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六章 君ガ為のカタストロフィ
30 日常の裏側 下
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「俺達にとって最大の幸運はSB細胞を除去する力を増幅させる治療薬の生成が、想像以上に早い段階で成功したことだ。霞の奴は天才だよ。エルが持ってきたいくつかのピースをはめ込むだけで瞬く間に精霊に関する研究を一歩先へと進ませた。俺達に協力してくれたのがアイツでなかったら、まずこの初手の段階で詰んでた」
「……」
エルは何度もその霞という研究者の所へ足を運んでいた。
その時の話を聞いていた時に、何度か「あの人は注射が下手なんです」という愚痴を言っていたのを覚えている。
エルはそれを次回の研究の為の何かと言っていたが、なんとなく察する事ができる。
それこそがそうして作られた治療薬だったのだろう。
それこそが今までエルの事を守ってきたのだろう。
……でもエルは暴走した。
今の話を聞く限り、治療薬は文字通り治すという様な物では無くウイルスに対するワクチンの様な物なのだろう。根本からリスクをケアするような代物では無い。
だけどそれでも抑えられていたなら、どうしてこんな事になった。
思わずそれを口にしようとしたところで、誠一の兄貴が言う。
「加えてもう一つ分かった事がある。これははっきり言って精霊が暴走する原因を見付けたことと同等かそれ以上の収穫だ」
「……それ以上の収穫だと?」
天野が反応を示し、俺も天野が何も言わなかったら同じような事を口にしていただろう。
きっとエルの暴走の原因に繋がる話。精霊が暴走する原因以上の収穫かもしれない話だ。一体何なのかと思わず詰め寄りたくなる。
そして誠一の兄が返したのは、俺や……恐らくは天野宗也にとっても予想の斜め上を行くような言葉。
「エルのおかげで実際に精霊がSB細胞を作りだす過程を知る事が出来た。その過程で分かった事。まずは空気中に精霊が摂取する事によって体内にSB細胞を作りだすウイルスの様な物が飛び交っている事。そして……それが自然界で自然発生しえない物である事。加えて魔術的な因子が組み込まれている事が分かった。ご丁寧に俺達の様な人間に気付かれない様な魔術的な隠蔽も行われた上でな。それがつまりどういう事か分かるか?」
……それはつまりどういう事なのだろうか。
俺がその事に思考を巡らせている間に、天野がやや荒々しい声で誠一の兄貴に言う。
「お前は……精霊の暴走が人の手で行われているとでも言いたいのか?」
「そういう事だ。間違いねえよ」
誠一の兄貴はそう断言してから続ける。
「つまりはあれだけ多発天災だとか騒がれていたあの一件も、文字通り天災じゃなく人災だったって訳だ……どこかにあの惨劇の方棒を担いで、全てを傍観していた奴らがいる」
そしてそう語る誠一の兄貴の言葉を聞きながら、俺が募らせていたのは怒りだ。
誠一の兄貴の言っている事が本当かどうかは分からない。あまりにも急で尚且つ予想外の話で、それが本当に本当の話なのかと脳が中々受け入れようとはしない。そんな無茶苦茶な話があるかと、脳が理解を拒んでいる。
だけど……もしそれが本当の話なら。
皆が死ぬ原因を作った人間が、俺以外に誰かいる。
そして……エルをこうして苦しめている元凶を作った誰かが何処かにいる。
そう思うと怒りが収まらなくて、自然と口が動いた。
「……誰が何の為にそんな事をやっているんだよ」
エルの治療が終ったらソイツの所に殴りこみに行こうと、本気で考えている自分がいた。
だけどそれができない事は理解している。
今この現実が、それを物語っている。
「分からない」
誠一の兄貴から返ってきた言葉はそういう物だった。
「言っただろ? 隠蔽されていたって。エルという存在が無ければ、そういう物が空気中を漂っている事すら気付けなかった程に高度な魔術だ。寧ろ俺達がその存在を知れた事がもう奇跡の領域なのかも知れない。それだけの術だ。簡単に元を辿れるのなら辿っている。辿った上で俺達はこの世界を救った英雄にでもなっているだろうさ」
だけど、と誠一の兄貴は言う。
「結果はこの有様だ。必死になって術式の出所を探ろうとしたがそれが想像以上に難航した。そりゃそうだよな。精霊がどれだけ大昔からこの世界に現れて暴走していたと思っている。世界規模にそういう術式を張りめぐらせるのにどれだけの人員がいると思っている。あまりにもスケールが多きすぎんだよ。そんな連中を出し抜こうとかこの短期間でやるのは相当無茶な話だとは思わねえか?」
そういう誠一の兄貴の表情に浮かぶのは後悔している様な表情。
「だけど俺達に力があればこの問題も潰せた」
「……」
「……戦うべき相手がいる事が分かっていて、その片鱗にすら到達できなかった。俺達の力不足が全ての原因だ」
その言葉の後、僅かな沈黙が生まれた。
覇気もまるでないその言葉に、俺ですらも何も言えなくなっていた。
それだけこの場の空気は重苦しい。その重さをぶつける相手もどこにいるのか分からない。故にただ雨の音だけが周囲を支配する静かな空間が形成される。
だけどいつまでもそうしては入られなくて。まだ知るべき事は多すぎて。
それを打ち破るように、やや気を使うように静かに天野は誠一の兄貴に問いかける。
「……どうしてその事を上に報告しなかった。していれば、結果は違っていたかもしれないだろう」
誠一の兄貴達だけでの事態の解決は結果的に成しえなかった。
だけど事前に協力を要請していれば結果は確かに変わったかもしれない。
だけどその答えは察する。
そういう事を対策局の他の人間に伝えない理由があるとすれば。今までの流れを察すれば。その答えは見えてくる。
「その選択は諸刃の剣だよ。確かにそうすれば全てを明らかにできる可能性は増す。だけどその場合俺達の報告が全て虚偽だった事が知れ渡る事になる」
誠一の兄貴は一拍空けてから言う。
「エルはSB細胞を自らの力で除去する力を持っているが、それは生成する力を下回る。薬があって初めて細胞を減らせるんだよ。だけどな、最初からその薬があったわけじゃない。まだそういう物が本当にできるかどうかすら分からなかったタイミングで、エルに関する報告を求められれば、馬鹿正直な事を言えるか?」
「……」
エルを庇おうと立ち回るなら、それは言えないだろう。
エルが持つリスクをそのまま伝える事になってしまう。
「だから俺達は虚偽の報告をした。エル自身のSB細胞の除去力の数値を改竄した。するとどうだ。後々になって俺達に明確な敵がいる事が分かっても、エルに蓄積されるSB細胞を元に立証できるその情報を提出すれば、エルのリスクが俺達の虚偽の報告と共に露見する」
……だけどだ。
「でも薬があったんだろ」
考えてみれば。
自然と飲み込んではいたが、冷静に考えるとおかしい話だ。
確かに正しい情報を伝える事にはリスクはあるだろう。
治療薬の無い状況での虚偽の報告。それにより露見するエルの危険性。
だけどこちらには……誠一の兄貴達には、少なくともそういう虚偽の報告をしてから暫くして、そのリスクをケアするだけの手段がある。
だったらだ。誠一の兄貴達が虚偽の報告をした事を隠して我が身の保身でもしていなければ、寧ろ報告するリスクは低いように思える。
だってエルのリスクを薬で抑えられるなら、もうそこに脅威など無いのだから
「例え嘘だってばれても。エルをどうにかできる薬があるんだったら、そりゃ確かにリスクはあるかもしれねえけど、協力してくれたかもしれねえじゃねえか! 少なくとも対策局の人間の大半は、精霊を嫌う様な連中じゃねえんだろ! だったら――」
「だったら正しい情報を伝えろと」
俺の言葉を掻き消す様に誠一の兄貴はそう言って、言葉を続ける。
「そうだな、確かにお前の言う通りだよ。俺達が必死になっても、それでも俺達にとって手に余る事態だったことは間違いない。寧ろ協力を求められるなら、それは喉から手が出る程欲しかったよ」
だがな、と誠一の兄貴は言う。
「今、エルはどうなっている?」
「……今?」
今のエル。
「エルをどうにかできる薬なんてのがあったら、こうなっていたか?」
暴走したエル。
「……ッ!?」
「それが答えだよ。霞の作った薬でどうにかなると思っていた。そりゃ上が俺達の予想する判断を下してくれねえリスクもあったが、充分全てを告白できる準備が整ったと思ったさ。未来は明るいかは分からねえが活路が見えた。そんな気がした。してたんだよ」
だけど、と誠一の兄貴はその活路を否定する。
「あろうことかエルの体が治療薬に対する耐性を持っちまった。その結果全てが覆ったよ。使えば使う程効果は薄れていく。そうなれば後は薬の量を増やすか頻度を増やすかになってくるが……これ以上の事をすれば深刻な副作用が出る可能性が非常に高かった事も分かった。だからその場しのぎでもエルの状態を保てていた俺達の希望は、気が付けばただ時間を稼ぐだけの代物に成り果てたんだ。エルはな、そういう状態だったんだよ」
……だとすれば。
「そういう状態のエルはやはり上には報告できない。だから協力は仰げない。それこそエルのリスクを再びゼロに近い位に持っていける新薬でも作られない限りはな」
……そしてそれが最終的にできなかったから。
できなかったからこんな事になっている。
薬が碌に効かなくなったから、エルはこうして暴走した。
そしてその事を語った誠一の兄貴に天野は問う。
「土御門。正直に答えろ。お前は今日この精霊が暴走する事を知っていたのか?」
「……昨日治療薬を打ったばかりだ。あと数日は持つ算段だったんだ。その間になんとか霞の奴が改良型の治療薬を作るって寝ずに作業してて、俺達は上に悟られない様に普段通りの馬鹿を演じていた。だから知らなかったよ。知ってたら無能は無能なりにもう少しうまく立ち回ろうとしてたさ」
「……そうか」
それに天野は少し安堵するように答える。
それが何に対する安堵だったのかは俺には良く分からない。
だけどこの状況でそういうどうしようもない日常の裏側を知って、そして向き合わなければならない事だけは理解できる。
だから天野が誠一の兄貴に言った言葉は、まるで自分に言われているかのようにも感じた。
「……それで、これからどうするつもりだ」
これからどうすればいいのか。
エルと再会してから考えたような楽観的な事は、もう考えられない。
エルを治療する。ではその後は。
効きづらくなった薬。それと同様の効果を持つ銃弾。だとすればその効力も短くて、もしかすると何かしらの副作用だって出ているかもしれない。
そしてそれが何も起きなかったとしても、もう先が無い。
そんな中で俺はどうすればいいのだろうか。
……俺に一体何ができるのだろうか。
「……」
エルは何度もその霞という研究者の所へ足を運んでいた。
その時の話を聞いていた時に、何度か「あの人は注射が下手なんです」という愚痴を言っていたのを覚えている。
エルはそれを次回の研究の為の何かと言っていたが、なんとなく察する事ができる。
それこそがそうして作られた治療薬だったのだろう。
それこそが今までエルの事を守ってきたのだろう。
……でもエルは暴走した。
今の話を聞く限り、治療薬は文字通り治すという様な物では無くウイルスに対するワクチンの様な物なのだろう。根本からリスクをケアするような代物では無い。
だけどそれでも抑えられていたなら、どうしてこんな事になった。
思わずそれを口にしようとしたところで、誠一の兄貴が言う。
「加えてもう一つ分かった事がある。これははっきり言って精霊が暴走する原因を見付けたことと同等かそれ以上の収穫だ」
「……それ以上の収穫だと?」
天野が反応を示し、俺も天野が何も言わなかったら同じような事を口にしていただろう。
きっとエルの暴走の原因に繋がる話。精霊が暴走する原因以上の収穫かもしれない話だ。一体何なのかと思わず詰め寄りたくなる。
そして誠一の兄が返したのは、俺や……恐らくは天野宗也にとっても予想の斜め上を行くような言葉。
「エルのおかげで実際に精霊がSB細胞を作りだす過程を知る事が出来た。その過程で分かった事。まずは空気中に精霊が摂取する事によって体内にSB細胞を作りだすウイルスの様な物が飛び交っている事。そして……それが自然界で自然発生しえない物である事。加えて魔術的な因子が組み込まれている事が分かった。ご丁寧に俺達の様な人間に気付かれない様な魔術的な隠蔽も行われた上でな。それがつまりどういう事か分かるか?」
……それはつまりどういう事なのだろうか。
俺がその事に思考を巡らせている間に、天野がやや荒々しい声で誠一の兄貴に言う。
「お前は……精霊の暴走が人の手で行われているとでも言いたいのか?」
「そういう事だ。間違いねえよ」
誠一の兄貴はそう断言してから続ける。
「つまりはあれだけ多発天災だとか騒がれていたあの一件も、文字通り天災じゃなく人災だったって訳だ……どこかにあの惨劇の方棒を担いで、全てを傍観していた奴らがいる」
そしてそう語る誠一の兄貴の言葉を聞きながら、俺が募らせていたのは怒りだ。
誠一の兄貴の言っている事が本当かどうかは分からない。あまりにも急で尚且つ予想外の話で、それが本当に本当の話なのかと脳が中々受け入れようとはしない。そんな無茶苦茶な話があるかと、脳が理解を拒んでいる。
だけど……もしそれが本当の話なら。
皆が死ぬ原因を作った人間が、俺以外に誰かいる。
そして……エルをこうして苦しめている元凶を作った誰かが何処かにいる。
そう思うと怒りが収まらなくて、自然と口が動いた。
「……誰が何の為にそんな事をやっているんだよ」
エルの治療が終ったらソイツの所に殴りこみに行こうと、本気で考えている自分がいた。
だけどそれができない事は理解している。
今この現実が、それを物語っている。
「分からない」
誠一の兄貴から返ってきた言葉はそういう物だった。
「言っただろ? 隠蔽されていたって。エルという存在が無ければ、そういう物が空気中を漂っている事すら気付けなかった程に高度な魔術だ。寧ろ俺達がその存在を知れた事がもう奇跡の領域なのかも知れない。それだけの術だ。簡単に元を辿れるのなら辿っている。辿った上で俺達はこの世界を救った英雄にでもなっているだろうさ」
だけど、と誠一の兄貴は言う。
「結果はこの有様だ。必死になって術式の出所を探ろうとしたがそれが想像以上に難航した。そりゃそうだよな。精霊がどれだけ大昔からこの世界に現れて暴走していたと思っている。世界規模にそういう術式を張りめぐらせるのにどれだけの人員がいると思っている。あまりにもスケールが多きすぎんだよ。そんな連中を出し抜こうとかこの短期間でやるのは相当無茶な話だとは思わねえか?」
そういう誠一の兄貴の表情に浮かぶのは後悔している様な表情。
「だけど俺達に力があればこの問題も潰せた」
「……」
「……戦うべき相手がいる事が分かっていて、その片鱗にすら到達できなかった。俺達の力不足が全ての原因だ」
その言葉の後、僅かな沈黙が生まれた。
覇気もまるでないその言葉に、俺ですらも何も言えなくなっていた。
それだけこの場の空気は重苦しい。その重さをぶつける相手もどこにいるのか分からない。故にただ雨の音だけが周囲を支配する静かな空間が形成される。
だけどいつまでもそうしては入られなくて。まだ知るべき事は多すぎて。
それを打ち破るように、やや気を使うように静かに天野は誠一の兄貴に問いかける。
「……どうしてその事を上に報告しなかった。していれば、結果は違っていたかもしれないだろう」
誠一の兄貴達だけでの事態の解決は結果的に成しえなかった。
だけど事前に協力を要請していれば結果は確かに変わったかもしれない。
だけどその答えは察する。
そういう事を対策局の他の人間に伝えない理由があるとすれば。今までの流れを察すれば。その答えは見えてくる。
「その選択は諸刃の剣だよ。確かにそうすれば全てを明らかにできる可能性は増す。だけどその場合俺達の報告が全て虚偽だった事が知れ渡る事になる」
誠一の兄貴は一拍空けてから言う。
「エルはSB細胞を自らの力で除去する力を持っているが、それは生成する力を下回る。薬があって初めて細胞を減らせるんだよ。だけどな、最初からその薬があったわけじゃない。まだそういう物が本当にできるかどうかすら分からなかったタイミングで、エルに関する報告を求められれば、馬鹿正直な事を言えるか?」
「……」
エルを庇おうと立ち回るなら、それは言えないだろう。
エルが持つリスクをそのまま伝える事になってしまう。
「だから俺達は虚偽の報告をした。エル自身のSB細胞の除去力の数値を改竄した。するとどうだ。後々になって俺達に明確な敵がいる事が分かっても、エルに蓄積されるSB細胞を元に立証できるその情報を提出すれば、エルのリスクが俺達の虚偽の報告と共に露見する」
……だけどだ。
「でも薬があったんだろ」
考えてみれば。
自然と飲み込んではいたが、冷静に考えるとおかしい話だ。
確かに正しい情報を伝える事にはリスクはあるだろう。
治療薬の無い状況での虚偽の報告。それにより露見するエルの危険性。
だけどこちらには……誠一の兄貴達には、少なくともそういう虚偽の報告をしてから暫くして、そのリスクをケアするだけの手段がある。
だったらだ。誠一の兄貴達が虚偽の報告をした事を隠して我が身の保身でもしていなければ、寧ろ報告するリスクは低いように思える。
だってエルのリスクを薬で抑えられるなら、もうそこに脅威など無いのだから
「例え嘘だってばれても。エルをどうにかできる薬があるんだったら、そりゃ確かにリスクはあるかもしれねえけど、協力してくれたかもしれねえじゃねえか! 少なくとも対策局の人間の大半は、精霊を嫌う様な連中じゃねえんだろ! だったら――」
「だったら正しい情報を伝えろと」
俺の言葉を掻き消す様に誠一の兄貴はそう言って、言葉を続ける。
「そうだな、確かにお前の言う通りだよ。俺達が必死になっても、それでも俺達にとって手に余る事態だったことは間違いない。寧ろ協力を求められるなら、それは喉から手が出る程欲しかったよ」
だがな、と誠一の兄貴は言う。
「今、エルはどうなっている?」
「……今?」
今のエル。
「エルをどうにかできる薬なんてのがあったら、こうなっていたか?」
暴走したエル。
「……ッ!?」
「それが答えだよ。霞の作った薬でどうにかなると思っていた。そりゃ上が俺達の予想する判断を下してくれねえリスクもあったが、充分全てを告白できる準備が整ったと思ったさ。未来は明るいかは分からねえが活路が見えた。そんな気がした。してたんだよ」
だけど、と誠一の兄貴はその活路を否定する。
「あろうことかエルの体が治療薬に対する耐性を持っちまった。その結果全てが覆ったよ。使えば使う程効果は薄れていく。そうなれば後は薬の量を増やすか頻度を増やすかになってくるが……これ以上の事をすれば深刻な副作用が出る可能性が非常に高かった事も分かった。だからその場しのぎでもエルの状態を保てていた俺達の希望は、気が付けばただ時間を稼ぐだけの代物に成り果てたんだ。エルはな、そういう状態だったんだよ」
……だとすれば。
「そういう状態のエルはやはり上には報告できない。だから協力は仰げない。それこそエルのリスクを再びゼロに近い位に持っていける新薬でも作られない限りはな」
……そしてそれが最終的にできなかったから。
できなかったからこんな事になっている。
薬が碌に効かなくなったから、エルはこうして暴走した。
そしてその事を語った誠一の兄貴に天野は問う。
「土御門。正直に答えろ。お前は今日この精霊が暴走する事を知っていたのか?」
「……昨日治療薬を打ったばかりだ。あと数日は持つ算段だったんだ。その間になんとか霞の奴が改良型の治療薬を作るって寝ずに作業してて、俺達は上に悟られない様に普段通りの馬鹿を演じていた。だから知らなかったよ。知ってたら無能は無能なりにもう少しうまく立ち回ろうとしてたさ」
「……そうか」
それに天野は少し安堵するように答える。
それが何に対する安堵だったのかは俺には良く分からない。
だけどこの状況でそういうどうしようもない日常の裏側を知って、そして向き合わなければならない事だけは理解できる。
だから天野が誠一の兄貴に言った言葉は、まるで自分に言われているかのようにも感じた。
「……それで、これからどうするつもりだ」
これからどうすればいいのか。
エルと再会してから考えたような楽観的な事は、もう考えられない。
エルを治療する。ではその後は。
効きづらくなった薬。それと同様の効果を持つ銃弾。だとすればその効力も短くて、もしかすると何かしらの副作用だって出ているかもしれない。
そしてそれが何も起きなかったとしても、もう先が無い。
そんな中で俺はどうすればいいのだろうか。
……俺に一体何ができるのだろうか。
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