人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

1 頼り頼られ

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 結論から言ってしまえば、愚策だったのだと思う。
 仮に俺の歩く速度が時速五キロメートルだったとして。そして屋台の店主が言う丸一日歩いてというのが、冗談抜きで二十四時間あるけばという事だった場合、アルダリアスからレミールまでの距離は百二十キロ近くになるという事になる。
 その距離を前にして、金が勿体ないから徒歩で行こうと馬鹿みたいな判断を取ってしまったわけである。
 そして取ってしまった結果がこれだ。

「……きっついな、これ」

 木陰に座り混みながら、俺はため息と共にそんな言葉を漏らす。
 一体何時間歩いただろうか。今まで休憩無しで頑張ってきたけどいい加減限界が来た訳で、流石に小休憩を取る事にした。いや、小ではなく大休憩になりそうだと脹脛が訴えております。

「……やっぱあの時とは状況が違うか」

 徒歩での移動に関しては、少なからず自信があった。
 何しろ昨日、俺はエルドさん達よりも先にエルの元へと辿りつくために、病み上がりの状態で雨の中二十キロを完走したのである。そして完走した後、足場の悪い森の中を歩いていたのだから、多少体力に自信がついたっていいものだ。
 だけどどうやら、あの時の俺の体は言わば火事場の馬鹿力的な何かが働いていたらしい。そして今の俺にはそれは働いていない。
 ……精神状態がまるで違う。それだけでこの体たらくだ。

「……大丈夫ですか?」

「そういうお前は大丈夫そうだな?」

 どうやらエルの方が体力面では上手らしい。よく考えればその足場の悪い森で生活していた訳だし……そもそもの所種族的な違いも影響があるのかもしれない。

「はい私はまだ大丈……あ、いや、えーっと、私も結構限界ですね」

「いや、変な気は使わなくてもいいぞ。俺の方が体力が無いのは事実だし」

 どうやら俺に気を使ってくれたらしいエルに、そう返す。

「そ、そうですか……ま、まあゆっくり休みましょうよ。別に急いでる訳でもないですし」

「……そうだな」

 食料は買いこんだ。日を跨いでの到着で起きる弊害といえば、精々が風呂に入れない事位だ。そもそも常にあるいても日を跨ぐ事は確定している訳で……確かに、急ぐ理由は何処にもない。
 目標とすれば、明日の夜までに辿りつく。そんな所だろう。

「だったら、もう暫くは休むか」

「そうですね」

 俺はリュックから飲料水を取り出し、一杯煽る。
 うん、おいしい。運動した後だからという事もあるだろうけど、根本的に水がうめえ。東京の水より遥かにうめえ。これコーヒーがうまかったのって、豆云々の話じゃなく、水がうめえからってのが真相なんじゃなかろうか。
 ……まあ、水がうまいのは一旦置いといてだ。

「なあ、エル」

 俺は隣で自分の水を飲むエルに尋ねる。

「どうしました?」

「なんていうか……体の具合とか、どうだ?」

「具合、ですか? まあ多少は疲れてますけど……」

「あ、いや、そうじゃなくてだな……その枷を身に付けて、ある程度時間が経った訳だろ? 付けた直後に何も起きていなくても、今になって何か起きたりしてねえかなって」

 シオンを信用していない訳ではないが、話を聞く限りこの枷は臨床実験がされていない。する相手がいないのだから、そうなのだろう。だとすると多少なりとも気になってくるのだ。
 でも俺の心配はどうやら無用だったらしい。

「特に何も変わりありません。精霊術を使っていない時の感じと何の変化もありませんよ」

 エルは水の入ったボトルを閉めながらそう答えた後……打って変わって、不穏な事を口にする。

「でも体調以外なら違和感が一つあるんです」

「違和感? ……どんな」

「使えない筈の精霊術が、なんとなく使えそうなんです」

「え?」

 エルが付けている枷は、本来の枷の役割に神秘的な雰囲気を掻き消す効果を付与させた物だ。……その核となっている精霊術封じが効いてないのか?

「なんていうんでしょうか……抑えが弱いって言うんですかね。あの地下で枷を嵌められた時、全く使えそうもなかった精霊術が、今なら無理矢理使おうと思えば使えそうなんです」

 成程。それで本当に使えるのなら、それは予期せぬ幸運という奴なのだろうか。欠陥は決して悪い事ばかりではないという訳だ。
 ……だけどだ。

「……とりあえず、使わなくちゃいけない様な状況以外では使わなねえ方が良いと思うぞ」

 俺はその枷の状態を考えながら、そんな助言をエルにする。

「どうしてですか?」

「作ったの俺じゃねえし、この世界の人間じゃねえから知識ゼロだし、正しい事言ってるかは分からねえよ? だけども、抑え込まれてるのに無理矢理抑え込んでるもん解き放ったら、壊れちまう気がしねえか?」

 そうなる保証はないが、可能性は多分ある。そして壊れれば再び危険に巻き込まれる訳で、それ相応の状況以外では使わない方が良いと思う。

「……成程。確かに言われてみればそうかもしれませんね。分かりました。そういう時が来るまでは使いません」

「じゃあ俺は、そういう時が来ない様頑張るよ」

 人間が対象の犯罪に巻き込まれた時、無事に切り抜けられる様に頑張る。

「その為にも……俺の方は精霊術、使ってかねえとな」

 俺は右の掌に旋風を作ろうとする。
 だけどそれは途中で掻き消えた。

「大雑把な事は出来るけど、細かい事じゃ上手くいかない事も多い。全然力を使いこなせちゃいねえんだ。出力はあっても根本的にはど素人。人並に使えるようにはしねえと」

「でも、センスはあると思いますよ」

「そうか?」

「一度も精霊術をつかった事が無いにしては、応用も出来てますしね。例えば風を固めるとか。あれも素人がやるにはハードルが高いと思うんですけど」

「成程。ちょっと自信付いてきた」

 だけど付くのは自信だけで、今のままじゃ実力は付きやしない。

「だから自信を形に変えねえと」

 その為には鍛錬がいる。

「エル、言葉で伝えられる事だけでいいんだ。俺に精霊術の扱い方を教えてくれねえか?」

 何事も自己流だけじゃ限界がある。
 例え言葉だけでも、助言をくれる存在がいるだけで違うはずだ。

「成程。つまり私が師匠という訳ですか」

「まあそういう事になるな……」

 なんだろう……なんかエルが嬉しそう。

「よろしく頼むぜ師匠」

「任せてください!」

 うん、やっぱり嬉しそうだ。なんだろう。師匠という響きが気にいっているのかな?

「私が出来る事ってあまり無いですけど、その位ならできますから。頼れる事は頼ってください」

 そう言ってエルはニコリと笑う。
 それで嬉しかったのだろうか?
 誰だって頼られるのは悪い気はしない。俺がエルに頼られて実証済みだ。

「分かった。他にも何かあったら、頼らせて貰うよ」

 俺を頼ってくれているエルに、俺はそんな言葉を返す。
 考えてみれば俺はエルに頼らないと何も出来ないんだ。
 文字だって読めない訳だし、この世界の事を知らなすぎる。
 多分これから、俺も一杯エルに頼って行くのだろう。

「なあ、エル」

「どうしました?」

 笑顔を向けてくれるエルに、俺は改めて伝える。

「……これからもよろしく」

 ややこっ恥ずかしい気分で伝えたこの言葉に、エルは一拍空けてから笑顔のまま言葉を返してくれた。

「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

 そのこれからがどこまで続くのかは分からない。
 だけどそれがずっと続けばいいのにと、俺はエルの笑顔を見ながらそう思った。
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