エロゲで俺だけ選ばれない世界

ポテト男爵

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【第1章】 「パンツが見えても選ばれない朝」

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春。学園都市・須田ヶ原町は、まだ朝の空気にかすかな冷たさを残していた。

路地裏の古びたアパート、302号室のドアが乱暴に開いた。

「……寒っ、ポテスピ湿ってんだけど」

ドアから出てきたのは大湯(通称ポテト)、22歳。無職。元高校生。現在、社会の負け組代表。
今日も彼は、ジャージの上に高1のときの制服のブレザーを羽織り、火をつけていないポテスピ(ポテトが愛用する、人気のない安タバコ)をくわえて登場する。

「なぁ、これで人生変わるとかあんの? いや、あるっしょガチで。」

寝ぐせも直さず、顔も洗わず、吐いた息と一緒に口臭と湿気の混ざった言葉が漂う。世の中の“主人公”たちがさわやかな目覚めを迎える頃、ポテトは“終わってる”側の朝を迎えていた。

だが、彼にとってはこれが普通だった。

働かず、養ってくれる家族もいない。高校卒業後、「やりたいこと探す」とかほざきながら何年も無為に過ごし、いつの間にか「高校時代の制服が日常着」と化した。それでもポテトは一切気にしていない。

むしろ――

「制服って最強じゃね? まだ学生っぽく見えるし」

という謎の理論で着続けている。

今日も例のように、須田ヶ原駅前のパン屋へ向かう。だが、その途中、喫煙所の裏道へ寄り道するのが日課だ。

「おーい、りゅう。来てんのか?」

呼びかけると、スーツ姿の青年がこちらへ手を振ってきた。

「……お前、またその格好かよ。大湯、マジでそれ通報されんぞ。学生じゃねえって、あいつらに説明すんの何回目だと思ってんの?」

彼の名はりゅう。高校の同級生で、今はちゃんとした会社員。なぜかポテトとまだ関わっている奇特な男だ。

「お前の知らないやつなんだが、俺合法なんだわ。22歳、吸ってよし。ガチレスすると、このタバコ俺のキャラアイテムだから。」

そう言いながら、ポテスピに火をつける。紙と何かの化学物質の混ざった、例えるなら“工場の廃煙”みたいな臭いが周囲に広がった。

すれ違った女子高生二人が「あ、またあの制服のやばいやつ……」と顔を背けた。
だがポテトは気づかない、というより気にしていない。

むしろ「制服のまま成人って逆にウケない?」とか思ってる。

りゅうは深いため息をついた。

「まぁ……合法なら別にいいけどさ。頼むから俺の会社の最寄駅で吸うのやめてくれって話な」

「は? お前が駅変えれば?」

そんな会話をしていた矢先、運命がポテトに牙を剥いた。

正面の坂道、女子の悲鳴とブレーキ音が重なった。

「わっ!」

スピードを出しすぎた自転車が縁石にぶつかり、空中で一回転。乗っていた少女が放り出され、ポテトの顔面に向かって落ちてきた。

「……っ!? お前、落ち着け!」

ドガッ!





衝撃と共に、ポテトの視界にはピンクのレース付きパンツ。
まるで、誰かが書いたベタなエロゲのワンシーン。

彼女はあっという間に立ち上がり、土を払いながらペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」

その声は、冷たく、まるでAIの合成音声のように抑揚がない。だが、表情は一瞬だけ微笑んでいた。

ポテトは鼻の下をこすりながら、ニヤついた。

「お前、名前は? 正直言っていい? お前、俺の運命変えたぞ?」

少女はきょとんとしながら、ほんの一言だけ返す。

「……さようなら」

そしてそのまま、走って去っていった。

煙の残る空気の中で、ポテトはしばらく動かず、りゅうの視線を浴びながらつぶやいた。

「いや、今のパンツ……選ばれる流れだったよな? な? な?」

だが、選ばれなかった。

彼だけが、“選ばれなかった”。

通学路から少女が消えたあとも、ポテトはその場を動かなかった。

というか、動けなかった。

頭の中では、数分前の出来事が高速でループしていた。

空を舞うスカート。風になびく金髪。スロー再生のように近づいてきたピンクの布地。あのパンツの模様が、なぜかポテスピのパッケージと似ていたことも、鮮明に焼き付いている。

「なぁ……今のって絶対、運命のやつだったよな? あーね、普通に攻略フラグじゃん、あれ」

横にいたりゅうは、ポテスピの匂いに辟易した様子で距離をとりながらつぶやく。

「大湯、お前……何年制服着てここうろついてんだよ。俺らもう22だぞ。お前、捕まるより先に、心が迷子になってんじゃねぇか?」

「お前は黙ってろ」

即答で切り返し、ポテトはズボンのポケットから小銭入れを取り出した。中にはほとんど金が入っておらず、1円玉とつぶれたレシートだけが残っている。

「……パン買えねぇ」

しばらく沈黙が続いた。ポテスピの先から立ち上る煙だけが、二人の間の空気をゆっくりと汚していく。

そのとき、道の向こうからりょうが現れた。

「おーいポテト! お前またパンツ見て無視されたって? キモすぎて逆に尊敬するわ!」

ゲラゲラと笑いながら近づくりょう。こいつは社会人だが、性格がアレで、ポテトに対しては基本的に煽りしか飛ばしてこない。

ポテトは目を細め、ポテスピを咥え直した。

「ガチレスすると、あれは無視じゃない。選ばない“ふり”だから。俺を気にしてる証拠。」

「いやそれ、普通の人はストーカーって言うんだけど?」

「は? しらね。お前の尺度で俺を測るな。」

「じゃ、俺の尺度じゃない誰の尺度で測るの?」

「神の。」

言い終わると同時に、ポテトは煙を大きく吸い込んだ。タバコの燃えかすが唇に付着していることに気づいていない。

りゅうはポケットからティッシュを取り出し、何も言わずに差し出したが、ポテトは無視した。

「てか、お前ら気づいてねぇよな。今朝のやつ、エロゲで言うところの“運命遭遇イベント”だったって。」

「え、じゃあ何? 俺ら、今エロゲの脇役ってこと?」

りょうのツッコミに、ポテトはニヤリと笑った。

「違う。“お前ら”が脇役な。俺が主人公ってだけ。」

すると、りょうはスマホを取り出し、何かを打ち込みながらボソッと呟いた。

「今の、名言としてツイートしとくわ。“自称主人公、選ばれたのは孤独でした”って。」

「うるせぇ。いいからポテスピ買ってこい。貸しとくから。」

「またかよ! 俺、今月お前に5000円以上使ってんだけど?」

「じゃあそれでポテスピ5箱いけるじゃん。神ムーブ。」

りゅうはため息をつき、りょうは笑いながらコンビニへ向かっていった。

ポテトは残った灰を地面に落とし、にやついたまま空を見上げる。

「選ばれなかったってことは、まだ始まってすらねぇってことだから」

彼はそう言い、まるでヒーローのような顔で――でも顔に灰がついたまま、再びポテスピに火をつけた。

だが彼の後ろでは、通学中の中学生たちがスマホでこっそり撮影している。

「あれ、いつものヤバいおっさんだよね」「まだあのタバコ吸ってんのウケる」

ヒーローは、自分が何者として世界に映っているのかを知らなかった。

選ばれなかったという現実だけが、煙の中にぼやけて漂っていた。

午後、ポテトは例の如く、須田ヶ原学園の裏手にある公園にいた。

ここは地元の学生たちの憩いの場でありながら、ポテトにとっては“定位置”。小さな石段に腰を下ろし、空になったポテスピの箱をくしゃくしゃに潰してはポイ捨てする、近所のクレーム常連ポイントでもあった。

「なぁ……正直言っていい? 今日、俺のルートが開かれた気がしてる」

木漏れ日の下で自問自答するその姿は、一見すれば詩的だが、見方を変えればただの昼間から独り言をつぶやく無職の男である。

ポテトはポケットから、折れたままの安物のスマホを取り出した。画面には何の通知もない。メッセージアプリの最上段には「未読0・既読0」の表示。

それでも彼は自信満々に言い切る。

「通知こないってことは、向こうが意識してるってことだから。あえて連絡してこない=惚れてる」

理論は破綻しているが、ポテトの中では完璧に成立していた。彼にとって“選ばれない”は敗北ではなく、“まだ選ばれてない”という希望の形なのだ。

「そういや、パンツの色……ピンクだったよな。レースだったし、ワンチャン勝ち確?」

そんな妄想を繰り広げながら、ふとポテトはあることに気づいた。

「あいつ……名乗ってなくね?」

そう。あの金髪ツインテールの少女は、自己紹介をしていなかった。というより、会話らしい会話もなかったのだ。

だがポテトの中では、すでに彼女との関係性が構築されていた。

名前はたぶん「アイ」とかそんな感じだ。いや、「ファイ」とか? 外国っぽいし。勝手に脳内で名付け、バックボーンまで創作し始める。

「父親が軍人で、母親が研究者……いや、妹と2人きりの生活……とか、重い過去があって俺に癒されるやつ……あーね、それだわ」

その妄想の最中、目の前にひょこっと現れたのは、かもめだった。

「ポテト、またタバコ吸ってた? 匂いでわかるぞ~」

「うっせーな、お前鼻おかしいんだって。てか俺、吸ってないし今は。」

「じゃあその灰は? っていうか、ポテスピの箱、ここだけで5個落ちてるし」

「証拠主義やめろって。お前、知らねー世界線の話してるよ」

かもめは肩をすくめて笑った。

中学時代からの付き合い。かもめだけは、ポテトのこの“選ばれない世界”に、半分呆れつつも笑いながら付き合ってくれる貴重な存在だった。

「てかさ、パンツ見たのになんで無視されたの? ポテト、逆にすごいよな」

「いや、それな? ガチで奇跡だと思う。選ばれないってことは、逆に特別なんだよ」

「なるほど、ルートすら存在しないエロゲ主人公ね」

「お前、黙ってろ」

かもめはその言葉を受け流しつつ、ポテトの横に座った。

「でも、選ばれなかったってことは、誰かのルートに入る“準備”ってことじゃない? これからだよ、ポテト」

「お前さ……ほんと、変にポジティブだよな」

「じゃないと、お前とつるんでられないよ」

その一言に、ポテトは思わず小さく笑った。

かもめとこうやっていると、自分が世界から外れた存在であることも、どこかで許されたような気になれる――

だが、それはまだ世界が優しかった頃の話だった。

数日後、ポテトはあの少女・ファイと再会する。
そしてその出会いが、彼の“選ばれない”日々を、皮肉な形で変えていくことになる。

だがこのときのポテトは、まだそれを知らなかった。

知らぬまま、また新しいポテスピに火をつけた。


翌朝。ポテトは寝癖を直すでもなく、同じ制服ブレザーを羽織り、同じポテスピを咥えていた。もうそれはファッションでもスタイルでもなく、“不変”という名の逃避だった。

「ガチで言っていい? 昨日から運命のフラグしか立ってねぇ」

彼はそう呟きながら、駅前の自販機の横にあるゴミ箱に、空のポテスピ箱を“入れようとした”が、外した。それを拾わず、自然に立ち去る。

須田ヶ原の街並みは今日も平和だ。

それが、ポテトには“退屈”に見えた。なぜならこの日常に、彼だけが選ばれていないから。ヒロインに。物語に。世界に。

そんな風に拗ねた目で街を眺めていた時だった。

「……またお前か」

冷たい声に振り向くと、そこには昨日の少女――金髪ツインテールのファイがいた。

制服姿。だがポテトの記憶にはないデザインのブレザー。須田ヶ原のどの学園にも属していない。つまり――転校生だ。

「お前、昨日の……!」

「言っておくけど、昨日の件は事故。それ以上の意味はない」

「いやいやいや、あれパンツだったから。てか、逆に意味なかったらヤバくない?」

ファイはまったく表情を変えず、ポテトを見つめた。まるで何かを観察している研究者のような視線。

「君、名前は?」

「え、ポテトだけど? ……あーいや、大湯な。あだ名がポテト。中学から言われてる」

「ふーん。やっぱり、データ通りだ」

「は?」

「ううん、何でもない」

ポテトは完全に混乱していた。目の前の少女が放つ言葉の一つ一つが、何か“ゲームのフラグ管理”をしているような奇妙なものに感じられた。

ファイは突然、胸ポケットからメモ帳のようなものを取り出し、何かを走り書きした。

「やっぱり、君だけ“選ばれてない”んだね。正確に言うと、“最初から存在していなかった”」

「……お前、俺の元カノ?」

「ちがうよ」

「だよな。じゃあストーカー? 俺のファン?」

「はぁ……。その自己肯定感、ある意味尊敬する」

彼女はそう言って、すたすたと歩き出した。

だがポテトはその背中を見て、唐突に追いかけた。

「待てって。お前、絶対なんか知ってるだろ」

「知ってるよ。君のことも。この世界のことも」

「は?」

振り返ったファイは、ポテトの目をじっと見た。その瞳は、感情ではなく分析に満ちていた。

「君がこの“エロゲ的世界”の中で、唯一ルートを持たない存在だってことも」

ポテトの顔から笑みが消えた。

「……正直言っていい? それ、面白くないわ」

「でしょうね。でもそれが現実。君は選ばれない。誰からも。なぜなら、このゲームに“君用のエンディング”は、最初から実装されてないから」

その場に沈黙が落ちる。

ファイはポケットに手を突っ込みながら、最後に一言だけ言った。

「でも、それを“選ばれなかった者”がどう生きるか――私、ちょっと興味あるの」

そして彼女は、朝日の中に溶けるように去っていった。

ポテトはその背中を見ながら、手元のポテスピを落とした。

燃え尽きたタバコの灰が、地面に散った。

彼の世界には、今日もエンディングがない。

その夜。ポテトは、部屋の電気を点けずに布団の中に潜っていた。

スマホの画面だけが顔を照らす。SNSを開いては閉じ、まとめサイトを見てはスクロールを止め、何もかもに飽きたように投げ出す。

「しらね……全部しらね。俺関係ねぇし……」

呟きながら、隣に転がるポテスピの空箱をつかんで、もう一度火をつけようとする。だが、ライターが見つからない。

部屋は狭く、服とペットボトルと、干からびたコンビニ弁当のパックが散乱している。そこにポテトの意識はなく、ただ暗い天井を見つめていた。

昼間のファイの言葉が、喉の奥に刺さったまま抜けない。

「エンディングがない? 俺に?」

普通ならショックを受ける。もしかすると、泣くかもしれない。でもポテトは――怒った。

「は? なんで俺がエンディングないんだよ。意味わかんねぇんだけど」

そう。ポテトは、自分が選ばれないことに悲しみを覚えるタイプではない。怒るのだ。しかも、世界や他人に対して。

「俺が選ばれねぇってことは、世界のほうが間違ってんだよ。俺は正しいからな?」

そう言いながら、コンビニの袋にくるまったタバコの空箱を投げた。音もなく崩れる。手応えもない。

ポテトは、もぞもぞと布団から這い出し、床に落ちたスマホを拾った。画面の中では、誰かが「新作ギャルゲのトゥルーエンド神すぎた」と騒いでいる。

「俺のエンドは……どこなんだよ」

その言葉に、自分で苦笑した。

「は? 俺がトゥルーだから。ガチで。逆に言うと、俺以外全員バッドエンドな」

そう呟きながら、スマホのメモアプリを開いた。

タイトルをつける。

「ポテトルート:開発中」

何も書かれていない白紙のまま、そのメモを保存する。

ポテトはふと、今日の朝の夢を思い出した。

空から降ってきた金髪の少女。そのとき、彼女が言っていた言葉。

「あなたが……真の主人公……?」

偶然か、予知か、それとも――

ポテトは再び布団にもぐり込み、最後のポテスピに火をつけた。

煙は天井へと昇り、やがて消えた。

彼にはまだ、自分のエンディングが用意されていると、本気で信じていた。

そして、世界は再び朝を迎える。

“選ばれない主人公”の物語は、まだ始まったばかりだった。
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