持たざる者は、世界に抗い、神を討つ

シベリアン太郎

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第18話 森の異変

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 重厚な扉が閉まり、会議室に静寂が満ちる。地図や魔力感知図が並ぶ壁面に、いくつもの灯火が揺れていた。中央の長卓の上には、“魔の森”と遺跡を中心とした領内の最新報告が広げられている。

「……というわけか。では、あの地震がきっかけだったと?」

 会議室の長机の端で、老練な魔導士が静かに頷く。

「はい。遺跡の反応が最後に強く波打った直後、大きな地震がありました。その直後から、“魔の森”の魔物たちが急激に活性化し始めたのです。そして現在も活性化は続いております。ですが……遺跡内部からの反応が、地震を境に完全に途絶えました」

 そう報告したのは、老齢の魔導士ゼムロス。魔力探査を専門とする彼は、遺跡に入った少年の動向を常に追っていた。

「生死は?」

 低く鋭い問いかけに、ゼムロスは眉を寄せて首を横に振る。

「不明です。魔力の痕跡すら探知できなくなった……状況は、極めて芳しくありません」

 会議室の空気が一層重くなる。

「それに加えて、遺跡周辺の魔力濃度が不自然に上昇しており、魔獣の縄張りが広がりつつある兆候も。調査隊の派遣は、現時点では不可能に近いでしょう」

 報告を聞きながら、辺境伯爵ギルベルトは無言で腕を組んだ。銀髪交じりの髭が、わずかに震えている。

「……無念だな。せっかく何かが起こる兆しがあったというのに」

 目を細め、ギルベルトは遺跡の位置に置かれた駒を指で押しやる。

「だが、あの少年、レオンだったか。あれほど奥深くまで単独で入り込めた者は他におらん。そう簡単に死ぬとは思えん」

 彼の視線には、まだ諦めの色はなかった。

「当面は静観するしかないか……状況が変わるまではな」

 ギルベルトは椅子にもたれながら、顎に手を当てて考える。

「……それと関係あるのかは不明だが、最近、遺跡を目指して移動した集団がいるという報告を受けている。冒険者ではない、とギルドは明言していたな?」
「はい。確認済みです。戦闘訓練を受けた様子はありますが、ギルド所属ではありません。独立系、もしくは……裏の者かと」
「ふむ。わざわざ遺跡へ向かって、消息不明か」

 ギルベルトの表情に、微かな警戒の色が浮かぶ。

「遺跡は静まり返っているが、あの反応が意味するものがわからない限り、下手に動けん。しばらくは静観せざるを得まい」

 しばしの沈黙のあと、ギルベルトは低く呟いた。

「何か動きがあり次第、すぐに対応できるようにしておけ」
「承知いたしました!」

 大きな地震の直後から、“魔の森”では魔物が動き出していた。普段は森の深部に生息しているはずの凶悪な魔物が、何かのきっかけで、森の外縁部に向かって動き出す。所謂スタンピードだ。
 辺境伯爵領では、普段から定期的に森の魔物を間引くことにより、スタンピードの規模を抑えることに成功していた。それでも不定期的に発生はするものの、その都度、〈剣聖〉辺境伯爵ギルベルトが率いる領軍に討伐されてきた。そして今、再び。

「……ライアス、領軍を動かさねばならん。安心せい、遺跡には手を出さん。いつものように魔物を間引くだけだ。それと、周辺の貴族たち──アルテイル男爵家にも協力を要請せよ。どうかご自慢の〈聖騎士〉をお貸しください、とな。せいぜいこき使ってやろうではないか」
「よろしいので? 彼はものの役に立つとは思えない、との判断を下されたのでは……?」
「うむ、だが考え直した。何、使えなくても一向にかまわん。もとより、あやつに手柄など立てられるはずもないわ。ただせっかくの機会だ、奴の鼻っ柱を魔物に打ち砕いてもらおうと思ってな。少しは己の実力がわかるだろうよ」
「……閣下も実にお優しいことで……承知いたしました。直ちに要請の使者を送ります」
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