16 / 70
第4章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅠ
その2
しおりを挟む
「弁当の中身をじっくり見つめているけど、キザムはお腹が空いていないのか?」
カケルが弁当を凝視し続けるキザムに不審げに訊いてきた。
「えっ、う、う、うん……食べるけどさ……」
キザムとしてもそう答えるしかない。これ以上じっとしているとますますカケルに不安を抱かせてしまうので、ぎこちない手つきで箸を持ち、昼食を食べ始める。
「そういえば野球部の連中、やけに張り切って食堂まで走って行ったな」
何回も聞いたカケルのセリフ。
「野球部は放課後に他校との練習試──」
「今朝の朝練はいつもより厳しかったらしいから、お腹が空いていたんだろうな」
「えっ? それってどういう意味なんだ?」
思わずキザムはカケルの机の方に身を乗り出していた。
「だから、そのままの意味だよ。他校との練習試合が近いから、朝練も厳しいんだってさ」
「だって野球部の練習試合って、今日の放課後にあるはずじゃ……」
「ん? オレが野球部の連中に聞いた話じゃ、練習試合は来週って言ってたけどな。それとも、オレの聞き間違いだったかな?」
カケルが首を捻る。
「そんな……なんで……なんで、そうなっているんだよ……?」
キザムは箸を持った右手を空中で止めたまま呆然と呟いた。文字通り、食事も喉に入らない状態だった。
今まで三度、同じ世界を繰り返してきた。細部に違いはあったが、おおまかな世界の流れに変化はなかった。
それがなぜ、四回目のこの世界では、明らかにそれと分かるほどの大きな変化が起きているのか?
キザムのまだ知らぬ『何か』が起きているのだけは、ひしひしと肌で感じることが出来た。
いったいどうしたらいいんだ……? このまま、この世界の流れに身を任せてもいいのかな……?
キザムは昼食を食べ終えたらあの『大惨事』の発生地点である、二階の女子トイレに向かうつもりでいた。だが、今こうして未知の事態に直面していると、果たして、それが正しい判断なのかどうか心に迷いが生まれてしまった。
「なあ、カケ──」
いっそうのこと自分が経験した不可解な現象について、カケルにすべて話そうかと考えた。キザム一人の胸で抱えるには余りにも問題が複雑怪奇過ぎて、答えにたどり着く道しるべすら見付からない状況だったのだ。カケルならば何か良いアドバイスをくれそうな気がした。
でもその一方で、たった一人の親友をあの『大惨事』に巻き込むわけにはいかないという思いも変わらずにある。
「──なあ、キザム。もしも何か相談事があるんだったら、隠さずにオレに話してくれよな。友達が困っている姿を、黙って見ているのは辛いからな。なんだか今日のキザムはいつもと違うみたいだからさ」
キザムが初めて聞く、カケルの落ち着き払った静かな声。まるでこちらの心中の悩みや迷いをすべて分かっているという風な感じである。
「カケル……」
キザムの心が大きく揺れた。たった一人の親友をあの『大惨事』に巻き込みたくはないが、同時にカケルがいてくれたら、どれほど心強いか計り知れない。二人で力を合わせれば、あの『大惨事』を防げるような気がしてきた。それくらいカケルの言葉には信頼に足る響きがあった。
「ありがとう、カケル。そこまで言ってくれるなら──」
キザムが心を決めて、時間がループしている事について話そうと口を開きかけたとき──。
「キザムくん、薬はもう飲んだの?」
キザムに話し掛けてきた生徒がいた。クラス委員長をしている流玲である。
「──あ、流玲さん……。う、うん……今から飲むところだよ……」
キザムは慌てた手付きで通学カバンから薬を取り出した。流玲とキスをした記憶が頭にしっかりと残っているので、流玲の存在を前にして焦ってしまったのである。流玲の顔を正面から見ることが出来なかった。なんだか話しづらい雰囲気が出来てしまった。場の空気を変える為に、何も言わずに五種類の薬をまとめて飲み込んだ。
「これで薬はちゃんと飲み終わったから……」
キザムは一応確認の意味も込めて流玲に言葉を掛けた。
「──ねえ、キザムくん……」
キザムの声に返事をすることなく、唐突に流玲が意を決したような声を上げた。
「えっ……?」
流玲の声が余りにも思いつめたように聞こえたので、キザムは流玲の顔を見つめた。
「う、う、うん……ちょっと、大事な話があるから……それで、少し話せる時間がないかなって……」
何事にも動じずに常に落ち着き払っている流玲にしては、珍しく顔を俯けて言いづらそうにしている姿が印象的であった。
「おい、キザム。絶好のチャンスだぞ」
キザムの背中を指で突いてきたのは、言うまでもなくカケルである。
「えっ、うん、話しぐらいなら……いいけど……」
キザムも流玲の態度を見て、口ごもってしまった。この世界ではここからキスの展開に移るのかな、とつい頭の隅で不埒なことを考えてしまう。
二人の男女が淡い青春の1ページを刻もうとしていたとき、横から邪魔者が現われた。
「教室に土岐野くんはいるかしら? 話があるんだけど」
教室の前のドアから顔を覗かせて声を上げたのは、養護教諭の沙世理だった。
「は、は、はい! ここにいますけど!」
キザムは慌てて沙世理の方に顔を向けて答えた。
「あっ、そこにいたのね。良かったわ。悪いけど、大至急保健室まで来てくれる? 体調のことで確認したいことがあるの」
「は、はい、分かりました」
自分の身体の話となれば断るわけにはいかない。
「ごめん、流玲さん。先に沙世理先生と話をしてくるよ」
「ううん、いいの……。わたしの話はいつでも出来るから……」
寂しそうに首を振る流玲の姿が、妙にキザムの心に残った。
「それじゃ、話が済んだら、急いで戻ってくるから」
キザムが教室のドアへ向かおうとしたところ、背中に声を掛けられた。
「──キザム、沙世理先生には『気を付けた方がいいぞ』」
早口でそう言ったのは、誰あろう、たった一人の親友であるカケルだった。
カケルが弁当を凝視し続けるキザムに不審げに訊いてきた。
「えっ、う、う、うん……食べるけどさ……」
キザムとしてもそう答えるしかない。これ以上じっとしているとますますカケルに不安を抱かせてしまうので、ぎこちない手つきで箸を持ち、昼食を食べ始める。
「そういえば野球部の連中、やけに張り切って食堂まで走って行ったな」
何回も聞いたカケルのセリフ。
「野球部は放課後に他校との練習試──」
「今朝の朝練はいつもより厳しかったらしいから、お腹が空いていたんだろうな」
「えっ? それってどういう意味なんだ?」
思わずキザムはカケルの机の方に身を乗り出していた。
「だから、そのままの意味だよ。他校との練習試合が近いから、朝練も厳しいんだってさ」
「だって野球部の練習試合って、今日の放課後にあるはずじゃ……」
「ん? オレが野球部の連中に聞いた話じゃ、練習試合は来週って言ってたけどな。それとも、オレの聞き間違いだったかな?」
カケルが首を捻る。
「そんな……なんで……なんで、そうなっているんだよ……?」
キザムは箸を持った右手を空中で止めたまま呆然と呟いた。文字通り、食事も喉に入らない状態だった。
今まで三度、同じ世界を繰り返してきた。細部に違いはあったが、おおまかな世界の流れに変化はなかった。
それがなぜ、四回目のこの世界では、明らかにそれと分かるほどの大きな変化が起きているのか?
キザムのまだ知らぬ『何か』が起きているのだけは、ひしひしと肌で感じることが出来た。
いったいどうしたらいいんだ……? このまま、この世界の流れに身を任せてもいいのかな……?
キザムは昼食を食べ終えたらあの『大惨事』の発生地点である、二階の女子トイレに向かうつもりでいた。だが、今こうして未知の事態に直面していると、果たして、それが正しい判断なのかどうか心に迷いが生まれてしまった。
「なあ、カケ──」
いっそうのこと自分が経験した不可解な現象について、カケルにすべて話そうかと考えた。キザム一人の胸で抱えるには余りにも問題が複雑怪奇過ぎて、答えにたどり着く道しるべすら見付からない状況だったのだ。カケルならば何か良いアドバイスをくれそうな気がした。
でもその一方で、たった一人の親友をあの『大惨事』に巻き込むわけにはいかないという思いも変わらずにある。
「──なあ、キザム。もしも何か相談事があるんだったら、隠さずにオレに話してくれよな。友達が困っている姿を、黙って見ているのは辛いからな。なんだか今日のキザムはいつもと違うみたいだからさ」
キザムが初めて聞く、カケルの落ち着き払った静かな声。まるでこちらの心中の悩みや迷いをすべて分かっているという風な感じである。
「カケル……」
キザムの心が大きく揺れた。たった一人の親友をあの『大惨事』に巻き込みたくはないが、同時にカケルがいてくれたら、どれほど心強いか計り知れない。二人で力を合わせれば、あの『大惨事』を防げるような気がしてきた。それくらいカケルの言葉には信頼に足る響きがあった。
「ありがとう、カケル。そこまで言ってくれるなら──」
キザムが心を決めて、時間がループしている事について話そうと口を開きかけたとき──。
「キザムくん、薬はもう飲んだの?」
キザムに話し掛けてきた生徒がいた。クラス委員長をしている流玲である。
「──あ、流玲さん……。う、うん……今から飲むところだよ……」
キザムは慌てた手付きで通学カバンから薬を取り出した。流玲とキスをした記憶が頭にしっかりと残っているので、流玲の存在を前にして焦ってしまったのである。流玲の顔を正面から見ることが出来なかった。なんだか話しづらい雰囲気が出来てしまった。場の空気を変える為に、何も言わずに五種類の薬をまとめて飲み込んだ。
「これで薬はちゃんと飲み終わったから……」
キザムは一応確認の意味も込めて流玲に言葉を掛けた。
「──ねえ、キザムくん……」
キザムの声に返事をすることなく、唐突に流玲が意を決したような声を上げた。
「えっ……?」
流玲の声が余りにも思いつめたように聞こえたので、キザムは流玲の顔を見つめた。
「う、う、うん……ちょっと、大事な話があるから……それで、少し話せる時間がないかなって……」
何事にも動じずに常に落ち着き払っている流玲にしては、珍しく顔を俯けて言いづらそうにしている姿が印象的であった。
「おい、キザム。絶好のチャンスだぞ」
キザムの背中を指で突いてきたのは、言うまでもなくカケルである。
「えっ、うん、話しぐらいなら……いいけど……」
キザムも流玲の態度を見て、口ごもってしまった。この世界ではここからキスの展開に移るのかな、とつい頭の隅で不埒なことを考えてしまう。
二人の男女が淡い青春の1ページを刻もうとしていたとき、横から邪魔者が現われた。
「教室に土岐野くんはいるかしら? 話があるんだけど」
教室の前のドアから顔を覗かせて声を上げたのは、養護教諭の沙世理だった。
「は、は、はい! ここにいますけど!」
キザムは慌てて沙世理の方に顔を向けて答えた。
「あっ、そこにいたのね。良かったわ。悪いけど、大至急保健室まで来てくれる? 体調のことで確認したいことがあるの」
「は、はい、分かりました」
自分の身体の話となれば断るわけにはいかない。
「ごめん、流玲さん。先に沙世理先生と話をしてくるよ」
「ううん、いいの……。わたしの話はいつでも出来るから……」
寂しそうに首を振る流玲の姿が、妙にキザムの心に残った。
「それじゃ、話が済んだら、急いで戻ってくるから」
キザムが教室のドアへ向かおうとしたところ、背中に声を掛けられた。
「──キザム、沙世理先生には『気を付けた方がいいぞ』」
早口でそう言ったのは、誰あろう、たった一人の親友であるカケルだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる