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4話 企むベルーザ

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「こんなの絶対認めないから!」

 母親が怒りだしたのを見たスザンネも気力を取り戻したのか、噛みつく勢いでアーリアに大声を出した。

 そんな二人を無視して家に戻ると、スザンネはフォンが言っていた書類を手にアーリアの部屋までやってきた。

「見なさい、これ! ここにスザンネと名前があって、両家の署名まであるのに無かったことに出来るわけないでしょう?」

 得意げに突きつけてきた紙には確かにスザンネと書いてある。だけど、フォンは改ざんされたと言っていたような……。

「それならあなたが結婚すればいいわ、私は断るから。この話は終わりにしましょう?」

「はぁぁああ? 余裕ぶっちゃって本当にムカつくッ!」

 キーキーと鳴く猿のような声で喚き散らかすと部屋の中のもとをなぎ倒しながら出ていった。

 本当に疲れる。思い通りにすると言っても怒るなんておかしいとしか言えない。

 床に落ちたものを拾っていると、今度はベルーザが入ってきた。目を吊り上げて意地の悪そうな笑みをたたえている。

「いい気になるんじゃないわ、あなたとは絶対に婚約なんてさせないから。どんな手を使ったのか知らないけど、全て無意味よ」

「どんな手って……。私は何もしていませんし、いい気になってもいません。邪魔するつもりはないので放っておいてくださいっ!」

 初めてこんなに大きな声で言い返した。驚いたベルーザは目を大きく見開く。

「うるさい! 口答えせずに言うことだけ聞いてなさい! ……スザンネの婚約パーティーを開くから、参加するように」

 くるっと踵を返すとスタスタと出ていった。みんなに婚約者だと知らしめれば後に引けないと思ったのだろう。

 アーリアの実母が亡くなってすぐ、幼い女の子とともに移り住んで来てからとうに十年は経っているというのに、未だに気性の荒さには慣れないでいた。

 父親は母を失ったアーリアのためだと言ってベルーザと再婚したのだ。そのあとすぐ、体調を崩したまま今も床に臥せっている。

 この家の権力は実質的にベルーザの手に渡っていた。

 アーリアが反抗するたびに怒鳴りつけた。それでも言うことを聞かないと家の使用人たちに無視するように言いつけ、従わないものは即刻追い出す。申し訳なさそうな顔をしながら無視せざるをえない使用人を見ると、アーリアは反抗する気持ちが薄れていった。

 今日の出来事を頭の中で反芻しながら、アーリアは大きく息を吐いた。これからまた嫌がらせが始まると思うと酷く憂鬱な気持ちになる。

 だけど、母の形見を取り返せたのは良かった。もうあんなことにならないように、スザンネには見つからないところに隠しておいた。
 
 

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