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第6話 依頼完了
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森の奥からは、微かに風に乗って、動物の気配が漂ってきていた。
レオンは西の森の入り口に立ち、一度大きく深呼吸する。昼を過ぎたばかりだが、木々が生い茂る森の中は既に薄暗く、静寂が支配していた。小道に足を踏み入れると、土と落ち葉を踏みしめる音がやけに大きく感じられる。
森の奥へと進みながら、レオンは歩みを抑え、周囲の気配を探った。耳を澄ませば、風に揺れる枝葉の音と、どこか遠くで小動物が逃げる微かな気配。しかし、その中に混じって、確かにあった、低く、唸るような息遣い。獣のものだ。おそらく狼のものだろう。
(……いるな。やはり、群れか?)
立ち止まり、木陰に身を潜めながら目を凝らす。木々の間、陽の差さぬ茂みの奥に、灰色の毛皮がちらりと見えた。さらに、同じような影がいくつも動いている。
(五……いや、六頭)
狼たちはまだレオンに気付いていないようだ。中心にいる一頭は他よりもやや大きく、周囲を警戒するように立っている。おそらくこいつが群れのリーダーだろう。
(どうする……このまま仕掛けるか? それとも、もう少し様子を……)
剣の柄にそっと手をかけ、呼吸を整える。ここで下手に動けば、逆に囲まれてしまうかもしれない。だが、恐れてばかりでは何も始まらない。レオンは小さく息を吐き、意を決して、茂みを抜けた。
(やるしかない……初仕事だ)
森の静寂を裂くように、狼たちが一斉にこちらを向いた。次の瞬間、唸り声とともに、鋭い牙を剥いた獣たちが、地を蹴って襲いかかってくる。
レオンは森の中で鋭く息を吐き、構えを低くした。狼の群れがこちらに気付いた今、もはや隠れてやり過ごす道はない。
「……来い」
獣たちの唸り声が一段と大きくなり、地面を蹴る音が間近に迫る。先頭を駆けてきた一頭が、低い姿勢で飛びかかってきた。
(速い……だが、見える)
レオンは一瞬だけその動きを見極めると、身体を左にひねって回避。牙が髪をかすめると同時に、すれ違いざま、逆手に持った剣を一閃。
「──ッ!」
金属の鈍い音が、肉を断つ感触と共に響いた。狼の巨体が空中で力を失い、そのまま地面に叩きつけられる。一撃で喉を断ち切られた獣は、短く痙攣しただけで動かなくなった。
レオンは一歩、後退しつつも冷静に周囲を見渡す。
残りは五頭。こちらの力量を見て一瞬怯んだが、すぐに仲間の死に興奮したように唸りを強める。
「……まとめて来いよ。逃げる気なんて、ないんだろ?」
森の中、再び緊迫した空気が張りつめる。レオンの手の中で剣が微かに鳴り、第二の戦いが幕を開けようとしていた。
レオンは膝を軽く曲げ、次の動きに備えるように重心を整えた。五頭の狼たちは、仲間を一撃で倒されたことに対する警戒と怒りを混ぜた目で、じりじりと距離を詰めてくる。
(前方二、左右に一、後方にも一……囲むつもりか)
森の静寂を破る唸り声。その瞬間、右側の一頭が先に仕掛けてきた。低く跳躍し、斜めから喉元を狙って牙を剥く。
「──甘い!」
レオンは身体を捻って避け、逆側の足を軸に回転。右手の剣が回避と同時に振り抜かれ、狼の側頭部を深く裂いた。悲鳴と共に地面に転がる獣。だが間髪入れず、今度は前方の二頭が連携して襲いかかる。
一頭の突進を跳躍で躱し、その背を踏み台にして宙に浮く。その瞬間、真下から跳び上がってきたもう一頭の狼の動きが、はっきりと視界に入る。
(読めてる!)
レオンは空中で身体をひねり、剣を振り下ろした。勢いのまま叩きつけた剣は、上空から飛びかかってきた獣の頭を正確に捕らえる。ドシュッという音とともに、獣の動きが止まった。
レオンは落下の衝撃を受け流すように転がりながら着地し、すぐに体勢を立て直す。
「残り二……!」
もはや恐れもなくなった。敵の動きは見える。身体は動く。剣は応える。心に刻み込まれた訓練のすべてが、今、実戦で形をなしていた。
二頭の狼が、怒りと恐怖を混ぜたような咆哮を上げる。レオンは静かに剣を構え直し、ゆっくりと歩を進める。
「来いよ。これで終わらせてやる」
木々の間に、血の匂いが満ちていた。レオンが最後の二頭を睨みつけたその時、左の一頭が地を蹴った。それと同時に、もう一頭が真正面から突進してくる。挟み撃ち。
(まずい……!)
レオンは後ろに跳び退こうとしたが、一瞬遅れた。左から襲いかかった狼の前脚が、大きく振り上げられる。
「──ッ!」
鋭い爪がレオンの左腕をかすめ、血が飛び散った。皮膚が裂け、焼けるような痛みが走る。
(……っ、まだ動けるぞ!)
痛みに顔をしかめつつも、レオンは反撃に転じた。前から飛びかかってきたもう一頭に向かい、傷を負った左腕をあえて囮に使う。
狙い通り、狼の牙が左腕に向かったその瞬間、レオンは渾身の力を右腕に込めて剣を突き出す。
「──おらッ!」
刃は狼の喉元に突き刺さり、勢いそのままに貫いた。呻き声をあげながら獣が崩れ落ちると、残った一頭も仲間の死に怯えたのか、後ずさりし、逃げるように森の奥へと姿を消した。
レオンは大きく息を吐き、剣を地面に突いて身体を支える。
「……なんとか、終わった、かぁ」
左腕からは血がにじみ、痛みがじくじくと広がっていく。だが骨には達していない。レオンは左腕の傷口を見つめながら、腰の小袋から小さなガラス瓶を取り出した。中には淡く光る青緑色の液体、安価な回復ポーションだ。冒険者ギルドで依頼を受けた際、最低限の備えとして渡されたものだった。
「……こんなところで使うことになるとはね、少し油断したかな」
溜息交じりに呟くと、瓶の栓を抜き、中身を傷口に静かに流し込んだ。ひんやりとした感触が肌に触れた次の瞬間、ポーションはじわじわと染み込み、皮膚が再生を始める。焼けるようだった痛みが次第に和らぎ、裂けていた肉がゆっくりと癒えていく様子が目に見えた。
「……へぇ、なるほど。これが回復ポーションの力か」
痛みが消え、血が止まったことを確認すると、レオンは小さく息を吐いた。安物なので完全には治りきらないだろうが、動きには支障がない程度には回復している。
(見ろ、スキルなんてなくても、知恵と備えでどうにかできるじゃないか)
その思いを胸に刻みながら、彼は立ち上がった。残った狼の痕跡を確認し、必要な証拠を持って村へ戻る準備を始める。
しばらくして村へ戻り、狼の死骸の一部──耳や牙などの証拠を村長に見せると、村人たちは目を見張った。まだ若い、いや、子供と言ってもいい少年が、これだけの成果を上げて帰ってきたのだ。驚きと賞賛の入り混じった空気の中、レオンは短く頭を下げ、応えた。
(……まだ、始まったばかりだ)
夜、安宿の硬い寝台の上。傷の痛みを感じながら、彼は再び天井を見つめていた。
この世界に、自分の居場所を──いや、実力を、証明するために。
◆
街へ戻ったのは、依頼を受けてから三日目の夕方だった。レオンは土埃まみれの装備と、討伐を証明する狼の牙と耳を携え、冒険者ギルドの扉を押し開けた。中ではいくつかのパーティが歓談していたが、彼の姿を見ると、ちらりと視線を向ける者もいた。中には、数日前の登録時にひそひそと噂していた者の姿もある。
レオンは無言でカウンターに向かい、応対に出た職員に、村でサインをもらった依頼完了書と討伐の証拠を差し出した。
「依頼を受けていた、狼討伐の件なのですが。群れの数は六頭、内五頭は討伐済み、残り一頭も追い払いました」
職員は一瞬目を見開いたが、すぐに冷静な表情に戻り、完了書と証拠物の確認を始めた。
「……確認しました。五頭分ですね、間違いありません。お疲れ様です。これで依頼完了となります」
カウンターの奥で担当者が何やら書類に記入し、しばらくして報酬の袋が差し出された。中には銀貨数枚と、若干の銅貨。初の依頼としては上出来だろう。
「スキルなしで、単独でこれを……」
職員が思わずこぼしたその言葉に、周囲の冒険者たちの耳が動いた。ちらちらと視線が集まり始める。
「……あのガキ、戻ってきたぞ」
「しかも成功したのかよ」
「あの群れを一人で?」
レオンはそれらの声に特に反応を見せず、報酬を受け取り、静かに一礼した。
(スキルがなくても、生きていける。やれることはある)
ギルドの空気が少しだけ変わったことに、彼はまだ気付いていなかった。
レオンは西の森の入り口に立ち、一度大きく深呼吸する。昼を過ぎたばかりだが、木々が生い茂る森の中は既に薄暗く、静寂が支配していた。小道に足を踏み入れると、土と落ち葉を踏みしめる音がやけに大きく感じられる。
森の奥へと進みながら、レオンは歩みを抑え、周囲の気配を探った。耳を澄ませば、風に揺れる枝葉の音と、どこか遠くで小動物が逃げる微かな気配。しかし、その中に混じって、確かにあった、低く、唸るような息遣い。獣のものだ。おそらく狼のものだろう。
(……いるな。やはり、群れか?)
立ち止まり、木陰に身を潜めながら目を凝らす。木々の間、陽の差さぬ茂みの奥に、灰色の毛皮がちらりと見えた。さらに、同じような影がいくつも動いている。
(五……いや、六頭)
狼たちはまだレオンに気付いていないようだ。中心にいる一頭は他よりもやや大きく、周囲を警戒するように立っている。おそらくこいつが群れのリーダーだろう。
(どうする……このまま仕掛けるか? それとも、もう少し様子を……)
剣の柄にそっと手をかけ、呼吸を整える。ここで下手に動けば、逆に囲まれてしまうかもしれない。だが、恐れてばかりでは何も始まらない。レオンは小さく息を吐き、意を決して、茂みを抜けた。
(やるしかない……初仕事だ)
森の静寂を裂くように、狼たちが一斉にこちらを向いた。次の瞬間、唸り声とともに、鋭い牙を剥いた獣たちが、地を蹴って襲いかかってくる。
レオンは森の中で鋭く息を吐き、構えを低くした。狼の群れがこちらに気付いた今、もはや隠れてやり過ごす道はない。
「……来い」
獣たちの唸り声が一段と大きくなり、地面を蹴る音が間近に迫る。先頭を駆けてきた一頭が、低い姿勢で飛びかかってきた。
(速い……だが、見える)
レオンは一瞬だけその動きを見極めると、身体を左にひねって回避。牙が髪をかすめると同時に、すれ違いざま、逆手に持った剣を一閃。
「──ッ!」
金属の鈍い音が、肉を断つ感触と共に響いた。狼の巨体が空中で力を失い、そのまま地面に叩きつけられる。一撃で喉を断ち切られた獣は、短く痙攣しただけで動かなくなった。
レオンは一歩、後退しつつも冷静に周囲を見渡す。
残りは五頭。こちらの力量を見て一瞬怯んだが、すぐに仲間の死に興奮したように唸りを強める。
「……まとめて来いよ。逃げる気なんて、ないんだろ?」
森の中、再び緊迫した空気が張りつめる。レオンの手の中で剣が微かに鳴り、第二の戦いが幕を開けようとしていた。
レオンは膝を軽く曲げ、次の動きに備えるように重心を整えた。五頭の狼たちは、仲間を一撃で倒されたことに対する警戒と怒りを混ぜた目で、じりじりと距離を詰めてくる。
(前方二、左右に一、後方にも一……囲むつもりか)
森の静寂を破る唸り声。その瞬間、右側の一頭が先に仕掛けてきた。低く跳躍し、斜めから喉元を狙って牙を剥く。
「──甘い!」
レオンは身体を捻って避け、逆側の足を軸に回転。右手の剣が回避と同時に振り抜かれ、狼の側頭部を深く裂いた。悲鳴と共に地面に転がる獣。だが間髪入れず、今度は前方の二頭が連携して襲いかかる。
一頭の突進を跳躍で躱し、その背を踏み台にして宙に浮く。その瞬間、真下から跳び上がってきたもう一頭の狼の動きが、はっきりと視界に入る。
(読めてる!)
レオンは空中で身体をひねり、剣を振り下ろした。勢いのまま叩きつけた剣は、上空から飛びかかってきた獣の頭を正確に捕らえる。ドシュッという音とともに、獣の動きが止まった。
レオンは落下の衝撃を受け流すように転がりながら着地し、すぐに体勢を立て直す。
「残り二……!」
もはや恐れもなくなった。敵の動きは見える。身体は動く。剣は応える。心に刻み込まれた訓練のすべてが、今、実戦で形をなしていた。
二頭の狼が、怒りと恐怖を混ぜたような咆哮を上げる。レオンは静かに剣を構え直し、ゆっくりと歩を進める。
「来いよ。これで終わらせてやる」
木々の間に、血の匂いが満ちていた。レオンが最後の二頭を睨みつけたその時、左の一頭が地を蹴った。それと同時に、もう一頭が真正面から突進してくる。挟み撃ち。
(まずい……!)
レオンは後ろに跳び退こうとしたが、一瞬遅れた。左から襲いかかった狼の前脚が、大きく振り上げられる。
「──ッ!」
鋭い爪がレオンの左腕をかすめ、血が飛び散った。皮膚が裂け、焼けるような痛みが走る。
(……っ、まだ動けるぞ!)
痛みに顔をしかめつつも、レオンは反撃に転じた。前から飛びかかってきたもう一頭に向かい、傷を負った左腕をあえて囮に使う。
狙い通り、狼の牙が左腕に向かったその瞬間、レオンは渾身の力を右腕に込めて剣を突き出す。
「──おらッ!」
刃は狼の喉元に突き刺さり、勢いそのままに貫いた。呻き声をあげながら獣が崩れ落ちると、残った一頭も仲間の死に怯えたのか、後ずさりし、逃げるように森の奥へと姿を消した。
レオンは大きく息を吐き、剣を地面に突いて身体を支える。
「……なんとか、終わった、かぁ」
左腕からは血がにじみ、痛みがじくじくと広がっていく。だが骨には達していない。レオンは左腕の傷口を見つめながら、腰の小袋から小さなガラス瓶を取り出した。中には淡く光る青緑色の液体、安価な回復ポーションだ。冒険者ギルドで依頼を受けた際、最低限の備えとして渡されたものだった。
「……こんなところで使うことになるとはね、少し油断したかな」
溜息交じりに呟くと、瓶の栓を抜き、中身を傷口に静かに流し込んだ。ひんやりとした感触が肌に触れた次の瞬間、ポーションはじわじわと染み込み、皮膚が再生を始める。焼けるようだった痛みが次第に和らぎ、裂けていた肉がゆっくりと癒えていく様子が目に見えた。
「……へぇ、なるほど。これが回復ポーションの力か」
痛みが消え、血が止まったことを確認すると、レオンは小さく息を吐いた。安物なので完全には治りきらないだろうが、動きには支障がない程度には回復している。
(見ろ、スキルなんてなくても、知恵と備えでどうにかできるじゃないか)
その思いを胸に刻みながら、彼は立ち上がった。残った狼の痕跡を確認し、必要な証拠を持って村へ戻る準備を始める。
しばらくして村へ戻り、狼の死骸の一部──耳や牙などの証拠を村長に見せると、村人たちは目を見張った。まだ若い、いや、子供と言ってもいい少年が、これだけの成果を上げて帰ってきたのだ。驚きと賞賛の入り混じった空気の中、レオンは短く頭を下げ、応えた。
(……まだ、始まったばかりだ)
夜、安宿の硬い寝台の上。傷の痛みを感じながら、彼は再び天井を見つめていた。
この世界に、自分の居場所を──いや、実力を、証明するために。
◆
街へ戻ったのは、依頼を受けてから三日目の夕方だった。レオンは土埃まみれの装備と、討伐を証明する狼の牙と耳を携え、冒険者ギルドの扉を押し開けた。中ではいくつかのパーティが歓談していたが、彼の姿を見ると、ちらりと視線を向ける者もいた。中には、数日前の登録時にひそひそと噂していた者の姿もある。
レオンは無言でカウンターに向かい、応対に出た職員に、村でサインをもらった依頼完了書と討伐の証拠を差し出した。
「依頼を受けていた、狼討伐の件なのですが。群れの数は六頭、内五頭は討伐済み、残り一頭も追い払いました」
職員は一瞬目を見開いたが、すぐに冷静な表情に戻り、完了書と証拠物の確認を始めた。
「……確認しました。五頭分ですね、間違いありません。お疲れ様です。これで依頼完了となります」
カウンターの奥で担当者が何やら書類に記入し、しばらくして報酬の袋が差し出された。中には銀貨数枚と、若干の銅貨。初の依頼としては上出来だろう。
「スキルなしで、単独でこれを……」
職員が思わずこぼしたその言葉に、周囲の冒険者たちの耳が動いた。ちらちらと視線が集まり始める。
「……あのガキ、戻ってきたぞ」
「しかも成功したのかよ」
「あの群れを一人で?」
レオンはそれらの声に特に反応を見せず、報酬を受け取り、静かに一礼した。
(スキルがなくても、生きていける。やれることはある)
ギルドの空気が少しだけ変わったことに、彼はまだ気付いていなかった。
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