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第二章
109話 交渉術
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「…………先帝が亜人・獣人の国々と築いた和平を、私の手で再び成したいのです……!」
ここに来る直前に団長から聞いたこの過去。この交渉の、そして私が望む平和な世界への前例とその根拠となる。
切り札としては、他人の功績に頼っている時点でどうかと思うが、それでも今の私には先帝の威光に頼らざるを得ない。
「確かウィルフリードというのは帝国でもかなり地位があると聞いた。だが、ファリアなどという地方領主のお前に何ができるというのだ?」
そう言うとヒュウガは鼻で笑った。
「──今、帝国軍の全軍指揮は私の部下が行っています」
ヒュウガの片眉が動くのが分かった。
どうやら私は少々見くびられていたらしい。彼は私と対等な立ち位置で交渉の場に着いていなかったのだ。
そうでなければ護衛をつけてまでここに呼び寄せたりしない。仮にも敵である帝国人をここまで入れるにはそれなりの自信があるのだろう。
「私の自慢の軍師なら、間違いなくこの戦争は帝国が勝ちます」
「そんな事やってみなければ分からないだろう」
「実際私たちがここまで無事にたどり着いているでしょう。これが私たちではなく、数百の帝国兵であればどうでしょうか?」
私は早口に捲し立てる。
「俺を脅しているのか?」
このまま軽くあしらわれるぐらいなら、私の甘いやり方が通じないのなら、先程の父のような交渉方法も必要だと判断した。
交渉とは、対等かそれ以上でなければ成立し得ないのだから。
「いえ、事実を申し上げているだけです。身内の私が言うのも何ですが、外にいる父一人を倒すことさえ難しいのではないかと思いますが──」
「黙れ!」
それは一瞬の出来事だった。
ヒュウガは立ち上がると、後ろに飾ってあった刀を抜いて私の首目掛けて突き出してきたのだ。
私はその光景がやけにゆっくりと見え、お飾りではなく本物だったのかだとか、刃文まできちんとしているななんて思っていた。
幸いにも切先が私の喉に突き刺さる前に、歳三が鞘のままの刀をヒュウガの刀と私の喉の間に差し込んだので、喉仏を押し込まれて咽る程度で済んだ。
といっても後ろへ吹き飛ばされるほどの勢いがあったので喉が潰れて言葉が声にならない。
「──レオ!残念だがこりャァ交渉は決裂だな!」
歳三はヒュウガの刀を押し返し、刀を抜こうと柄と鞘に手をかける。
その時、私の後ろの障子が開いた。
「何してるの!?」
シズネ、いやフブキはヒュウガと私の間に入り、私に覆い被さるように抱き抱えた。
「早くそれをしまって!」
「どけフブキ!」
ヒュウガの怒声に反発するようにフブキは私の事をより強く抱き締める。
「暴れてェってなら俺が相手するぜ……?主が殺されかけて黙ってるワケにはいかねェからなァ?……ただ外に出てからだ」
「──ハァハァ……、ま、待て歳三。……ヒュウガ殿、ここは穏便に事を済ませましょう」
私は歳三の刀の鐺を握り押し込む。こうすれば刀は抜けない。
逆に言えば、私がここまでしなければ歳三は今すぐにでもヒュウガの首を撥ねてしまいそうな目付きをしていた。
「私たちは可能な限り戦いを避けたい。妖狐族とて思いは同じはずです」
「…………」
竜人族の男は、妖狐族は最後まで戦いに反対していたという。侵略される側が戦いを拒んだということは、何らかの折衷案を考えていたに違いない。
「お願い。レオくんの話を聞いてあげて」
「…………」
それでもヒュウガは沈黙を貫く。
「今私たちの手にはあらゆる選択肢があります。しかし私はその中で最も合理的で理性的な解決策を選びたい。……それに、その刀についてもっと知りたいと思いませんか?」
「それは……」
私は歳三の刀から手を離す。それが「見せてやれ」という意味だと即座に判断した歳三は腰帯に鞘ごと差し、ぬるりと刀を抜いて刀身をあらわにした。
「……!な、なんて美しいんだ──」
ヒュウガが歳三の和泉守兼定に見惚れて刀を落とした所を、歳三は畳に突き刺さる寸前で背を掴み拾い上げた。
「私も一振、こちらの世界による手法で作り上げたものを持っています。しかし、本物と呼べるものは歳三の刀だけでしょう」
現代の日本でも、当時の刀を完全再現するのは不可能だと言われている。素材や製法などが今やロストテクノロジーと化しているのだ。
「──戦ってみたい」
「え?」
「俺はこの刀と戦ってみたい!」
ヒュウガに掴み掛かられた歳三は鍔に指を掛け、すぐにでも目の前の興奮した男を斬り倒す準備を整えていた。
どうやらヒュウガは激高した興奮が、そっくりそのまま美や知的好奇心の興奮へ変わってしまったようだった。
「どうするレオ?俺はどっちでもいいぜ」
正直戦っている場合などではない。一刻も早く亜人・獣人側のトップを見つけ出し、話をつけに行かなければならない。
「ヒュウガ殿、歳三が勝てば私にご協力頂けますか?」
「ああもうそれで良い!それでいいから早く!お前たちも時間がないのだろう!?」
こんな重要事項を自分の私利私欲のために勝手に決めて、長として大丈夫なのかと思った。だが、ここまで知に貪欲でなければ、妖狐族の長にはなれないのかもしれないとも思う。
「なら思う存分どうぞ。……シズネさん、──いや、フブキさん?……どこか戦える場所はありますか?」
私のフブキ呼びに、彼女は少し悲しそうな顔をした。
「……里はどこも狭いです。ちょっと離れた先にある草原が十分な広さかと……」
「早く行くぞ!」
ヒュウガは、歳三が掴んだ自分の刀を強引に奪うと外へ出ていった。
ここに来る直前に団長から聞いたこの過去。この交渉の、そして私が望む平和な世界への前例とその根拠となる。
切り札としては、他人の功績に頼っている時点でどうかと思うが、それでも今の私には先帝の威光に頼らざるを得ない。
「確かウィルフリードというのは帝国でもかなり地位があると聞いた。だが、ファリアなどという地方領主のお前に何ができるというのだ?」
そう言うとヒュウガは鼻で笑った。
「──今、帝国軍の全軍指揮は私の部下が行っています」
ヒュウガの片眉が動くのが分かった。
どうやら私は少々見くびられていたらしい。彼は私と対等な立ち位置で交渉の場に着いていなかったのだ。
そうでなければ護衛をつけてまでここに呼び寄せたりしない。仮にも敵である帝国人をここまで入れるにはそれなりの自信があるのだろう。
「私の自慢の軍師なら、間違いなくこの戦争は帝国が勝ちます」
「そんな事やってみなければ分からないだろう」
「実際私たちがここまで無事にたどり着いているでしょう。これが私たちではなく、数百の帝国兵であればどうでしょうか?」
私は早口に捲し立てる。
「俺を脅しているのか?」
このまま軽くあしらわれるぐらいなら、私の甘いやり方が通じないのなら、先程の父のような交渉方法も必要だと判断した。
交渉とは、対等かそれ以上でなければ成立し得ないのだから。
「いえ、事実を申し上げているだけです。身内の私が言うのも何ですが、外にいる父一人を倒すことさえ難しいのではないかと思いますが──」
「黙れ!」
それは一瞬の出来事だった。
ヒュウガは立ち上がると、後ろに飾ってあった刀を抜いて私の首目掛けて突き出してきたのだ。
私はその光景がやけにゆっくりと見え、お飾りではなく本物だったのかだとか、刃文まできちんとしているななんて思っていた。
幸いにも切先が私の喉に突き刺さる前に、歳三が鞘のままの刀をヒュウガの刀と私の喉の間に差し込んだので、喉仏を押し込まれて咽る程度で済んだ。
といっても後ろへ吹き飛ばされるほどの勢いがあったので喉が潰れて言葉が声にならない。
「──レオ!残念だがこりャァ交渉は決裂だな!」
歳三はヒュウガの刀を押し返し、刀を抜こうと柄と鞘に手をかける。
その時、私の後ろの障子が開いた。
「何してるの!?」
シズネ、いやフブキはヒュウガと私の間に入り、私に覆い被さるように抱き抱えた。
「早くそれをしまって!」
「どけフブキ!」
ヒュウガの怒声に反発するようにフブキは私の事をより強く抱き締める。
「暴れてェってなら俺が相手するぜ……?主が殺されかけて黙ってるワケにはいかねェからなァ?……ただ外に出てからだ」
「──ハァハァ……、ま、待て歳三。……ヒュウガ殿、ここは穏便に事を済ませましょう」
私は歳三の刀の鐺を握り押し込む。こうすれば刀は抜けない。
逆に言えば、私がここまでしなければ歳三は今すぐにでもヒュウガの首を撥ねてしまいそうな目付きをしていた。
「私たちは可能な限り戦いを避けたい。妖狐族とて思いは同じはずです」
「…………」
竜人族の男は、妖狐族は最後まで戦いに反対していたという。侵略される側が戦いを拒んだということは、何らかの折衷案を考えていたに違いない。
「お願い。レオくんの話を聞いてあげて」
「…………」
それでもヒュウガは沈黙を貫く。
「今私たちの手にはあらゆる選択肢があります。しかし私はその中で最も合理的で理性的な解決策を選びたい。……それに、その刀についてもっと知りたいと思いませんか?」
「それは……」
私は歳三の刀から手を離す。それが「見せてやれ」という意味だと即座に判断した歳三は腰帯に鞘ごと差し、ぬるりと刀を抜いて刀身をあらわにした。
「……!な、なんて美しいんだ──」
ヒュウガが歳三の和泉守兼定に見惚れて刀を落とした所を、歳三は畳に突き刺さる寸前で背を掴み拾い上げた。
「私も一振、こちらの世界による手法で作り上げたものを持っています。しかし、本物と呼べるものは歳三の刀だけでしょう」
現代の日本でも、当時の刀を完全再現するのは不可能だと言われている。素材や製法などが今やロストテクノロジーと化しているのだ。
「──戦ってみたい」
「え?」
「俺はこの刀と戦ってみたい!」
ヒュウガに掴み掛かられた歳三は鍔に指を掛け、すぐにでも目の前の興奮した男を斬り倒す準備を整えていた。
どうやらヒュウガは激高した興奮が、そっくりそのまま美や知的好奇心の興奮へ変わってしまったようだった。
「どうするレオ?俺はどっちでもいいぜ」
正直戦っている場合などではない。一刻も早く亜人・獣人側のトップを見つけ出し、話をつけに行かなければならない。
「ヒュウガ殿、歳三が勝てば私にご協力頂けますか?」
「ああもうそれで良い!それでいいから早く!お前たちも時間がないのだろう!?」
こんな重要事項を自分の私利私欲のために勝手に決めて、長として大丈夫なのかと思った。だが、ここまで知に貪欲でなければ、妖狐族の長にはなれないのかもしれないとも思う。
「なら思う存分どうぞ。……シズネさん、──いや、フブキさん?……どこか戦える場所はありますか?」
私のフブキ呼びに、彼女は少し悲しそうな顔をした。
「……里はどこも狭いです。ちょっと離れた先にある草原が十分な広さかと……」
「早く行くぞ!」
ヒュウガは、歳三が掴んだ自分の刀を強引に奪うと外へ出ていった。
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