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第一章

29話 団長

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「お食事の用意ができました」

「ありがとう。すぐに向かうよ」

 私は書類を抱え食堂に向かった。


 気遣いのできるマリエッタはサンドイッチを用意してくれたようだ。

 私はこの世界に来ていくつか元の世界の技術を伝えた。

 そのひとつがこの書類に書かれている算用数字だ。帝国ではいわばローマ数字のような形式の数字が使われていたが、計算に置いておいて0から9までのアラビア数字は圧倒的に楽である。

 二つ目がサンドイッチのような色々な国の料理だ。

 貴族の食事なだけあってか不味い料理が出てくる訳では無い。しかし香辛料やらの調味料がないこの世界の料理は少々物足りなく感じた。

 そこで私は一人暮らしで培ったか細い料理技術やレシピをシェフに伝えてみた。シェフは驚きつつも楽しそうに、私の言う料理を次々と再現していった。

 サンドイッチは片手間で作業しながら食べられる便利な食事として重宝されているのだが……

「レオ様、そのようなマナーは教えた覚えはありません。お忙しいのでしょうが、お食事の際は仕事をやめてキチンとテーブルに向かいましょう」

「……はい」

 幼い頃から教育係だったマリエッタには逆らえない。

 私は書類を横に置き黙々と腹を満たした。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




「ご馳走さまでした!」

「お粗末さまでした」

 マリエッタはテキパキと皿を下げる。

 私は最終確認をするため一度自室に戻ることにした。


 机の上に書類を広げる。この書類仕事で忙しい会議前の感じがどこか懐かしく感じた。

 それは戦場で感じた高揚とは別の、大仕事を前にするワクワク感と言った感じだ。自分は先陣に立つタイプではなく、こうやって地味な仕事の方がお似合いだと自分でも思う。

「失礼しますぅ」

 突然誰かが入ってきた。いや、喋り方だけで誰かはすぐに分かったが。

「シズネさん、もう出来たんですか?」

「大至急で作りましたぁ!」

「ありがとう。そこに置いておいてください」

「はぁい。……頑張ってね」

 シズネはそのまますぐに退室した。

 こうして見ると、部下だった優秀な女性社員を思い出す。

 どうしてだろう、戦争が終わって安心してしまっているのだろうか。何故か思い出ばかり浮かんできて仕事が手につかない。

 きっと疲れているのだろう。



「さてと」

 こんな時はコーヒーを一杯飲んで切り替えていた。今はそれもないが、何とか気持ちを入れ替える。

 シズネが持ってきたこの書類は要点だけが正確にまとめられており、資料として最高の出来だった。やはり我がウィルフリードの文官は粒ぞろいだ。

 私は羽根ペンを持ちメモに書き加えていく。紙にインクを滑らせる音が心地よく部屋に響く。



「レオ様、帝国近衛騎士団の御一行が到着されました」

 一時間ほど経っただろうか、扉の外からマリエッタに声をかけられた。

「よし、いこうか」

 インクが掠れないように気を配りながら書類をまとめる。



 会議室には団長と副官と見られる男、そして秘書官の三人がいた。対するウィルフリードからは私とシズネ、そして書記の文官の三人が出席する。

「御足労頂き感謝申し上げます」

「帝国の誇りたるウィルフリードの方とこうしてお会い出来ることを光栄に思います」

 私と団長はそう挨拶を交わし握手した。

「それでは早速始めましょう。まずはこちらの資料をご覧下さい────」

 最初に私がウィルフリードが受けた被害を説明した。団長も戦場に立ちその有様を目に収めただけあり、時より頷き、そして労る言葉をかけてくれた。

「こちら側の死者は一人も出ませんでした。最初に突撃した近衛騎士団こそ数名負傷しましたが、近隣領主軍の方は逃げる敵の背中を斬りつけただけですので無傷で済みました」

「それは何よりです」

「いえ、もっと早くに我々が到着していれば……」

「これでも私たちの予想より二日も早かったのです。団長殿が謝る必要などありませんよ……」

 いつまでも悔やんでいては始まらない。

「つきましては、ウィルフリードの警備にいくらか兵をお貸し願いたい」

「分かりました。……近隣領主軍は既に解散したので、明日到着する援軍本隊からいくらか引き返させずにウィルフリードに駐屯させましょう」

「助かります。……次に賠償金についてですが───」

 シズネがウィルフリードが負った損害分の概算が書かれた書類を差し出す。

 私は項目ごとに丁寧に説明をしていく。

「……この短期間でよくまとめられましたね。損害の規模は分かりました。……しかし、私は所詮一介の兵士ですので賠償金の取り扱いなどは判断しかねます」

「そうですよね……」

 最終的には皇帝の裁断によって決まる。臣下である私たちが、仮にも同列に並べられる貴族の処遇をどうこうできる立場にはない。

「ですが、私の方からも陛下にお話出来る機会があります。その時にウィルフリードの意向もちゃんと伝えようと思います。申し訳ありませんが、これが私の力でできる最大限です」

「いえ、それだけでも助かります。陛下のご慈悲の心を信じ、金銭面での支援があると願います」

 大貴族であるウィルフリードを完全無視、ということもないだろう。

 今の私にはそれを信じることしかできない。



「最後に今のところ分かっている今後の予定をお話します」

「お願いします」

 副官はメモを取り出し団長に渡した。

「先程も触れたように、明日には援軍の本隊がここまで来る予定でした。しかし反乱の鎮圧は既に終わったので、いくらかウィルフリードの防衛に回します」

「改めて、よろしくお願いします」

 団長は軽く頷きそのまま続ける。

「他の部隊はそのまま皇都まで帰還。私たち近衛騎士団もバルン=ファリアとコード=リアリスの身柄を引き渡すため、明日には皇都へ向け出発します」

 バルンを唆したと思われるコード=リアリスなる男。ファリアの反乱がただのバルン=ファリア一人の独断では無いことは確かだ。

「彼らに事情聴取が行われると並行し、調査部隊が派遣されファリア領での捜査が始められます」

 旧貴族たちの逆襲か。それとも、旧貴族を利用した他国の破壊工作の一環か。

 様々な思惑が絡み合っていることは間違いない。

「全てが明るみになり、賠償金を含め今後の措置が決まった後に、ウィルフリードには報告書が届くか、そのまま皇都へ直接呼び出されるかするでしょう」

 これから先もまだまだ、長い戦いになるということだ。



「ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございます」

 その後、書記官同士が会議の内容を軽くすり合わせ、確認したところで一区切りとなった。

「ウィルフリードの今後の発展を願います」

「ありがとうございます。……団長殿の武運をお祈り申し上げます」

 私たちは強く握手する。爽やかな見た目の団長の手は、力強く、温かかった。
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