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南部辺境遠征編

089 カナタ、男爵と交渉する

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 カンザスミノタウロス肉の輸出量規制違反、そんなものがあるとは思っていなかったカナタはカンザス領の衛兵に捕まっていた。
もし、ここにララがいたならば、口八丁手八丁でどうにかしていたかもしれないが、カナタ、ニク、サキの3人ではどうにも出来なかった。

「いま、肉屋に使いを出している。
店主に大量買いを証言させ、証拠のカンザスミノタウロス肉を押収すれば罪は確定だ。
街の中で消費していれば合法だったのに、門から出ようとしたのだから密輸は成立する」

 衛兵は、カナタたちが輸出量規制条例を知っている前提で話を進めていた。
肉屋には、必ず輸出量規制を告知するようにと言ってあるからだ。
知っているのに持ち出そうとした=密輸犯ということだ。

「僕たちは、肉を持ち出す量に規制があるなんて知らなかったんだけど、それでも罪になるんですか?」

 日本のような優しい国ならば、持ち出せる量以外を放棄することで罪に問われないということは多々ある。
しかし、他の国では問答無用で逮捕起訴されるということもあるのだ。
どちらも、知らなかったでは済まないことは共通している。
極論だが、人を殺して殺人という罪があるとは思わなかったと言っても通用しないのと同じだ。
この世界では、領独自の条例に関して、そこまで厳しくはない。
だが、カナタの言い分は、カンザス領側に瑕疵がないかぎり、通用しないものだった。

「捕まった奴は大体そう言うんだよ」

 衛兵は鼻で笑ってカナタの言い分を全く取り合ってくれなかった。
その態度に腹が立ったカナタだが、むしろ身体的に痛めつけたり、女性にセクハラしたりしないだけマシな衛兵だと言えた。
そこへ犯罪行為の証人として肉屋の店主が連れて来られた。
店主はカナタたちが身柄拘束されているのを見て全てを察した。
 
「申し訳ございません!」

 肉屋の店主がいきなり土下座をした。
その様子にポカーンと口を開ける衛兵たち。
肉屋の店主は、頭を床に付けた状態のまま説明を始めた。

「坊ちゃんたちが爆買いしてくれて浮かれてしまい、輸出量規制の告知を忘れてました!」

 肉屋の店主が正直だったおかげで、カナタたちへの告知義務違反が判明した。
これにより、肉屋の店主がお咎めを受けかねない事態なのだが、店主は自らが罪に問われてもかまわないと正直に証言してくれたのだ。

 これにより、微妙な空気になる衛兵詰め所の取調室。
カナタたちが知らなかったことは確定したのだから。
これでカナタたちはこのまま解放、とはならなかった。

「まいったな。実はこの後、領主様が来ることになっている。
領主様は、お前達が肉をどのような手段で運び出そうとしたのかに興味をお持ちなのだ。
その運び出す手段と引き換えに罪に問わないつもりだったのだが……」

 どうやら、輸出量規制違反とは、肉を輸出する手段を探るための出来レースだったようだ。

「悪いようにはしないから、領主様と会ってくれないだろうか」

 こうなれば衛兵も下手に出てお願いするしかなかった。

「仕方ないですね」

 カナタは領主に会うことに同意したが、そんなことなら回りくどいことをせずに訊ねてくれればいいのにと思った。


 暫く待つと、このカンザス領の領主であるカンザス男爵が現れた。
カンザス男爵は、隣のオレンジ領の領主であるオレンジ男爵と同じぐらい――30代前半の若くて覇気のある領主といった風貌だった。
しかし、情報伝達が上手く行っていないかったのか、大失態を演じる。

「密輸犯とは、お前たちか!」

 その台詞に衛兵たちがおでこに手を宛てて(ノ∀`)アチャーとやっている。
カンザス男爵は第一声でカナタたちの犯罪行為を攻めることで、後の交渉を有利に進めるつもりだったようだ。
しかし、今回はカナタたちのせいではなく、その作戦は不発いや自爆に終わったのだ。

「領主様、今回は肉屋のミスであり、この方たちに罪はありません」

 衛兵に言われ、カンザス男爵は「え? そうなの?」と間抜けなことになっている。
それを見せられているカナタたちも苦笑いするしかない状況だった。

「領主様と会えば解放してあげられると、付き合ってもらってます」

「あー。それは悪かったね」

 カンザス男爵は意気消沈して項垂れた。
が、気を取り直してカナタたちに訊ねた。

「悪かったついでで申し訳ないんだけど、君たちはどのような手段でカンザスミノタウロス肉を持ち出そうとしたんだい?」

 カンザス男爵の興味はやはりそこだったようだ。
カナタは【ロッカー】というスキルが世間では使えないものと思われているため、説明しても理解してもらえないのではないかと嘘をつこうかと少し迷った。
だが、むしろ【ロッカー】の有用性を示す良い機会だと思って正直に話すことにした。
カナタにはマジックバッグや冷蔵庫という肉を運ぶ別の手段もあったのだが、それを言って見せろとなってしまったら、肉がそちらには入っていなくて困るとも思ったのだ。

「僕は【ロッカー】のスキルを持っているので、そこに保管しています」

 その答えに、カンザス男爵は、眉を顰めた。
【ロッカー】スキルは役立たずだと思っているからだろう。
カナタは、辛抱強く【ロッカー】の説明を続ける。

「【ロッカー】は【亜空間倉庫アイテムボックス】の下位の役立たずなスキルという認識がありますが、けして役立たずではありません。
【ロッカー】スキルを育てれば、時間停止機能も付き、容量も増えるのです」

「なんとそうであったか!
【ロッカー】のスキルを時間停止機能が使えるまで育てれば肉を腐らせずに運べるのだな」

 カンザス男爵は、知らない情報を得て、なるほどと頷いていた。
カンザス領では肉は大量にあっても鮮度問題で輸出が難儀していたのだ。
その解決策として、今のうちに【ロッカー】スキルの者を雇って育てるという方法がカナタにより齎されたのだ。

「有意義な情報に感謝する。
では、規制量以上は没収として、罪には問わないということで良いかな?」

 カンザス男爵がとんでもないことを言い出した。
肉を没収? それなら、大量に売らないでもらいたいものだとカナタは思った。
カナタは肉を没収されないように駆け引きをすることに決めた。

「もっと有意義な情報があるんだけど……、没収かー……」

 そのカナタの呟きにカンザス男爵が目ざとく気付いた。

「他にもあるのか? 申してみよ」

「えー、でも肉を没収なんでしょう?
それじゃあ、言うだけ損だもんなぁ」

 カナタがジト目を向けるとカンザス男爵は仕方ないと折れた。

「わかった。わかった。
肉の没収はなしにしてやる。だから話せ」

 カナタは勝ったと内心ガッツポーズをして話しだした。

「僕が開発した冷蔵庫という今までの冷蔵の魔導具より遥かに高性能な魔導具がある。
これなら馬車の荷台に置けるから、肉を冷蔵あるいは冷凍して運ぶことが出来るよ」

 さすがにマジックバッグは拙いけど、冷蔵庫ならオレンジ男爵にも売ったから問題ないはずだとカナタは思った。
だが、これこそこの世界初の冷蔵馬車のアイデアだったことに気付いていなかった。
後に冷蔵馬車が流通革命を起こすなど思ってもみないカナタだった。
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