交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

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第一章

嵐の予感①

「――きろ! 早苗さなえ、起きろ!」

 誰かの大声が聞こえた気がしたが、私はそこにあった布団を頭からかぶり直した。
 なんだか、体が重怠い。

「んんー……」
「起きろ!」

 突然視界が明るくなり、冷たい空気が顔面を襲った。

「ぎゃあ!」

 思わず自分の体を抱きしめ、ぶるりと鳥肌の立った両腕を抱える。素肌の感覚がして、私ははっと目を開けた。
 目の前に、白い壁。頭だけが布団から出るように捲られている。私は、自分の体をペタペタと触った。

 嘘⁉ 私、服着てない!

 布団の中とはいえども、露わになっている胸を隠すように、体をぎゅっと縮こませた。

「やっと起きたか」

 背後から聞こえてきたその声に、恐る恐る振り向く。

 目に入ったのは、程よく筋肉のついた腹筋。それから、大きくて厚い胸板。
 男らしくがっしりとした肩、そのわりほっそりとした首元、小さく動く喉仏、シャープな顎のライン――。

 その上にあったのは、ムッと眉間にしわを寄せ、こちらを見下ろす見知った顔だった。
 私の勤める広告代理店の、カリスマで鬼で熱い男。三十一歳という若さながら、我がメディア局の副局長。三条悠互さんがそこにいた。

「え? ええっ⁉」

 思わず高速で瞬きを繰り返し、頬をつねってこれが夢でないことを確かめる。
 途端に三条さんがふいっと顔をそむけた。

「胸は隠しておけ」
「す、すみません!」

 頬をつねろうとして、布団がはだけてしまったらしい。
 慌てて布団を肩まで引き上げて、再び布団の中に潜り込んだ。が、途中で彼の脚に私の足の先が当たってしまった。

「わ、ごめんなさい!」
「いや」

 身じろいだ彼のそれも、素肌。
 どうやら、私も彼も、一糸まとわぬ姿。そして、おそらく一人用と思われるベッドの上で、同じ布団の中にいる。

 つまり、これは、同じ布団で寝ていたということ。つまり、これは、きっと、そういうことだ。

「体、つらくないか?」

 彼のその言葉に、昨夜あったことを思い知る。

「わ、わわ、わかりませんっ!」
「そうか」

 一度こちらを向いたはずの彼は、顎に手を置き何かを考え込む。その頬は、わずかに赤らんでいた。

「あ、あの……私たちって、その……」

 布団の中から見上げた彼は、こちらを一度ちらりと見てから零した。

「早苗も、覚えてないのか」

 その言葉に、私は目を見開いた。
 彼は長い前髪を搔き上げるように頭を抱え、ため息を零す。

 いつもはまとめ上げられている艷やかな黒髪がさらさらと指の隙間から溢れて絵になるが、今はそんな流暢なことを考えている場合ではない。

『早苗も』ということは――。

「もしかして、三条さんも?」
「……ああ」

 ややあって、三条さんが答えた。

「女性は色々と、アレだろ、だから、こういうことは……分かるのか、と思ったんだが」

 どうやら、彼は事実確認がしたいらしい。
 だけど、どんなに記憶を巻き戻しても、なぜベッドの上この場所に、互いに裸同士この状態でいるのか、私は全く思い出せない。

「言われてみれば、やや怠いような気が……します」
「そうか」

 その後、しばらくの沈黙が訪れる。私はどうしていいか分からず、布団の中から目だけ覗かせて彼を見た。

 三条さんは難しい顔をして、ずっと何かを考えているよう。しかし突然、当たり前のことを言い出した。

「……服を着ないといけないな」
「え?」

 彼はそう言うと、ベッドから降りようとする。
 つまりどうやら、三条さんはそれほどこの状況に動揺していたらしい。

 どんなに熱くても冷静さは欠かないと評判のあの三条さんが、動揺しているなんて!

「おい」

 彼の動揺に謎の焦りを感じていると、突然ギロリと睨まれた。それで、体がシャンとする。

「何でしょう!」
「悪いが、向こうを向いていてくれ」
「あ……すみません」

 なぜか彼の逞しい体をじっと見てしまっていた。顔が真っ赤になる。
 慌てて壁の方を向き、念の為目をつむり、じっとする。

「服を着たら、そのままダイニングに来い。シャワーは俺が先でいいな」
「はい」
「先に出ている」

 しばらくして、バタンと扉の閉まる音がする。それで、私はほっと肩をなでおろした。

 それから振り返り、じっと部屋内を見回した。
 朝日の入る部屋の窓、カーテンはシンプルな青色だ。ベッドサイドにはチェストがあり、その上にはコピーライトの本や物語作成の構成など、私の部署に関係のありそうな本が二冊置いてある。これはきっと、三条さんのものだろう。

 ――ということは、ここはやっぱり、三条さんの部屋である、ということだ。

 どうしよう。
 三条さんと、三条さんの自宅で、こんなことになってしまうなんて!

 何度でも気は動転するものだと初めて知った。けれど、三度目となると思考が冷静になるのも速い。

 もう一度周りを見渡し、三条さんがいないことを確認してから、そっと起き上がる。分かっていたことだが、見下ろした体はやっぱり何も身につけていなかった。

 やっぱり、これはきっと、そういうことなんだよな。

 ため息をこぼしながら、ベッドから抜け出す。すうっと素肌に冷たい空気を感じて、思わずブルリと体が震えた。

 だけどすぐに、三条さん他人の家で素っ裸であるという事実に妙な気恥ずかしさを感じ、誰に見られているわけでもないのに体を両手で隠した。
 そのまま、床に散らばっていた私の服を拾ってゆく。

 放り投げたのか、それともその場で脱いだのか。
 昨夜確かに着ていた服は点々と散らばっている。その中には、もちろん下着もある。

 三条さんの服がどんなふうに落ちていたかは存じないが、おそらく先程、この下着たちはばっちり三条さんに見られてしまっただろう。

 恥ずかしい。私は拾い上げた下着を見て、羞恥にため息をこぼした。

 機能性を重視した、色気のないベージュの上下。こんなことなら可愛い下着を着ておくべきだったと思ってしまう。

 いや、もう終わったことだ。こんなこと、二度とない。

 ――というか、三条さんに可愛く見られたいとか、別にそういうのどうでもいいからっ!

 謎な思考と羞恥で頬が熱くなり、ごまかすために急いで服を身にまとった。
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