政略結婚でも、相手を幸せにしたいと思うのはおかしいだろうか

藍砂さふ

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番外編

外側から見た彼女

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ララエル・クリスヴィア侯爵令嬢。

ゆるゆると編み込んだ腰近くまであるおさげを揺らし、颯爽と前を向いて歩く姿は、彼女をクールビューティーと言わしめる所以だった。

表情といえば何かを考えている顔か、無表情のほぼ2択。夜空のような濃紺の髪は彼女の白い肌をより際立たせていて、瑠璃色の瞳はどこか感情が伺いづらい。

婚約者のソテルギウス様と並ぶと、どちらも色味が寒色のせいかひどく涼しく感じる。

「ララエル様ってとっつきにくいけど、美人だよな」
「わかる。踏まれたい系?」
「変態じゃん。わかるけど」
「お前話しかけに行けよ」
「無理だろ。絶対睨まれるぞ」

しかしそれは、外野の馬鹿共の話。

彼女がクールではない事など、クラスメイトならとっくに気付いていることだ。

「ソテルギウス様の婚約者って、不思議ちゃんですよね」
「わたくし、この前話しかけたら無視されたわ」
「やっと話したと思ったら意味のわからないことを言うし……困っちゃうわ」
「きっと気を引きたいのよ。ソテルギウス様もお可哀想よねぇ」

彼女の在籍する教養クラスでは、彼女は腫れ物のように扱われている。

原因は彼女の会話力にあった。例えば『何をしているの?』と聞いても、彼女は基本的に答えない。

しばらくジッと黙っている。大抵の人はそれに耐えかね、無視されたと憤慨するのだ。

俺もそう思っていた。

ソテルギウス様やフローラさんと話す、彼女の姿を見るまでは。






「ララ、大丈夫か」
 
例えば彼女の婚約者ソテルギウス様は、1日に1度は彼女の様子を確認にくる。

会話をしないといえば彼も同じだ。話しかければ返ってくるし支障はないのだが、談笑を楽しめるタイプではない。自分から話しかけるなんて、彼女以外には見たことがなかった。

それに対しララエル嬢は、やはりジッとソテルギウス様を見る。すぐには答えないし反応しない。

初めて見た時はひやひやした。ただでさえ人に興味のなさそうなソテルギウス様の話を引き伸ばして、彼は怒らないのだろうか。

しかし意外にも、彼は怒るどころか眉一つ動かさなかった。

ただ彼女の顔を見て、黙っている。まるで感情1つ取りこぼさないとばかりに。

「元気」

それは5~10秒後のことだったと思う。

彼女は意外にもハスキーな声で、確かにそう言った。

「そうか、良かった」

それにこたえる彼は、今まで聞いたことのない優しい声をしていた。

そこからは本当に驚いた。

「ソテル様は?」
「普通だ」
「元気?」
「…元気だ」
「お腹は?」
「痛くない」
「病気は?」
「してない」

会話している。あのララエル嬢と、ソテルギウス様が。

ララエル嬢が流暢に話しているのを見るのはあれが初めてだった。

会話といえば、特待生として入学してきたフローラさんもそうだ。

彼女はどこからどうみてもソテルギウス様を狙っており、婚約者のララエル嬢をどうみても目の敵にしている。

しかしララエル嬢は休み時間になると、心なしかうきうきしながらフローラさんの席へ歩いていくのだ。

「…なんですか」

彼女に対する当たりが強いことは自覚しているのだろう。訝しげに彼女を見る目つきは美少女なだけあって鋭い。

しばらく睨み合い(?)は続く。

思わず助けに行きたくなった時、やはり5~10秒後、彼女は答えた。

「次の授業は経営学」

普通の人ならうんざりして『それがどうした』と言いたくなる。しかしフローラさんは違う。

「そうですね」

冷たいほどの塩対応だ。しかしララエル嬢は傷つくどころか、心なしか瞳が輝きを増す。まるで話を聞いてもらえて喜ぶ子供のように。

「移動、一緒しよう?」
「は……?良いですけど」
「ふふ」
「何笑ってるの……?変態なの…?」



僕はようやく気づいた。

彼女は無視していたのではなく、喋ろうとしていたのだ。

相手の瞳をジッと見て、答えようとする意思をちゃんと見せていた。

ただ待てば良いだけだったのだ。

それは普通の人ならひどく面倒なことなのかもしれない。何故私達が気を遣わなくてはならないのか、と眉を顰める人もいるかもしれない。

だからこそ彼女は選んでいる。相手を選び、交流を図っている。

その相手が自分の言葉を必ず受け止めて、肯定でも、否定でも、同意でも、何かしらの形で答えてくれると確信しているから。





彼女が颯爽と歩く先には大体、大きな木か、赤い花か、婚約者の姿がある。

今日の彼女は、校舎裏にある大きな木の陰でまったりしていた。

本を読むでも勉強するでもなく、何かを真剣に見つめている。

━━━━今なら……

僕は気がつくと、彼女に話しかけていた。

「…その木、好きなんですか?」

我ながら要領を得ない質問をしてしまった自覚はある。馬鹿か?もっとあっただろう。こんにちはとか、何してるの?とか。

だが仕方ない。見惚れてしまったのだ。意外にも暖かな表情をした横顔に。

案の定、僕の方を見た彼女は不思議そうに目をパチパチと瞬かせている。

やらかした。つらい。無言の彼女に無駄な言い訳をしようとした、その時だった。

「………木、というか」

初めてかえってきた返事に、僕は息をのんだ。…なんて愛らしい声だろう。一語一句聞き逃すまいと無意識に耳を澄ます。

「……かげが、好き」


「木のですか?」

聞くと、コクリと頷く。その仕草がなんとなく草食動物みたいで、胸が暖かくなった。

「模様が好き」
「ああ……確かに。木漏れ日が綺麗ですね…」
「きらきらだよね」
「きらきらが好きなんですか?」
「落ち着くきらきらが好き」
「なるほど……」

慣れてしまったらどうってことない。いつもの無口が嘘のようにスラスラと話し出す。

きらきらにも種類があるのか。落ち着くきらきらということは、宝石などは除外だろうか?

「太陽とか」
「星もそうですね」
「レモネード」
「キャンディにしても美味しいですね」
「絶対おいしい……でもレモンは嫌い」
「でも、レモンは健康にも美容にも良いんですよ?」
「それはすごい…」

家業のせいか、思わずたしなめてしまうが、彼女は嫌な顔一つせず、むしろ感心したように頷く。

その仕草が可愛くて1人ニヤついていた僕は、次の瞬間、一瞬心臓が止まった。

「すごいね、エトヴィン様」


……わらっ……た……?

瑠璃色の瞳が溶けるように薄くなり、口角がゆるくなった、気がした。

まるで5歳の子供とように無邪気な顔だった。

顔にじわじわと熱が集まっていくのがわかる。

むずがゆくてたまらない。

まさかこれが巷にいう、恋とかいうやつだろうか。

「あ……りがとうございます」







この時の浮かれた僕は知らない。

彼女は真面目そうに見えて、授業中に目が合うと謎のジェスチャーを送ってくるお茶目な一面があること。

便箋上のテンションは意外にも高いこと。



「…ララ、」
「あ、ソテル様」
「誰と話していたんだ?」
「エトヴィン様」

……彼女のよくいるこの木陰は、彼女の婚約者の教室からちょうど見下ろせる位置にあること。



いっそ知らない方が良かったのではと思うことも、彼女のことなら何でも知りたいと思ってしまうのは、僕にとって最大の誤算だった。




****

外野から見たララの話でした。
何気に初フルネームでしたね。覚えなくても良いです()

近々更新予定のソテル様視点が少々やべぇので小休止のつもりで書いたお話でした。

お付き合いありがとうございましたm(_ _)m




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感想 9

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みんなの感想(9件)

ぶんまる
2022.03.20 ぶんまる

ソテル様視点はないのでしょうか?
面白いので続きお待ちしております。

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ルルマ
2021.05.14 ルルマ

楽しいのに切ないとても良いお話なので何度も読み返してしまいます♪
続きをのんびりお待ちしています!

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かみつれ颯
2021.05.07 かみつれ颯
ネタバレ含む
解除

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