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三章 人間という生き物の本質

78 強襲

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「……ッ」

 その言葉を聞いて、思わず思考に迷いが生じた。
 果たして目の前の男の話をどこまで信じていいのか分からない。例え信じられるような相手だったとしても、あの短い戦闘の中でこちらの各々の実力を正確に理解できているのかは疑問が残る。
 だけど……だけどだ。
 もしも男の言っている事が正しいのだとすれば。
 あの人達と呼ばれたアリサと同等の実力を持つ人間が複数人いるのだとすれば。

 やるべき事も何もない。此処にいる全員で生き残る為に死に物狂いでこの場所を脱出しなければならない状況なのかもしれない。

 だけど結論を言えば手後れだった。
 そんな悠長に選択をできるだけの時間はなく、出来た事と言えばもしかすると自分達は最悪な状況に置かれているかもしれないという、起きるかもしれない事態に対する覚悟を決められただけ。

「ッ! クルージさんッ!」

 直後、突然アリサの叫び声に似た声が聞こえたかと思うと、強い力で突き飛ばされた。
 ……アリサに突き飛ばされた。
 次の瞬間だった。

 咄嗟に小太刀を構えたアリサが弾き飛ばされたのは。
 アリサと同等の速度で急接近してきた青いトカゲのマークを衣服に刻んだ仮面の短剣がアリサの小太刀と衝突し、アリサを弾き飛ばしたのは。

「アリサ!」

 それが開戦の合図だった。

 リーナがリーナ自身と俺とグレンに身体能力を引き上げる魔術を付与し、そしてそれとほぼ同時にアリサを弾き飛ばした仮面の僅かな隙を突くように、グレンがハンマーを男に向けて振るった。
 そうした一撃を殆どグレンの方に視線を向ける事なく仮面はギリギリの所でかわし、そして俺達は眼中にないとばかりに木々の向こうに弾き飛ばされて見えなくなったアリサの方に再び高速で走り出す。
 ……行かせるか!
 グレンとリーナが動きだしたと同時に刀に纏わせていた魔術の風の刃。
 それをアリサの元へと動きだした仮面に向かって打ち放とうとする。
 ……だが。

「……ッ」

 その判断を鈍らせるように、状況が動いた。
 先に捕えた男達の元に突然光と共に新たな仮面が。同じく青いトカゲを刻んだ仮面が現れ、次の瞬間手を地面に置いて魔法陣を展開する。
 その次の瞬間には……光と共にその仮面と捕えた連中がその場から消滅する。

 空間転移の上級魔術。

 そしてそんな物を使われて気を取られている間に。警戒心を向けた間に。俺が風の刃を撃ち放とうとしていた相手はもうそこに居ない。

「クソ……ッ」

「どうするっすか先輩!?」

「と、とりあえず何とかしてアリサと合流して一旦此処を出るぞ! 現状俺達だけじゃこの問題を解決するには手に余--」

 言いかけたその時だった。
 俺達がやって来た方向。その上空。
 そこに無数の光の球体のような物が出現しているのに気付いたのは。

「……ッ!?」

 それが俺達目掛けて射出されたのは。
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