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【第2章】エロゲの世界、俺だけエロくない
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「なぁ、ガチで言っていい? 俺の人生、エロくなさすぎない?」
ポテトは、昼下がりの自室でポテスピの煙を吐きながら、画面に映るギャルゲ実況動画に文句をつけていた。
「は? こいつ出会って3分で惚れられてんの? 俺なんてパンツ見てもスルーされてんだが?」
相変わらず部屋は汚かった。洗濯されていないブリーフがベッドの端に引っかかり、机の上にはカビの生えたコンビニ弁当。けれど、ポテトにとってはそれが“快適”だった。
スマホを持つ指先にはポテスピのヤニが染み込み、指紋すら曖昧になっている。
にもかかわらず、彼はこう言い放った。
「俺がエロくないんじゃねぇ。世界がエロさを俺に与えないだけ」
思い出すのは、ファイとのあの会話。
『君はこの“エロゲ的世界”の中で、唯一ルートを持たない存在だってことも』
その言葉の真意を考えるだけで、ポテトの思考は濁る。
でも、彼は自分を省みない。常に**“他責”**で処理する。
「てか俺さえいなけりゃ、世界って完璧だった説ね? ……は、違う。俺がいないと成り立たねぇんだよ」
誰にも突っ込まれない独り言を繰り返しながら、スマホでSNSを漁る。
すると一つ、ファイと思わしき少女が須田ヶ原の駅前で撮られた画像が流れてきた。
《金髪の謎美少女、駅前でスマホをかざして謎のスキャン中》
「おいおいおい、ヒロインムーブじゃねぇかそれ……ガチでやってんのか?」
ポテトはすぐさまパーカーを羽織り、スリッパのまま外へ出た。ジャージの上に征服。髪は寝癖のまま。
外見がどう見られているかなど、彼の脳内からは最初から削除されている。
向かったのは駅前広場。
そこには確かに、ファイの姿があった。が、何やら機械のような端末を片手に、地面をスキャンするような動きをしている。
「おい、俺をスルーして何してんだよ」
そう声をかけるが、ファイは一切反応しない。
「無視? え、これ無視? パンツ見せた相手に?」
ようやく反応したファイが言い放ったのは、冷たいひと言だった。
「君、邪魔」
その言葉に、ポテトは自尊心を一瞬だけ傷つけられたが、すぐに復元した。
「お前、あれか? 好き避けってやつか? わかる、そういうの。中2の時から慣れてるし」
ファイは無言でスキャンを続ける。
だがポテトは、勘違いによる確信を強めていく。
「この流れ……ガチで、ついにヒロインルート入ったな」
その確信が、彼を地獄へ導くとも知らずに。
「正直言っていい? 俺、運命動かしてる感、今やばい」
ポテトは駅前のベンチに座り、ファイの背中を見つめながらポテスピを吸っていた。煙を吸うほどに自信も膨らむ。
本人は完全に「ヒロインが距離をとるのは好意の裏返し」と解釈していた。
ファイはスマホのような機械をかざしながら、駅前広場のタイルを1枚1枚チェックしていた。その姿は、どう見ても何か“仕事”をしているように見える。が、ポテトにとってはそれすらも“演出”だった。
「はぁ……ツンデレヒロインのテンプレかよ。もう一声ほしいな」
そう思ったときだった。
「大湯! お前また変なとこで吸ってんのかよ!」
遠くからりゅうの声が響いた。彼はスーツ姿で、小走りに近づいてくる。
「ここ、禁煙って書いてあるだろ!」
「は? お前、標識に“俺”って書いてある? 書いてないよな? じゃ、吸っていいじゃん」
「その理屈、毎回聞いても意味がわからないんだよ!」
りゅうはポテスピを取り上げようと手を伸ばしたが、ポテトはひょいと身をかわす。
その動作を見ていたファイが、ふと手を止めて口を開いた。
「……喧嘩、やめたほうがいい。データが乱れる」
「データ……?」
りゅうが眉をひそめた瞬間、ファイの持っていた機械がピピッと音を立て、画面に奇妙な図形が映し出された。
「……なんか出た。これ、君のせい」
「は? ガチで言ってんの? 俺、悪くないから」
ポテトはまるで反射的に口にする。その言い訳癖は、もはや彼の生活の一部だった。
だがファイは目を細めて言った。
「君の存在が、この世界のコードを乱してる。“ヒロイン未選択領域”の中心点に君がいる。つまり……バグ」
その言葉に、りゅうは本気で青ざめた。
「おい……バグって、お前……まさか、ポテトがこの世界にとっての異常ってことか?」
ポテトは笑った。
「しらね。てか、それって逆に主役じゃね? 俺中心で世界動いてんだろ?」
ファイはため息をつき、機械をしまった。
「……君が存在する限り、誰もハッピーエンドにたどり着けないかもしれない」
その瞬間、駅前の空気が変わった。
通りすがる人々の視線が、ポテトに向けられていた。今まで気にされなかった存在に、世界が初めて“異物”としての注目を向けた瞬間。
だがポテトは……それすらも誤解した。
「ついに、俺のルート始まったか……あーね、やっぱ主人公ってこうじゃないと」
りゅうは頭を抱えた。ファイは背を向けて歩き出した。
ポテトだけが、自分が何を引き起こし始めているかに気づかず――
誇らしげに、空のポテスピ箱を投げ捨てた。
ファイが去っていった駅前広場に、ポテトは一人残された。
周囲の視線はすでに彼から離れていたが、ポテトの中では世界の中心が自分に固定されたままだった。
「てか、“俺がいるから誰もハッピーになれない”って……それ、主人公補正でしかなくね?」
意味が真逆であることに気づかないまま、ポテトは嬉々としてスマホのメモを開いた。
そこには先日書き残したタイトル、「ポテトルート:開発中」が表示されていた。
「これもう、書き足すしかないっしょ。“世界を変えるのは、選ばれなかった男”……あーね、震えるわ」
そう呟きながら、爪の垢が詰まった親指で入力を始めた。
しかし、その手が突然止まる。
スマホ画面に、**「エラー:アクセス不可」**と赤い表示。
「……は?」
もう一度タップするが、同じ表示が繰り返される。
「いやいやいや、俺のスマホにエラーとかありえないんだけど? これ、陰謀じゃね?」
一気に焦りと苛立ちが込み上げる。なぜならポテトは、自分のスマホと“ポテスピ”に全幅の信頼を置いていたからだ。
「このスマホ、俺の人生の記録だぞ? 思考のメモリー、感情のログ、ぜんぶ詰まってんだよ?」
思い出したようにバックポケットから折れたポテスピ箱を取り出し、無意味に振ってみる。
何も起こらない。ポテスピは魔法の杖ではなかった。
その瞬間、目の前にファイが再び現れた。
「……やっぱり。干渉が進んでる。ログ、破損してる」
「……お前、どこから来てどこに消えてんだよマジで!」
ファイはまっすぐポテトを見た。その目には、さっきまでの冷たさではなく、どこか“哀れみ”の色があった。
「警告する。このままだと、君だけじゃなく、全ルートが崩壊する」
「しらね。それ、俺がどうにかする話じゃないよな?」
「違う。君が原因。君が、“物語を動かせない存在”として存在してる限り、他のキャラクターの結末が定まらない」
ポテトは一拍置いて笑った。
「……待って、じゃあさ。俺が消えたら、みんな幸せになるって話?」
ファイは何も言わなかった。
その沈黙が、答えだった。
そしてその静けさの中で、遠くから聞こえてきたのは、かもめの声だった。
「おーい! ポテトー! お前また訳わかんねー女と口論してんのかー?」
「うっせぇ! 違ぇわ!」
ポテトは叫んだ。声を荒げることで、自分の存在を確認しようとするかのように。
だがファイはすでに背を向けていた。
「君がどう動くか……それに、この世界は賭けている」
そう言い残して、またしても人波に紛れて消えた。
ポテトは呆然と立ち尽くし、やがてスマホをポケットにねじ込んだ。
「意味わかんねぇ……なんで俺が悪者になってんだよ……」
誰にも届かない声。誰も聞いていない呟き。
彼はただの“バグ”なのか、それとも――
まだ誰も知らない“主人公”なのか。
その答えが出る日は、まだ来なかった。
夕暮れの須田ヶ原町は、まるで何かを終わらせようとしているかのように静かだった。
ポテトは、喫煙所跡地のブロック塀に座っていた。いや、かつて“喫煙所”だった場所。数ヶ月前に正式に撤去されていたのだが、ポテトにとっては“あそこに灰皿があった”という記憶のほうが重要だった。
「ここが俺のセーブポイントみてぇなもんだから」
ポテスピをくわえながらつぶやく。
火はつけない。いや、ライターのガスが切れていた。ただそれだけ。
「なあ、俺さ、本当に主人公じゃねぇの?」
かもめはそばでペットボトルのジュースを飲んでいた。
「いや、だから前から言ってるけど……ポテト、主人公っぽくはないよ?」
「お前、それなんなんマジで。ちょいちょいトドメ刺すよなお前」
「いや、ほら、そういうことじゃなくてさ。なんかこう……“存在感”が主人公的じゃないっていうか……“事故”っぽいっていうか……」
「お前、ガチで謝れ?」
かもめは笑った。
その笑いに救われるように、ポテトは目を細めた。
だが、脳裏にはファイの言葉がこびりついていた。
『君の存在がバグだ。ルートを持たない存在。君がいる限り、世界はまとまらない』
ポテトは、やがてゆっくりと立ち上がった。
夕日に照らされたその姿は――やはり、どうしようもなく“主人公面”には見えなかった。
パジャマのズボン。制服のブレザー。黄ばんだシャツ。潰れた靴。口元からは消えかけのポテスピ。
それでも、彼の心の中には“特別”が確かに存在していた。
「正直言っていい? 俺が世界を直す鍵だったらどうする?」
「どうもしねーよ、たぶん全員引くよ?」
「うっせえ。俺が主役だったら、世界がバグってるってことだからな?」
その時、かもめのスマホが鳴った。画面を覗いた彼が一瞬だけ表情を曇らせる。
「……あー、りゅうからだ。ちょっと来てくれって」
「は? 何で俺が行くんだよ?」
「いや、なんかファイのこと……また絡んできたっぽい。お前、ちょっと顔出してくんね?」
ポテトはため息をついた。
「マジでさ、俺のこと便利屋かなんかだと思ってね?」
「うん。みんなそう思ってるよ」
ポテトは口角をゆがめた。
「よし、行こう。主人公ムーブしとくか」
その“主人公”の背中は、誰にも追いつかれないスピードで、夕暮れの中へと歩いていった。
だがその歩き方は――デブで口臭くて、偉そうに体を揺らしながらだった。
誰も憧れない。誰も真似しない。
それでも彼は、自分が“選ばれる日”を、心のどこかで信じていた。
夜の須田ヶ原公園。照明は少なく、街灯の下にはりゅうの姿があった。ベンチに腰を下ろし、額を押さえている。
その向かいに立つのは――ファイだった。
ポテトは遠巻きにその光景を見つめながら、静かにポテスピの煙を吐いた。もう“こっそり吸う”という概念はとうに失っていた。周囲に誰がいようが関係ない。
ポテトは常に“自分の世界”の中心にいた。
「で? またなんかバグったんか?」
そう言いながら近づいてきたポテトに、ファイは無言で視線を向けた。
だが、りゅうのほうが先に口を開いた。
「……大湯、これ。見てみろ」
りゅうが差し出したのは、ファイの持っていた端末のスクリーンショットだった。
そこには、無数の赤い点が表示されていた。点は動かず、ただ、画面の中央にだけ“ひときわ大きな赤”が点滅していた。
「なにこれ。俺のファンか?」
「違ぇよ! ……これ、“エンディング未定キャラ”の数なんだって」
「で?」
「で、お前が中央にいる。つまり……お前の存在が、全部のルートを“未決”にしてんだよ!」
ポテトは一瞬だけ黙ったが、すぐに鼻で笑った。
「なるほどね。俺、神だったってことか。ガチレスすると、世界は俺で止まってんだな」
「お前……本当に、自分が原因って気づかないのか?」
りゅうの声には珍しく怒りが滲んでいた。だがポテトは気づかない。いや、気づいても受け入れない。
「選ばれなかった? 知らねーよ。選ばれたいとか思ってねぇし。お前らが勝手に選んでろよ」
ファイが口を開いた。
「……君がいることで、他のキャラクターの結末がバグる。“正規ルート”が誰にも割り振られない。だから、この世界は……永遠にプロローグを繰り返す」
「最高じゃん。それって、“みんな俺を選ぶチャンスがある”ってことじゃね?」
「違う。誰も選ばれないまま、終わるってこと」
沈黙が落ちた。
やがて、ポテトはポケットからスマホを取り出し、スリープ画面を見た。表示された時間は“23:59”。
「……俺の世界、0時で終わんのか?」
誰にともなく呟く。ファイもりゅうも、返す言葉を持たなかった。
そして0時。
スマホの時間が“00:00”を表示した瞬間――ポテトの視界が真っ白に染まった。
強い光の中で、ただ一つだけ聞こえてきたのは、ファイの声だった。
『君が選ばれない限り、この世界は終わらない。終わらない物語は、すべての登場人物を壊す』
『それでも、君は――自分を選ぶ?』
ポテトは、その問いに対して――
微笑んだ。
「当たり前だろ。俺以外、誰が選ぶんだよ」
そして、次の朝。
ポテトは、また制服ブレザーを羽織り、同じジャージ、同じ寝癖、同じポテスピをくわえて、部屋を出た。
世界は、何も変わっていなかった。
だが――それこそが、ポテトにとっての幸せだった。
ポテトは、昼下がりの自室でポテスピの煙を吐きながら、画面に映るギャルゲ実況動画に文句をつけていた。
「は? こいつ出会って3分で惚れられてんの? 俺なんてパンツ見てもスルーされてんだが?」
相変わらず部屋は汚かった。洗濯されていないブリーフがベッドの端に引っかかり、机の上にはカビの生えたコンビニ弁当。けれど、ポテトにとってはそれが“快適”だった。
スマホを持つ指先にはポテスピのヤニが染み込み、指紋すら曖昧になっている。
にもかかわらず、彼はこう言い放った。
「俺がエロくないんじゃねぇ。世界がエロさを俺に与えないだけ」
思い出すのは、ファイとのあの会話。
『君はこの“エロゲ的世界”の中で、唯一ルートを持たない存在だってことも』
その言葉の真意を考えるだけで、ポテトの思考は濁る。
でも、彼は自分を省みない。常に**“他責”**で処理する。
「てか俺さえいなけりゃ、世界って完璧だった説ね? ……は、違う。俺がいないと成り立たねぇんだよ」
誰にも突っ込まれない独り言を繰り返しながら、スマホでSNSを漁る。
すると一つ、ファイと思わしき少女が須田ヶ原の駅前で撮られた画像が流れてきた。
《金髪の謎美少女、駅前でスマホをかざして謎のスキャン中》
「おいおいおい、ヒロインムーブじゃねぇかそれ……ガチでやってんのか?」
ポテトはすぐさまパーカーを羽織り、スリッパのまま外へ出た。ジャージの上に征服。髪は寝癖のまま。
外見がどう見られているかなど、彼の脳内からは最初から削除されている。
向かったのは駅前広場。
そこには確かに、ファイの姿があった。が、何やら機械のような端末を片手に、地面をスキャンするような動きをしている。
「おい、俺をスルーして何してんだよ」
そう声をかけるが、ファイは一切反応しない。
「無視? え、これ無視? パンツ見せた相手に?」
ようやく反応したファイが言い放ったのは、冷たいひと言だった。
「君、邪魔」
その言葉に、ポテトは自尊心を一瞬だけ傷つけられたが、すぐに復元した。
「お前、あれか? 好き避けってやつか? わかる、そういうの。中2の時から慣れてるし」
ファイは無言でスキャンを続ける。
だがポテトは、勘違いによる確信を強めていく。
「この流れ……ガチで、ついにヒロインルート入ったな」
その確信が、彼を地獄へ導くとも知らずに。
「正直言っていい? 俺、運命動かしてる感、今やばい」
ポテトは駅前のベンチに座り、ファイの背中を見つめながらポテスピを吸っていた。煙を吸うほどに自信も膨らむ。
本人は完全に「ヒロインが距離をとるのは好意の裏返し」と解釈していた。
ファイはスマホのような機械をかざしながら、駅前広場のタイルを1枚1枚チェックしていた。その姿は、どう見ても何か“仕事”をしているように見える。が、ポテトにとってはそれすらも“演出”だった。
「はぁ……ツンデレヒロインのテンプレかよ。もう一声ほしいな」
そう思ったときだった。
「大湯! お前また変なとこで吸ってんのかよ!」
遠くからりゅうの声が響いた。彼はスーツ姿で、小走りに近づいてくる。
「ここ、禁煙って書いてあるだろ!」
「は? お前、標識に“俺”って書いてある? 書いてないよな? じゃ、吸っていいじゃん」
「その理屈、毎回聞いても意味がわからないんだよ!」
りゅうはポテスピを取り上げようと手を伸ばしたが、ポテトはひょいと身をかわす。
その動作を見ていたファイが、ふと手を止めて口を開いた。
「……喧嘩、やめたほうがいい。データが乱れる」
「データ……?」
りゅうが眉をひそめた瞬間、ファイの持っていた機械がピピッと音を立て、画面に奇妙な図形が映し出された。
「……なんか出た。これ、君のせい」
「は? ガチで言ってんの? 俺、悪くないから」
ポテトはまるで反射的に口にする。その言い訳癖は、もはや彼の生活の一部だった。
だがファイは目を細めて言った。
「君の存在が、この世界のコードを乱してる。“ヒロイン未選択領域”の中心点に君がいる。つまり……バグ」
その言葉に、りゅうは本気で青ざめた。
「おい……バグって、お前……まさか、ポテトがこの世界にとっての異常ってことか?」
ポテトは笑った。
「しらね。てか、それって逆に主役じゃね? 俺中心で世界動いてんだろ?」
ファイはため息をつき、機械をしまった。
「……君が存在する限り、誰もハッピーエンドにたどり着けないかもしれない」
その瞬間、駅前の空気が変わった。
通りすがる人々の視線が、ポテトに向けられていた。今まで気にされなかった存在に、世界が初めて“異物”としての注目を向けた瞬間。
だがポテトは……それすらも誤解した。
「ついに、俺のルート始まったか……あーね、やっぱ主人公ってこうじゃないと」
りゅうは頭を抱えた。ファイは背を向けて歩き出した。
ポテトだけが、自分が何を引き起こし始めているかに気づかず――
誇らしげに、空のポテスピ箱を投げ捨てた。
ファイが去っていった駅前広場に、ポテトは一人残された。
周囲の視線はすでに彼から離れていたが、ポテトの中では世界の中心が自分に固定されたままだった。
「てか、“俺がいるから誰もハッピーになれない”って……それ、主人公補正でしかなくね?」
意味が真逆であることに気づかないまま、ポテトは嬉々としてスマホのメモを開いた。
そこには先日書き残したタイトル、「ポテトルート:開発中」が表示されていた。
「これもう、書き足すしかないっしょ。“世界を変えるのは、選ばれなかった男”……あーね、震えるわ」
そう呟きながら、爪の垢が詰まった親指で入力を始めた。
しかし、その手が突然止まる。
スマホ画面に、**「エラー:アクセス不可」**と赤い表示。
「……は?」
もう一度タップするが、同じ表示が繰り返される。
「いやいやいや、俺のスマホにエラーとかありえないんだけど? これ、陰謀じゃね?」
一気に焦りと苛立ちが込み上げる。なぜならポテトは、自分のスマホと“ポテスピ”に全幅の信頼を置いていたからだ。
「このスマホ、俺の人生の記録だぞ? 思考のメモリー、感情のログ、ぜんぶ詰まってんだよ?」
思い出したようにバックポケットから折れたポテスピ箱を取り出し、無意味に振ってみる。
何も起こらない。ポテスピは魔法の杖ではなかった。
その瞬間、目の前にファイが再び現れた。
「……やっぱり。干渉が進んでる。ログ、破損してる」
「……お前、どこから来てどこに消えてんだよマジで!」
ファイはまっすぐポテトを見た。その目には、さっきまでの冷たさではなく、どこか“哀れみ”の色があった。
「警告する。このままだと、君だけじゃなく、全ルートが崩壊する」
「しらね。それ、俺がどうにかする話じゃないよな?」
「違う。君が原因。君が、“物語を動かせない存在”として存在してる限り、他のキャラクターの結末が定まらない」
ポテトは一拍置いて笑った。
「……待って、じゃあさ。俺が消えたら、みんな幸せになるって話?」
ファイは何も言わなかった。
その沈黙が、答えだった。
そしてその静けさの中で、遠くから聞こえてきたのは、かもめの声だった。
「おーい! ポテトー! お前また訳わかんねー女と口論してんのかー?」
「うっせぇ! 違ぇわ!」
ポテトは叫んだ。声を荒げることで、自分の存在を確認しようとするかのように。
だがファイはすでに背を向けていた。
「君がどう動くか……それに、この世界は賭けている」
そう言い残して、またしても人波に紛れて消えた。
ポテトは呆然と立ち尽くし、やがてスマホをポケットにねじ込んだ。
「意味わかんねぇ……なんで俺が悪者になってんだよ……」
誰にも届かない声。誰も聞いていない呟き。
彼はただの“バグ”なのか、それとも――
まだ誰も知らない“主人公”なのか。
その答えが出る日は、まだ来なかった。
夕暮れの須田ヶ原町は、まるで何かを終わらせようとしているかのように静かだった。
ポテトは、喫煙所跡地のブロック塀に座っていた。いや、かつて“喫煙所”だった場所。数ヶ月前に正式に撤去されていたのだが、ポテトにとっては“あそこに灰皿があった”という記憶のほうが重要だった。
「ここが俺のセーブポイントみてぇなもんだから」
ポテスピをくわえながらつぶやく。
火はつけない。いや、ライターのガスが切れていた。ただそれだけ。
「なあ、俺さ、本当に主人公じゃねぇの?」
かもめはそばでペットボトルのジュースを飲んでいた。
「いや、だから前から言ってるけど……ポテト、主人公っぽくはないよ?」
「お前、それなんなんマジで。ちょいちょいトドメ刺すよなお前」
「いや、ほら、そういうことじゃなくてさ。なんかこう……“存在感”が主人公的じゃないっていうか……“事故”っぽいっていうか……」
「お前、ガチで謝れ?」
かもめは笑った。
その笑いに救われるように、ポテトは目を細めた。
だが、脳裏にはファイの言葉がこびりついていた。
『君の存在がバグだ。ルートを持たない存在。君がいる限り、世界はまとまらない』
ポテトは、やがてゆっくりと立ち上がった。
夕日に照らされたその姿は――やはり、どうしようもなく“主人公面”には見えなかった。
パジャマのズボン。制服のブレザー。黄ばんだシャツ。潰れた靴。口元からは消えかけのポテスピ。
それでも、彼の心の中には“特別”が確かに存在していた。
「正直言っていい? 俺が世界を直す鍵だったらどうする?」
「どうもしねーよ、たぶん全員引くよ?」
「うっせえ。俺が主役だったら、世界がバグってるってことだからな?」
その時、かもめのスマホが鳴った。画面を覗いた彼が一瞬だけ表情を曇らせる。
「……あー、りゅうからだ。ちょっと来てくれって」
「は? 何で俺が行くんだよ?」
「いや、なんかファイのこと……また絡んできたっぽい。お前、ちょっと顔出してくんね?」
ポテトはため息をついた。
「マジでさ、俺のこと便利屋かなんかだと思ってね?」
「うん。みんなそう思ってるよ」
ポテトは口角をゆがめた。
「よし、行こう。主人公ムーブしとくか」
その“主人公”の背中は、誰にも追いつかれないスピードで、夕暮れの中へと歩いていった。
だがその歩き方は――デブで口臭くて、偉そうに体を揺らしながらだった。
誰も憧れない。誰も真似しない。
それでも彼は、自分が“選ばれる日”を、心のどこかで信じていた。
夜の須田ヶ原公園。照明は少なく、街灯の下にはりゅうの姿があった。ベンチに腰を下ろし、額を押さえている。
その向かいに立つのは――ファイだった。
ポテトは遠巻きにその光景を見つめながら、静かにポテスピの煙を吐いた。もう“こっそり吸う”という概念はとうに失っていた。周囲に誰がいようが関係ない。
ポテトは常に“自分の世界”の中心にいた。
「で? またなんかバグったんか?」
そう言いながら近づいてきたポテトに、ファイは無言で視線を向けた。
だが、りゅうのほうが先に口を開いた。
「……大湯、これ。見てみろ」
りゅうが差し出したのは、ファイの持っていた端末のスクリーンショットだった。
そこには、無数の赤い点が表示されていた。点は動かず、ただ、画面の中央にだけ“ひときわ大きな赤”が点滅していた。
「なにこれ。俺のファンか?」
「違ぇよ! ……これ、“エンディング未定キャラ”の数なんだって」
「で?」
「で、お前が中央にいる。つまり……お前の存在が、全部のルートを“未決”にしてんだよ!」
ポテトは一瞬だけ黙ったが、すぐに鼻で笑った。
「なるほどね。俺、神だったってことか。ガチレスすると、世界は俺で止まってんだな」
「お前……本当に、自分が原因って気づかないのか?」
りゅうの声には珍しく怒りが滲んでいた。だがポテトは気づかない。いや、気づいても受け入れない。
「選ばれなかった? 知らねーよ。選ばれたいとか思ってねぇし。お前らが勝手に選んでろよ」
ファイが口を開いた。
「……君がいることで、他のキャラクターの結末がバグる。“正規ルート”が誰にも割り振られない。だから、この世界は……永遠にプロローグを繰り返す」
「最高じゃん。それって、“みんな俺を選ぶチャンスがある”ってことじゃね?」
「違う。誰も選ばれないまま、終わるってこと」
沈黙が落ちた。
やがて、ポテトはポケットからスマホを取り出し、スリープ画面を見た。表示された時間は“23:59”。
「……俺の世界、0時で終わんのか?」
誰にともなく呟く。ファイもりゅうも、返す言葉を持たなかった。
そして0時。
スマホの時間が“00:00”を表示した瞬間――ポテトの視界が真っ白に染まった。
強い光の中で、ただ一つだけ聞こえてきたのは、ファイの声だった。
『君が選ばれない限り、この世界は終わらない。終わらない物語は、すべての登場人物を壊す』
『それでも、君は――自分を選ぶ?』
ポテトは、その問いに対して――
微笑んだ。
「当たり前だろ。俺以外、誰が選ぶんだよ」
そして、次の朝。
ポテトは、また制服ブレザーを羽織り、同じジャージ、同じ寝癖、同じポテスピをくわえて、部屋を出た。
世界は、何も変わっていなかった。
だが――それこそが、ポテトにとっての幸せだった。
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主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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