219 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ
29 日常の裏側 中
しおりを挟む
「どういう事だよそれ……どういう事だよ!」
俺が思わず荒げた声に、誠一の兄貴は一拍空けてから答える。
紡がれるのはこの一か月の話だ。
俺が何も知らずに過ごしてきた。
エルに支えられて生きてきた日常の裏側の話。
「……エルを調べて色々な事が分かった。その中でも一番収穫があったのは、何故精霊が暴走するのかって事が分かった事だと俺は思うよ」
「……ッ」
その話は聞かされていなかった。
そういう原因が掴めたという事が俺にとっては初耳の話。
精霊の事。そういう事が分かれば教えてもらえる様な流れになっていたはずなのに、俺にまで話が回ってきていない。
そんな話をどうして今まで黙っていたんだと、誠一の兄貴に文句を言いたくなったが、それよりも先に誠一の兄貴が言う。
「生物学的観点から見れば人間と精霊の構造はそこまで違いは無い。だけど違う事は確かにある。例えば血液だ」
「血液?」
「そうだ。これは以前から分かっていた事だが、精霊の血液には人間の血液からは検出されない様な血液細胞が含まれている。通称SB細胞。俺達は今までそのSB細胞が精霊という存在の血液に当たり前の様に流れている物だと思っていた」
ところが、と誠一の兄貴はそれを否定する。
「エルの血液からは……暴走しない正常な精霊からはそのSB細胞が殆ど検出されなかった。今までどの精霊の血液からも膨大な量が検出されていたにも関わらずだ。そしてエルと暴走する精霊の違いというのはこの一点のみに絞られる」
つまり、と誠一の兄貴は言う。
「このSB細胞が精霊を暴走させる要因を作っていたという事になる訳だ。つまり異世界で暴走しなかった事を考えると、この世界に辿り着いた精霊は何らかの要因でこの世界でSB細胞を蓄積させて暴走している事になる。そしてエルはおそらく契約の影響で体内のSB細胞を除去する為の耐性を手に入れた。だからエルは暴走せず、SB細胞も殆ど検出されなかった」
言っている事はそれらしく筋が通っている様に思える。
だけど……だとすればだ。
「だったら……なんでエルは暴走した。エルがそういう耐性を持っているのならどうして……」
「言っただろ。殆ど検出されなかったって。殆どって事はゼロじゃねえんだよ」
「……ッ!」
「エルは耐性を持っている。通常の精霊なら一瞬で暴走に至るんだ。それを考えれば相当強い耐性だよ。それでもそれを上回る量のSB細胞が新たに体内で生成されれば徐々にそれが蓄積されていく」
「だから暴走するってか……ってちょっと待て。じゃあナタリアは……」
「ん?」
「ナタリアは! 暴走している状態から契約して元に戻った! 契約で生まれる耐性がその程度の物だったんなら、ナタリアは元には戻らなかった筈だろ!」
仮にそれが誠一の兄貴を論破する様な事になっても、エルが暴走する事実は変わらないのに。それでも揚げ足を取るように誠一の兄貴にそう言った。
その答えを否定して、エルの状況への認識を少しでも変えたかったのかもしれない。
だけどそれができても結局何も変わらないし、そもそも俺の言葉にも平然と誠一の兄貴は言葉を返す。
「それは恐らく耐性が付くのと同時に許容量も増していたんだろうよ。だから契約を結んでも、あの精霊の体内にあったSB細胞が減ったわけじゃないんだ」
「……ッ」
つまり仮にあの場で俺が倒れなかったとしても。ナタリアは僅かに延命できただけで。
仮に全てがうまく行ったとしても、根本的な解決には至らなかった。そういう事になる。
その事実に、全身の気力が削ぎ落とされた様な気分になっている俺に、誠一の兄貴は言う。
「とにかく、エルの体内にはSB細胞が蓄積され続けた。半月前の段階で限界が来ていたっていうのはそういう事だ」
……徐々に徐々にエルの体を蝕んでいた。きっと今までの頭痛もそれが原因だったのだろう……だけどだ。
「……薬は」
「……」
「エルがそういう治療を受けてきたんなら、なんでエルは暴走した」
「力不足だよ、俺達の」
誠一の兄貴は重苦しい表情で言う。
「エルがそういう状態に陥っている事が分かった段階で、エルから得た精霊の情報を元に治療薬を作り始めた。先の銃弾はその過程で生まれた物で、後はうまく上に研究内容を報告するためのスケープゴートだ」
「……スケープゴート?」
「おい陽介!」
神崎さんがその先を話すのを止める様に静止を促すが、誠一の兄貴はそれを制する。
「もういい。エルが暴走した以上、全部露見する。だから別にいいんだよもう」
一度天野に対して視線を向けながらそう言った上で、仕切りなおす様に誠一の兄貴は言う。
「話を戻すぞ……とにかく治療薬の存在が露見すれば、そのままエルの暴走が時間の問題である事が組織内に知れ渡る。知れ渡ればエルの身柄がどうなるかはもう俺達には分からなかったからな」
だから、と誠一の兄貴は言う。
「俺達は……俺達五番隊と霞はエルを延命させながら根本的な解決手段を探す為に動きだした」
そして誠一の兄は語りだす。
もう結果が目の前に広がっている。
日常の裏側の戦いの話。
俺が思わず荒げた声に、誠一の兄貴は一拍空けてから答える。
紡がれるのはこの一か月の話だ。
俺が何も知らずに過ごしてきた。
エルに支えられて生きてきた日常の裏側の話。
「……エルを調べて色々な事が分かった。その中でも一番収穫があったのは、何故精霊が暴走するのかって事が分かった事だと俺は思うよ」
「……ッ」
その話は聞かされていなかった。
そういう原因が掴めたという事が俺にとっては初耳の話。
精霊の事。そういう事が分かれば教えてもらえる様な流れになっていたはずなのに、俺にまで話が回ってきていない。
そんな話をどうして今まで黙っていたんだと、誠一の兄貴に文句を言いたくなったが、それよりも先に誠一の兄貴が言う。
「生物学的観点から見れば人間と精霊の構造はそこまで違いは無い。だけど違う事は確かにある。例えば血液だ」
「血液?」
「そうだ。これは以前から分かっていた事だが、精霊の血液には人間の血液からは検出されない様な血液細胞が含まれている。通称SB細胞。俺達は今までそのSB細胞が精霊という存在の血液に当たり前の様に流れている物だと思っていた」
ところが、と誠一の兄貴はそれを否定する。
「エルの血液からは……暴走しない正常な精霊からはそのSB細胞が殆ど検出されなかった。今までどの精霊の血液からも膨大な量が検出されていたにも関わらずだ。そしてエルと暴走する精霊の違いというのはこの一点のみに絞られる」
つまり、と誠一の兄貴は言う。
「このSB細胞が精霊を暴走させる要因を作っていたという事になる訳だ。つまり異世界で暴走しなかった事を考えると、この世界に辿り着いた精霊は何らかの要因でこの世界でSB細胞を蓄積させて暴走している事になる。そしてエルはおそらく契約の影響で体内のSB細胞を除去する為の耐性を手に入れた。だからエルは暴走せず、SB細胞も殆ど検出されなかった」
言っている事はそれらしく筋が通っている様に思える。
だけど……だとすればだ。
「だったら……なんでエルは暴走した。エルがそういう耐性を持っているのならどうして……」
「言っただろ。殆ど検出されなかったって。殆どって事はゼロじゃねえんだよ」
「……ッ!」
「エルは耐性を持っている。通常の精霊なら一瞬で暴走に至るんだ。それを考えれば相当強い耐性だよ。それでもそれを上回る量のSB細胞が新たに体内で生成されれば徐々にそれが蓄積されていく」
「だから暴走するってか……ってちょっと待て。じゃあナタリアは……」
「ん?」
「ナタリアは! 暴走している状態から契約して元に戻った! 契約で生まれる耐性がその程度の物だったんなら、ナタリアは元には戻らなかった筈だろ!」
仮にそれが誠一の兄貴を論破する様な事になっても、エルが暴走する事実は変わらないのに。それでも揚げ足を取るように誠一の兄貴にそう言った。
その答えを否定して、エルの状況への認識を少しでも変えたかったのかもしれない。
だけどそれができても結局何も変わらないし、そもそも俺の言葉にも平然と誠一の兄貴は言葉を返す。
「それは恐らく耐性が付くのと同時に許容量も増していたんだろうよ。だから契約を結んでも、あの精霊の体内にあったSB細胞が減ったわけじゃないんだ」
「……ッ」
つまり仮にあの場で俺が倒れなかったとしても。ナタリアは僅かに延命できただけで。
仮に全てがうまく行ったとしても、根本的な解決には至らなかった。そういう事になる。
その事実に、全身の気力が削ぎ落とされた様な気分になっている俺に、誠一の兄貴は言う。
「とにかく、エルの体内にはSB細胞が蓄積され続けた。半月前の段階で限界が来ていたっていうのはそういう事だ」
……徐々に徐々にエルの体を蝕んでいた。きっと今までの頭痛もそれが原因だったのだろう……だけどだ。
「……薬は」
「……」
「エルがそういう治療を受けてきたんなら、なんでエルは暴走した」
「力不足だよ、俺達の」
誠一の兄貴は重苦しい表情で言う。
「エルがそういう状態に陥っている事が分かった段階で、エルから得た精霊の情報を元に治療薬を作り始めた。先の銃弾はその過程で生まれた物で、後はうまく上に研究内容を報告するためのスケープゴートだ」
「……スケープゴート?」
「おい陽介!」
神崎さんがその先を話すのを止める様に静止を促すが、誠一の兄貴はそれを制する。
「もういい。エルが暴走した以上、全部露見する。だから別にいいんだよもう」
一度天野に対して視線を向けながらそう言った上で、仕切りなおす様に誠一の兄貴は言う。
「話を戻すぞ……とにかく治療薬の存在が露見すれば、そのままエルの暴走が時間の問題である事が組織内に知れ渡る。知れ渡ればエルの身柄がどうなるかはもう俺達には分からなかったからな」
だから、と誠一の兄貴は言う。
「俺達は……俺達五番隊と霞はエルを延命させながら根本的な解決手段を探す為に動きだした」
そして誠一の兄は語りだす。
もう結果が目の前に広がっている。
日常の裏側の戦いの話。
0
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる