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エキセントリック・メイドドリーム

プロローグ08

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「さて、トール様も忘れてはいけないのだよ」
「いや! トール様がそんな事!」
 トールはとても穏やかで優しい人だ。人を殺すなんてできるとは思えない。でも私の訴えに対して、アリーンは残念そうに首を横に振る。君も分かっているだろう、と言いたげだ。分かっていた。トールの事情は。
「見方によっては、一番王に恨みを持っていると思わないかね?」
 そうなのだ。トールは長男だけど、王位継承権第三位になっている。側妻の子供だったために、正妻の子である次男のアンデストと三男のセブリアンに追い越された。アリーンの言う通り見方によっては、一番恨みを持っている可能性はある。
「思い当たる節があるようだね?」
 私は憎々しくアリーンを睨む。それを受けてアリーンが一度苦笑してから、私に背中を向け言葉を続ける。
「王子たちの誰かに犯人がいる、万が一その犯人と結ばれてしまえば……色々面倒だし、一気に転落する可能性を秘めている」
「それで私の玉の輿計画が、瓦解したと言いたいわけね」
 振り向いて少し真剣な表情で頷くアリーン。私を心配しているのだろうか。
「誰が犯人かわからない状態で計画を続ける、そんな危ない橋を渡るより、僕にしておけば安心だ」
 私を好いてくれているから、危ない橋を渡らせたくないのだろうな。アリーンの眼差しを受けて私は顔が熱くなるのを感じる。何で私なんかをそんなに好きでいてくれるんだろう。私とアリーンでは、こんなにも差があるのに。
 いつも私はアリーンを無視していた。それでも側にいるのは、本当に好きだからなんだろう。私の玉の輿計画を聞いて、自分も貴族になればと上り続けているのは、私を本当に好きだからなんだろう。意識を始めると、どんどん私の体温は上がっていく。アリーンにしておいたら、そんな考えが頭を過る。いやいやいや、私は身分の高い人に見染められて玉の輿に乗って一生豪遊して暮らすのだ。幼少期の貧困時代とバランスをとるために、そうするべきだ。
「むぐう」
 揺さぶられている。これはアリーンの罠だろうか。いつも軽薄な態度と表情で、不意に真剣になるのは卑怯である。キュンとしてしまうではないか。
 そこでふと思いつく事があった。そうだ犯人を見つけよう。私は急いでその考えをアリーンにぶつけた。
「じゃっ、じゃあ犯人を見つければ! 私の玉の輿計画は、ダメにならない!」
「なっ……いや、そんな事は……」
 予想外の言葉だったのだろう。アリーンは明らかに動揺していた。そうだ、犯人を見つければ危ない橋ではなくなる。
「じゃ! 犯人探してくる!」
 私は体を反転させて、走り出す。正直アリーンの顔を見てられない。いや、私はアリーンにドキドキなんてしていない。断じて。犯人を捜すために走り出したんだ。アリーンにドキドキして耐えられなくなった訳ではない。断じて。
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