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二章 ごく当たり前の日常を掴む為に

7 ギルドからの依頼

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「あ、お怪我はもう大丈夫ですか?」

 とりあえず依頼を受ける為に受付嬢の所へと向かうと、そこに居たのは前回の依頼で俺達を担当してくれた人だった。

「ええ、とりあえず完治したんで今日から復帰です」

 俺が笑ってそう言うと、受付嬢のお姉さんはホッとした様に言う。

「そうですか……良かった。心配してたんです。結構な大怪我でしたから。それをこちらのミスで負わせてしまった訳で……」

「ああ、もう気にしないでくださいよ。あの時も言いましたけど、俺達二人とも無事に戻ってこれたんでセーフって事で。それにほら、交通費に入院費に慰謝料まで貰っちゃってますから。助かりました」

「いえ、それはこちらとしては当然の事をしたまでで……」

 そういう風に、暫くお互いに謙遜したやり取りを交わし続けた後で本題に入る。

「それで、俺とアリサで受けられる依頼を紹介してほしいんだけど」

 ギルドでは二種類の依頼の受け方がある。
 まず一つは掲示板に張られている依頼を選んで、受付で認可が下りれば受注できる受け方。

 そしてもう一つは受付嬢から依頼を紹介してもらうやり方だ。

 ギルドでは、受付にて冒険者の情報を登録してある。
 その情報を元にパーティーの構成や各冒険者の実力、受けたい仕事の種類などの希望を元に丁度いい依頼を教えてくれる。
 前回今回共に選んだのは受け付け嬢からの依頼の紹介だ。

「できればクルージさんが病み上がりなんで軽めの依頼がいいです」

「いや、俺は大丈夫だって。なんの為に一週間自宅療養してたと思ってんだ」

「病み上がりの体のキレの悪さ舐めたら危ないんですよ」

「あ、そうですか……」

 と、恐らく病み上がりの体マスターのアリサがそう言うので、大人しく聞いておく事にした。
 多分それに関してはアリサが言うなら間違いない。アリサ以上にそれを語れそうな奴などそうはいない

「じゃあ比較的軽めな依頼って何かないですかね?」

「ありますよ。丁度Cランク程でお願いしたい依頼が。つい今さっき入ってきた依頼が」

 Cランク。
 あの地獄の様な魔獣討伐も、本来Cランクの依頼だったわけで一瞬嫌な予感がしてしまうのだが、それでもああいう事はそう起こらないだろう。
 とにかく、本当にCランクの依頼であるならば軽い依頼という事で間違いない。
 前回も俺達はパーティーを組んで初めてだから軽い依頼でって事でCランクの魔獣討伐を選択したわけだし。

「それ、どんな依頼ですか?」

 アリサが訪ねると、受付嬢のお姉さんが複雑な表情で言う。

「ある意味、この前のあなた達の時と同じような案件です」

「というと?」

「東の草原に……魔獣が出たんです」

「え? マジですか?」

 東の草原といえば王都その外で比較的穏やかな場所だ。
 出てくるモンスターも他の場所と比べれば弱く、冒険者や憲兵に成り立ての者が訓練として利用する事もある。
 そこで取れる薬草は王都内での需要も高く、ギルドでは薬草の採取がEランクの依頼として常時提示されている。
 そんな所に魔獣が出た。

「えーっと……それ結構ヤバイ状況なんじゃないですか」

 アリサが言うと、複雑な表情で受け付け嬢のお姉さんも言う。

「はい、無茶苦茶ヤバイ状況です」

 そして一拍空けてから言う。

「知っての通りあの場所での薬草の採取をウチのギルドではEランクの依頼として出しています。それで今……一人ソロで向かってるんですよ。冒険者になりたての魔術師の女の子が一人、薬草採取に」

「「……ッ!?」」

 魔獣は一体一体はそれ程強くない……なんて見解は、俺達からすればの話だ。
 例えばその冒険者になりたての女の子が、まだ本当にEランクの依頼が適正なのだとすれば……魔獣なんてのが出てきたら一方的にやられる。
 ……一方的に殺される。

「なんで草原に魔獣が……」

「原因は分かりません。ですが以前あなた達に依頼した森にも元々突然現れる様になったんです。それも……あなた達が向かう頃には、こちらで想定していた数を遥かに上回る程にまで膨れ上がってました。他にも魔獣の報告は此処暫く頻発しているんです……何か起きているのは間違いないでしょう」

「……そうですね」

 本来魔獣は生物学上、とてもイレギュラーな存在である。
 人間やモンスターを始めとした生き物と繁殖とは違い、魔獣はどこからか生まれてくる。一般的には瘴気から生まれてくるとされているが……基本的にはどこにでも現れ繁殖する様な存在ではない。

 繁殖するのは……瘴気から生まれてくると言われている様に、何かしらの問題が起きている場所となる。

 つまりは王都周辺で何かが起きているという事だ。
 いや、そんな小規模な話でもないかもしれない。

 王都からある程度離れた俺の住んでいた村だって、半年前に魔獣に襲撃されているのだから。

 そして受付嬢のお姉さんは言う。

「話を戻しますね。とにかく今、一人冒険者が薬草の採取に行って戻ってきていません」

 ですので、と受付嬢のお姉さんは言う。

「これはギルドからの依頼です。その冒険者の女の子を連れ帰ってきてほしいんです……その子が生きている内に。お願いします」

 そう言って受付嬢のお姉さんは俺達に頭を下げる。
 多分本当にイレギュラーな事態だったのだろう。
 俺が大怪我を負った時の対応が手厚かった様に、ギルドの職員たちは冒険者の事を良く考えてくれている。それ故に適正ランクの仕事しか回さない。回そうとしない。
 そんな中で駆け出しの冒険者が手に余る危険に晒されている。
 それはギルドの職員からすればどうにかしたい事なのだろう。

 だから……真剣に頭を下げている。

「受けましょう、クルージさん」

 アリサは言う。

「これは……もし例え報酬がなかったとしても受けなきゃいけない依頼だと思います」

 それはまるで自分を重ねている様に。
 アリサには分かるのだろう。
 そういう運のない状況に陥った人間の心理が。嫌という程。

 そして分かった上で、そんな相手を助けたいと思っている。
 ……自分の時はきっと誰も助けてくれなかったのに。

 そしてアリサがそう言うのなら。そしてそう言わなくても、受けなきゃいけない依頼だってのは分かっているつもりだ。
 だったら答えは決まってる。

「じゃあ俺達でその依頼を受ける。とりあえずその子を連れて帰ってくりゃいいんだな」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 そう言った受付嬢のお姉さんは胸を撫で下ろしてから言う。

「……良かったです、受けてくれて。さっき他の冒険者さんにもお願いしたんですけど断られちゃって」

「断る? なんで?」

「その人達が希望していたのはAランクの依頼だったので。大した報酬も出ずに拘束時間だけはそれなりにある。そして……そもそもまだ生きているかも分からない。そんな依頼は断られる事だってあります。冒険者は別に慈善事業ではありませんから」

「……」

 そんな中で俺達が来た。
 丁度適正値と同じ依頼を探しにきた俺達が。
 そして受付嬢のお姉さんは一拍空けてから俺達に言う。

「では依頼の詳細説明をしましょう。まずこちらが今草原へと向かっている冒険者さんの写真になります」

 そう言って受付嬢のお姉さんは、ギルドに冒険者として登録する際に提出されたであろう写真を俺達に見せてくる。

「……ボクと同い年位ですね」

 と、アリサがそんな反応を見せる中で、俺は思わず固まっていた。
 受付嬢のお姉さんはその、赤髪ショートの冒険者の事を魔術師だと言った。
 だとすればソイツは、俺の様に冒険者になる前にある程度戦闘経験を積んできたタイプの駆け出し冒険者ではなく、というかそもそも通常の薬草採集ですら一人で行っても大丈夫なのかと思うような奴だ。

 だってコイツは……この女の子は。

 あの日、本屋で俺と同じ本を買っていたから。
 実用魔術教本。初級、中級編を買っていた魔術の素人なのだから。
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