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第70話 糾弾
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復興作業を終え、王都へ戻ったレオンたちを待っていたのは、貴族からの勧誘だけではなく、王宮からの呼び出しだった。
重厚な扉が開かれ、謁見の間に通される。玉座の間は、変わらず冷たい石と黄金で形作られた荘厳な空間だが、今日はどこか作られた温さが漂っていた。
(……相変わらずだ。石と金に囲まれた、この息苦しい空間。民の血で築かれた宮殿ほど、よく“善意”を装うものだ)
玉座に座すのは、アルヴァン四世。
威厳と風格をまとった王の眼差しが、まっすぐにレオンを射抜く。
「──まずは、礼を申す。レオン。焼け出された村の復興に尽力し、多くの民の命と誇りを守ってくれた」
低く響く王の声に、周囲の重臣たちが揃って頷く。だが、その姿はレオンの目には薄ら寒く映るだけだった。
(……今更礼とは、どの口が言う? 何もしなかったくせに)
レオンの胸中には、あの村で見た絶望と、命を捨ててなお抗った者たちの姿が、焼きついて離れなかった。
(王都の防衛を優先し、村落の援軍は遅れに遅れた。避難を求めた街では門を閉ざされ、子供を連れた母親は、雨に打たれながら子供に涙を見せまいと、泣くのを必死に堪えていた。……あの絶望を、お前たちには想像することすらできないのだろうな)
レオンは一歩前に出ることもせず、淡々と口を開いた。
「避難を求めた街の守備隊は、避難民の受け入れを拒否してくださいました」
皆、レオンが何を言い出したのか、咄嗟に理解できず、訝しげな表情を浮かべる。
王だけが青ざめていた。おそらく辺境伯爵から抗議が届いているのだろう。
(……このクズ野郎、秘密にするつもりだったな)
ならばと、レオンは遠慮なく追撃を開始する。
「十人ほど──半数は、まだ子供だったのですが……あの街はそれなりの規模ですが、十人も増やすと、とてもやっていけないのでしょうね。自分たちで王都にでも行け、と追い払われました」
その瞬間、空気が凍った。
レオンの声音は静かでありながら、底冷えするほどに鋭く、しかし研ぎ澄まされた刃のように冷たく響いた。
「ですが、一つだけ──ありがたいこともございました」
レオンの目がわずかに細められ、口元には皮肉の色が浮かんだ。
「辺境伯爵閣下が、すべてを任せろとおっしゃってくださった。援軍も、物資も、避難先も、そして王都への連絡も。あの方だけは、親身になって、民の声に耳を傾けてくださいました」
そして一拍、間を置いて、わざとらしいほど丁寧な口調で付け加えた。
「……既に辺境伯爵閣下より、王都へは詳細な報告が届いているものとばかり──まだでしたか。これは大変失礼いたしました」
声の調子は柔らかいままだ。だが、その柔らかさこそが嘲りにも等しかった。
皮肉にも、王都から遠く離れた地にいる者が、誰よりも迅速に手を差し伸べてくれた──その事実を、レオンは静かに突きつけた。
「ですので、私たちは、私たちにできる範囲のことをしたまでです、陛下」
誰もが言葉を失い、王の口元だけがわずかに引きつった。
頷いていた重臣たちの表情も曇り、わずかに身じろぎする者さえいた。
中には、今初めてその事実を知り、目を見開いた者もいた。
内政卿は眉間に深い皺を寄せ、すぐに側近へ耳打ちを始める。
彼はようやく気付いたのだ──この事態が、王国の統治基盤を脅かしかねないことを。
一方で、若き新興貴族の一人、ルシアス子爵は、隣の貴族と顔を見合わせ、小さく肩を竦めた。
「たった十人のために、大の大人が騒ぎ立てるとはな。これが“現地感情”ってやつか」
そう呟いた声が微かに漏れ、すぐに周囲から冷たい視線を浴びることとなった。だが、本人はその意味すら理解していない様子だった。
その場に広がる静寂は、ただの沈黙ではなかった。威厳に綻びが生じ、誤魔化しのきかぬ現実が、その場の空気を容赦なく圧し潰していた。
王の表情が、明らかに強張った。見下ろすはずの玉座から、むしろ睨まれているかのような錯覚に囚われたのか、喉が無意識に鳴る。
だが、王は威厳を保とうと必死に言葉を繋ぐ。
「……すまぬ。街の責任者には必ず伝えよう……だが、そなたらが成したことは決して小さくはない。その村の者は既にギルベルトのもとで新たな生活を始めておるとの報告を受けている。そなたらの働きは、確かに王国の未来を照らした」
レオンの瞳が、一瞬だけ王を見据える。だがそこに宿るのは、情ではなく、凍りつくような光だった。
(……お前たちが腐らせた“未来”など、何の価値がある)
王はその視線に耐えきれず、わずかに顔を背ける。
だが、これで終わりではない。
レオンは、ふと思い出したように口を開く。
「──そういえば、ある村では第二王子殿下と、幾人かの貴族にお会いしました。支援に来られていたようですが……」
その場の空気が再び緊張を孕む。レオンはちらりと、謁見の間の一角に控える一人の若い貴族を見やった。
ルシアス子爵──先ほど『たった十人のために』と呟いて場の空気を冷やした男だった。
「ある貴族の方が、村の者たちの反応が気に入らなかったようでして。怒りをあらわにされていました」
ルシアス子爵の顔がみるみる紅潮し、声を上げる。
「貴様、何を──」
だが、レオンは構わず言葉を続けた。
「その際、信じがたいことですが、彼は『王国からの支援を受ける、下賤な存在のくせに──』と、そう発言されました」
空気がぴんと張り詰める。
レオンは一拍置いてから、まるで諭すように、だが冷徹な声音で言葉を続ける。
「老婆心ながら申し上げます。彼のように、いかにも“施してやる”といった態度は、民の反感を買うだけです。それが貴族たちの偽らざる本心だということは、私も理解しておりますが」
レオンはわざとらしく肩をすくめ、皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「ですが──今後は、おやめになった方がよいでしょう。民は、しっかりと見ていますから」
沈黙。ルシアス子爵は顔を引きつらせたまま、何も返せない。
反論すればするほど自身の愚かさを露呈するだけとわかっていた。
場を覆う緊張に、誰もが言葉を挟めずにいたが──やがて王が、低く、だがはっきりと告げた。
「……不快な思いをさせたこと、王として謝罪せねばならぬ。民の声を聞かぬ者に支援を任せたことは、我が責任でもある」
ルシアス子爵は歯を食いしばりながら、頭を垂れた。
明らかに屈辱を滲ませながらも、言い訳を許されぬ空気に押され、沈黙するしかなかった。
そして王は話題を変える。沈黙が落ちる前にとばかり、焦るように。
「そして──あの地における第一王子の不始末について、王として、また父として詫びねばなるまい」
重臣たちがざわりと身じろぎし、明らかな動揺が広がった。王族の失態を公に語ることは、宮廷では異例のことだ。
しかし、レオンは何の感情も浮かべず、ただ沈黙のまま聞き流していた。
「ラグナルは、その傲慢と過ちによって軍を損ない、民に不信を招いた。現在は負傷の療養という名目で、謹慎中にある。……いずれ、処遇は改めて定めることになるだろう」
王の言葉が、苦渋に満ちていたのは確かだった。だが、それすらもレオンにとっては取るに足らないことだった。
(──くだらない。あんな馬鹿王子の始末など、俺にはどうでもいい。自業自得の末路を、わざわざ語るな)
「それが、陛下のご判断であれば、私から申すことはございません。ご随意に」
無感情に、まるで石を転がすように吐き出された声。
どうでもいいから勝手にしろ、そうとられてもおかしくない。
その冷たさに、重臣の一人が無意識に喉を鳴らし、もう一人が拳を膝の上で固く握りしめる。
その場にいた誰もが、レオンの静かな怒りに気付いていた。
彼は王国の忠臣ではない。冷たい怒りを、心の奥底に封じた、王国にとって“ただの協力者”だと──。
やがて謁見は静かに終わり、レオンは何事もなかったかのように廊下を歩き出す。
その背後から、静かに呼びかける声がかかった。
「レオン様」
振り返ると、宮廷の執事長が一枚の書簡を手渡してくる。封蝋には王家の紋章が刻まれていた。
「陛下より。近日中に再びお目通りを賜るよう、とのことです」
レオンは書簡を受け取り、ゆっくりと開封した。中には、王からの正式な招集が綴られていた。
──〈暗黒騎士〉討伐隊への協力要請。
(……ようやく本題か。結局、用があるのは“俺の力”だけってわけだな。王も貴族も、所詮は考えることは一緒か)
書簡を読み終えたレオンは冷笑を浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。
(“持たざる者”は平気で見捨てるが、自分たちには協力しろ、というのか。ま、都合よく使われるのは慣れてる。だが、誰のために剣を振るうかは──俺が決める)
少なくとも、王や貴族の為ではないことは確かだった。
重厚な扉が開かれ、謁見の間に通される。玉座の間は、変わらず冷たい石と黄金で形作られた荘厳な空間だが、今日はどこか作られた温さが漂っていた。
(……相変わらずだ。石と金に囲まれた、この息苦しい空間。民の血で築かれた宮殿ほど、よく“善意”を装うものだ)
玉座に座すのは、アルヴァン四世。
威厳と風格をまとった王の眼差しが、まっすぐにレオンを射抜く。
「──まずは、礼を申す。レオン。焼け出された村の復興に尽力し、多くの民の命と誇りを守ってくれた」
低く響く王の声に、周囲の重臣たちが揃って頷く。だが、その姿はレオンの目には薄ら寒く映るだけだった。
(……今更礼とは、どの口が言う? 何もしなかったくせに)
レオンの胸中には、あの村で見た絶望と、命を捨ててなお抗った者たちの姿が、焼きついて離れなかった。
(王都の防衛を優先し、村落の援軍は遅れに遅れた。避難を求めた街では門を閉ざされ、子供を連れた母親は、雨に打たれながら子供に涙を見せまいと、泣くのを必死に堪えていた。……あの絶望を、お前たちには想像することすらできないのだろうな)
レオンは一歩前に出ることもせず、淡々と口を開いた。
「避難を求めた街の守備隊は、避難民の受け入れを拒否してくださいました」
皆、レオンが何を言い出したのか、咄嗟に理解できず、訝しげな表情を浮かべる。
王だけが青ざめていた。おそらく辺境伯爵から抗議が届いているのだろう。
(……このクズ野郎、秘密にするつもりだったな)
ならばと、レオンは遠慮なく追撃を開始する。
「十人ほど──半数は、まだ子供だったのですが……あの街はそれなりの規模ですが、十人も増やすと、とてもやっていけないのでしょうね。自分たちで王都にでも行け、と追い払われました」
その瞬間、空気が凍った。
レオンの声音は静かでありながら、底冷えするほどに鋭く、しかし研ぎ澄まされた刃のように冷たく響いた。
「ですが、一つだけ──ありがたいこともございました」
レオンの目がわずかに細められ、口元には皮肉の色が浮かんだ。
「辺境伯爵閣下が、すべてを任せろとおっしゃってくださった。援軍も、物資も、避難先も、そして王都への連絡も。あの方だけは、親身になって、民の声に耳を傾けてくださいました」
そして一拍、間を置いて、わざとらしいほど丁寧な口調で付け加えた。
「……既に辺境伯爵閣下より、王都へは詳細な報告が届いているものとばかり──まだでしたか。これは大変失礼いたしました」
声の調子は柔らかいままだ。だが、その柔らかさこそが嘲りにも等しかった。
皮肉にも、王都から遠く離れた地にいる者が、誰よりも迅速に手を差し伸べてくれた──その事実を、レオンは静かに突きつけた。
「ですので、私たちは、私たちにできる範囲のことをしたまでです、陛下」
誰もが言葉を失い、王の口元だけがわずかに引きつった。
頷いていた重臣たちの表情も曇り、わずかに身じろぎする者さえいた。
中には、今初めてその事実を知り、目を見開いた者もいた。
内政卿は眉間に深い皺を寄せ、すぐに側近へ耳打ちを始める。
彼はようやく気付いたのだ──この事態が、王国の統治基盤を脅かしかねないことを。
一方で、若き新興貴族の一人、ルシアス子爵は、隣の貴族と顔を見合わせ、小さく肩を竦めた。
「たった十人のために、大の大人が騒ぎ立てるとはな。これが“現地感情”ってやつか」
そう呟いた声が微かに漏れ、すぐに周囲から冷たい視線を浴びることとなった。だが、本人はその意味すら理解していない様子だった。
その場に広がる静寂は、ただの沈黙ではなかった。威厳に綻びが生じ、誤魔化しのきかぬ現実が、その場の空気を容赦なく圧し潰していた。
王の表情が、明らかに強張った。見下ろすはずの玉座から、むしろ睨まれているかのような錯覚に囚われたのか、喉が無意識に鳴る。
だが、王は威厳を保とうと必死に言葉を繋ぐ。
「……すまぬ。街の責任者には必ず伝えよう……だが、そなたらが成したことは決して小さくはない。その村の者は既にギルベルトのもとで新たな生活を始めておるとの報告を受けている。そなたらの働きは、確かに王国の未来を照らした」
レオンの瞳が、一瞬だけ王を見据える。だがそこに宿るのは、情ではなく、凍りつくような光だった。
(……お前たちが腐らせた“未来”など、何の価値がある)
王はその視線に耐えきれず、わずかに顔を背ける。
だが、これで終わりではない。
レオンは、ふと思い出したように口を開く。
「──そういえば、ある村では第二王子殿下と、幾人かの貴族にお会いしました。支援に来られていたようですが……」
その場の空気が再び緊張を孕む。レオンはちらりと、謁見の間の一角に控える一人の若い貴族を見やった。
ルシアス子爵──先ほど『たった十人のために』と呟いて場の空気を冷やした男だった。
「ある貴族の方が、村の者たちの反応が気に入らなかったようでして。怒りをあらわにされていました」
ルシアス子爵の顔がみるみる紅潮し、声を上げる。
「貴様、何を──」
だが、レオンは構わず言葉を続けた。
「その際、信じがたいことですが、彼は『王国からの支援を受ける、下賤な存在のくせに──』と、そう発言されました」
空気がぴんと張り詰める。
レオンは一拍置いてから、まるで諭すように、だが冷徹な声音で言葉を続ける。
「老婆心ながら申し上げます。彼のように、いかにも“施してやる”といった態度は、民の反感を買うだけです。それが貴族たちの偽らざる本心だということは、私も理解しておりますが」
レオンはわざとらしく肩をすくめ、皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「ですが──今後は、おやめになった方がよいでしょう。民は、しっかりと見ていますから」
沈黙。ルシアス子爵は顔を引きつらせたまま、何も返せない。
反論すればするほど自身の愚かさを露呈するだけとわかっていた。
場を覆う緊張に、誰もが言葉を挟めずにいたが──やがて王が、低く、だがはっきりと告げた。
「……不快な思いをさせたこと、王として謝罪せねばならぬ。民の声を聞かぬ者に支援を任せたことは、我が責任でもある」
ルシアス子爵は歯を食いしばりながら、頭を垂れた。
明らかに屈辱を滲ませながらも、言い訳を許されぬ空気に押され、沈黙するしかなかった。
そして王は話題を変える。沈黙が落ちる前にとばかり、焦るように。
「そして──あの地における第一王子の不始末について、王として、また父として詫びねばなるまい」
重臣たちがざわりと身じろぎし、明らかな動揺が広がった。王族の失態を公に語ることは、宮廷では異例のことだ。
しかし、レオンは何の感情も浮かべず、ただ沈黙のまま聞き流していた。
「ラグナルは、その傲慢と過ちによって軍を損ない、民に不信を招いた。現在は負傷の療養という名目で、謹慎中にある。……いずれ、処遇は改めて定めることになるだろう」
王の言葉が、苦渋に満ちていたのは確かだった。だが、それすらもレオンにとっては取るに足らないことだった。
(──くだらない。あんな馬鹿王子の始末など、俺にはどうでもいい。自業自得の末路を、わざわざ語るな)
「それが、陛下のご判断であれば、私から申すことはございません。ご随意に」
無感情に、まるで石を転がすように吐き出された声。
どうでもいいから勝手にしろ、そうとられてもおかしくない。
その冷たさに、重臣の一人が無意識に喉を鳴らし、もう一人が拳を膝の上で固く握りしめる。
その場にいた誰もが、レオンの静かな怒りに気付いていた。
彼は王国の忠臣ではない。冷たい怒りを、心の奥底に封じた、王国にとって“ただの協力者”だと──。
やがて謁見は静かに終わり、レオンは何事もなかったかのように廊下を歩き出す。
その背後から、静かに呼びかける声がかかった。
「レオン様」
振り返ると、宮廷の執事長が一枚の書簡を手渡してくる。封蝋には王家の紋章が刻まれていた。
「陛下より。近日中に再びお目通りを賜るよう、とのことです」
レオンは書簡を受け取り、ゆっくりと開封した。中には、王からの正式な招集が綴られていた。
──〈暗黒騎士〉討伐隊への協力要請。
(……ようやく本題か。結局、用があるのは“俺の力”だけってわけだな。王も貴族も、所詮は考えることは一緒か)
書簡を読み終えたレオンは冷笑を浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。
(“持たざる者”は平気で見捨てるが、自分たちには協力しろ、というのか。ま、都合よく使われるのは慣れてる。だが、誰のために剣を振るうかは──俺が決める)
少なくとも、王や貴族の為ではないことは確かだった。
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