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本編

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「……お前は先程、好きな人と一緒にいられればそれは幸せだと言ったが」

公爵に聞きに行こうと提案しようとしたら、今度はソテル様が質問してきた。

「お前は俺のことが好きなのか?」
「……?好きだよ」
「………っ」

私は基本的に嫌いな人はいない。つまり皆好きだ。しかしそういうと話がこんがらがる気がしたので敢えて黙っておくことにした。

「何故だろう。胸が苦しい」
「急性胃腸炎!?」
「よくわからんがそれは絶対に違う」

医者を呼ぼうと立ち上がったら、肩を掴まれて座らされた。

大丈夫だろうか。心配だ。当たりが暗いのと顔を俯かせているせいで顔色が全く見えないけど。

相手が顔を押さえたまま一向に話そうとしないので、私はふと気になったことを質問し返すことにした、

「ソテル様は?」
「……?」
「私のこと、好き?」
「……!」
「好き?」
「……」
「……」
「わ」
「わ?」
「か」
「わか?」
「らない……」
「らない……」

わからないらしい。

私といる時はいつも顰め面だから嫌われているかもと思ったが、杞憂だった。

しかし、なんだろう。このもやもやとした感覚は。

楽しみにしていた連続小説の発売日の読みが1年以上外れた時の気持ちに似ている。それよりももっと強烈だが。

もしかしてこれが俗に言う『がっかり感』だろうかと考えていると、ソテル様が言葉を続けた。

「……ただ、お前だけなんだ。俺が手放せないものは。お前を手放すくらいなら縛り付けてやりたい」
「それは、縄的なもので?」
「戸籍でといいたいところだが、それと良いかもな」
「……」
「が」
「が?」



「………もし俺が他に向ける感情が『無関心』なら」

「俺はお前に、とても興味がある」






私はお腹を押さえた。

「何故かお腹が苦しい」
「ララ」
「なに」
「そこは胸だ」
「あれ」
「急性胃腸炎か」
「多分そう」
「2人で医者にかかろう」
「そうしよう」

もしかすると感染する病かもしれない。父様たちに移す前に何とかしなくては。

当分触れる温もりはこれとお医者さんだけかもしれないと思いソテル様の手をにぎにぎしていると、ソテル様が弱い力でさりげなく握り返してきた。

何故かまた変なところが苦しくなって思わず見上げると、至近距離に真剣な表情を浮かべたソテル様の顔があった。

「お前は先程『好きでもない人と結婚しても幸せになれない』と言ったが」

「お互いを幸せにする為に結婚しないか」



意味がわからず、数秒固まった。私は今日だけで何度プロポーズされているのだろう。

呆然とする私に、ソテル様が先程より噛み砕いた言い方で言い直してくれた。

「俺がお前を幸せにするから、お前が俺を幸せにしろ」
「どうやって?」
「それはこれから一緒に考えよう」
「お互いの利益のために結婚するってこと?」
「そういうことだ」
「じゃあ政略結婚だね」
「政略ではないな」
「……じゃあなに?」

数十秒の沈黙。

いや、もしかしたらたったの数秒だったかもしれない。

やがて彼は困ったような顔で、コテンと首を傾げた。

「……なんだろうか」

いつも打てば響くようになんでも答えてくれるのに、今日のソテル様はちょっとポンコツだ。

それがおかしくて、くすぐったいかんじが胸をこみ上げてくる。

「……ふっ、ふふ」

気がつくと私は、笑っていた。
ソテル様が大きく目を見開くのが薄目に見えたけど、笑いは止まるどころかどんどん増していく。

こんなの、初めてだ。

思考がふわふわして落ち着かない。楽しい。父様と久々に会えた時も似たような気持ちになるけど、その感覚よりずっとどきどきして、ちょっとむずがゆい。

「……くっ、」

すぐ近くから、耐えきれないと言わんばかりに

驚いて思わず前を見たら、いつもは中央に寄った眉がほどけ、凛とした切長の目が優しく細まり、薄い唇がゆるく弧を描くまごうことなき笑顔がそこにあった。

「………ソテル様の笑う顔、初めて見た」

無意識に、自分のものよりシャープな線を描いた彼の頬に両手を添えた。

ついさっきのものとは比にならないほどのふわふわが私を襲う。苦しい。でも、嬉しい。

「ほんとだ、可愛い」

薄暗くてよく見えないのが残念だ。また自分の頬がゆるゆる緩んでいく。これ以上緩んだらどうしよう。顔ごと溶けてなくなるかもしれない。

私たちはお互いの顔を眺めながら、どちらともなくつぶやいた。

「「胸が苦しい」」





この時の私たちは知らない。

次の日公爵邸から登校したら、フローラさんとまた一悶着あること。

へとへとになって自邸に帰ったら、仕事を全て蹴って帰っていた父様に(ソテル様が)こってり絞られること。

そしてちょうど1年後、私たちの関係がまた少し前進すること。




政略結婚でも、相手を幸せにしたいと思うのはおかしいだろうか。

あわよくばその隣に自分もいたいと思うのは、わがままだろうか。

そんな互いのわがままを叶える為の約束を、私たちは今日、交わした。





****

一旦ここで完結とさせていただきます。お付き合いいただきありがとうございました。

ソテルさん視点とかフローラさんのその後とかその他もろもろ忘れた頃に更新するかもしれません。

その時はまたお付き合いいただけたら嬉しいです。

ありがとうございました。


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