持たざる者は、世界に抗い、神を討つ

シベリアン太郎

文字の大きさ
31 / 180

第31話 使者

しおりを挟む
 遺跡の調査報告を終えたのち、辺境伯爵の居城であるヴァルツェン城の一室を用意しようとの言葉を遠慮して、レオンはいまだ安宿に逗留し続けていた。
 幼少の頃よりほぼ何も与えられてこなかった身としては、豪華な部屋よりもこちらの方が気が休まるのだと、笑って辞退したのである。もっともそんなレオンに対してギルベルトは、実に何とも言えない表情をしていたが。
 一応、報告を受けた王都から、使者が来るかもしれないと言われていたので、次の目的のエルフを探す旅はひとまず延期になってしまった。まあ、用が済めばさっさと出かけるつもりではいる。

 木造の窓から差し込む夕陽が室内を赤く染める中、レオンは様々な思いを胸に椅子に座ってうとうとしていた。
 そこへ、来客を告げる声がした。思わず椅子から落ちそうになるのを、変態的な体幹の強さで堪えきり、入室を促す。紋章の入った正装を纏った使者が静かに入ってきた。

「はじめまして、レオン様、辺境伯爵閣下より、こちらにいらっしゃるとお聞きいたしましたので、参上仕りました。王都より正式な使者でございます」

 レオンはゆっくりと顔を上げ、使者を見つめた。

「王都からの使者……ですか。正直、本当に来られるとは思いませんでした」

 使者は礼儀正しく、しかし要点を外さず言葉を続ける。

「陛下、アルヴァン四世より、レオン様を王都にお迎えし、正式な地位と庇護を賜る旨の書状をお預かりしております」

(なるほど。辺境伯爵からの報告を受けてのことか。もう囲い込みに来たのか)

 レオンは深い溜息をつき、言葉を選ぶように口を開いた。

「俺、いや、私は、スキルを授からなかった、所謂“持たざる者”です。本来ならば、誰からもまともに評価されない存在です。それなのに今更……正直なところ、権力の枠組みに振り回されるつもりはありません」

 最近レオンは、それまでの僕というのをやめて、俺という様になった。年相応にしろとギルベルトに言われたのである。王国の正式な使者の前で使うべきではなかったのだが、うっかり心の声が漏れてしまったのだ。
 そんなレオンに大人な使者は動じることなく応じる。

「王の庇護とは、決して束縛ではありません。むしろ、国の力を得て、より大きな力を発揮できる場をお与えするものです」

(どう考えても束縛に決まっている。言葉は最初だけだろう)

 レオンは静かに視線をそらし、窓の外の夕焼けを見つめた。

「王に仕えることは、私の望みではありません。地位や権力に就くことも。“持たざる者”である私が望むのは、自分の力で自分の未来を切り開くことだけなのです」

 使者は一歩前に進み、書状を差し出す。

「しかし、国の未来にはレオン様の力が必要です。どうか、この書状をお読みいただき、王都へ……」

 レオンはじっと書状を見つめた後、ゆっくりと受け取った。

「国の未来に“持たざる者”の力が必要、などとはそう簡単に信じることはできませんが……。ですが、わかりました。書状は読みます。でも、私は誰かの駒になるつもりはありません。それだけは覚えておいてください」

 使者は深々と一礼し、静かに壁際に控える。
 レオンは、書状の文面を見つめながら、重く複雑な未来を思い描いていた。
 夕陽が傾き、部屋の影が長く伸びる中、二度三度と書状を改めたレオンは使者から手渡された書状を握りしめ、静かに呼吸を整え、重い口を開く。

「……王都への呼び出しには応じましょう」

 使者の表情がわずかに和らぐ。

「ありがとうございます。陛下も喜ばれることでしょう」

 レオンは鋭い眼差しで使者を見据えた。

「ですが、はっきりさせておきます。私は王国に生まれた民ではありますが、だからと言って期待に沿えるかどうかは保証できません。無条件に従うこともしません。私の道は、他の誰でもない、私自身が決めます。それを国王陛下にしっかりと伝えていただきたいのです。それを理解していただけるならば王都に参りましょう」

 レオンはくどいくらい念を押す。自分の意志が王に届くことを願って。
 使者は真摯に頷いた。

「その覚悟こそ、陛下が評価されたものです。どうか安全に、無事に王都までお越しください」

 レオンは立ち上がり、腰に差した剣を軽く握る。

「それでは王都へは準備が出来次第、近日中に向かうことにいたします」

 使者は再び深々と一礼し、静かに退出した。

 レオンはセファルに言われたことを思い出していた。

『あなたが表に出れば、必ず世界は動きます。力を求める者、恐れる者、歪めようとする者が現れる。かつての“マスター”がそうであったように……』

「……セファルの言う通りだな。恐らく王都に行けば、今まで以上に様々な悪意に晒される。自分を利用しようと考える者もいるだろう。しっかり見極めないと……」

 窓の外に広がる茜色の空を見つめながら、胸の中で静かに決意を固めていた。



 数日後の夕刻、使者は旅塵を払う間もなく、謁見に臨んでいた。

「……戻りました。レオン様より、呼び出しには応じる旨の言葉をいただきました。近日中に王都へ向かわれるとのことです」

 報告を終え、深く頭を下げる使者。玉座に座るアルヴァン四世は微笑を浮かべ、静かに頷いた。

「そうか……よくぞ言を得た。ご苦労だった」

 その横で控える宰相レオナードは、目を細めながら問いかける。

「レオン殿は、何か他に言葉を?」

 使者は慎重に言葉を選びながら答えた。

「はい。“自分は誰かの駒になるつもりはない。自分の道は自分自身が決める”と、繰り返し述べておられました。国王陛下にも、その意を必ずお伝えするようにと……」

 玉座の前で、一瞬の沈黙が流れた。
 アルヴァン四世は笑みを深め、玉座の肘掛に手を置いた。

「ほぅ……ずいぶんと強気だな。我が国の民であるならば、国に尽くすのが忠義であろうに」
「陛下」

 宰相が静かに口を挟む。

「臣として迎えるには、少々手強すぎる者かと。無条件に従順な者ではないということでしょう。御するにも何か手を考えませぬと」
「わかっている。褒美を与えることは当然だが、その内容だな。与えること過分であれば、周囲が不満を持つであろう。しかし過少であれば本人が納得すまい。その辺の匙加減が必要だ。レオナードはどう思う?」

 宰相は眉を上げたが、やがて諦めたように小さく息を吐いた。

「……まったく、面倒なことを押し付けなさる。あの少年、いや青年が、王都に来れば──王宮も、議会も、確実に揺れるでしょうな」
「その揺らぎの中からこそ、新たな秩序が生まれる。……彼は風だ、レオナード。辺境の、誰にも見出されなかった風。だが今や──その風は、嵐の予兆だ」
「……王家のために吹く風であってほしいと願うばかりですな」

 使者がそっと再度一礼した。

「他にも、気になる点がございました。彼の眼差し──まるで、すべてを見透かすような静けさでした。恐れも奢りもない。ただ……何かを測っているような、そんな瞳でした」

 王はゆっくりと立ち上がり、謁見の間の奥にある窓へと向かった。茜に染まりゆく王都の空を見上げる。

「力だけではなく、その意志も強固と言うわけか……。確かに従順ではないかもしれぬが、それだけに何としても手中に収めねばなるまい」

 宰相もまた、王の背に視線を向け、静かに呟いた。

「左様ですな。他国に流れるようなことがあれば面倒です。では、褒美の内容を考えることにしましょう」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

レイブン領の面倒姫

庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。 初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。 私はまだ婚約などしていないのですが、ね。 あなた方、いったい何なんですか? 初投稿です。 ヨロシクお願い致します~。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

処理中です...