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第27話 辺境伯爵への報告
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ギルベルト辺境伯爵の屋敷に到着し、応接室へと通される。そこには椅子に腰かけたギルベルトが、冷徹な眼差しで彼を見据えていた。その圧倒的な存在感に、普通の者であれば息を呑んだだろう。だが、レオンは特に気にも留めず、無意識のうちに受け流していた。
(わしの剣気をを当てられても何事もないかのように……相当できるな……)
低く、重みのある声が響く。
「レオン・アルテイルだな。遺跡の調査結果の前に、この五年余り、どこで、何をしていた? 報告せよ」
レオンは一歩前に進み、深々と頭を下げ、静かに口を開く。
「恐れながら閣下。私は、もはやアルテイルの名を持つ者ではありません」
ギルベルトの目がわずかに見開かれる。すぐにその眉がひそめられ、少しばかり気まずそうな口調で応じた。レオンの境遇を思い出したのだろう。
「すまぬ……そうであったな。では改めて報告を」
レオンは、アークレインの名を継いだことには触れなかった。今、語るべきではないと判断したからだ。
「五年の空白期間については後ほど述べさせていただきます。まずは遺跡の調査に関してですが、過去の調査でもありましたように、明確な入口と言えるものは存在していませんでした。ただ、調査を続けていたところ──突然、視界が白光に包まれ、気が付けば遺跡の内部にいました」
レオンの声は静かだが、確かな力があった。
「つまり、あの遺跡には物理的な入口はなく、何らかの魔術的な力によって内部へと引き込まれたのではないか、と考えています」
その瞬間、隣に控えていた老齢の魔導士が目を見開き、椅子から半ば立ち上がるように身を乗り出した。
「な、なんと……魔術的転移による自動招致だと? しかも意識を保ったまま内部に──!?」
その声は震えていた。興奮と恐怖と、純粋な驚きが入り混じっている。
彼は杖を握りしめたまま、なおも呟く。
「そんな魔術、古代王国時代の遺産にすらほとんど記録がない……。空間固定と精神保護を同時に行うなど、常識的には不可能な理論のはずだ……!」
ギルベルトがちらりと横目を向けるが、魔導士はレオンを凝視したまま続けた。
「レオン君……その時、何か術式の残滓や呪文のような気配を感じなかったか? 魔力の流れ、構造、色でもいい、何か……」
レオンは短く首を振る。
「いえ。ただ、あの白光の中には、強烈な“意志”のようなものを感じました。まるで、こちらを試すような……。招かれた、というより“選ばれた”感覚に近いかもしれません」
魔導士は目を見張り、息を呑んだ。
「選定機能を持つ遺跡……!? これはただの遺跡ではないぞ……。これは──」
ギルベルトが低く咳払いし、魔導士の興奮を制した。
「落ち着け、ゼムロス。続きは後にしろ。今は彼の報告が最優先だ」
「……はっ、申し訳ありません」
老魔導士──ゼムロスは頭を下げるが、その目はまだレオンを見つめ続けていた。興奮冷めやらぬまま、古の謎が動き出した確信を抱いているかのように。魔導士ならば当然だろうな、とレオンは思う。しかし詳細な説明は避けた。
「あの遺跡の、何らかの魔術的な力によって内部へと引き込まれた後──」
気を引き締め、彼は淡々と語り始める。
ギルベルトは無言で頷く。
「内部はダンジョンのような構造で、全二百五十層。初期の階層には弱い魔物しかいませんでしたが、進むごとに敵は強化され、最下層では異常な力を持つ魔物が待ち構えていました」
一息ついて、レオンはギルベルトの目を見据えた。
「……五つの頭を持つヒュドラでした。あれはまさに“試練”でした。威圧と殺気に満ちた存在でしたが、命をかけて、なんとか撃退することができました」
その瞬間、重苦しい沈黙が室内に落ちた。
「──ヒュドラ、だと……?」
ギルベルトの低い声が漏れる。その目が一瞬、わずかに見開かれていた。
「それも、五つの頭を持つ個体となれば……ただの魔物ではない。それは、“災厄級”だ。下手をすれば、一国を滅ぼしかねん存在だぞ」
隣にいた魔導士ゼムロスが息を呑み、思わず立ち上がる。
「信じられん……五首のヒュドラは、かつて北方大戦で都市一つを灰に変えたと言われている。討伐に当たった五国連合が百名近くの上級騎士を失ったという記録すらあるというのに……それを、たった一人で撃退したというのか……!?」
彼の顔から血の気が引いていた。
「普通の戦士なら、一瞥された瞬間に心を砕かれている……! それを真正面から対峙し、しかも生きて戻っただと……!? あり得ん、いや──あり得てはならぬことだ……!」
ギルベルトは視線をレオンに戻し、じっと見据えた。
「……よく生きて帰ったな」
それは賞賛でも、同情でもなかった。
ただ、事実を受け止める者の、真摯な言葉だった。
レオンは静かに頷く。
「ギリギリでした。力を出し切って、それでも死にかけましたが……」
再び部屋の空気が重くなる。そこにいた皆が皆、漠然とした恐れを感じていた。
レオンの報告は、ただの冒険譚ではなく、もしかすると、世界の均衡を揺るがす何かの始まりを示唆しているのかもしれないと。
ギルベルトがやがて、ぽつりと漏らす。
「力だけではない。“生き抜く意志”……それを得た者だけが、災厄に打ち勝てる……お前は、剣士である以前に、戦士としての“核”を得たようだな」
老魔導士ゼムロスも、瞼を伏せて深く頷いた。
室内には沈黙が流れていた。誰もがその戦いを想像し、言葉を失っていた。
レオンは何も答えず、ただ黙ってその言葉を受け止めた。
そして、レオンはギルベルトの視線を正面から受け止めながら、言葉を継いだ。
「最初に今まで、どこで、何をしていたのかと言われましたが──実は、ヒュドラを倒したあと、すぐに遺跡を出たわけではありません。私はあの遺跡の内部で、さらに五年の歳月を過ごしていました」
ギルベルトの眉がわずかに動く。
「最深部を超えた先には、未踏の空間が広がっており、無数の魔物が徘徊していました。それらを討伐しつつ、構造を調べ、時には罠に苦しめられながらも、遺跡全体の仕組みを理解しようと努めたのです」
「それに、ご存じのように私はスキルを持ちません。どんなに努力しようと、決して報われない世界で生きていかねばならない。だから私は、自分を試し、極限まで鍛え直すことを選んだのです」
セファルやオーソンのこと、自分が第二の“マスター”であることを話すつもりはなかった。少なくとも現時点では。
ギルベルトは何も言わず、じっと聞き入っている。
「食料は遺跡内の魔獣を狩り、その肉を調理して命を繋ぎました。中には毒を持つものもいましたが、徐々に見分けがつくようになりました。水は、岩壁から湧き出る清水を見つけ、生活の糧としていました」
嘘ではない。実際に食料が尽きた時に、そうやって飢えと渇きを癒したのは事実だ。正直肉はどれもうまくはなかったが。
「孤独で過酷な環境でしたが、それだけに学ぶことも多かったのです」
「なるほど、あれからずいぶんと時間が経っているのが不思議ではあったが、そういう事情があったのですか」
ゼムロスが頷き、理解した。
しばしの沈黙のあと、ギルベルトはゆっくりと口を開いた。
「……あらゆる意味で、君は私よりも強いかもしれんな」
その一言が、レオンの心に重く響く。ギルベルトは〈剣聖〉と呼ばれ、これまで数多の戦闘を経てきた自信と誇りを持っている。そのような人物が、自分の力に対してそう言うということは、何かしらの危機感を感じている証拠だ。
その言葉を受けて、レオンの胸に新たな決意が湧き上がる。これまで感じていた“力”の可能性が、単なる偶然や一時的なものではないことを確信し始めていた。
ギルベルトは続けて言った。
「君が努力を重ねていけば、君の成長は計り知れないものになるだろう。だが、力を持つ者には常に試練が伴う。それを乗り越えなければ、力を持っている意味がない」
レオンは深く頷き、言葉を続ける。
「その力をどう使うかが、これからの私の試練です。まだ道半ばですが、必ずや使いこなせるように修練します」
ギルベルトは満足そうに微笑み、静かに言った。
「良いだろう。君の成長を見守ることにしよう」
レオンは礼を言い、部屋を後にした。ギルベルトの言葉が心に響き、次に待ち受ける試練に備える気持ちが新たに湧き上がってきた。
(わしの剣気をを当てられても何事もないかのように……相当できるな……)
低く、重みのある声が響く。
「レオン・アルテイルだな。遺跡の調査結果の前に、この五年余り、どこで、何をしていた? 報告せよ」
レオンは一歩前に進み、深々と頭を下げ、静かに口を開く。
「恐れながら閣下。私は、もはやアルテイルの名を持つ者ではありません」
ギルベルトの目がわずかに見開かれる。すぐにその眉がひそめられ、少しばかり気まずそうな口調で応じた。レオンの境遇を思い出したのだろう。
「すまぬ……そうであったな。では改めて報告を」
レオンは、アークレインの名を継いだことには触れなかった。今、語るべきではないと判断したからだ。
「五年の空白期間については後ほど述べさせていただきます。まずは遺跡の調査に関してですが、過去の調査でもありましたように、明確な入口と言えるものは存在していませんでした。ただ、調査を続けていたところ──突然、視界が白光に包まれ、気が付けば遺跡の内部にいました」
レオンの声は静かだが、確かな力があった。
「つまり、あの遺跡には物理的な入口はなく、何らかの魔術的な力によって内部へと引き込まれたのではないか、と考えています」
その瞬間、隣に控えていた老齢の魔導士が目を見開き、椅子から半ば立ち上がるように身を乗り出した。
「な、なんと……魔術的転移による自動招致だと? しかも意識を保ったまま内部に──!?」
その声は震えていた。興奮と恐怖と、純粋な驚きが入り混じっている。
彼は杖を握りしめたまま、なおも呟く。
「そんな魔術、古代王国時代の遺産にすらほとんど記録がない……。空間固定と精神保護を同時に行うなど、常識的には不可能な理論のはずだ……!」
ギルベルトがちらりと横目を向けるが、魔導士はレオンを凝視したまま続けた。
「レオン君……その時、何か術式の残滓や呪文のような気配を感じなかったか? 魔力の流れ、構造、色でもいい、何か……」
レオンは短く首を振る。
「いえ。ただ、あの白光の中には、強烈な“意志”のようなものを感じました。まるで、こちらを試すような……。招かれた、というより“選ばれた”感覚に近いかもしれません」
魔導士は目を見張り、息を呑んだ。
「選定機能を持つ遺跡……!? これはただの遺跡ではないぞ……。これは──」
ギルベルトが低く咳払いし、魔導士の興奮を制した。
「落ち着け、ゼムロス。続きは後にしろ。今は彼の報告が最優先だ」
「……はっ、申し訳ありません」
老魔導士──ゼムロスは頭を下げるが、その目はまだレオンを見つめ続けていた。興奮冷めやらぬまま、古の謎が動き出した確信を抱いているかのように。魔導士ならば当然だろうな、とレオンは思う。しかし詳細な説明は避けた。
「あの遺跡の、何らかの魔術的な力によって内部へと引き込まれた後──」
気を引き締め、彼は淡々と語り始める。
ギルベルトは無言で頷く。
「内部はダンジョンのような構造で、全二百五十層。初期の階層には弱い魔物しかいませんでしたが、進むごとに敵は強化され、最下層では異常な力を持つ魔物が待ち構えていました」
一息ついて、レオンはギルベルトの目を見据えた。
「……五つの頭を持つヒュドラでした。あれはまさに“試練”でした。威圧と殺気に満ちた存在でしたが、命をかけて、なんとか撃退することができました」
その瞬間、重苦しい沈黙が室内に落ちた。
「──ヒュドラ、だと……?」
ギルベルトの低い声が漏れる。その目が一瞬、わずかに見開かれていた。
「それも、五つの頭を持つ個体となれば……ただの魔物ではない。それは、“災厄級”だ。下手をすれば、一国を滅ぼしかねん存在だぞ」
隣にいた魔導士ゼムロスが息を呑み、思わず立ち上がる。
「信じられん……五首のヒュドラは、かつて北方大戦で都市一つを灰に変えたと言われている。討伐に当たった五国連合が百名近くの上級騎士を失ったという記録すらあるというのに……それを、たった一人で撃退したというのか……!?」
彼の顔から血の気が引いていた。
「普通の戦士なら、一瞥された瞬間に心を砕かれている……! それを真正面から対峙し、しかも生きて戻っただと……!? あり得ん、いや──あり得てはならぬことだ……!」
ギルベルトは視線をレオンに戻し、じっと見据えた。
「……よく生きて帰ったな」
それは賞賛でも、同情でもなかった。
ただ、事実を受け止める者の、真摯な言葉だった。
レオンは静かに頷く。
「ギリギリでした。力を出し切って、それでも死にかけましたが……」
再び部屋の空気が重くなる。そこにいた皆が皆、漠然とした恐れを感じていた。
レオンの報告は、ただの冒険譚ではなく、もしかすると、世界の均衡を揺るがす何かの始まりを示唆しているのかもしれないと。
ギルベルトがやがて、ぽつりと漏らす。
「力だけではない。“生き抜く意志”……それを得た者だけが、災厄に打ち勝てる……お前は、剣士である以前に、戦士としての“核”を得たようだな」
老魔導士ゼムロスも、瞼を伏せて深く頷いた。
室内には沈黙が流れていた。誰もがその戦いを想像し、言葉を失っていた。
レオンは何も答えず、ただ黙ってその言葉を受け止めた。
そして、レオンはギルベルトの視線を正面から受け止めながら、言葉を継いだ。
「最初に今まで、どこで、何をしていたのかと言われましたが──実は、ヒュドラを倒したあと、すぐに遺跡を出たわけではありません。私はあの遺跡の内部で、さらに五年の歳月を過ごしていました」
ギルベルトの眉がわずかに動く。
「最深部を超えた先には、未踏の空間が広がっており、無数の魔物が徘徊していました。それらを討伐しつつ、構造を調べ、時には罠に苦しめられながらも、遺跡全体の仕組みを理解しようと努めたのです」
「それに、ご存じのように私はスキルを持ちません。どんなに努力しようと、決して報われない世界で生きていかねばならない。だから私は、自分を試し、極限まで鍛え直すことを選んだのです」
セファルやオーソンのこと、自分が第二の“マスター”であることを話すつもりはなかった。少なくとも現時点では。
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嘘ではない。実際に食料が尽きた時に、そうやって飢えと渇きを癒したのは事実だ。正直肉はどれもうまくはなかったが。
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ゼムロスが頷き、理解した。
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ギルベルトは続けて言った。
「君が努力を重ねていけば、君の成長は計り知れないものになるだろう。だが、力を持つ者には常に試練が伴う。それを乗り越えなければ、力を持っている意味がない」
レオンは深く頷き、言葉を続ける。
「その力をどう使うかが、これからの私の試練です。まだ道半ばですが、必ずや使いこなせるように修練します」
ギルベルトは満足そうに微笑み、静かに言った。
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