人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

57 芝居 上

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 部屋を出て、来た道を引き返す。
 一本道。迂回ルートはない。部屋を出て少し歩けばもうそこには待ち構える面々がいる。
 勢い任せに突っ込んでも、策無しのゴリ押しでは確実に止めてくるであろう強者がそこにいる。
 そして、彼らの前に躍り出た。

「どうやらキミの嫌な予感が当たってしまった様だな、誠一君」

 既にこちらが接近してくるのを察していたのだろう。俺が荒川さん達を視界に捉えた際にはもう既に臨戦態勢に入っていた。例えば俺が不意打ちの如く一気に躍り出て突き抜けようとしても、容易に阻まれていただろう。そう考えればはやり一旦無理にゴリ押さず、まずは誠一と一芝居する作戦は無策よりは遥かに有効だったと思う。

「……」

 刀を手にした荒川さんを先頭に、出入り口を塞ぐように陣形を組んでいる。
 唯一陣形としての立ち位置に立っていない様に思えるのが、一応は呪符を構えている誠一。
 誠一は荒川さん達を制するように右腕で彼らと俺の間を塞ぎ、そして荒川さんとアイコンタクトを交わすように荒川さんの方を見て、そして再び俺の方へと視線を向ける。
 どうやら俺がエルを説得している間に誠一もまた、事が円滑に進むように荒川さんが達に話を通していたようだ。
 そして今度は俺に目を合わせる。そこからはアイコンタクトでやるぞと告げられている様だった。
 そして実際にそうだったのだろう。誠一は呪符を構えたまま俺に言う。

「どういう事だ栄治。なんで戻ってきた。どうしてエルを刀に変えてる。何のつもりだ」

「……どいてくれ誠一」

「どかねえよ」

 俺達の演技はほぼすべてアドリブだ。
 当然下手に演技をしようと思っても、素人では精々が学芸会レベル。人を……それに自分達よりも遥かに長く生きている大人の目を欺くのは難しい。
 だから寧ろ騙しているのは自分達の方だ。
 本気でお互いを敵に回したと今この瞬間だけ思いこめ。
 そうすれば少しはマシになる筈だ。

「どけ誠一!」

「いいから質問に答えろ! 俺と茜に言ってた事は嘘かよオイ!」

 俺がうまくやれているかは分からない。だけど少なくともそう叫ぶ誠一は素人目に見れば演技には見えない。本気でマジギレ一歩手前の様な様子を伺わせる。
 それでいい。目の前にいるのは俺が何かをやらかした時にキレてくれる誠一だ。

「全部が全部嘘だった訳じゃねえ! 異世界には行ける! だけど二日じゃ無理だ。計算上どうやっても二日じゃ無理なんだよ! だったらこうするしかねえだろ? 騙してでもここまで辿りつかねえといけねえ! だから……そこをどいてくれ誠い――」

 言いかけた所で誠一が動いた。
 それはまるで説得不能だと。話の腰を折ってでも止めるべきだと判断した様に。あるいは俺の裏切りに激昂したか。そういう意思を纏わせたと判断していいような動きを。
 左手の呪符で魔術による殺傷能力のある弾丸を、牽制でもなく当てる軌道で放つと同時に、右手に呪符を握り絞め何かしらの魔術を発動させる。
 その右手に握られる呪符。何度かやった訓練で誠一が状況に応じて使っていたそれと同じならば、数秒だけ身体能力を微増させる呪符を要いた補助魔術。
 元より俺の素人よりマシ程度の戦闘技術は殆ど誠一の前では通用しなかったのに、それを守りに使われれば攻撃は躱されカウンターを打ち込まれ、攻めに使われればその攻撃の半分を捌く事やっとだった。
 それを今、訓練でもない実戦で全力で俺を止める為に使っている。
 だが、今なら対処できる。
 まだ俺一人ではどうにもできない数秒間。だけど今はエルから力を貰っている。
 故にその弾丸を交わす事も……そして誠一がこちらに跳びかかる前に一瞬で目の前に跳び出す事も。

「なにッ……!?」

 今ならできる。
 次の瞬間、誠一に向けて刀を振るった。
 そして聞こえたのは破砕音。
 弾丸の一撃を躱された誠一がこちらの動きを先読みするかの様に、極小の結界を刀の軌道に正確に張り巡らせ……そしてそれを破壊した音。
 それで僅かに勢いが落ち、発生するタイムラグ。誠一はそれを最大限に活用し腕で身を守るように構え、勢いを殺す様に跳んで……次の瞬間、呻き声と共に骨をへし折る音がした。
 それが開戦の狼煙。
 今の攻撃。一瞬の内に視界から誠一が消え、壁に叩きつけられる音が聞こえる。今、その先で誠一がどうなっているのかが知りたくて仕方がなかった。
 だけど信用しろと自分自身に言い聞かせた。この程度の攻撃でどうかしちまう様な奴じゃないだろうと願望を押し付け……そして正面からは現実を押し付けられる。
 そんな事を言い聞かせる事すら余計。視界や意識を傾けるなど言語両断。
 作戦が露見しない為にも。そしてもう目の前に、荒川圭吾はいるのだから。

「……ッ」

 荒川さんの攻撃に対応する為に誠一を振り払った刀に風を纏わせ推進力を持たせ、素早く切り返し相対する。
 刀と刀がぶつかり合う衝突音が響いた。
 押し返されない。だが押しきれない。
 それだけで俺と荒川さんの肉体強化の出力がほぼ同等だという事を感じられた。

「キミの心境は痛い程理解できる。対策局局長として、いや大人としてキミにその選択を取らせてすまなかった」

 だが、と荒川さんが口にした瞬間、足が動くのが見えた。

「友達はもっと大切にしたほうがいい」

 そう言って放たれた鋭い蹴りをバックステップで躱す。
 だが次の瞬間、荒川さんの後方に陣取っていた部下の魔術師の一人から何かが投げこまれた。
 ……手榴弾!?
 そう認識した次の瞬間、荒川さんの後方で更に別の魔術師が自身の足元に片手を叩き付ける。
 次の瞬間、俺の周囲に箱状の結界が展開され、まるで光を遮断するかの様に結界内部が暗闇に閉ざされる。
 だけどそうした一瞬の内に訓練で一度見たことのある手榴弾の正体に辿り付いた。
 瞬時に目の前の手榴弾……スタングレネードとこちらの間に結界を展開。そして即座に自身の周囲に風の防壁を作成して目を瞑り、刀を持つ右腕で目元を隠す。耳は左手と右肩でどうにか塞いだ。
 その直後、爆音が鳴り響いた。
 向こうの結界と隣接したこちらの結界と風の防壁がある程度の音と光量を落とし込むが、それでも鼓膜を殴られる様な衝撃音が届き、防ぎきれなかった光が視界を酷くぼやけた物へと変貌させる。
 だが……それがどうした。
 俺はすぐに刀を振るい斬撃を放って結界を粉々に砕いた。
 スタングレネード。それと同等の攻撃を俺は既に異世界での命の恩人から喰らっている。
 そしてあの時、それを喰らってそれでも突破した。
 ……そしてもうあの時とは違う。

 訓練を詰んだ。

 その訓練の過程で得た思わぬ収穫もいくつか得た。
 例えば実際に訓練で使われたが故に、今のがおそらくスタングレネードであると判断できたこと。
 そして……今まで碌に活用できなかったこの半透明な結界が、物理的なダメージ以外ならある程度効果を齎す事を知れたこと。
 つまりは遥かに軽症で済んでいる……だから止まらない。
 だがそう簡単に前にも進めない。
 結界を破壊し、なおも荒川さん達を薙ぎ払う為に進んでいた斬撃。
 それを荒川さんは文字通り、その手の刀で一刀両断して消滅させた。
 そして結界が破壊された瞬間に、部屋の両端に陣取った残る部下の二人が手にしていたアサルトライフルで魔術的な銃弾を雨の様に降らせて来る。
 クロスファイア。
 俺はその銃弾をサイドステップで躱して、左前方のアサルトライフルを手にした魔術師に向けて刀を振るった。
 放つのは斬撃ではない。
 魔術師の一人を壁際に閉じ込めるように風の防壁を張り巡らせた。
 刀の力で張れる風の防壁は一度に一枚。射程はこの部屋全てだ。
 屋外なら盾としか機能しなくても、屋内ならば動きを阻害する為の壁に成り得る。
 ……これで一人封じた。
 そしてサイドステップの着地先に風の塊を作りだし、再びもう一方の魔術師がこちらに銃口を向けなおす前に叩き潰しにかかろうとする……だが。

「……ッ!」

 荒川がこちらの動きを読んでか、俺と魔術師との直線状に呪符を投げこみその動きを阻んでくる。
 それを視認した俺は咄嗟に跳ぶ方向を荒川の方へと切り替えた。
 そして加速。それと同時に荒川さんの目が青く光り、迎え撃たれる。

「グッ……おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 まるでその瞬間身体能力を引き上げた様に荒川さんは俺の加速した剣撃を受け止め、そして押し返した。

『エイジさん後ろです!』

 エルの言葉で、押し返されて宙を舞う体を捻り背後に注意を向ける。
 弾き飛ばされた先には、今先程まで天野の後ろに居た筈の、手榴弾を投げこんできた魔術師が両手にダガーナイフを手にして攻撃モーションに入っていた。
 考えられるとすればテレポートの類。

「……ッ!」

 それを視認した瞬間、左手に風の塊を作りだし瞬時に暴発。推進力で天井まで跳びあがり、ダガーナイフに空を切らせる。
 そしてそのまま天井を蹴って急降下。直後おそらく別の魔術師が作りだしたであろう目の前に出現した結界を突き破り、地に下り一閃。ダガーナイフを手にした魔術師の男を壁に叩き付ける。
 おそらくは今の一撃で無力化できた。
 少なくともその一人は。
 だがその一瞬の隙に荒川圭吾は俺の目の前まで距離を詰めていた。
 それに辛うじて相対する。

「……ッ!」

 そのまま荒川さんの連撃を何度も捌く。捌けている。
 一つ一つの動きの練度は高く、同時にそれを振るう出力もまた高い。目の前の荒川圭吾という男は少なくとも俺が異世界で戦ってきた人間の誰よりも強い事は間違いないだろう。
 だが……誠一の言った通り天野よりはマシだ。
 そうさせているのが元々の実力なのか、これでもブランクで大幅に弱体化しているのかは分からないが、まぐれではなく確信的に荒川さんの攻撃は防げる。
 そして荒川さんだけじゃない。
 次の瞬間、荒川さんはこちらに誠一の物とは比べものにならない速度の呪符による弾丸を打ち込みながらバックステップで俺との距離を離す。
 それを体を反らして躱すと、荒川の猛攻と入れ替わるように、先に結界を張っていた魔術師が自身の目の前に魔法陣を展開。そこから雷らしき何かをこちらに向けて射出してくる。
 それと同時にアサルトライフルによる銃撃。一方はまだ防壁から脱出で来ていないものの、雷と銃弾の二種同時攻撃が迫る。

 だがそれも躱して、躱しきれない物も防げた。
 そういう風に、今だ有効打を受けずに俺は戦えている。
 今、目の前の相手がこの状況で出せる力の全てを出しきり俺を止めようとしているのであれば俺を止める事はできない。これは勝てる勝負だと認識できる。
 目の前の相手を全員捻じ伏せて突破できると、そう確信できる。
 だが……戦況がまるで進捗していない。
 いや、正確にはしている。一人。一人だけ意識を失わせた。それだけ。
 戦いが始まって正確にどれだけの時間が経過しているのかは分からないが、それでもいつ応援が来てもおかしくない。いつ天野宗也が到達してもおかしくない。それなのにまだ一人だ。
 だが全てを無視して突き抜ける事もできない。できたらやってる。できたら誠一にああいう役回りをさせない。
 ……だからこの状況は優勢であるにも関わらず劣勢だった。
 だからそれを打開する為の策を、視界の端に度々一瞬だけ移す誠一が何かをしてくれることを願った。
 願いながら。再び接近してきた荒川さんの攻撃を受け止めた。視界の先で魔術師が、荒川さんが前に出たことで銃の使用を中断し魔術を構築し始める。結界を使っていた者も同じ様に何かを作りだした。
 それに対応する為に警戒しつつ、全力で荒川と相対する。
 今のままだとそこから先へ進めるのはまだ随分と先だ。
 だから。視界の端で立ち上がったのが分かった誠一はまさしく救世主だった。
 そして絞り出した様な声が響く。

「離れろ荒川さん!」

 こちらの攻撃に巻き込まれないようにする為に。荒川に向けた最大の配慮。
 そう誠一が叫んだ瞬間、再び体制を立て直す様に荒川は後方へと飛ぶ。
 次の瞬間、魔術は発動した。
 誠一がおそらくずっと気絶したフリをしながら準備した切り札。
 その切り札が、荒川圭吾の足元で猛威を振るった。
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