交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

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第三章

引き裂かれて、繋がる夜②

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 隣に三条さんがいると、それだけで世界が明るく見える。
 だけど、三条さんの濡れた髪とコートについた雨粒に、申し訳なさが募る。

「そういえば、どうして三条さんは私の居場所が分かったんですか?」

 ホテルまでの道を歩きながら訊くと、三条さんはすぐに答えてくれた。

「鍵についてる、黒いカードあるだろう。あれ、紛失防止タグなんだ」

 三条さんの言葉に、そういえば三条さんの家を出てからずっと、手持ちの鞄に鍵を入れていたことを思い出した。

 あの黒いカードは、三条さんの家のエントランスを開ける鍵じゃなくて、紛失防止のタグだった。
 つまり、三条さんはそのタグのGPS機能で鍵の場所――私の居場所を特定してくれた、ということだ。

「俺の家の鍵を持ち歩いていてくれて、助かった」

 でも、それなら三条さんは私があの場所にいると分かっていたということだ。
 それなのに、傘も差さずにあんなに必死に駆けつけてくれた――。

 彼の行動にじわんと胸が温かくなり、鼓動が早まる。

 見上げた三条さんは、とても優しくて、かっこいい顔をしていた。

 ***

 やがて、ホテルに着く。中に入ると、フロントマンが慌ててタオルを持ってきてくれた。

 三条さんはそこでも何言か彼と言葉を交わし、傘だけフロントに預けると私たちは部屋へと向かうため、エレベーターに乗り込んだ。

「サウナを勧められた。だが、遠慮した」
「いいんですか?」

 雨が強くなる前に軒に入った私はそこまで濡れていないが、三条さんは私を探すために走り回ってくれていた。
 今もまだ、髪はびっしょりに濡れてしまっている。

「ああ。今は、杷留と一緒にいたいんだ」

 彼の言葉に、私の頬は熱くなる。
 エレベーターの中の鏡に映った私は、真っ赤だ。それで余計にドクドクと胸が暴れ出し、何も紡げなくなってしまう。

 その時、エレベーターが最上階についたことを知らせ、扉が開いた。三条さんに手を引かれ、部屋に戻る。

 部屋の中に入ると、途端に三条さんに抱きすくめられた。
 驚き、目を見張る。

「悪い。でも、杷留がここにいると、確かめさせて欲しい」

 三条さんはそう言うと、私を抱きしめる力を強くする。

「心配かけて、ごめんなさい」
「いいんだ、無事でいてくれたんだから」

 三条さんは私の言葉にすぐにそう返す。

 真面目な三条さんのことだ。
 彼の言葉は、パリで私に何かがあったら、責任を感じてしまうから。
 だから、きっとこうやって、安心したいんだ。

 そう思うのに、体は別の想いを期待していた。

 先ほどの、雨の中でのキスを思い出し、もしかしたらが頭をよぎる。
 ドキドキと胸が鳴る。それじゃダメだ思うのに、心臓が早まるのを止めることはできない。

 勘違いしちゃだめだ。

 そう言い聞かせるために、私は「ここにいます」という意味を込めて、彼の背中に手を伸ばした。

 すると、ピクリと彼の体が反応する。

「あの……私、ここにいますから」

 勘違いするな。自分に言い聞かせるように、言いながら顔を上げる。

 すると、三条さんの顔が近づいてくる。そのまま優しく、彼の唇が私の唇に触れた。

「ん……」

 心が求めていたものが落とされた安心感に、思わず声が漏れる。すると、三条さんの唇が薄く開いた。
 上唇を優しくまれ、その感覚に背中がぞくりと震えた。

 だけど、三条さんのキスは止まらない。
 上唇と下唇を、ついばむように何度も合わせてくる。

 私もそれに応えたいと、彼の唇を優しく食む。
 すると、薄く開いた口の間に、彼の舌が侵入してきた。

「はあ、ん……」

 思わず漏れた声は色っぽく、自分でも恥じてしまうほどだ。
 だけど、三条さんはそんな私が腰を引かないようにとより強く自分の方へと私を引き寄せ、唇の中をまさぐってくる。

 上あごを優しく舌でなぞられると、それだけでぞくぞくして、くらくらする。
 やがて彼の舌が抜かれると、私は寂しくて自分の舌を彼の唇に滑り込ませた。
 三条さんの唇の中で、私の舌が彼の舌と絡む。

 官能的なキスに酔っていると、ふらついてしまった。
 三条さんが腰を抱き寄せてくれていたから気づかなかったが、だいぶ体から力が抜けていたらしい。

 三条さんははっとして、私を支えてくれる。
 それから優しく、私の背と膝裏に自分の手を差し込んで、お姫様抱っこをしてくれた。

 三条さんはそのまま私をリビングルームのソファにふわりと優しくおろす。
 しかし三条さんはソファには座らずに、私をおろすとすぐに立ち上がった。

「すまない。こんなこと」
「平気です。それに、私も――」

 言いかけて、恥ずかしくなり、黙ってしまう。
 体全部が熱い。思わず両こぶしをぐっと握りしめた。

 すると、三条さんは私の頭に、優しく大きな手を置いた。
 思わず見上げた彼は、困ったような笑みを浮かべていた。

「あまり困らせることを言うな。これ以上を、望んでしまう」

 そう言うと、彼は私の頭の上から手を退ける。
 彼はそのままコートを脱ぐと、今までのことが無かったかのようにスーツケースの置いてある方へ行こうとする。

「あ、あの……」

 思わず三条さんのセーターの裾を握り、引き止めてしまった。
 彼は「困った」とでも言いたげな顔でこちらを振り向く。

 どうしよう。なんて言おう。

 引き止めたくせに、これ以上を望む言葉を自分からは言い出せない。
 彼にじっと見つめられ、目元が潤む。

 心はとっくに、彼を求めていた。

「その顔は、ダメだ」

 三条さんはそう言うと、戻ってきて私に触れるだけのキスを落とした。
 それから、私の瞳をじっと覗く。

「次は、止まれそうにない。それでも、いいのか?」

 そういう三条さんの瞳は真剣だ。だけど、その奥に見えたのは、雄の情熱をともした光。『止まれない』とは、そういうことだろう。

 胸の高鳴りが、呼吸を早める。余計に目頭が熱くなって、私は口で息をした。

 今は、何も考えたくない。彼の体温を、感じたい。

「……はい」

 小さく呟くような声しか出せなかったけれど、三条さんはそれをきちんと聞き取ったらしい。
 彼の唇が、勢いよく私の唇を塞いだ。

 まるで野獣のようなキス。呼吸ごと全部奪われるような、苦しくも幸せなキスだ。

「は……」

 唇が離された時には必死に空気を求め、思わず息継ぎのような声が出てしまう。
 そんな私を見て、三条さんは優しく微笑んだ。

「可愛いな、杷留」

 そう言うと立ち上がり、着たままだった私のコートを優しく優しく脱がせてゆく。

 私は再び三条さんに抱き上げられ、ベッドルームまで運ばれた。
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