218 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ
28 日常の裏側 上
しおりを挟む
「……は?」
何一つ状況が理解できなかった。
聞こえてきたのはエルの微かなうめき声。
そして視界に捉えたのは、ただでさえ酷かったエルに新たに生まれた傷。流れでる血液。
それだけで。その現実を認識しただけで、頭より先に体が動き出した。
まともに動く力など無かった筈なのに。それでもその体を動かさせる程に、怒りの感情が土御門陽介へと向いていた。
分かったのは自分の中のそういう感情位。
気が付いた時には俺は誠一の兄貴に殴りかかっていた。
きっともう力なんてのが殆ど籠っていないその一撃。それは躱される事もなく防がれる事もなく、そのまま誠一の兄貴の顔面に叩き込まれた。
勢いよくとは言わない。そんな力など込められていない。それでも誠一の兄貴は地面に転がり、俺の体は自然と誠一の兄貴を追撃する為に動いていた。
少しだけ頭が回りだして、力の代わりに言葉を拳に乗せて。
「なにしやがんだてめえェェェェェェェェェッ!」
そう叫んで跳びかかろうとした所を誰かに背後から羽交い絞めされて止められる。
「落着け瀬戸君!」
羽交い絞めにしてきたのは神崎さんだ。少なくとも消耗しきった今の俺では振り解けない程の強い力でこちらの動きを阻んできている。
だけどそんな事は知るか。
「うるせえ離せよ! ソイツはエルを!」
エルを撃ったんだ。
それが天野宗也のやった事ならまだ少しは受け入れられたかもしれない。
だけど誠一の兄貴がそれをやればもう裏切りみたいなものだろう。
「だから少し落ち着けって言ってるだろ! 自分の手の甲を見てみろ! その手にあるのは何だ! その子はまだ生きているだろ! 今自分が何をすべきか考えてくれ!」
「……ッ!」
その言葉で。そして右手の甲に刻まれた刻印を見て少しだけ冷静になれた。
やるべき事に再び意識を持っていく事はできた。
「すんません……エルを治さないと」
俺がその言葉を呟いた瞬間、羽交い締めが弱くなった様に思えた。俺は神崎さんの手を振り切りエルの前へ再び屈みこみ、回復術を発動させる。
「……ッ」
そして一度そうして冷静になれば、怒りの感情はあるにしても色々と察することができた。
……別に誠一の兄貴はエルを殺そうとしたわけでは無いのだろう。
だとすれば天野を止める必要も無かったから。
だとすれば抵抗できないエルがこうしてまだ生きている筈が無いから。
……つまりこれが助ける手段なのか?
……こんなものが助ける手段なのか?
「おい土御門。これはどういう事だ。お前はその精霊を助けるつもりだったんじゃないのか?」
天野が俺達の元へとやって来て、倒れている誠一の兄貴に問う。
そして誠一の兄貴は顔面を押さえながらゆっくりと体を起こしてゆっくりと立ち上がりながら、天野の問いに。俺の疑問に言葉を返す。
「……そのつもりだ。まあまったくそうは見えねえだろうよ。俺だって端から見たらそうは思わねえ。事前に説明受けてても止めるかもしれねえ……だが今のが俺が今唯一手にしている打開の策だ。殴られても仕方がねえ代物ではあったが」
「今の銃弾か」
「ご明察。その通りだ。あの銃弾は精霊の暴走を抑える為に作られた代物だ。つまりはエルを元に戻す為の手段になり得る」
どういう原理なのかは今の俺には察しも付かない。
だけどエルの暴走を止める為の手段があの銃弾を打ち込む事なら、それはまさにその通りの効力を示すのだろう。
でも、そういう風に暴走を止める為の何かを作る技術があるのなら。
「……なんでこんな物騒な物なんだよ」
なんでそんな希望が殺傷能力を秘めている。
「薬とか……色々やり様があるだろ。寧ろ直感的に考えればそっちの方が簡単だろ。なのになんでこんな酷い方法なんだ。なんで銃弾なんだよ! なんでエルがまた痛い思いをしなくちゃならないんだよ!」
その問いに返ってくる答えは至極真っ当な答えだ。
誠一の兄はこちらに再び歩み寄りながら答える。
「言っただろ。今のは本来暴走する精霊に対して使う代物だ。戦場で運用する事が前提の代物なんだよ。だとすればそれこそ飲み薬や注射での投薬なんて悠長な真似はしてられねえ。もしもエルに使う事前提で作ってたら飲み薬とか注射とか、そういうので済ませられるようにする」
そんな至極真っ当な答え。それは良く理解できた。
確かに暴走している精霊相手にそういう飲み薬だとかを投与できる程の余裕は現実的に考えてないだろう。だからそれが銃弾である事はある意味必然だったのだろう。
だけどその先の言葉は。脳が理解を拒んだ。
「だから今までだってそうしてきた」
……今まで。
「おい、ちょっと待て……今までってどういう事だよ」
その言葉は受け入れがたい。
「それじゃあまるでエルが今までそういう治療を受けてきたみたいじゃねえかよ!」
もうエルはとっくの前に危険な状態で。
もう薬のおかげで平静を保っていられただけで。
俺をずっと支えてくれたエルが、本当はもうずっとどうしようもない事になっていた。
まるで、そう告げられているみたいだった。
そして俺の言葉に誠一の兄貴は答える。
「そうだな。お前の言う通りだよ」
「……ッ!?」
「エルはもう半月前の段階で限界が来ていた。今日までエルの自我が残っていたのは全部薬のおかげだよ」
聞きたくなかったそんな言葉を。
何一つ状況が理解できなかった。
聞こえてきたのはエルの微かなうめき声。
そして視界に捉えたのは、ただでさえ酷かったエルに新たに生まれた傷。流れでる血液。
それだけで。その現実を認識しただけで、頭より先に体が動き出した。
まともに動く力など無かった筈なのに。それでもその体を動かさせる程に、怒りの感情が土御門陽介へと向いていた。
分かったのは自分の中のそういう感情位。
気が付いた時には俺は誠一の兄貴に殴りかかっていた。
きっともう力なんてのが殆ど籠っていないその一撃。それは躱される事もなく防がれる事もなく、そのまま誠一の兄貴の顔面に叩き込まれた。
勢いよくとは言わない。そんな力など込められていない。それでも誠一の兄貴は地面に転がり、俺の体は自然と誠一の兄貴を追撃する為に動いていた。
少しだけ頭が回りだして、力の代わりに言葉を拳に乗せて。
「なにしやがんだてめえェェェェェェェェェッ!」
そう叫んで跳びかかろうとした所を誰かに背後から羽交い絞めされて止められる。
「落着け瀬戸君!」
羽交い絞めにしてきたのは神崎さんだ。少なくとも消耗しきった今の俺では振り解けない程の強い力でこちらの動きを阻んできている。
だけどそんな事は知るか。
「うるせえ離せよ! ソイツはエルを!」
エルを撃ったんだ。
それが天野宗也のやった事ならまだ少しは受け入れられたかもしれない。
だけど誠一の兄貴がそれをやればもう裏切りみたいなものだろう。
「だから少し落ち着けって言ってるだろ! 自分の手の甲を見てみろ! その手にあるのは何だ! その子はまだ生きているだろ! 今自分が何をすべきか考えてくれ!」
「……ッ!」
その言葉で。そして右手の甲に刻まれた刻印を見て少しだけ冷静になれた。
やるべき事に再び意識を持っていく事はできた。
「すんません……エルを治さないと」
俺がその言葉を呟いた瞬間、羽交い締めが弱くなった様に思えた。俺は神崎さんの手を振り切りエルの前へ再び屈みこみ、回復術を発動させる。
「……ッ」
そして一度そうして冷静になれば、怒りの感情はあるにしても色々と察することができた。
……別に誠一の兄貴はエルを殺そうとしたわけでは無いのだろう。
だとすれば天野を止める必要も無かったから。
だとすれば抵抗できないエルがこうしてまだ生きている筈が無いから。
……つまりこれが助ける手段なのか?
……こんなものが助ける手段なのか?
「おい土御門。これはどういう事だ。お前はその精霊を助けるつもりだったんじゃないのか?」
天野が俺達の元へとやって来て、倒れている誠一の兄貴に問う。
そして誠一の兄貴は顔面を押さえながらゆっくりと体を起こしてゆっくりと立ち上がりながら、天野の問いに。俺の疑問に言葉を返す。
「……そのつもりだ。まあまったくそうは見えねえだろうよ。俺だって端から見たらそうは思わねえ。事前に説明受けてても止めるかもしれねえ……だが今のが俺が今唯一手にしている打開の策だ。殴られても仕方がねえ代物ではあったが」
「今の銃弾か」
「ご明察。その通りだ。あの銃弾は精霊の暴走を抑える為に作られた代物だ。つまりはエルを元に戻す為の手段になり得る」
どういう原理なのかは今の俺には察しも付かない。
だけどエルの暴走を止める為の手段があの銃弾を打ち込む事なら、それはまさにその通りの効力を示すのだろう。
でも、そういう風に暴走を止める為の何かを作る技術があるのなら。
「……なんでこんな物騒な物なんだよ」
なんでそんな希望が殺傷能力を秘めている。
「薬とか……色々やり様があるだろ。寧ろ直感的に考えればそっちの方が簡単だろ。なのになんでこんな酷い方法なんだ。なんで銃弾なんだよ! なんでエルがまた痛い思いをしなくちゃならないんだよ!」
その問いに返ってくる答えは至極真っ当な答えだ。
誠一の兄はこちらに再び歩み寄りながら答える。
「言っただろ。今のは本来暴走する精霊に対して使う代物だ。戦場で運用する事が前提の代物なんだよ。だとすればそれこそ飲み薬や注射での投薬なんて悠長な真似はしてられねえ。もしもエルに使う事前提で作ってたら飲み薬とか注射とか、そういうので済ませられるようにする」
そんな至極真っ当な答え。それは良く理解できた。
確かに暴走している精霊相手にそういう飲み薬だとかを投与できる程の余裕は現実的に考えてないだろう。だからそれが銃弾である事はある意味必然だったのだろう。
だけどその先の言葉は。脳が理解を拒んだ。
「だから今までだってそうしてきた」
……今まで。
「おい、ちょっと待て……今までってどういう事だよ」
その言葉は受け入れがたい。
「それじゃあまるでエルが今までそういう治療を受けてきたみたいじゃねえかよ!」
もうエルはとっくの前に危険な状態で。
もう薬のおかげで平静を保っていられただけで。
俺をずっと支えてくれたエルが、本当はもうずっとどうしようもない事になっていた。
まるで、そう告げられているみたいだった。
そして俺の言葉に誠一の兄貴は答える。
「そうだな。お前の言う通りだよ」
「……ッ!?」
「エルはもう半月前の段階で限界が来ていた。今日までエルの自我が残っていたのは全部薬のおかげだよ」
聞きたくなかったそんな言葉を。
0
あなたにおすすめの小説
ボンクラ王子の側近を任されました
里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」
王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。
人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。
そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。
義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。
王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する
鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。
突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。
しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。
魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。
英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる