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11、そしてまた
しおりを挟む「なっ」
フェイのどこか間の抜けた声が漏れ聞こえた。
へえ、こいつでもそんな声を出すことがあるんだ。
「何してやがる、嬢ちゃん?」
ヴォルフも目を見開いていた。
僕だって、自分に驚いている。
でも、ここまで来たら引き下がれない。
「…証明したんだよ」
そう言うと、僕ははらはらと舞う自分の髪を掴んで掲げて見せた。
足元には鴉の濡羽のように僕の黒髪が舞っていた。
切れ味が良いとは言えないが、それでも胸まであった黒髪はうなじが見えるぐらいには断ち切る事が出来た。
「僕は、男だ」
そう言って髪の毛を投げ捨てる。
そよ風に髪の毛が舞った。
「がっははははははっはは!」
少しの沈黙の後、ヴォルフの大きな笑い声が響く。
「こりゃあ、一本とられた」
「髪は女の命、だもんなあ」と額を押さえてひいひいと笑い続ける。
一方、なかばぽかんとしていたフェイはどこか呆れた表情だ。
「まあ、長老からうるさいくらい弟子弟子言われてたからな。いいだろう」
まだ笑いの発作が収まっていないのか、腹を押さえながらヴォルフは言う。
「お前を弟子にしてやるよ」
刹那、ヴォルフの瞳が底光りする。
鋭く、獲物を狙う猛禽類のようだった。
だがそれは一瞬のことで、すぐに酒の影響で蒸気した顔にもどった。
「古臭いだの役に立たないクラスだの言われて万年弟子なしがよく言う」
蔑むような視線をフェイがヴォルフに注ぐ。
「師匠に向かってその態度はねえだろ、フェイ」
ヴォルフがからかうように笑った。
「元師匠だ。師弟関係はとっくに解消している」
「つめたいねえ」
「え」思わず驚きが漏れる。
「んあ?知らなかったのか、こいつ前まで俺の弟子だったんだぜ」
どこから取り出したのか、ヴォルフの手には酒瓶が握られていた。
「…てことは、フェイって<侍>のクラスなの?」
顔を向けるとなぜかむすっとした表情のフェイが見返してくる。
「そうだ」
これにはヴォルフが答えた。
意外そうにフェイを僕は見上げる。
確かに、フェイが腰に吊るしている刀はヴォルフの物と酷似していた。
「ま、何はともあれよろしくな」
「俺の名は、蓮雨だ」ヴォルフは名乗ると、右手を差し出してくる。
「えと、ロゥ、です」一応の名付け親であるフェイの前で名乗るのはなんだか気まずかったが、僕も右手を差し出す。
その手が握られた途端、視界がぐるっと一回転した。
「俺は厳しいぞ?」
その声が聞こえたのと、自分が宙に舞ったのだと気づいたのはほぼ同時だった。
***
久しぶりの集会所はざわざわと前に訪れた時よりも大分賑わっていた。
「君、新人でしょ?戦士だよね、うちのパーティ来ない?」や「君可愛いね、僕のところのパーティどう?」なんて声がところどころから聞こえてくる。
僕たち新人の噂を聞きつけた先輩ヴィーゼルからの勧誘らしい。
僕はとりあえず、知っている顔を探そうとした。
すると、すぐに見知ったグレーの髪色の少女を見つけることが出来た。
「ミーシャ」
声をかけると、ミーシャは不安そうな顔色を幾分輝かせた。
「ロゥ、久しぶり」
ミーシャは僕の側に来ると、不思議そうに見つめてきた。
僕は、蓮雨から貰った装備を身につけている。
安っぽくてボロボロだけれど、ないよりかはましだろう。
「ロゥはなんのクラスのヴォルフさんのところに行ったの?」
「ああ、<侍>のヴォルフだよ」
「さむらい…」
「そう、なかなかいないクラスらしいんだけどね。ミーシャは?」
見るとミーシャは白や薄緑を基調とした装備をしていた。
ふわりとしたローブにいくつものポケットがついている。
「…<薬草師>」
「へえ、どんなクラスなの?」
「えっと、薬草とかを調合して傷を癒したり毒を中和したり、かな」
そう言って恥ずかしそうに身体を屈める。
「ロゥは?修行どうだった?」
「あー、僕はね…まあ、ぼちぼちってとこかな」
正直、蓮雨の教えは地獄だった。
ヴォルフに弟子入りすると、最初の2週間は泊まり込みで基礎の鍛錬をする。
これをこなしてヴォルフに認められれば、晴れてそのクラスを名乗れる。
認められなければ、追い出され、また違うヴォルフに教えを乞うしかない。
そして、定期的にまたヴォルフの元に戻り、新たな技や術を教えて貰うのだそうだ。
ただ、この基礎の鍛錬がきつかった。
本当に死ぬんじゃないかと思ったほどだ。
実際、死にかけて蓮雨の知り合いのヒーラーに治療してもらったこともあった。
こんなんで本当に認められるか不安で仕方なかったが、
「お前気は短いが、いざって時根性があるしな」と、微妙だがなんとか認められた。
そして昨日、その証に新品の刀をもらい受けた。
<侍>のヴォルフは弟子に自分が名をつけた刀を渡すのがしきたりらしい。
それまでは木刀や刃のかけた刀などを使っていたため、軽く涙が出た。
僕に合わせてオーダーした物らしく、短めの直刃で、白い刀身が映える一品だった。
鍔に兎が彫り込まれていることとその雪のように白い刀身から白玖兎と蓮雨は名付けてくれた。
ひとつ疑問だったのは、なぜか蓮雨と師弟関係を解消しているはずのフェイがちょくちょく顔を出してきたことだ。
そして、ここがダメだとか、そこがダメだとかいちいち駄目出ししてきては自分の剣さばきを見せつけてくるのだ。
確かにフェイの太刀筋は流麗で、見惚れるほどではあったけれど、なんか勘に触った。
そして、鍛錬の最終日、それまで座ってあれやれこれやれと言っているだけだった蓮雨と木刀での打ち合いをした。
一太刀でも当てられれば合格だ。
結果は、日が暮れるまで打ち合ったが、僕の惨敗で終わった。
見た目で人を判断してはいけないと実感した瞬間だった。
これではヴォルフ探しからやり直しだと危ぶんだ僕は、まず、でろんでろんになるまで蓮雨に呑ませた。
蓮雨は酒が好きだが、弱く、酔いつぶれるまでそう時間はかからなかった。
そこで隠し持っていた手製の短い木刀でとん、と頭をたたいた。
翌日、僅かに記憶を保っていた蓮雨が仕方ない、と承諾してくれた。
だって、こうでもしなければ本当に危うかったのだ。
師匠のくせに少しも手を抜いてくれなかったし。
***
「それ、ロゥの身分装飾具でしょう?綺麗ね」
ミーシャが僕の耳元を指差して言う。
「ああ、これね」
僕は片耳のみに着いている耳飾りに触れた。
シャラ、と澄んだ音を立てる琥珀色のこれは、刀とともに蓮雨から貰ったものだった。
どうやらこれもオーダーメイドらしいのだが、フェイが片耳に着けている身分装飾具と酷似していて何だかお揃いみたいになってしまった。
「ミーシャのも可愛いね」
ミーシャは首元に翡翠色の石がはめ込まれたチョーカーをしていた。
華奢な作りでよく似合っている。
ふふ、とミーシャは遠慮がちに笑った。
「ねえ、君たち」
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