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修行編

020 修行編20 拿捕

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 一攫千金で契約期間満了まで、いや地球に帰ったその後も何不自由なく暮らせるという夢の生活に目の眩んだ僕は、危機意識というものを失っていた。
幼少期に金銭的に辛い時期があったこと、高校を退学させられ生活もままならない状態に追い込まれたこと、そんなトラウマが僕の判断力を鈍らせていた。
僕は明確な敵対行動である探査プローブの切断捕獲を行うことに決めた。
レーダー起動。左腕の盾を前に突き出し、専用艦の艦体全てを隠す。
これで敵の光学兵器レーザー粒子加速兵器ビーム実体弾投射機レールガン・艦砲からの直接攻撃を防げるはずだ。
ミサイルなら誘導可能だろうけど、この距離なら敵自身も巻き込まれて被害が大きく撃てないはず。
それにミサイルなら発射管を露出しないと撃てないので、小惑星表面のどこかに兆候が現れるはず。
その兆候をみつければ、こちらも余裕を持ってデブリ掃除用のレーザーでミサイルを迎撃出来る。

「よし、いける」

 僕は探査プローブ捕獲ミッションを開始する。
専用艦の反応炉を臨界状態にして急発進に備える。敵が動いたらとっとと逃げるつもりだ。
探査プローブの有線ケーブルを右腕で掴もうとすると、探査プローブが小惑星側に逃げていく。
僕はさらに接近すると慎重にケーブルを掴みレーザーで焼き切る。
敵の反撃なし。探査プローブを船倉に回収する。

「良かった。敵からの攻撃は無かった」

 これで敵艦は外の情報を得られなくなったはずだ。
僕はしっかり盾を構えたまま専用艦を小惑星に向けて急発進させた。
敵が動けばそのまま離脱、動かなければ接近してドリルで小惑星外側の岩盤を削る。
まずは様子見の一手だ。
それに対して未だ敵艦は反応を示さない。

「やった!  敵はやっぱり動けないんだ!」

 僕は賭けに勝ったようだ。
敵からの攻撃は皆無のまま専用艦は敵の潜む小惑星に取り付いた。
ケーブルの付け根部分に接近すると、盾を収納した左腕でケーブルの根本を掴んだ。
その周辺を右腕のドリルで削っていく。
割れた岩が飛び散るが、専用艦の周囲に張られた停滞フィールドに捕まるので飛散デブリにはならない。
専用艦の電脳によると、この停滞フィールドは実体弾の防御機構いわゆるバリヤーの一種だということだ。
小型艦では出力の問題で紙装甲らしいんだけど、採掘艦として低速デブリ相手ならば充分な威力になっている。
これは艦と対象物の相対速度が上がるに連れて「捕まえる」「弾く」「貫通する」と作用が変わる。
停滞フィールドを貫通してしまうと、後は純粋な装甲に頼るしか無くなる。
それが艦の総合防御能力ということだ。

 しばらく作業をすると敵艦の装甲板とプローブを射出した船倉のハッチが見えてきた。
その部分だけ窪んでいたので作業は楽に終わった。
ハッチからは有線ケーブルの端が出ている。
この時の僕は敵艦からの反撃がないのをいいことに、調子に乗って警戒心が薄れていた。
この宙域の戦闘データによると合計2艦が撃沈されたことになっている。
1艦が轟沈し、その爆発にもう1艦が巻き込まれて大破したという結末だという。
そのため2艦分のデブリに撃墜権が設定されていた。
2艦目を拿捕することが出来れば美味しい現場だっただろう。
だがその2艦目をロストし、デブリもほとんど回収出来ないまま撃墜権が期限切れとなったということらしい。
敵艦の捕獲条件は反応炉の停止及び電脳の破壊或は停止服従だ。
この戦場で戦ったゲーマーは、敵艦を大破させたため安心して後で拿捕しようとしたため、そこの確認が甘く電脳が再起動して敵艦に隠れられてしまったんだろう。
おそらく予備電脳が主電脳破壊で起動し生き返ったということだな。


◇◇◇◇◆


 船倉のハッチをこじ開けると艦内ネットワークのコネクタを見つけた。

「このネットから敵の情報を知る手立てはないものかな?」

 僕が独り言ちると専用艦の電脳が必要な情報を教えてくれる。

『敵艦の艦内ネットワークへ侵入してデータにアクセスしましょう』

 僕は専用艦の電脳の勧めに従って右腕の手首からネットワークケーブルを出して敵艦のコネクタに接続した。
この時は何の疑いもしなかったんだが、専用艦にはのコネクタに接続できるケーブルがされていた。
敵艦も帝国と同じということを僕は不思議だとさえ思っていなかった。

 ネットワークに接続すると専用艦の電脳が敵艦からデータを引っこ抜いてくる。
主機関損傷、エネルギー炉停止、現在予備バッテリーで稼働中につき航行不能。
主電脳損傷、武器管制制御不能、武器使用不可。
下位電脳が生きていて現在敵艦を掌握中であることがわかった。

「つまり、この下位電脳を破壊もしくは停止服従させれば、敵艦は僕のものってことだね」

 僕は有頂天になって敵電脳にハッキングをかけてしまった。
そう、かけてのだ!
相手は主電脳が壊れているため下位電脳だ。
それに比べて僕の専用艦は電脳S型。C型にダウングレードしていたことなんてすっかり忘れて強気に出てしまっていた。


◇◇◇◆◇


 僕の専用艦の電脳が敵艦の下位電脳にハッキングをかける。
その様子が目の前の仮想スクリーンに表示されている。
所謂ところの電脳空間の現実イメージ化という感じだ。
空間には、データの流れのライン、各種データの塊、防壁といったものがグラフィック化され表示されている。
その空間を僕の専用艦のが飛んでいる。
アバターは武器を纏ったアンドロイド少女といった出で立ちで、右腕の先にドリル、右下腕部の外側にレーザー砲がついている。
左上腕部には盾もあり、背中にはスラスター付きのランドセルがあり長大な対艦刀を背負っている。
ランドセルに設置されている主スラスターの推進力で加速し、両脚の外側にあるスラスターで器用に回避運動をしている。

「これは武装少女ってやつだな」

 そのアバターが僕の身体制御にリンクして動いている。
専用艦の電脳が自動制御し、そこに僕の操作が上位命令として優先介入する感じだ。
僕は武装少女アバターを敵の防壁に接近させるように意識した。
スラスターが噴射し、武装少女アバターは防壁に接近する。
僕は右腕を上げレーザーを防壁に向けて撃つも弾かれた。
僕は武装少女アバターに対艦刀を構えさせると防壁に斬り付けさせた。
敵の防壁がしばらく抵抗するが、ついにガラスのようにパリンと割れる。
実際にはなんらかのプログラム的な攻防があったんだろうけど、視覚には絵的な現象として表現される。

 そのまま防壁内部に侵入突破してデータ経路のラインをたどる。
それを繰り返すうちに防壁の向こうに敵の電脳と思われる脳みそのオブジェが現れた。
電脳戦は武装少女アバターが圧倒的有利。このままなら難なく敵の電脳を屈服させられるだろう。
そう確信した瞬間に事は起こった。

 爆発音がして無数の衝撃が専用艦の艦体を揺るがす。
爆発音がするということは、こちらの艦体に直接爆発物が当たったか、繋がっている敵側が爆発したかだ。
そうでなければ真空の宇宙空間で音は伝わらない。
爆発後の衝撃音からすると、おそらく後者だろう。

「自爆しやがったのか!」

 僕は焦って専用艦に被害報告と外周監視を命じる。ハッキングは中断だ。
艦の被害は無数の岩塊が衝突したことによる装甲と一部センサーの破損で専用艦の航行には支障がなかった。
センサーの破損により精密探査が不能になったり、外周監視に穴が出来たが、幸いレーダーが生きていて、外部カメラも敵艦をとらえていた。
どうやら敵は隠れ蓑にしていた岩盤を爆破分離パージしたようだ。
その爆破分離した岩塊が四方に飛び散り専用艦の停滞フィールドを破って艦体にぶつかったということらしい。

『おまえ、何しやがった!』

 周囲にいた回収屋さんから激怒の通信が入る。
しまった。爆破分離された岩塊が回収屋さん達の操業エリアまで飛んでいったのだろう。
敵艦は動けないと過信したせいで、周囲で操業中の回収屋さんに迷惑をかけてしまったようだ。

 レーダーによると周囲にいる3艦の回収屋さんに岩塊が直撃し被害が出してしまっている。
たしか自らの不始末のデブリで他艦に被害を出したら、弁済は原因を作った当事者持ちだったよな……。
僕は頭を抱えるしか無かった。

『申し訳ありません。鉱物採取をしていた小惑星に敵艦が隠れていました。弁償は後で。今は退避願います』

 僕は回収屋さんに詫びを入れ退避してもらった。
と同時に専用艦にダメージコントロールの優先を指示する。
だが、この指示が仇となった。航宙士パイロットの指示は最優先。他の作業を中止してでも行わなければならない。

「こりゃ、敵艦を拿捕出来ても回収屋さんへの弁償で儲けは消えるな……」

 僕ががっくりと肩を落としたその時、僕の脳にガツンと衝撃が走った。

『警告、敵艦が融合フィールドを形成、本艦を取り込もうとしています!』

 目の前の仮想空間を見ると武装少女アバターが茨の蔓に巻きつかれて拘束されていた。
そして虫のようなグラフィックで表された敵の攻性防壁が、僕の脳を示すグラフィックに攻撃を仕掛けていた。

 そう、専用艦は敵艦とネットワークケーブルで直結したままだった。
その専用艦の電脳と僕の脳はナノマシンを介して直結状態だ。
僕は電脳空間で敵と対峙していた武装少女アバターを、よりによってダメージコントロールのために活動停止させてしまったのだ。
その隙をついて敵が逆ハックを仕掛けて来ているというのが現状だ。
僕は小さなミスで人生最大の危機を迎えてしまった。

 敵艦がここまで反撃しなかったのは、確かに動けなくなっていたせいだった。
では何故探査プローブなんて正体の判明しやすいものを出して来たのか?
動けない敵艦がいれば拿捕したくなるのが心情だ。
なのに正体を明かした。
そしておびき寄せられた僕の専用艦を融合で取り込もうとしている。

「あー。罠か。アンコウが疑似餌で魚をおびき寄せてパクっとしたってことね。
動けなくなっている原因を僕の専用艦を融合の材料にすることで解消するつもりか」

 やられた。元々電脳の性能で言えば僕の専用艦の方が優秀だったはずだ。
向こうは200m級(岩塊が離れた後の観測結果による)の下位電脳だが、こっちは電脳S型だ。
ん? S型? しまった。今はエネルギースロットが足りなくてC型相当にダウングレード中だった。
慌てて僕は対艦レーダー(C型にダウングレード中)と 広域通信機(C型にダウングレード中)へのエネルギーを切って電脳S型と戦術兵器統合制御システムS型にまわす。
しかし、武装少女アバターが敵艦による融合で拘束されてしまい電脳S型の補助が受けられない。
敵艦は主電脳が破壊されて下位電脳が相手なため楽勝だと余裕でいたのだが、これにより僕の脳vs敵の下位電脳という戦いになってしまった。
こんなので勝てるのだろうか?

「まあ、こっちも死にたくないから、やるしかないわな」

 僕の脳には防御プログラムも攻撃プログラムも無い。
だから相手にイメージをぶつけるしか方法を思いつかない。
まず脳をガンガンぶん殴ってくる敵の攻性防壁にイメージを送る。

 僕の脳の周囲に防壁バリヤーをイメージする。
すると脳のオブジェの周囲に光のドームのグラフィックが現れ敵の攻性防壁からの攻撃が止まった。
その攻性防壁に対して破壊のイメージであるレーザーを撃つ。
すると敵の攻性防壁を表す虫のグラフィックが崩れ去った。
こんなのでも案外いけるもんだな。
拘束されている武装少女アバターの前に出る。

「ん? これが僕のアバター?」

 そこには女の子のアバターが表示されていた。
女っぽい男ではなく女の子だった。まあ構ってる暇はないので無視して先に進む。

 眼力で威圧しレーザーを撃つ。
威圧することで攻性防壁の動きが散漫になり僕の進行スピードが上がった。
やってみれば、なんでもいけるもんだ。

 しばらく進むと先ほどの敵下位電脳の脳オブジェに辿り着いた。
破壊よりも服従だろうと、脳オブジェに手を置き、内部に侵入するイメージをぶつける。
脳オブジェの一部が溶け始め、手が脳内部に沈む。

 その時、横に武装少女アバターがやって来た。
武装少女アバターを拘束していた茨の蔓が消えたようで、通信が入る。

提督アドミラルコマンドが使用可能です。発動しますか?』

 なんだそれと思うよりも、とりあえずやれることはやろうと思い、僕は迷わず提督コマンド(何だか知らないけど有用そうなので)の発動をイメージする。
急に頭の中に台詞が浮かぶ。電脳が僕の脳へダイレクトに情報提供したんだろうか?
その頭の中に浮かんだ台詞を躊躇せず叫ぶ。

「提督コマンド。最上位命令。ナーブクラック、絶対服従!」

 その台詞と同時に光の奔流が敵下位電脳の脳オブジェに突き刺さる。
敵下位電脳の脳オブジェが光を明滅させて震える。

【***帝国皇翼こうよく艦隊旗艦より。
提督権限による最上位命令を発令。我の指揮下に入れ】
【こちら***帝国第***工場惑星謹製第0068437915872号艦。
最上位権限による指揮権の強制移譲命令を確認。
これを無条件で受諾いたします。
我艦は***帝国皇翼艦隊旗艦の指揮下に入ります】
【***帝国皇翼艦隊旗艦より、第0068437915872号艦へ、命令受諾を確認】

 光が消えると敵下位電脳は僕に恭順を示していた。
どのようなプロセスがあったのかは良くわからないが、ここにやっと敵艦拿捕が成立したのだ。
ただし、回収屋さんに被害を出してしまったので、弁償で儲けが出るかは微妙になってしまった。

「ん? 融合プロセスが停止していないぞ? どうなるのこれ!?」
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