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10、証明
しおりを挟む「さ、侍?」
「んあ?何のクラスか知らずに来たのかい、嬢ちゃん」
そう言うと、ぽりぽりと首を掻き出す。
「なんにせよ、俺は女は弟子にとらねぇ。さっさとお家に帰んな」
しっしっ、とまるで猫でも追い払うかのように欠伸を噛み殺しながら手を振る。
むあっと酒の臭いが広がった。
「だ、だから!僕は女じゃない!!男だ!」
邪険な態度につい声を荒げてしまう。
なんなんだこのおっさん。
昼間からこんな酒臭くなるまで飲んで。
服装もだらしないし、本当にヴォルフなのか?
一応、細身の反りがある長い刀を携えているが、身のこなしというか立ち振る舞いが全く、剣の達人には見えない。
背丈はあるが、はだけた着物の襟からは薄っぺらい胸板が覗いている。
先程訪ねた戦士のいかついヴォルフ達とは雰囲気が違いすぎだ。
「そーんな綺麗なお目々で言われてもねぇ」
はあ、とこれ見よがしに大きなため息をつく。
今度は着物に手を突っ込んでぼりぼりし始めた。
いかにもめんどくさそうだ。
「ほ、本当だってば…!」
幾分、声が上ずってしまう。
「なら、証拠でも見せてくれんのかい?」
にやりと、<侍>のヴォルフは口角を吊り上げた。
「証拠?」
「そうそう、証拠だよ証拠。お前さんが男だって言うならな」
僕が男だと言う証拠。
そんなものどこにもない。
だって、本当は女なのだから。
「な、無いよ、証拠なんて」
「バカ言うんじゃないよ、あるだろ?」
にたにたと意地の悪い笑みを浮かべながら顔を近づけてくる。
瞳がなんともいやらしく歪んだ。
まさか。
「脱げ」
ヴォルフは吐き捨てるように短く言った。
「はあ!?」
素っ頓狂な僕の声がのどかな風景に響く。
木々にとまっていた蝶が瞬いた。
「じょ、冗談じゃない!なんで僕がそんなことしなくちゃいけないんだよ!!」
「あん?お前さんが男だって言い張るからだろ?女は弟子にしないが、男なら考えてやらんでもない」
「ほら」まるで当然のように急かしてくる。
「ま、まままま待った!!」
「何だよ?裸ぐらいで焦んなよ。男なんだろ?」
そう言ってどんどんと距離を詰めてくるヴォルフ。
あろうことか僕の服に手を伸ばしてくる。
無理。
無理だ。
脱がされたら男では無いと完全にわかってしまう。
いや、それ以前にこんな酒臭いおっさんに裸なんか見られたら羞恥心で生きていられない。
そんな最悪な想像をしている間に奴は僕の上着に手をかけ始める。
「いや、ちょ、待ってってば」苦し紛れにそう言うが、ヴォルフの耳にはまるで聞こえていないようだ。
手を振りほどこうとするが、意外にもその力は強く、ビクともしない。
え、本気?
一回りどころか二回り、三回り以上も離れてる子供の服を剥こうとしてるの?
どうかしてる…。
「ガキにまで手出す気かよ、おっさん」
突然、上から低いけれどもよく通る声が降って来た。
聞き覚えのある声だけれど、
ムカつく奴の声だと予想がつくけれど、
この際、そんなことはどうでもいい。
図らずともその声は僕にとって救世主となったのだから。
「あ?」とおっさんが声の主の方に気をとられた隙に、さっと僕は身を翻す。
次いで奴の手が届かないところまで一気に距離を開けた。
「とうとう酒で頭もおかしくなっちまったか」
とんっ、とまるで猫が高いところから降り立つように軽やかに声の主人は舞い降りる。
どうやら、この木造の家の屋根にいたらしい。
奴はちょうど、僕とおっさんの間に降りて来た。
エメラルドの瞳が一瞬僕を見据える。
「なんだあ?フェイじゃねぇか。久しぶりの挨拶がそれかよ」
奴__フェイ__を見ながらヴォルフが笑う。
「昼間からガキひん剥こうとしてるおっさんにする挨拶なんて知らないね」
フェイは相変わらず無表情で肩をすくめる。
「そりゃあ、お前、こいつが脱ぐって言い出したんだぞ?それを手伝ってやろうとしてただけだろうが」
「い、言ってない!!」
「ぴーぴーうるさいな。男だって証明するんじゃなかったのかよ」
「他に、もっと違う方法が…」
「ほう?」ニヤリと片頬を歪め、「なんだ言ってみろよ」と顎を上げる。
なんともひとを不快にさせる表情だ。
「こいつには何を言っても無駄だ。諦めろ」
フェイは僕に向き直り、そう言う。
「まあ、お前を弟子にとるようなヴォルフがいるとは思えんがな」と一言添えて。
沸々と怒りのボルテージが上がる音が体から聞こえた気がした。
なんなんだ。
この酒臭いヴォルフといい、フェイといい、ひとをバカにするのもいいかげんにしろよ。
ふと視界の隅に鋭く光るガラスの破片が地面に落ちているのが見えた。
僕は怒りのままにその破片を手の平が切れるのも構わずに手に取った。
ザクっ。
想像していたよりも小気味の良い音が響いた。
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