、七尾は料理が好きで、卵焼き(甘め)が得意と分かり、七尾人形も卵焼きに挑戦していたらしい。

『ちなみに、明石はその垢には一度も登場してない』
『……要らない情報どうも。で、卵焼き作ってんのは分かんだけど、これ、お前いくつ卵割ったの?』
『買ってきた分、全部』
『いやいや、何ダース分だよ!』
『……三?』
『割り過ぎだろ! どんだけ卵焼き作るつもりだよ‼』
『なんでも多い方がいいだろ?』

 そこで、以前リアル七尾が飲み会の時に、多めの方がいいだろうと唐揚げを十皿注文して、皆にツッコまれていたことを思い出した。あまり考えずに金を豪快に使ったり、注文したりするところは、どうやら遺伝子的なもののようだ。

 そんなわけで、七尾のまねごとをするようになったせいか、最近の七尾人形はますます七尾と瓜二つになってきた。

 その後、大量に作られた甘い卵焼きを、明石一人で消化する羽目になったのは辛かったが。
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