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二章 聖女さん、新しい日常を謳歌します。

ex とある研究者、現着

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 特殊部隊が少女二人に蹂躙されている頃。

(……ッ! なんだ……!?)

 半ば自暴自棄に乾いた笑いを浮かべていた幹部の一人であるハロルドの背後から眩い光が放たれた。
 何の前触れも無く放たれた光に一瞬混乱するが、そちらに視線を向けるとその光の正体はすぐに分かった。

 視界の先に半径5メートル程の大きな魔方陣が展開されていた。
 それは自分達が此処に来た移動手段とほぼ同じで……そしてその中心に白衣の男が立っていた事から転移魔術だと察する。
 そしてその転移魔術を使ってこの場にやって来たのは……この作戦の。
 否、自分達組織の全作戦の要となっている男。

「やあ、調子はどうかな?」

 世界で五本の指に入る……否、文字通り最高峰の魔術研究者と言っても過言ではない男。

 ユアン・ベルナールだ。

 そしてユアンを目にすると、自然と怒りが沸いて来る。

「おい! ふざけんなよ先生! アンタの予知と全然違う事が起きまくってんじゃねえか!」

 そしてハロルドの怒号を聞いたユアンは、真剣な表情を浮かべて言う。

「詳細を聞こうか」

 そして怒号混じりの説明をすると、ユアンは纏めるように言う。

「なるほど。外の問題の無い筈のルートで勘づかれ、挙句侵入者が二組。しかも戦力は壊滅状態と。それはそれはとても大変な事になってるね」

「何が大変な事になってるねだ! 他人事みたいに言いやがって!」

「他人事なんかじゃないさ」

 一拍空けてからユアンは言う。

「僕も取り返しが付かない位に色々な物をベットしてキミ達の計画に関わっているんだ。もしも他人事に思う程度の計画だったら、僕はキミ達のようなカルト教団ごと、計画を潰す側に周っていただろう」

「カルト教団だと何ふざけた事――」

「おっとすまない。口が滑った」

 そう言った次の瞬間には、自分達の組織……団体に対しそういう風な発言をされた事で急速に頭に血が上っていたハロルドの額に、ユアンの指が添えられていた。
 そして微かに発光。

(…って、あれ?)

 すると分からなくなる。

(……俺は今、なんでコイツにキレてるんだっけ?)

 それが思い出せない。
 それでも何かに対して怒っていたのは間違い無くて、記憶からそれらしいものが自然と拾われる。

「そうだ! 全然先生の予知と違うじゃねえか!」

「それはもう既に把握している。だから今此処にいるんだ。すまなかった」

「お、おう……そうか」

 という事はユアンは自分達の支援に来たという事だろうか?
 元を辿れば予知が外れたが故の窮地なのだが、それでも藁にもすがりたい状況だった事もあり、ありがたさの方が勝る。

「……で、此処の戦力を壊滅状態まで追い込むなんて、一体どんな化物が潜り込んでるんだか」

 どうやらユアンは此処に侵入者がいて、部隊が壊滅状態にあるという所までしか把握していないらしい。
 どうすればそんなにピンポイントな情報が得られたのかは分からないが……とにかく。

「やべえ奴しかいねえぞ! 地上で戦った奴もだけどほんと、やべえ奴しかいねえ!」

「まあそうでも無ければこんな事にはなっていないだろう……どれどれ」

 言いながらユアンは自身が張り巡らせた魔術の掛かった壁に手を触れる。

「……なるほど、これはキミ達じゃ止められない。相手が悪すぎる」

「相手の事、知ってんのか!?」

「今キミ達の所の特殊部隊がまさに壊滅した所を見た訳だが……壊滅させたのは聖女だよ」

「……聖女?」

「僕らの計画で国外へ追いやった四人の聖女の内二人だ。ルークル王国とリロッタ王国の聖女。シルヴィ・フロストとステラ・バローニ。単一の戦力で見ればこの世界で上から数えた方が早い程の強者達だね」

「な、なんでそんな奴らが……」

「分からない。同時期に国外へ追いやった四人の聖女の人生はその後一切交わらない筈だった。一体どんなイレギュラーが起きれば此処まで深刻な事になるんだか」

 深刻。
 そんな事を言うものの、ユアンの表情からはそこまでの焦りは感じられない。
 単なるポーカーフェイスなのか……それとも、この程度なら問題なく対処できるのか。
 後者も十分にありえるだろう。

 ここの設備も自分達の力を底上げしている指輪も、全部ユアン・ベルナールが作った物だ。
 向こうも化物だが……こちらの要の研究者も十分に化物染みている。

 故にその余裕には絶対的な安心感がある。

「で、侵入者はもう一組。まさかとは思うがこちらも……」

 と、そこまで言った所で……ユアンが怪訝な表情を浮かべる。

「どうした先生」

「……」

 そしてユアンは少し間を一置いてから言う。

「作戦中止だ」

「はぁ!?」

 突然の発言に思わずそんな声が出る。

「中止って……ここまでやって置いてか!?」

「今の敵戦力を全て倒す事は難しい。まあこちらの準備さえ整っていれば時間を稼ぎつつ、キミらの所の神様を復活させる儀式を執り行う事も可能だが……このイレギュラーだ。それも済んでいないんだろう?」

「それは……まあ」

「それに侵入者が居る時点で此処の事が既に露呈してしまっている訳だ。増援が来るまでそう時間は掛からないだろう。現実的に儀式を執り行うのは不可能だ……故に此処からは、次に繋げる為の戦いだよ」

「次に……繋げる?」

「此処で失敗したからといって、それで終わる訳じゃない。だから此処からは次に繋げる為の前向きな撤退戦だ」

 そしてユアンは一拍空けてから言う。

「既に構築してある儀式を執り行う為の術式の移動。後は……これだけ設備が揃った場所に向こうから来てくれているんだ。危険分子の数を減らしておく絶好の機会だ」

「なるほどなぁ! これで終わりじゃねえならそれで良いかぁ!」

 計画も頓挫せず、自身の命も助かる。
 そう思うと沈んでいたテンションが再び戻ってくる。

「で、俺は何がすりゃいい!」

「とりあえずまだ外で子供を攫っているんならそれは中止だ。捕らえた子供も解放する。このプランに適正のある子供を厳選して捕らえているんだ。計画が変更になった以上必要ない」

「じゃあ捕らえたガキどもは後で好きにしても良いかぁ!?」

「子供は解放する」

「……はぁ!?」

「で、外でまだ動いている駒は?」

「今はいねえ……んな事より捕らえたガキは――」

「……ほんと、できる事ならキミらみたいなグズとは関り合いになりたくなかったよ」

 そんな事を言いながらユアンは、ハロルドの頭部を掴む。
 次の瞬間だった。

「……!?」

 体の自由が利かない。
 まともに言葉を発する事すらできない。

(なん……だこれ……!)

 そして混乱するハロルドにユアンは言う。

「僕は撤収作業をしなければならないし……なにより、こういう事に関与している事をあの子に知られたくないからね。とっくに愛想なんて尽きてしまっているだろうけど……それでも、身内がこういう事をしているという認識は、あの子の人生に余計な重荷になる。だから僕が直接出る訳にもいかないんだ」

(なに言って……身内……は?)

 何一つ理解できないハロルドにユアンは言う。

「さぁ、何をすればいいかだったね……キミが侵入者四人を全員止めるんだ」

(……!?)

「心配するな。キミの操作は僕がやる」

 そう言った次の瞬間だった。

(な……なんだこの力……)

 体感したことがない程強大な力が沸き上がってかた。

 自分が使っている強化魔術ではない。
 自分が全く理解できない程複雑な術式を、自分の体を操ってユアンが発動させたのだ。

 そう認識した瞬間だった。

(……ぁ)

 ハロルドの意識は静かにブラックアウトしていった。

 そしてその肉体は影に溶けるように姿を消す。
 こうして全く想定していなかった形で……ハロルドのリベンジマッチが始まる。






 魔術で操ったハロルドを動かしながら、ユアンは深くため息を付いてから言う。

「……なんでアンナが此処にいるんだ。お前は最初から最後までこの計画には関わらない筈だろう」

 アンナ・ベルナールは一国の聖女だ。
 そしてそのまま計画の最初から最後まで国を出ず、結果的に関与する位置にいない筈だった。

 にも関わらず今、既に彼女はこの一件の中心人物と言っても過言ではない位置に立っている。
 つまりアンナの周囲で、自分の予知から大きく外れる何かが起きたという訳だ。

 それが何かは分からない。
 だが本来全く関係が無かったアンナが此処まで深くこの一件関わってきている事を考えると、その何かがこちらの計画に影響を及ぼすに至らせたとみて間違い無いだろう。
 アンナ・ベルナールがこの国に来たから、結果的にアンナを除く四人の聖女がこの一件に程度は違えど関わるに至った。

 
 イレギュラーだ。
 最も深刻なイレギュラーと言ってもいい。
 ……あらゆる意味で。

「……碌に父親らしい事をしてやれなかった上に、久しぶりに接するのがこんな形になるなんてね。ほんと、こういう計画の狂い方だけは……勘弁、してほしかったな」

 言いながらユアンは懐から瓶詰めの錠剤を取り出す。
 なんの変哲もない胃薬だ。
 もう十数年程お世話になり続けている、ストレス性の胃痛を収める必需品。

 そしてそれを適量服用して、それから一拍空けて呟く。

「……揺れるな」

 どこか自分を鼓舞するように。

 そして撤退の準備を進めながら、片手間で娘を含めた聖女とそれに準ずる強さを持つ者との決戦に臨む。

 その表情に、娘と戦う事以外の不安は浮かばない。

 戦力は十分だ。
 ハロルドという男は救いようのないクズではあるが、それでも一級品の出力を有している。
 当然それだけでは、規格外とも言える侵入者達には太刀打ちできないだろうが……そこにこの場に張り巡らせた魔術と、自身の魔術を重ねる。

 重ねられる。

 ハロルドは影の魔術を使わせる為に、闇属性の適正がある人間をメイン駒にしていたようだが、多少の弊害はあるものの属性無視で魔術を扱えるユアンにはそうした観点で駒を吟味する必要はない。
 故に魔術の出力装置としては十分な働きを期待できる。

 十分すぎる戦力だ。
 最低でも時間稼ぎ。
 うまくやれば今後計画の支障となる危険人物の一人や二人程度を殺害する事も可能な筈だ。


 そう、可能。
 力も。
 それを行う為の精神も。
 今の彼は持ち合わせている。

 すぐに折れて立ち止まる弱い自分は、とっくの昔に歯を食い縛って踏みにじった。
 だからやれる。

「……やるんだよ」

 やれる筈だ。

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