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呼び止めることもできない
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「……家に誰かいんの?」
「それは……」
よっぽど、七尾人形のことを言ってしまおうかと思った。そうしたらこんな風にじりじりと七尾に責められて、追究されることもなくなる。
だけど。言ってしまったら、それは明石の気持ちを七尾に告白しているようなものだ。それに七尾そっくりの人形だなんて、七尾に軽蔑されるかもしれない。
なによりも、七尾人形のこと自体を信じてもらえるとも思えないし。
そんな葛藤する気持ちに左右されていると、たまりかねたように七尾が再び口を開いた。
「……男?」
「……え?」
「男がいんの? お前」
「いや……」
「女じゃないよな? あのブランド、女物ないし」
「…………」
「やっぱりそうなのか」
間違ってはいなかった。確かに男がいる。七尾にそっくりな、七尾の代わりに明石の気持ちを満たしてくれる人形が。
「なんでだよ」
「…………」
「なんで、男なんだよ」
「七尾……?」
七尾がきっと睨むように明石を見てきた。その言葉の意味が理解できない。
「俺が今までどんな気持ちで、ずっと我慢してきたと思ってんだ」
「……え?」
「女だったら我慢できた。女だったら……お前がいつか結婚して子供ができても、良かったなって言えるような気がしてた。これで良かったんだって。諦めもついた。だけど……男は駄目だ。男にお前を取られるのは嫌だ」
まくし立てるように話す七尾の言葉が、洪水のように明石の耳に入ってくる。その言葉をわけの分からないまま一つ一つ頭で必死に咀嚼していく。
そして全てを理解した途端、自分の顔が一気に赤くなるのを感じた。
「七尾……それって……」
明石に負けないぐらい、七尾の顔も赤くなっていた。下を向いてこっちを見ようとしない。照れ屋が発動したらしかった。俯いたままぼそぼそと話し始める。
「……言うつもりなかったんだよ」
「…………」
「お前が幸せになるならそれでいいって思ってた」
「七尾……」
「だけど……駄目だった。今までのお前と違うから。お前に仕事が手につかないくらいの相手がいるかと思ったら……」
七尾がゆっくりと顔を上げた。再び視線が絡み合う。
この顔は初めて見る。でも、分かる。これは。
「死ぬほど妬いた」
嫉妬剥き出しの七尾の顔。
どきん、と胸が鳴る。こんな風に七尾に見られたことなんてない。七尾人形が見せてくれる嫉妬よりも、もっと激しくて、もっと苦しい。
何か言いたいのに。何を言ったらいいのか分からない。あまりに突然過ぎて頭が混乱している。それでも。今、ここで告白できたら。七尾のその気持ちに応えることができたら。
明石は自分の中にある勇気をかき集めて、震える喉から声を絞り出した。
「七尾……俺も」「でも、もう遅かったよな」
明石の言葉に七尾の声が重なる。
はっきりと放たれた言葉に、明石の振り絞った勇気が一気にしぼんで、言葉が詰まる。
七尾が自嘲した笑いで明石を見た。
「馬鹿だよな、俺。今更こんなの言ってどうすんだよって話だよな」
七尾が背中を向けた。ゆっくりと、トイレの扉を押す。
「……さっきも言ったけど。仕事には影響しないようにしろよ」
七尾がするっと外に出ていった。あまりの急な展開に、一瞬出遅れる。はっとなり、慌てて外へと出た。
七尾を追いかけないと。そう思った。
七尾、と名前を呼ぼうとしたが、七尾はもうすでに他の社員に捕まって、歩きながら何か楽しそうに会話をしていた。
そのまま離れていく七尾の後ろ姿を見つめる。
なんで最初の段階で正直に七尾に話さなかったんだろう。七尾人形のことも。そして、自分の気持ちも。
信じてもらえないとか。軽蔑されるとか。そんなことを気にして、自分でチャンスを潰して。
挙げ句に、七尾にあんな顔をさせてしまった。七尾らしくない、歪んだ笑顔。
そうやって後悔しているくせに。
自信のない自分は。
勇気のない自分は。
七尾を呼び止めることもできない。
「それは……」
よっぽど、七尾人形のことを言ってしまおうかと思った。そうしたらこんな風にじりじりと七尾に責められて、追究されることもなくなる。
だけど。言ってしまったら、それは明石の気持ちを七尾に告白しているようなものだ。それに七尾そっくりの人形だなんて、七尾に軽蔑されるかもしれない。
なによりも、七尾人形のこと自体を信じてもらえるとも思えないし。
そんな葛藤する気持ちに左右されていると、たまりかねたように七尾が再び口を開いた。
「……男?」
「……え?」
「男がいんの? お前」
「いや……」
「女じゃないよな? あのブランド、女物ないし」
「…………」
「やっぱりそうなのか」
間違ってはいなかった。確かに男がいる。七尾にそっくりな、七尾の代わりに明石の気持ちを満たしてくれる人形が。
「なんでだよ」
「…………」
「なんで、男なんだよ」
「七尾……?」
七尾がきっと睨むように明石を見てきた。その言葉の意味が理解できない。
「俺が今までどんな気持ちで、ずっと我慢してきたと思ってんだ」
「……え?」
「女だったら我慢できた。女だったら……お前がいつか結婚して子供ができても、良かったなって言えるような気がしてた。これで良かったんだって。諦めもついた。だけど……男は駄目だ。男にお前を取られるのは嫌だ」
まくし立てるように話す七尾の言葉が、洪水のように明石の耳に入ってくる。その言葉をわけの分からないまま一つ一つ頭で必死に咀嚼していく。
そして全てを理解した途端、自分の顔が一気に赤くなるのを感じた。
「七尾……それって……」
明石に負けないぐらい、七尾の顔も赤くなっていた。下を向いてこっちを見ようとしない。照れ屋が発動したらしかった。俯いたままぼそぼそと話し始める。
「……言うつもりなかったんだよ」
「…………」
「お前が幸せになるならそれでいいって思ってた」
「七尾……」
「だけど……駄目だった。今までのお前と違うから。お前に仕事が手につかないくらいの相手がいるかと思ったら……」
七尾がゆっくりと顔を上げた。再び視線が絡み合う。
この顔は初めて見る。でも、分かる。これは。
「死ぬほど妬いた」
嫉妬剥き出しの七尾の顔。
どきん、と胸が鳴る。こんな風に七尾に見られたことなんてない。七尾人形が見せてくれる嫉妬よりも、もっと激しくて、もっと苦しい。
何か言いたいのに。何を言ったらいいのか分からない。あまりに突然過ぎて頭が混乱している。それでも。今、ここで告白できたら。七尾のその気持ちに応えることができたら。
明石は自分の中にある勇気をかき集めて、震える喉から声を絞り出した。
「七尾……俺も」「でも、もう遅かったよな」
明石の言葉に七尾の声が重なる。
はっきりと放たれた言葉に、明石の振り絞った勇気が一気にしぼんで、言葉が詰まる。
七尾が自嘲した笑いで明石を見た。
「馬鹿だよな、俺。今更こんなの言ってどうすんだよって話だよな」
七尾が背中を向けた。ゆっくりと、トイレの扉を押す。
「……さっきも言ったけど。仕事には影響しないようにしろよ」
七尾がするっと外に出ていった。あまりの急な展開に、一瞬出遅れる。はっとなり、慌てて外へと出た。
七尾を追いかけないと。そう思った。
七尾、と名前を呼ぼうとしたが、七尾はもうすでに他の社員に捕まって、歩きながら何か楽しそうに会話をしていた。
そのまま離れていく七尾の後ろ姿を見つめる。
なんで最初の段階で正直に七尾に話さなかったんだろう。七尾人形のことも。そして、自分の気持ちも。
信じてもらえないとか。軽蔑されるとか。そんなことを気にして、自分でチャンスを潰して。
挙げ句に、七尾にあんな顔をさせてしまった。七尾らしくない、歪んだ笑顔。
そうやって後悔しているくせに。
自信のない自分は。
勇気のない自分は。
七尾を呼び止めることもできない。
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