人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
325 / 431
七章 白と黒の追跡者

ex 覚醒した者

しおりを挟む
 目の前の存在に対し、憲兵の男は思わず一歩後ずさった。

 目の前の精霊に一体何が起きているのか、それが皆目見当も付かなかった。

 禍々しい雰囲気を醸し出し、到底立てる様な状態ではない怪我を負いながらも立ち上がり。
 そして。

「……ッ!?」

 目の前の青髪の精霊は先程のそれを遥かに上回る速度で急接近して距離を詰めてきた。
 その速度は先程呪いで致命傷を与えたテロリストや今の自分には届かない。
 だけど喰らいついてくるのに必要な、最低限度の速度を有している事は間違いない。

「……くそッ!」

 男は目の前の精霊の攻撃を防ぐ為に左手の結界の剣で守りの為の盾を形成する。
 次の瞬間激しい衝撃音が響き渡った。

 結界は……僅かな罅で留まっている。
 当然だ。少し強くなった……その程度でこの結界は破壊できない。

 そう、それだけ特別な代物なのだ。

 多分、間違いなくこの世界に革新を齎すだけの大発明。
 原因は分からないが表舞台から姿を消したシオン・クロウリーの代わりに精霊研究の第一人者に踊り出たルミア・マルティネスの研究の試作品。
 おそらく研究データを取りたいという理由もあったのだろう。だけどそれでも、この事件を解決する助けになればと貸し与えられた最強の矛と盾。

 その盾が……精霊一人の拳で砕ける訳がない。

(……今だ)

 目の前の隙だらけの精霊に対して、結界を右手の剣の軌道に合わせてずらしそして一太刀を浴びせ、そして一気に畳みかける。そのつもりで動こうとした。

 その筈だった。

「……ッ!?」

 次の瞬間、男は慌ててもう一方の剣も結界に変え自身の背後に張り巡らせた。
 ……次の瞬間だった。

 自身の後方から風の槍とでも言うべき風の精霊術の雨が降り注いだのは。

(……なんだよこれはッ! 一体何がどうなってんだ!?)

 結界と風の槍がぶつかり合い轟音が響く中で、憲兵の男はそう心中で叫ぶ。
 だってそうだ。
 目の前の精霊からはそんな攻撃を放っている素振りは感じ取れなかった。
 まさか他にこれだけの攻撃を打つ事ができる精霊が自分の背後にいるのだろうか。
 そう考えるが、それは否定する。
 それはあってはならない事だ。

 なにしろ自分の背後には、今自分が目の前の精霊から守らなければならない部下がいるのだから。
 再び動きだしたら何をするか分からない。ここで止めを刺しておかなければならない。そんなテロリストの息の根を止める為の核がそこにいるのだから。
 そこにこれだけの攻撃を放てる他の精霊がいるのだとすれば、致命的な程に色々な事が瓦解してしまう。

 だとすれば……これも全て、目の前の一人の精霊がやってのけた事という事になる。

(……ッ!?)

 次の瞬間風の槍の雨は止んだ。
 だが目の前の精霊の攻撃は止まない。
 後方からの攻撃の隙に次なる攻撃を放つ工程を全て終え……その手には極小の風の塊が構えられていた。
 そして結界の罅の入った箇所に叩き込まれる。

「……ッ」

 次の瞬間激しい破砕音が聞こえ、風の塊が暴発した事による衝撃で体が煽られ体制を崩す。
 そしてそこに付け込むように拳を握って精霊が急接近し、勢いよく振るわれる。

「……なめんじゃねえぞこの野郎!」

 だが男は瞬時に構えを取ると同時に罅だらけの右手の結界を正面に展開。目の前の拳の威力を僅かに殺し、そして体を捻って辛うじて拳を回避する。
 そして全壊した結界の代わりに拳を握り、その精霊の腹部を殴りつけた。

「ぐふ……ッ!?」

 目の前の精霊が苦い声を上げて弾き返され地面を何度かバウンドして止まる。
 この出力の拳だ。元々目の前の精霊が満身創痍だった事を考えると、これでもう動かなくなる可能性も十分にある。
 だけど気は抜かなかった。

(……まだだ)

 だが油断する事無く構えを取る。
 ここで食い止める為に。
 いかなる攻撃が来ても。いかなる不可思議な行動をしてきても。その精霊を此処から先へと進ませない為に。
 その為に一定の距離を保ち、少しでも全壊した結界が回復してくれるのを祈る。
 それが間に合わなければ拳と他のそこまで強く無い精霊術で相手にしなければならない。
 だから、できれば立ち上がらずそのまま動けなくなってくれと、そう思っていた時だった。

 目の前の禍々しい雰囲気を醸し出す精霊は、ふらつきながらも確かに立ち上がった。

 そして……次の瞬間だった。


 自身の遥か後方で、激しい轟音が響き渡った。
 それはまるで自然災害の竜巻が突然発生した様な。暴力的な暴風の音。

 そして……思わず目の前の精霊を警戒しながらも、後方に注意を向けると……そこには確かに巨大な竜巻が発生していて……そして、あるものが辛うじて視界に映った。

 映ってしまった。

 人が宙を舞っていた。
 ……テロリストに呪いを掛けた精霊術を使った部下が、宙を舞って。

(……まさか、これもコイツがやったのか)

 報告通り、目の前の精霊の精霊術は風を操る精霊術で間違いない。
 だけどこれだけ離れた所にいる標的の位置をピンポイントに狙い、これだけの規模の竜巻を、別の誰かと高次元の戦いを繰り広げながら放った。
 ……一体自分は何を見せられているのか。

 果たして目の前の存在が本当に精霊なのかどうなのか。

 それすらも分からなくなりそうで。そして。

(まさか初めからこれを狙……は?)

 目の前から精霊が消えた。
 否……上空に跳んだ。
 ……いや、飛んだ。

 阻むもののない空へと、風を操り推進力を得て上空高くへと舞い上がる。

「嘘だろ……クソォ!」

 判断ミスだったと、憲兵の男は思った。
 目の前の精霊は文字通り、もう何をしてくるか分からなかったのだ。
 だったら結界が使えなくても、拳を握り起き上がる前に叩き潰すべきだった。

 それをしなかった結果、出し抜かれた。
 空中で。自分が全く介入できない場所で。
 自らの部下も何もできないその場所で。

 その精霊の独壇場が始まってしまう。

 つまりこの戦いは彼の敗北だ。
 またしても傷は負わなかった。授けられた最高の科学力によって作られた最高の装備と、長年鍛えてきた戦闘技能は、またしても彼を無傷のままでその場に立たせた。

 だがしかし、それは紛れもなく彼の完全敗北だった。



 そして……精霊の。
 風神の独壇場が始まる。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...