人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

29 日常の裏側 中

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「どういう事だよそれ……どういう事だよ!」

 俺が思わず荒げた声に、誠一の兄貴は一拍空けてから答える。
 紡がれるのはこの一か月の話だ。
 俺が何も知らずに過ごしてきた。
 エルに支えられて生きてきた日常の裏側の話。

「……エルを調べて色々な事が分かった。その中でも一番収穫があったのは、何故精霊が暴走するのかって事が分かった事だと俺は思うよ」

「……ッ」

 その話は聞かされていなかった。
 そういう原因が掴めたという事が俺にとっては初耳の話。
 精霊の事。そういう事が分かれば教えてもらえる様な流れになっていたはずなのに、俺にまで話が回ってきていない。
 そんな話をどうして今まで黙っていたんだと、誠一の兄貴に文句を言いたくなったが、それよりも先に誠一の兄貴が言う。

「生物学的観点から見れば人間と精霊の構造はそこまで違いは無い。だけど違う事は確かにある。例えば血液だ」

「血液?」

「そうだ。これは以前から分かっていた事だが、精霊の血液には人間の血液からは検出されない様な血液細胞が含まれている。通称SB細胞。俺達は今までそのSB細胞が精霊という存在の血液に当たり前の様に流れている物だと思っていた」

 ところが、と誠一の兄貴はそれを否定する。

「エルの血液からは……暴走しない正常な精霊からはそのSB細胞が殆ど検出されなかった。今までどの精霊の血液からも膨大な量が検出されていたにも関わらずだ。そしてエルと暴走する精霊の違いというのはこの一点のみに絞られる」

 つまり、と誠一の兄貴は言う。

「このSB細胞が精霊を暴走させる要因を作っていたという事になる訳だ。つまり異世界で暴走しなかった事を考えると、この世界に辿り着いた精霊は何らかの要因でこの世界でSB細胞を蓄積させて暴走している事になる。そしてエルはおそらく契約の影響で体内のSB細胞を除去する為の耐性を手に入れた。だからエルは暴走せず、SB細胞も殆ど検出されなかった」

 言っている事はそれらしく筋が通っている様に思える。
 だけど……だとすればだ。

「だったら……なんでエルは暴走した。エルがそういう耐性を持っているのならどうして……」

「言っただろ。殆ど検出されなかったって。殆どって事はゼロじゃねえんだよ」

「……ッ!」

「エルは耐性を持っている。通常の精霊なら一瞬で暴走に至るんだ。それを考えれば相当強い耐性だよ。それでもそれを上回る量のSB細胞が新たに体内で生成されれば徐々にそれが蓄積されていく」

「だから暴走するってか……ってちょっと待て。じゃあナタリアは……」

「ん?」

「ナタリアは! 暴走している状態から契約して元に戻った! 契約で生まれる耐性がその程度の物だったんなら、ナタリアは元には戻らなかった筈だろ!」

 仮にそれが誠一の兄貴を論破する様な事になっても、エルが暴走する事実は変わらないのに。それでも揚げ足を取るように誠一の兄貴にそう言った。
 その答えを否定して、エルの状況への認識を少しでも変えたかったのかもしれない。
 だけどそれができても結局何も変わらないし、そもそも俺の言葉にも平然と誠一の兄貴は言葉を返す。

「それは恐らく耐性が付くのと同時に許容量も増していたんだろうよ。だから契約を結んでも、あの精霊の体内にあったSB細胞が減ったわけじゃないんだ」

「……ッ」

 つまり仮にあの場で俺が倒れなかったとしても。ナタリアは僅かに延命できただけで。
 仮に全てがうまく行ったとしても、根本的な解決には至らなかった。そういう事になる。
 その事実に、全身の気力が削ぎ落とされた様な気分になっている俺に、誠一の兄貴は言う。

「とにかく、エルの体内にはSB細胞が蓄積され続けた。半月前の段階で限界が来ていたっていうのはそういう事だ」

 ……徐々に徐々にエルの体を蝕んでいた。きっと今までの頭痛もそれが原因だったのだろう……だけどだ。

「……薬は」

「……」

「エルがそういう治療を受けてきたんなら、なんでエルは暴走した」

「力不足だよ、俺達の」

 誠一の兄貴は重苦しい表情で言う。

「エルがそういう状態に陥っている事が分かった段階で、エルから得た精霊の情報を元に治療薬を作り始めた。先の銃弾はその過程で生まれた物で、後はうまく上に研究内容を報告するためのスケープゴートだ」

「……スケープゴート?」

「おい陽介!」

 神崎さんがその先を話すのを止める様に静止を促すが、誠一の兄貴はそれを制する。

「もういい。エルが暴走した以上、全部露見する。だから別にいいんだよもう」

 一度天野に対して視線を向けながらそう言った上で、仕切りなおす様に誠一の兄貴は言う。

「話を戻すぞ……とにかく治療薬の存在が露見すれば、そのままエルの暴走が時間の問題である事が組織内に知れ渡る。知れ渡ればエルの身柄がどうなるかはもう俺達には分からなかったからな」

 だから、と誠一の兄貴は言う。


「俺達は……俺達五番隊と霞はエルを延命させながら根本的な解決手段を探す為に動きだした」

 そして誠一の兄は語りだす。
 もう結果が目の前に広がっている。
 日常の裏側の戦いの話。
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