人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
254 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ

56 その先の希望に向かって

しおりを挟む
「……じゃあ私からもお願い一つ、いいですか?」

 俺の言葉への返答はなく、代わりに帰ってきたのはエルからのお願いで。

「私を一人にしないでください。ずっと一緒にいて……私の手を、握っていてください」

 それこそがエルの答えでエルの願い。
 そして俺の願い。

「……ああ」

 エルの言葉に頷いて、エルを強く抱きしめた。
 ……一人になんかさせてたまるか。
 ……もう失ってたまるか。
 その為にもまず此処からエルを連れだすんだ。何があっても。
 そして暫くそうしていた俺達だったが、流石にずっとこうしているわけにもいかない。
 もう覚悟を決めて動きださないといけない。
 俺はゆっくりとエルから離れ、エルもゆっくりとベットから立ち上がる。
 一瞬ふらつきそうになりながらも、なんてこともなさそうな表情を浮かべてこちらに視線を向けるエルは、恐らく話の最中で頭の片隅に置いていたであろう疑問を俺に聞いてくる。

「それで……どうするつもりですか?」

 エルは自分の掌に視線を向けて俺に言う。

「……異世界に渡る為の精霊術なんて、今使えませんよね」

 対策局に流した俺の話が嘘か真か。その真偽が確定する発言に、思わず一瞬背が凍りそうになる。
 ……もしこの部屋に監視カメラでもあって、そしてそれが音声も拾うタイプだとすれば、今の発言で全て頓挫する可能性画あった。
 だが外から人が押し寄せてくる気配はない。
 考えてみればエルは此処で牧野霞から対策局の人間に何か聞かれてもうまく合わせる様にという、端から聞けば怪しすぎる話を聞いているわけだ。
 もしそういう音声録音が可能な端末がこの部屋に仕掛けられているのだとすれば、俺達はこうも簡単にエルの前に辿り着けなかっただろう。
 だけど俺が此処にいて……荒川さんも入ってこない。
 という事はそういう類の装置はないんだ。もしくは……此処で何を話しても外部に伝わらないという事こそが、対策局に紛れ込んでいるというイルミナティの人間の裏方的な支援なのか。
 ……いずれにしてもエルにちゃんと説明できるなら、事を実行に移す前に言っておかなければならない事がある。
 エルの問いの答えも含めて。
 とりあえず、まずエルの問いに答える。

「ああ。使えるって事にして此処まで来たけど実際今はまだ使えない。あの術はどうもこの世界に精霊が現れるタイミングじゃないと使えないみたいなんだ」

「……今まで使おうともしなかったから知りませんでした。盲点でしたね」

「ああ。で、次に精霊が出現するのは三日後。そんで誠一の話を聞く限りだと、対策局が三日も待ってくれる可能性は低そうだ」

 エルに保証されているタイムリミットがあと二日であるという事は伏せた。
 多分、エルも今のままではそう長くは持たないとは思っているだろうけど、それが具体的にどの位の期間かは告げられていないかもしれない。
 そんな余命宣告の様な真似を、此処の人間がするかと言われれば多分それは否だ。
 そしてそれをエルに告げるべきかと言われれば、それは告げたくない。

「……三日後ですか。精霊が出現するタイミングって良く分かってないと思うんですけど、一体どうやってそれを?」

「……悪い、これに関しちゃうまく説明はできねえんだ」

 イルミナティの男が掛けてきた術のせいだ。あれが俺がその事について話そうとするのを阻害してくる。

「……そうですか。でもまあそれはいいですよ。どのみち私はそれを信じるしかありませんし……間違っていたら間違っていた時です。エイジさんがその話を信じたんでしたら、私も今回信じます」

 そしてその事自体はエルにとってはあまり優先度の高く無い話だったらしい。
 そんなことより、とエルは本題を口にする。

「エイジさん、此処まで一人で来たわけじゃないんですよね?」

「ああ。外に誠一に荒川さん。あと荒川さんが連れてきた対策局の魔術師が何人か」

「そしてエイジさんは嘘を付いてここまで来た」

「そうしないと来れそうになかったからな」

 そしてそこまで聞いた後、エルは結論を言う。

「嘘までついて……エイジさんは私を此処から連れだす為に来てくれたんですよね」

「ああ、そうだ。お前を連れだす為に此処にいる」

「だったら……戦わなきゃいけないんですよね」

 流石にエルも読めていたらしい。
 今この状況で、次に起こるのは対策局の魔術師との戦闘だと。

「だな。間違いなく此処からお前を連れだすのを阻止しようとしてくるだろうし、戦わずに話し合いで突破するってのは無理だ。だから……お前にとっては世話になった人……っていうか現在進行形でお前を助ける為に組織動かしてる様な人に矛を向ける様な事になるけど、ごめん。力を貸してくれ」

「……いいですよ。できる事ならやりたくない事ですけど、そうしなくちゃいけないって事は分かってますから。だからエイジさん、私の力、使ってください」

 そう言ってくれたエルはでも、と俺に問う。

「……エイジさんはよかったんですか?」

「何が?」

「そこに誠一さん、いるんですよね?」

 誠一は他の魔術師と共にいる。
 つまり誠一が向こう側で、俺が誠一まで騙して此処にいるとエルは思っているのかもしれない。
 だけどそれは違う。

「いるけど、アイツは味方だよ。こちらの事情をちゃんと把握してくれている」

 アイツは味方だ。この状況でエルを除けば一番信頼できる味方だ。
 そしてこの作戦を実行するにあたって、危惧するべき事の一つにエルの反応があった。
 可能ならば、支障が出ないように、エルに俺と誠一のやり取りは全て演技だと。お互い了承の上の策だと伝えておかなければならなかった。
 そして音声は漏れない。故に伝えられる。

「実はな、アイツが作戦立ててくれたんだ」

「作戦?」

 俺はエルに簡潔に概要を説明した。
 立ち塞がっている荒川さんを俺達ではそう簡単に突破できない事。
 その荒川さんを突破する為に、誠一を完全に対策局側だと思わせて、誠一を完全にフリーにする事。
 その為に芝居をして、最終的に剣でアイツを薙ぎ払う事。
 その説明を終えた後、エルは意外にも素直に分かりましたと頷いた。
 流石に無茶苦茶な作戦にも思えて、エルからは何か言われるんじゃないかと思ったんだけど……。
 そんな風に少し困惑する様な表情を浮かべていたのかもしれない。
 察してくれたエルが俺に言う。

「流石に止められると思いましたか?」

「まあな。流石にアイツをあの出力で薙ぎ払うのはあんまりだろうって少しは止められるかと思った」

「止めませんよ」

 エルは一拍明けてから言う。

「誠一さんがそういう案を出したって事はそれだけの覚悟があったって事でしょうし……それにエイジさんがそんな無茶苦茶な事を二つ返事で頷くとは思えません。お二人で話し合った結果、そういう事になったんですよね? だったらそこに立ち入れませんよ」

「……そうか」

「はい、そうですね」

 そう言って、俺達の意思を尊重してくれた。
 そしてエルは最後に、きっとエルにとってが聞いておかなければならないであろう大切な事を俺に聞いてきた。

「ところで……茜さんは?」

「宮村は此処には来てない。アイツはアイツで動いてくれてる」

「……そうですか」

 少し安心した様な表情をエルは浮かべる。
 ……もしかすると宮村もそこに居て、戦わなければならないかもしれないと考えていたのかもしれない。
 でも本当にそういう事にならなかったのは良かった。宮村がこちら側についてくれていて良かった。
 ……いくらなんでもエルを剣にして宮村の相手をするのはエルにも宮村にも酷だから。
 そしてその宮村から俺は伝言を預かっている。

「ああ、そうだ。その宮村から伝言。今まで楽しかったって」

 そんな別れの言葉。そして。

「あとはまた今度ってさ」

「また今度?」

 エルはその言葉の意味が分からないという風に首を傾げる。
 エルもまた当初の俺の様に、向こうの世界に渡ったらこちらには戻ってこれないと思っているようだ。
 だけどそれは違う。それをアイツらは否定してくれた。

「誠一と宮村がさ、こっちの問題全部解決して、そんで俺達を迎えに来てくれるんだってよ」

「……そうですか」

 エルはそう言って微かに笑みを浮かべて言った。

「だったらこの先、希望しかないじゃないですか」

「ああ、その通りだ」

 俺の親友は。エルの親友は。とても頼りになる連中だから。
 もうこの先には希望しかない。
 実際広がっているのは絶望だらけで、その光は淡い物なのかもしれないけれど。そんな事は分かって居るけど。
 それでもアイツらが言うならそれはそういう事なんだ。
 大丈夫だ。目の前には希望しかない。
 そしてアイツらに救ってもらう為にも、まずはこの場を切り抜けよう。

「じゃあそろそろ……行こうか」

「はい」

 そう言ってエルは手を差し出し、俺はその手を取った。
 次の瞬間エルを日本刀へと変化させ、俺はドアノブに手をかける。

「……いくぞ!」

 そして戦場への扉を開いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...