エロゲで俺だけ選ばれない世界

ポテト男爵

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【最終章】ログに残らない彼の死

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秋の終わり、須田ヶ原の空は曇っていた。

風もなく、音もない。街の色すら、どこか褪せていた。

ファイは、学園の図書館で一冊のノートを開いていた。

中には、かつて彼女が手書きで綴った“ポテトの記録”がある。
けれど――ページをめくっても、文字が消えていた。

「……また、消えてる」

インクの染みも、ページの折れ目もそのままなのに、そこに書かれていたはずの言葉だけが、すべて消えていた。

彼が言ったこと。彼がいた日。彼の声、彼の仕草、匂い。
それらは確かに記録した。確かに、ここにあった。

けれど――世界は、ポテトの存在そのものを“消去し続けている”。

彼はもはや、“存在していたという証拠”すら残せない。

ファイは震える手でノートを閉じた。

「私が覚えていないと……君は、完全に消える」

彼女の声は震えていた。
感情ではない。恐怖だった。

記憶の中の彼が、すでに“曖昧になっている”。

いつ出会ったか。最初に何を言われたか。
昨日まで覚えていた言葉が、今、もう思い出せない。

「私だけは……私だけは、君を覚えてるって、そう決めたのに……」

彼女は両手で顔を覆った。

“記憶にだけ存在する恋”は、記憶が風化すれば終わる。

そしてその終わりは、“誰にも気づかれないまま”訪れる。

その時――

耳元で、誰かの声がした。

「正直言っていい? 忘れられるの、マジで慣れてるから」

振り返っても、そこには誰もいなかった。

けれど、ファイの頬を伝った涙が、確かに**“彼がいた”という感覚を再起動させた。**

だがそれは、最期の警告だった。


ファイは、その日もノートを抱えて校舎を歩いていた。

生徒たちは誰も彼女に話しかけない。
いや、彼女が話しかけられる側ではなくなっているのかもしれなかった。

廊下の端に座り、ノートを開く。
けれど、何度ページを戻しても、ポテトに関する記述は消えていた。

「君の痕跡すら、もう書き残せない」

彼女は手帳を閉じ、立ち上がった。
向かった先は、あの空き地。ポテトがよくいた場所。

風が吹いていた。枯れた葉が舞う。

そこに彼は――いなかった。
けれど、“いるはずだった空間”だけが、違和感のように残っていた。

ファイはその場に立ち尽くす。

「……この世界が、君を本当に“消しに来てる”」

ポテトの存在は、ただログに残らないだけではなかった。

“彼の存在に触れた記憶”すら、世界は次々と書き換えていた。

昨日話したはずのセリフが、今日にはファイの中から抜けている。

彼が最後に笑った顔が、もう思い出せない。

彼女は必死に思い出そうとした。

ポテトの声。ポテトの匂い。あの嫌な煙。うざい喋り方。偉そうな歩き方。
けれど、全部が“特徴だけの影”になっている。

名前が、出てこなかった。

「……いや。違う。君の名前は――」

ノートに書こうとした瞬間、手が止まった。

“大湯”という二文字が、どうしても思い出せなかった。

「名前を、奪われた……?」

その瞬間、ファイは膝から崩れ落ちた。

「君が……君が消える。私の中からも、完全に」

涙が止まらなかった。

“この世界に選ばれなかった彼”は、
ついに“誰の中にも存在しないもの”になろうとしていた。

そしてその刹那、頭の中で微かに響いた声。

『……俺のこと、思い出さなくていいよ。
 だって……お前が忘れる頃には、俺、“無敵”だから』

それは、優しさでも、嘆きでもない。

消える者が、自分の最期を笑って見届ける覚悟の声だった。



ファイは、その日を境にノートを閉じた。
ペンを握る意味がなくなったからだ。

書いても消える。
思い出そうとしても、“思い出せた記憶”がすぐに薄れる。

彼の顔。声。言葉。癖。匂い。名前。
すべてが、世界から消えていった。

ファイの心にはまだ、“何かを忘れた気配”だけが、痛みのように残っていた。

教室の窓辺で風を受けながら、彼女はつぶやく。

「……何か、大切な人がいた気がするのに」

誰も答えない。

まるで最初から、その“誰か”なんて存在しなかったように。

そして――

その頃、世界の裏側では、最終処理が完了していた。

《大湯ポテト:記録未登録》
《存在ログ不在》
《記憶痕跡:消去済み》

すべての記録装置、全データベース、ヒロインの記憶構造、学園のログ。

ポテトという“存在”にまつわるあらゆるものが、“存在しなかった”こととして処理された。

最終的に、ファイの記憶からも、ポテトという概念そのものが上書きされて消えた。

彼女は、もう彼のことを思い出すことすらできない。

けれど――
その空白の中で、彼女はときおり夢を見た。

煙の匂い。うるさい声。汗臭いジャージ。うざい笑い声。誰かに踏まれてる気分。

そして目が覚めたとき、こう呟く。

「……最低だったのに、なんでちょっと安心してたんだろ」

そこに理由はない。ただの錯覚。ただの幻覚。

でも、それが唯一の証拠だった。

存在しない男が、誰かの記憶の構造だけを少し狂わせて――完全に消えた。

物語は、静かに終わる。

誰にも選ばれず、誰にも選ばせず、誰にも覚えられず。

彼の死は、“ログに残らないまま”完了した。

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