持たざる者は、世界に抗い、神を討つ

シベリアン太郎

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第8話 依頼をこなして

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 レオンは冒険者ギルドに通いながら、いくつもの小さな依頼を着実にこなしていった。獣の討伐、魔物の駆除、物資の護衛。いずれも難易度はさほど高くはないが、子供が単独でこなすには決して楽なものではなかった。

「またあの子供が一人で行くのか……」
「スキルなしのくせに、よくやるよな……」

 最初こそ、そんな声が後ろから囁かれていたが、日が経つにつれてその声も徐々に変わっていった。

「おい、あのスキルなし、また戻ってきたぞ」
「今度は二日で狼の群れ退治か。……本当にスキルは持っていないのか?」

 ギルドの職員の態度も、最初の保護者的な対応から、次第に敬意の混じるものへと変わっていった。

「お帰りなさい、レオンさん。今回の依頼も無事達成ですね。お疲れ様です」

 レオンは変わらず言葉少なに頷き、報酬を受け取る。余計な会話は交わさない。ただ黙々と、自分にできることを重ねていく。

(スキルがないから、認めてもらえない? ならば、行動で示すしかない)

 夜は安宿の一室で静かに剣を磨き、日中は鍛錬と依頼に費やす。そんな生活が、彼の日常となっていった。

 ある日、少し難度の高い魔物討伐の依頼が掲示板に貼られる。依頼の対象は、牙の鋭い大型のイノシシ型魔獣〈ブラッドボア〉。通常は複数人のパーティで討伐される中、レオンはその紙を迷いなく剥がした。

 職員がやや驚いた顔で問いかける。

「……レオンさん、その依頼、本当にお一人で?」
「ええ、やります」

 彼は短く頷いた。
 一瞬の静寂ののち、周囲の冒険者たちがまたざわめき始める──
 だが、レオンはその雑音を一切気にすることなく、手続きを進めてもらう。



 翌朝。空気はひんやりとしていたが、空は晴れ渡っていた。レオンはまだ人通りの少ない朝の街を抜け、森へと向かう。今回の標的となる〈ブラッドボア〉は、南の外れに広がる森林地帯で出没が確認されていた。

(大型のボア系魔獣か……スピードより突進力と耐久力だろうな。少し分が悪いか?)

 獣道を踏みしめながら、レオンは頭の中でいくつかの想定を立てる。
 〈ブラッドボア〉は大きな牙を持ち、怒りに駆られると目の前のものを執拗に追い回す凶暴な魔獣だ。単独で倒すには、冷静な判断と持久戦が求められる。
 やがて、踏みしめた草の感触が微かに変わる。獣の足跡。掘り返された土。木の幹に擦られた跡。

(近いね……)

そう考えた時──

「ブォォオオオオ!!」

 耳をつんざくような唸り声とともに、茂みを割って巨体が飛び出してきた。体長は優に二メートルを超え、真紅の目が獲物を捉える。

「いきなり来るか──!」

 想定外だが慌てない。レオンは飛び退きながら、剣を構える。巨体が突進してくる。だが直線的な動きだ。

 脇に回り込み、足元を狙って一閃──

 ギンッ!

 厚い毛皮と筋肉が剣を跳ね返すような感触。レオンはすぐに距離を取る。

(皮膚の下に魔力の層……単純な斬撃では深くは届かないということだね)

 〈ブラッドボア〉は身体を揺さぶり、さらに怒りを強めて突進を繰り返す。レオンは紙一重でその攻撃を躱し続ける。時折、木々がなぎ倒され、地面がえぐれる。

 そして数度目の突進──

「今だ!」

 突進の軌道を読んだレオンは、寸前で横に飛び、体勢を崩した〈ブラッドボア〉の首筋へ斬撃を叩き込む。

 ズシャッ!

 深々と剣が食い込む。〈ブラッドボア〉が呻き声を上げ、よろけた。レオンは続けざまに追撃を加え、ついに魔獣の巨体が地に崩れ落ちた。
 息が荒い。額には汗がにじんでいる。だが、怪我はない。無傷で仕留めきった。

「やれる。スキルがなくても……僕は、戦えるんだ」

 レオンは静かに剣を収めると、依頼達成の証となる魔獣の牙を抜き取り、慣れぬ手つきで解体を始めた。

 陽が傾き始めた頃、レオンはギルドの扉を押し開けた。傷一つない身体、腰には血のにじんだ布袋、そこには、解体した〈ブラッドボア〉の巨大な牙を含む素材がが収められていた。因みに〈ブラッドボア〉の肉は現地で食べられるだけ食べ、残りは勿体ないと思ったが、持ち帰り分を除いて埋めた。
 ギルド内のざわめきが、一瞬ぴたりと止む。視線が集まる。驚きと、信じられないといった色が入り混じる。

「……サーシャさん、ただいま戻りました。〈ブラッドボア〉の討伐、これが依頼達成した証です」

 レオンは受付カウンターに牙の入った袋を置いた。受付の女性が目を丸くする。

「え……本当に……? まさか、あなた一人で?」
「はい、見ての通りですよ」

 レオンは疲労もあってか、淡々と答える。彼女は慌てて上役を呼びに行き、間もなくベテラン風のギルド職員が現れた。

「これが……確かに、〈ブラッドボア〉の牙だ。見事なものだな。その他の素材もあるのか。買い取るか?」

 ギルド職員が頷き、少し重めの革袋を手渡してきた。銀貨が数十枚。依頼の難度からすれば十分な報酬だった。ギルド内が再びざわつき始める。

「ほんとに、あのスキルなしの子供が倒したのか……?」
「嘘だろ……あいつ、魔法も使えねぇのに……」
「スキルがないのに、〈ブラッドボア〉を……?」

 賞賛の声と同時に、どこか冷めた、あるいは嫉妬を含んだ視線が突き刺さる。

(またか……結局、スキルがすべてのこの世界では、僕みたいなスキルなしが何をしても、その価値を素直に認められることはないんだな)

 レオンは人々の視線を無視するように報酬袋を受け取り、言い残す。

「スキルがなくても、剣は振れます。敵を倒すこともできます。ただそれだけですよ」

 その背中に、誰かが小さく「……フン!」と呟いた。
 レオンは振り返らず、ギルドを後にした。
 夕焼けの赤が、地面を濃く染めていた。



 宿の部屋に戻ると、レオンは重い荷物を床におろし、窓際に腰掛けた。空にはまだ夕焼けの残り香が広がっており、オレンジ色の光が部屋を薄く染めている。

(依頼、か……)

 これまで、いくつかの依頼を淡々とこなしてきた。獣や魔物の討伐、道中の護衛。どれも決して楽な仕事ではなかったが、結果的に何とかやり遂げた。
 そのすべてを「スキルがない」、自分の力で達成できたことに、少しばかりの満足感はある。

 だが、すぐにそれも冷める。

(でも、結局、これだけでは……)

 ふと、脳裏に浮かぶのはあの男、エリオットの顔だ。〈聖騎士〉のスキルを得た彼は、今頃中央で称賛されているのだろうか。スキルがあるだけで、あんなにも世界は違うのだろうか。

(僕は、あの世界で生きていくつもりはない)

 レオンは視線を窓の外に向け、深い息を吐いた。父や兄からの冷遇、嫌がらせ、無価値だと思われた自分、そして家からの追放。すべてを背負って歩んできた道は、決して平坦ではなかった。それでも今は、何もかもを振り返る余裕もない。

(それに……本当に、スキルがなければ何もできないのか?)

 その問いは、ずっとレオンの胸の中で燻っていた。現にスキルがなくても、これだけ戦えた。そして、これからも戦うことができるはず。そう思っていた。
 だが、このままでは、所詮「一匹狼」だ。ギルドの中で多少認められ、冒険者を続けたとしても、それが何になるというのか?

(もっと強くなる必要があるよね──スキルがなくても、もっと強くなる方法を探さないと)

 レオンは決意を新たにし、宿の小さなテーブルに並べた剣の手入れを始める。そして、もう一度、明日からの行動を考える。

(次の依頼か……それとも、あの遺跡の探索に挑んでみるか? なんにせよ少しずつ、力をつけて、そしていずれ何かを掴むしかない)

 剣の刃を軽く磨きながら、レオンはまだ今後の自分の道を決めかねていた。
 だが一つだけ、確かなのは、自分はこれからも歩み続けるということだ。
 スキルがなくとも、ただの「貴族の次男」としてではなく、自分の力で世界に名を刻むために。
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