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Q3.謎解きの街の大事件
シンプルな答え
しおりを挟む「けどそのやり方も、蒼衣ちゃんは伝えてくれた。――蒼衣ちゃんは、『あたしのクラス』と言ってくれた」
「それは、学校のクラスのこと?」
「だと思う。それも特に指定とかしてるわけじゃないから、今の蒼衣ちゃんの学校のクラスのことのはず」
虎子ちゃんの質問に答える。
自信を持って答えきれるわけじゃないけれど、そうそう間違ったことも言ってない、と信じたい。
「青海さん、蒼衣ちゃんが今5年何組かって知ってますか?」
「2組でしょ、それぐらいあの子から聞いてるわ」
「そう。だから、キーワードは『2組』。もっというと、『2』」
「2?」
「2か」
鷹くん隼くんがそろって首をひねる。
「意味不明な文字列に、ヒントとして数字がついている。だったら、試せることがある」
ただの数字じゃない。
蒼衣ちゃんがわざわざヒントとして残した数字なのだ。絶対に意味が無いとおかしい。
「2文字ずらす……ってことかしら?」
「そうだと思う」
虎子ちゃんの言葉に、わたしは首を縦に振る。
五十音順で文字を上や下にずらす。意味不明な文を作るには、最も手っ取り早い方法の1つだ。
単純だけど、昨日わたしが蒼衣ちゃんに出した問題のようにずらす文字数を変えたり、あるいはずらす順番を変えたり、とバリエーションは豊富。工夫次第で、いくらでも複雑にできる。
だけど考えてみれば、今の蒼衣ちゃんにそこまで考える余裕はないだろうし、考える必要もない。
何しろ今回の暗号は、わたしたちに解いてもらうための暗号だから。電話越しにわたしたちへしゃべったあの瞬間に、誘拐犯にメッセージだと思われなければいいだけだ。
もし今、誘拐犯もあの暗号が解けてたとしてももう遅い。メッセージはすでにこちらに伝わっている。
だからこそ、今回の暗号は一番シンプルな、五十音順で指定された数字の分ずらすだけのはず。
「じゃあ早速やってみるか。『えてせりおひにさえ』だから、2文字上にずらしてと」
「『いちしようのとけい』」
「って隼、はええよ」
隼くんが言われて、ちょっと得意げに髪を触る。
「でも、『位置使用の時計』……?」
「『一小の時計』じゃないかしら」
虎子ちゃんは顔を上げて、わたしを真っ直ぐ見つめる。
「そうだと思う。多分蒼衣ちゃんは、閉じ込められている場所から見えたものをメッセージに残した」
わたしたちの通う海老川第一小学校は、短く一小と呼ばれている。
そして他の小中学校と同じように、校舎の一番高いところに大きな時計がついており、場所によっては学校の敷地外からでも見える。
蒼衣ちゃんが見たものの中で、一番手がかりになりそうなものがその時計だったのだろう。
「念の為確認だけど、校舎そのものに閉じ込められているということはないわよね?」
わたしは鷹くん隼くんに確認する。2人の返事はすぐだった。
「無いな。土日は基本的に学校は開いてないし」
「それに、学校の中にいるんだったら蒼衣だってわかるはず」
そうだよね。もし校舎とか倉庫の中に蒼衣ちゃんがいるんだったら、もっとそれを直接メッセージにするはずだ。例えば『一小の中』とか。
「でも、実際にあの時計が見える建物って、どれぐらいあるのかな?」
わたしは小学校の周りの風景を思い出しながら、なんとなく聞いてみる。
小学校があるのは商店街と住宅街の境目あたりで、周りには高いビルやマンションも多い。
だから、道のすき間からあの時計が見えることはあっても、普通の家とかからでは他の建物が邪魔になるような気がするのだ。
「確かに、候補は多くないと思う。でもだからこそ、端からあたっていくことができるはず」
虎子ちゃんが答える一方で、警官の人は無線機らしきものを取り出している。
「はい、監禁場所の手がかりが、はい」
さっそく、他の刑事さんにこの情報を伝えているようだ。
もし、わたしの推理が合っていたら。
これで、蒼衣ちゃんを救える、のかな?
「なあ、もしかして蒼衣、あそこにいるんじゃないか」
「俺もそんな気してる。蒼衣が行くような場所じゃねえと思ってたけど、連れ去られたんなら話は別だ」
今度は隼くんと鷹くんがそんな話を始めた。
「2人とも、何か当てがあるの?」
手がかりが見つかっても、具体的に蒼衣ちゃんの居場所の候補としてどういうところがあるのかは、海老川に来たばかりのわたしにはわからない。
わたしができるのは、蒼衣ちゃんからのメッセージを読み解く、そこまで。
メッセージは『一小の時計』で、きっと閉じ込められた場所から見えたもの。
そして勝手な想像だけど、他に見えたものはあまりないんじゃなかろうか。
もし他に目立つもの、例えば駅ビルとかが見えたとしたら、きっと蒼衣ちゃんはそれもメッセージにしてるはずだからだ。
そうしていないということは、そもそも見えていないのか、あるいは『一小の時計』だけで十分だと蒼衣ちゃんが判断したということ。
わたしにはわからなくとも、海老川で生まれ育った鷹くん、隼くん、虎子ちゃんたちになら、わかるかもしれない。例えば『一小の時計』以外はあまり他の風景が見えないような低い建物とか。
「ああ。一小の正門の前に川があるだろ?」
「うん」
全力でジャンプすれば対岸まで飛べそうなぐらい細い川だけども。
「その向かい側が、つぶれた工場になってるんだよ」
わたしは思い出す。
確かに川に面して町工場っぽい建物があったような……
「あそこなら正面に一小の時計が見える」
「それに、ある程度敷地が広いから、蒼衣が大声を出してもあまり外まで聞こえない」
なるほど。
「そういえばそんな場所があったわね。たまに男子が勝手に入ってるところでしょ?」
虎子ちゃんも会話に入ってきた。
やっぱり、わたしは知らなくともみんなの知ってる場所はあった。
あの建物から手がかりを伝えようとしたら、『一小の時計』は確かに外せないだろう。あまりにも正面だからだ。
「そこだよ虎子。――すずめ、ありがとう。おかげで場所がわかったかもしれない」
「そうだな。さすがだ」
隼くんがうんうんと首を縦に振る。
鷹くんはわたしの肩に後ろから右手を回して、そのままぽんぽんと優しく叩いた。
「でも、まだこれで合ってるかもわからないし、それに」
「これならみんなも思いつく、かしら?」
言おうとしたことを、虎子ちゃんに見透かされた。
「そうかもしれません。ですが、これを真っ先に思いつけたということに価値がある」
「…………」
「言われてみれば『なんだ、そんな簡単なことだったのか』っていうのは、すずめさんもよくあることではなくて?」
確かにそうだ。
ミステリのトリックだって、意外とそういうのが多い。
でも、解決編を読んでからどうしてわからなかったんだ、って思っても意味がないのだ。
今もそれは同じ。
早くひらめくことも、謎解きの力のうちなのか。
「すずめ。これで蒼衣を早く助けられるんだ」
「そうだ。もっと自分を誇れ!」
わたしの背中を、鷹くんがバンと叩いた。
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