交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

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第四章

新しい案件と彼の家族①

 パリから帰国して、初めての出勤日。
 この一週間の間に、東京はすっかり季節が代わったらしい。

 街中には約一か月後のクリスマスを待ちわびるように、どこかしこに緑と赤を基調としたモチーフが飾られているし、テレビをつけると情報番組では今年はどこのイルミネーションが綺麗だの初開催だの、そんな話題で持ちきりだ。

 もちろん、寒さも増しているのだとは思うが、パリの方が寒かったからあまりそれは実感がない。

 そして我が社も例外なく、クリスマス色に染めあがっていた。
 エントランスのロビーには、大きなクリスマスツリーが飾られていたのだ。これは、毎年この時期になると飾られる。

「もうそんな季節なんだな」

 今日も今日とて一緒に出勤した三条さんがそう言う。
 私たちの手には、たくさんの紙袋が握られていた。パリの、職場へのお土産だ。

 私たちはなんだかちょっとだけ季節に置いてけぼりをくらったような気持ちで、メディア局のフロアへと向かった。


 メディア局へ着くと、すぐに冨永局長に局長室へと呼ばれた。
 私たちは鞄とコートを置くと、すぐに局長室へ向かう。

 入室すると、そこにはメディア局の私の後輩、ディレクターの雨宮あめみやさんがいた。

 彼女は小柄でショートヘア。
 新卒二年目ながら快活でガッツもあり、向上心もあるからメディア局の若手の中でも、特に注目されている我が社の期待の星である。

 私たちが入室した瞬間、彼女は分かりやすくぎょっとしたが、すぐにはっと姿勢を整え私たちに「よろしくお願いします」と頭を下げてきた。

「揃ったね」

 雨宮さんが私たちに下げていた頭を上げたとき、局長机にいた冨永局長が口を開いた。

「次の仕事なんだけれど、TMCの広告コンペに出そうと話が出ていてね。君たちに企画立案、制作を任せたいと思っているんだ」

 局長の言葉に、私は目を見開いた。
 TMCとは、東京都内でも利用客の特に多い大手鉄道会社だ。

 そこのコンペを勝ち取れば、もちろん大きな収入になる。

「リーダーは三条くん。制作統括は早苗さんに、動画制作の立案等を雨宮さんにお願いしたいんだけれど、どうだろう」
「もちろんです! やらせてください」

 雨宮さんは我先にとそう言うと、ペコリと頭を下げる。

 負けていられないな。
 そう思い、私も頭を下げた。

「精一杯、務めさせていただきます」

 制作統括なんて初めてだ。不安が過るけれど、三条さんが一緒ならうまくいくような気がした。

 すると冨永局長はクスリと笑って、三条さんを見た。

「三条くんは他の案件の統括も抱えてるから、全体を見て後方支援な感じになると思う。頼めるよね」
「はい」

 三条さんはキリッとしたいつもの顔で卒なくそう言う。
 以前と変わらぬその顔が、今日はいつにも増して頼もしく見えた。


 その後、TMCコンペチームが立ち上がる。
 さっそくミーティングのために会議室に集められ、顔合わせをおこなった。

 メンバーは私たち三人のほかに、マーケターと営業が一人ずつ配置された。
 マーケターは凄腕で子煩悩だと噂の山田さん。営業は都路くんが担当だった。

 抜擢されたメンバーの凄さに、私は尻込みしてしまいそうになる。
 私はこのチームの、制作統括を任されたのだ。

「このような大きなコンペに参加するのは初めてなので、何卒皆様のお力添えをよろしくお願い致します」

 自己紹介の順番が回ってきて、緊張しながら口を開く。
 全員のあいさつの後に、さっそくマーケティング局から共有があり、予算、テーマなどを話し合った。
 約一ヶ月後のコンペに向けて、一丸となって頑張ろうと気合を入れ、ミーティングは終わった。


 スピード感のあるミーティングだった。
 明らかに今までは違う空気感のそれを終えると、私は必死にアイディアをひねり出しながら会議室を出る。
 すると、さっそく雨宮さんが私の元へやって来た。

「午前中にアイディア出すんで、午後一で打ち合わせしてもらってもいいですか?」
「もちろんだよ、よろしくね」

 さすが、若手のホープだ。雨宮さんのガッツを、私も見習わなくては。

 私も改めて気合を入れ直し、午前中の業務に励んだ。

 ***

 午前の業務を終えると、私は紙袋を持ってランチルームへ向かった。
 これは、南江と都路くんへのお土産だ。二人に渡したいと連絡すると、ランチルームでといわれたのだ。

 ランチルームへ着くと、注文したランチのトレーを手に、さっそく二人を探した。
 四人がけの席に並んで座っていた二人を見つけ、ランチをテーブルに置くと、私は紙袋を手渡した。

「はい、南江にはパリジャン・マカロンだよ。都路くんには、今年のボジョレー。ちょうど、解禁日だったから」
「ありがとー!」

 甘いものが好きな彼女は、嬉しそうに受け取ってくれた。
 都路くんも紙袋の中の瓶を見て目を輝かせている。

 といっても、お土産を吟味してくれたのは三条さんだ。
 シャルル・ド・ゴール空港を経つ便は昼過ぎだったから、空港でのお土産選びには十分に時間をかけることができた。

 旅行中は、三条さんにおんぶに抱っこだった。
 ここから先は一緒にコンペに挑むんだし、三条さんは他の案件も抱えているのだから、私がしっかりしよう。

 パリのこと、そしてこれからのことを考えていると、不意に南江が口を開いた。

「で、フランス、どうだったの?」
「楽しかったよ。さすが、花の都って呼ばれるだけあるよね。パリだけで、もっと何日もいられたと思う。特にルーブル美術館は――」
「ちょ、待った!」

 南江は急に手をパーにして私の前に突き出した。

「そうじゃないのよ。私たちが聞きたいのは」

 南江が手を下ろすと、彼女はニヤニヤしながら私の左手を指さした。
 三条さんにもらった、あの指輪が煌めいている。

「ああ……」

 彼女が聞きたいのは、三条さんとのことだ。しかも、恋愛的な意味での。
 私はあの夜を思い出してしまい、頬が熱くなってゆくのを感じた。

「えっと……『ラブ』、でした」

 いつだったか彼女に口パクで言われたことを、ボソッとつぶやく。
 それだけで羞恥に襲われるが、同時にそう言えることが嬉しくもあった。

 すると、都路くんが急に噎せだす。

「ちょっと、何やってんのよ」

 南江がため息をこぼしながら、都路くんに水を差し出した。

「いや、三条さんは仕事ん時はあんなにしっかりしてるから、意外だっただけだ」
「ちょっとヤダ、なに想像してるのよ」

 都路くんと南江の掛け合いに、私の顔はどんどん熱くなる。
 彼らの会話を聞きながら、帰国してからの私生活を思い出していたからだ。

 フランスから帰ってきてから、一緒にいるだけで三条さんに見惚れてしまう。
 わけもなく一緒に過ごす時間が増えたし、夜は離れ離れになるのが変な感じがして、三条さんのベッドで一緒に寝ている。

 気持ちを切り替えて出勤したつもりだったけれど、こういう話を振られるとつい気が緩み、勝手に頬が動く。

「やっぱり『ラブ』だったか」

 南江がそうこぼし、私の顔を覗いてきた。

「コンペには気合入れろよ、緩んでんじゃねーぞ」

 都路くんはそう言って、盛大なため息をこぼしながらランチを口に運んでいた。
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