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第155話 皇帝の武器
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皇帝の瞳に、微かな光が宿った。
鋼のような静謐を纏いながら、その声は誰の耳にも明確に届く力を持っていた。
「──諜報部に命ずる」
その一言に、場の空気が一変する。
ハルベルトが僅かに身を乗り出し、周囲の高官たちも自然と背筋を伸ばした。
「聖教国内の混乱、そして枢機卿の背信を……全力をもって周辺諸国に広めよ。王国、諸侯領、自由都市連盟、辺境の自治領、すべてに伝えよ。枢機卿がいかに無能で、教皇が沈黙を保ち、〈聖女〉だけが動いている事実を“確かな情報”としてばらまけ。真偽を問う必要はない。“事実”として流布せよ」
言葉の裏にある冷酷な意図を、誰もが悟っていた。
“情報”こそ、帝国最大の武器。今この瞬間、皇帝はそれを戦に並ぶ手段として解き放ったのだ。
「ハッ!」
ハルベルトが即座に立ち上がり、答礼する。その瞳には獲物を追う狼のような光が宿っていた。
「既に情報局の下部組織に通達を送っております。三日もあれば、帝国から五つの国境線を越えて、“真実”は各地に根付くでしょう」
他の高官たちも次々と立ち上がり、命令の意図を理解した上で次の行動に移ろうとしていた。
皇帝が放ったのは“言葉の刃”である。
それを手にした者たちが、次々と動き出す。
「内容は明快に──教皇は沈黙し、枢機卿たちは互いに疑い合い、挙句その中から異端が現れた。腐敗と無能が露呈したと。あの聖教国は、神に仕えるどころか、自らの民すら導けぬ無能どもの集まりだと」
静かに、だがはっきりとした語調で続ける。
「そして同時に、外交部門に通達せよ。先に提示した要求──謝罪と賠償、鉱山跡からの即時完全撤退と不干渉の約定──これを再度提示する。ただし、今回は違う。今度は、直接の場でだ。交渉の舞台は、中立都市ラドニア。聖教国に対応責任者の派遣を命じよ。“直接”だ。逃げ場を与えるな。そこが彼らに残された最後の“聖域”となろう。応じれば不利、拒めば悪評。どちらでも構わぬ」
皇帝は顎をわずかに上げ、指先で卓を叩く。
ラドニア──帝国、王国、聖教国のいずれにも属さぬ中立地帯。
平和と調停の象徴であるその都市に、聖教国を呼び出すということは、形式上の対等を保ちながらも、実質的に“裁きの場”を用意するという意味だった。
「奴らが応じなければ、拒絶そのものが罪となる。応じてもなお、民の疑念は膨れ上がり、いずれ教皇の玉座すら揺らぐことになるだろう」
誰も口を挟めなかった。
重厚な静寂が会議室を包み込む。
だが、皇帝の命令は、まだ終わっていなかった。
「──そして王国にも使者を出せ」
その言葉に、一瞬、重臣たちが顔を上げた。
「この会談は、戦火を開かぬためのものであると伝えよ。よって、王国には“中立の見届け人”としての出席を依頼する。ラドニアにおいて、第三者の眼があることで、聖教国の逃げ場はさらに狭くなる」
重臣たちは静かに頷いた。
王国──決して友好国とは言い難い間柄だが、いまや聖教国に対しては共通の不信を抱える立場。その王国が「見届け人」として会談に臨むことは、帝国にとっても、国際的な正当性を補強する意味を持っていた。
だが、皇帝の眼には冷徹な光が宿っている。
「“今は”王国を味方に見せかければよい。聖教国を挟み撃ちにする姿勢を取らせるのだ」
皇帝は、口元に薄く笑みを浮かべた。
「だがいずれ、王国も例外ではない。あの王がどれほど賢明であろうと……帝国の下でしか生きられぬ時が来る。今回の会談で、彼らを“巻き込め”。見届け人でも、証人でも、名目は何でも構わぬ。ただ“席に着かせる”こと。それが重要だ」
「ご意向、しかと承りました」
外交担当の老官が頭を垂れる。
「王国には誠意を見せる形で招待し、形式的には『中立の監視役』として迎え入れましょう。だがその実、責任の一端を担わせ、“逃げられぬ立場”に据える」
「それでよい」
皇帝は一度だけ深く息を吐いた。
「この一手が、聖教国を揺るがす“楔”となる」
そして──
「その楔が、いずれ王国にも喰い込むことになるだろう。愚かではない王ならば……遅かれ早かれ、それに気付くはずだ」
皇帝の戦は、既に始まっていた。剣を抜かず、血を流さず、それでいて相手を崩壊へと導く──帝国の“帝王”の本領が、今まさに発揮されようとしていた。
「……さあ、踊れ。聖なる者たちよ。自らの不信と疑念の渦の中でな」
その声に、帝国の重臣たちは一斉に頭を垂れた。
命令は下された。
帝国は剣を抜かず、情報と外交で敵を崩しにかかった。
そして同時に、王国にも静かなる“絞首の輪”がかけられようとしていた。
◆
帝都アインガルド。諜報局の地下通信室──。
無数の転写魔法陣が同時に発光し、十数名の諜報士官が一斉に指示を飛ばしていた。
「西方連絡網、ルシエナ侯領に通達完了」
「南大陸、自由都市連盟へ情報流布開始」
「王国貴族の親帝派ルートから、枢機卿の裏切り情報を“確度高”で伝達」
帝国諜報部は既に動いていた。
先に手配していた“協力者”、各地の商人ギルド、新聞組合、教団から距離を置いた神学者たちに向け、次々と情報がばらまかれていく。
最も注目を集めたのは、この一文だった。
「聖教国の枢機卿の一人、ラザフォードが〈黒翼〉の構成員であった疑惑。〈聖女〉セラフィーナの捜査によって発覚し、逃亡。内部からの異端摘発──教皇と枢機卿会議は沈黙を続け、統率力を喪失」
これにより、“神の国”の内側で、信仰が腐りかけているという印象が各国に広まりはじめる。
さらには、帝国外交部も迅速に動いた。
中立都市ラドニアへ向かう使節団は、すでに二日後の出立が予定されていた。
帝国側からの交渉責任者には、老練なる元法務大臣のセドリックが選ばれた。
「各国の使節をも巻き込み、聖教国の対応を公開の場に引きずり出す。教皇が応じねば、“逃げた”と見なされる構図を──用意しろ」
皇帝のその命により、“裁きの場”は静かに、だが確実に形を整えていく。
◆
一方、聖教国。聖都アルシア。
枢機卿会議は混乱していた。
〈黒翼〉構成員として名を挙げられたラザフォードの件は、隠し通せるはずもなく、今や各地の教会にまで情報が届き始めていた。
「……これは帝国の陰謀だ! 我らの神政を貶める偽情報にすぎん!」
「だが実際に逃げたではないか。神聖な枢機卿の中に異端がいたのは事実!」
「そもそも、なぜそのような男を任命したのか。我らの責任か?」
「〈聖女〉が独断で動かなければ、混乱は起きなかった!」
怒号が飛び交い、議場は機能不全に近かった。
ある枢機卿は机を叩きながら吠える。
「帝国は意図的に情報を仕込んでいる! 信徒の心を疑念で満たし、我らを貶めようとしているのだ! ラザフォードの件も、その一環にすぎん!」
別の老枢機卿は肩を震わせながら返す。
「ならば、なぜ奴は逃げた? 帝国が動くよりも前に、〈聖女〉の捜査で異端が発覚したのだろう? 帝国より先に、我らの中に裏切り者がいたのだ!」
「それを見つけ出したというのならば、そもそも“なぜ任命したのか”という話になる。任命の手続きは、貴様の会派からだったはずだぞ!」
「それを言うなら、貴様も承認に名を連ねていたではないか!」
責任のなすり合いが始まる。
「……それにしても、余計なことをしてくれたものだ」
一人が呟くように言い、全員の視線が一点に集まった。
〈聖女〉──セラフィーナ。異端摘発を主導し、今なお枢機卿会議とは一線を画して動いている“神に選ばれし者”。
彼女の行動は、正義であると同時に、枢機卿たちの既得権を脅かす刃でもあった。
「彼女が勝手に動き、我々に何の相談もなかったことが、すべての混乱の始まりだ」
「本来なら、教皇陛下の指示を仰ぐべきだった。だが今の彼女は、まるで自らを“教皇の代理”とでも思っているかのようだ」
「神託を受けた女などと持て囃され……その実、独善と妄信で我らを掻き回すだけの存在よ」
だが、誰一人として彼女に明確に異を唱えることができない。
なぜなら、セラフィーナの“異端摘発”は成功してしまったのだ。
結果としてラザフォードの逃亡という、否定しがたい事実が残った。
だが、彼らの怒りとは裏腹に、外部の教会、神殿、そして民衆は静かに動揺し始めていた。
“神の代理人”が異端だったという事実。そして教皇も枢機卿会議も今なお声明を出さないという沈黙──
そこに追い打ちをかけるように、帝国からの“第二の通達”が届く。
「聖教国に対する帝国の要求を、正式に再提示する。今度は、中立都市ラドニアにて、直接の話し合いを求める。聖教国より正当なる責任者の派遣を求める」
この通達は、否応なく枢機卿たちを動かさざるを得なかった。
無視すれば、外交拒否。
応じれば、帝国に場を握られる。
しかも今の枢機卿会議には、帝国に対抗できるだけの正当性が残されていない──
この状況で教皇は、なおも沈黙を守っていた。
〈聖女〉の行動に不満を持ちつつも、結果として事態を打開し得る唯一の存在となってしまったことに、枢機卿たちはようやく気付き始めていた。
「……結局のところ、また彼女に頼らねばならんのか?」
「そんなことは……許されるのか?」
「だが、他に道はない。教皇陛下が口を閉ざす限り、あの女しか“顔”を出せる者がいない」
枢機卿たちは苛立ちと屈辱を押し殺しながら、誰がラドニアに出向くのか、そもそも誰を“責任者”として立てるのか、答えの出ない議論を続けていた。
そしてその間にも、帝国は着実に“舞台”を整えつつあった。
鋼のような静謐を纏いながら、その声は誰の耳にも明確に届く力を持っていた。
「──諜報部に命ずる」
その一言に、場の空気が一変する。
ハルベルトが僅かに身を乗り出し、周囲の高官たちも自然と背筋を伸ばした。
「聖教国内の混乱、そして枢機卿の背信を……全力をもって周辺諸国に広めよ。王国、諸侯領、自由都市連盟、辺境の自治領、すべてに伝えよ。枢機卿がいかに無能で、教皇が沈黙を保ち、〈聖女〉だけが動いている事実を“確かな情報”としてばらまけ。真偽を問う必要はない。“事実”として流布せよ」
言葉の裏にある冷酷な意図を、誰もが悟っていた。
“情報”こそ、帝国最大の武器。今この瞬間、皇帝はそれを戦に並ぶ手段として解き放ったのだ。
「ハッ!」
ハルベルトが即座に立ち上がり、答礼する。その瞳には獲物を追う狼のような光が宿っていた。
「既に情報局の下部組織に通達を送っております。三日もあれば、帝国から五つの国境線を越えて、“真実”は各地に根付くでしょう」
他の高官たちも次々と立ち上がり、命令の意図を理解した上で次の行動に移ろうとしていた。
皇帝が放ったのは“言葉の刃”である。
それを手にした者たちが、次々と動き出す。
「内容は明快に──教皇は沈黙し、枢機卿たちは互いに疑い合い、挙句その中から異端が現れた。腐敗と無能が露呈したと。あの聖教国は、神に仕えるどころか、自らの民すら導けぬ無能どもの集まりだと」
静かに、だがはっきりとした語調で続ける。
「そして同時に、外交部門に通達せよ。先に提示した要求──謝罪と賠償、鉱山跡からの即時完全撤退と不干渉の約定──これを再度提示する。ただし、今回は違う。今度は、直接の場でだ。交渉の舞台は、中立都市ラドニア。聖教国に対応責任者の派遣を命じよ。“直接”だ。逃げ場を与えるな。そこが彼らに残された最後の“聖域”となろう。応じれば不利、拒めば悪評。どちらでも構わぬ」
皇帝は顎をわずかに上げ、指先で卓を叩く。
ラドニア──帝国、王国、聖教国のいずれにも属さぬ中立地帯。
平和と調停の象徴であるその都市に、聖教国を呼び出すということは、形式上の対等を保ちながらも、実質的に“裁きの場”を用意するという意味だった。
「奴らが応じなければ、拒絶そのものが罪となる。応じてもなお、民の疑念は膨れ上がり、いずれ教皇の玉座すら揺らぐことになるだろう」
誰も口を挟めなかった。
重厚な静寂が会議室を包み込む。
だが、皇帝の命令は、まだ終わっていなかった。
「──そして王国にも使者を出せ」
その言葉に、一瞬、重臣たちが顔を上げた。
「この会談は、戦火を開かぬためのものであると伝えよ。よって、王国には“中立の見届け人”としての出席を依頼する。ラドニアにおいて、第三者の眼があることで、聖教国の逃げ場はさらに狭くなる」
重臣たちは静かに頷いた。
王国──決して友好国とは言い難い間柄だが、いまや聖教国に対しては共通の不信を抱える立場。その王国が「見届け人」として会談に臨むことは、帝国にとっても、国際的な正当性を補強する意味を持っていた。
だが、皇帝の眼には冷徹な光が宿っている。
「“今は”王国を味方に見せかければよい。聖教国を挟み撃ちにする姿勢を取らせるのだ」
皇帝は、口元に薄く笑みを浮かべた。
「だがいずれ、王国も例外ではない。あの王がどれほど賢明であろうと……帝国の下でしか生きられぬ時が来る。今回の会談で、彼らを“巻き込め”。見届け人でも、証人でも、名目は何でも構わぬ。ただ“席に着かせる”こと。それが重要だ」
「ご意向、しかと承りました」
外交担当の老官が頭を垂れる。
「王国には誠意を見せる形で招待し、形式的には『中立の監視役』として迎え入れましょう。だがその実、責任の一端を担わせ、“逃げられぬ立場”に据える」
「それでよい」
皇帝は一度だけ深く息を吐いた。
「この一手が、聖教国を揺るがす“楔”となる」
そして──
「その楔が、いずれ王国にも喰い込むことになるだろう。愚かではない王ならば……遅かれ早かれ、それに気付くはずだ」
皇帝の戦は、既に始まっていた。剣を抜かず、血を流さず、それでいて相手を崩壊へと導く──帝国の“帝王”の本領が、今まさに発揮されようとしていた。
「……さあ、踊れ。聖なる者たちよ。自らの不信と疑念の渦の中でな」
その声に、帝国の重臣たちは一斉に頭を垂れた。
命令は下された。
帝国は剣を抜かず、情報と外交で敵を崩しにかかった。
そして同時に、王国にも静かなる“絞首の輪”がかけられようとしていた。
◆
帝都アインガルド。諜報局の地下通信室──。
無数の転写魔法陣が同時に発光し、十数名の諜報士官が一斉に指示を飛ばしていた。
「西方連絡網、ルシエナ侯領に通達完了」
「南大陸、自由都市連盟へ情報流布開始」
「王国貴族の親帝派ルートから、枢機卿の裏切り情報を“確度高”で伝達」
帝国諜報部は既に動いていた。
先に手配していた“協力者”、各地の商人ギルド、新聞組合、教団から距離を置いた神学者たちに向け、次々と情報がばらまかれていく。
最も注目を集めたのは、この一文だった。
「聖教国の枢機卿の一人、ラザフォードが〈黒翼〉の構成員であった疑惑。〈聖女〉セラフィーナの捜査によって発覚し、逃亡。内部からの異端摘発──教皇と枢機卿会議は沈黙を続け、統率力を喪失」
これにより、“神の国”の内側で、信仰が腐りかけているという印象が各国に広まりはじめる。
さらには、帝国外交部も迅速に動いた。
中立都市ラドニアへ向かう使節団は、すでに二日後の出立が予定されていた。
帝国側からの交渉責任者には、老練なる元法務大臣のセドリックが選ばれた。
「各国の使節をも巻き込み、聖教国の対応を公開の場に引きずり出す。教皇が応じねば、“逃げた”と見なされる構図を──用意しろ」
皇帝のその命により、“裁きの場”は静かに、だが確実に形を整えていく。
◆
一方、聖教国。聖都アルシア。
枢機卿会議は混乱していた。
〈黒翼〉構成員として名を挙げられたラザフォードの件は、隠し通せるはずもなく、今や各地の教会にまで情報が届き始めていた。
「……これは帝国の陰謀だ! 我らの神政を貶める偽情報にすぎん!」
「だが実際に逃げたではないか。神聖な枢機卿の中に異端がいたのは事実!」
「そもそも、なぜそのような男を任命したのか。我らの責任か?」
「〈聖女〉が独断で動かなければ、混乱は起きなかった!」
怒号が飛び交い、議場は機能不全に近かった。
ある枢機卿は机を叩きながら吠える。
「帝国は意図的に情報を仕込んでいる! 信徒の心を疑念で満たし、我らを貶めようとしているのだ! ラザフォードの件も、その一環にすぎん!」
別の老枢機卿は肩を震わせながら返す。
「ならば、なぜ奴は逃げた? 帝国が動くよりも前に、〈聖女〉の捜査で異端が発覚したのだろう? 帝国より先に、我らの中に裏切り者がいたのだ!」
「それを見つけ出したというのならば、そもそも“なぜ任命したのか”という話になる。任命の手続きは、貴様の会派からだったはずだぞ!」
「それを言うなら、貴様も承認に名を連ねていたではないか!」
責任のなすり合いが始まる。
「……それにしても、余計なことをしてくれたものだ」
一人が呟くように言い、全員の視線が一点に集まった。
〈聖女〉──セラフィーナ。異端摘発を主導し、今なお枢機卿会議とは一線を画して動いている“神に選ばれし者”。
彼女の行動は、正義であると同時に、枢機卿たちの既得権を脅かす刃でもあった。
「彼女が勝手に動き、我々に何の相談もなかったことが、すべての混乱の始まりだ」
「本来なら、教皇陛下の指示を仰ぐべきだった。だが今の彼女は、まるで自らを“教皇の代理”とでも思っているかのようだ」
「神託を受けた女などと持て囃され……その実、独善と妄信で我らを掻き回すだけの存在よ」
だが、誰一人として彼女に明確に異を唱えることができない。
なぜなら、セラフィーナの“異端摘発”は成功してしまったのだ。
結果としてラザフォードの逃亡という、否定しがたい事実が残った。
だが、彼らの怒りとは裏腹に、外部の教会、神殿、そして民衆は静かに動揺し始めていた。
“神の代理人”が異端だったという事実。そして教皇も枢機卿会議も今なお声明を出さないという沈黙──
そこに追い打ちをかけるように、帝国からの“第二の通達”が届く。
「聖教国に対する帝国の要求を、正式に再提示する。今度は、中立都市ラドニアにて、直接の話し合いを求める。聖教国より正当なる責任者の派遣を求める」
この通達は、否応なく枢機卿たちを動かさざるを得なかった。
無視すれば、外交拒否。
応じれば、帝国に場を握られる。
しかも今の枢機卿会議には、帝国に対抗できるだけの正当性が残されていない──
この状況で教皇は、なおも沈黙を守っていた。
〈聖女〉の行動に不満を持ちつつも、結果として事態を打開し得る唯一の存在となってしまったことに、枢機卿たちはようやく気付き始めていた。
「……結局のところ、また彼女に頼らねばならんのか?」
「そんなことは……許されるのか?」
「だが、他に道はない。教皇陛下が口を閉ざす限り、あの女しか“顔”を出せる者がいない」
枢機卿たちは苛立ちと屈辱を押し殺しながら、誰がラドニアに出向くのか、そもそも誰を“責任者”として立てるのか、答えの出ない議論を続けていた。
そしてその間にも、帝国は着実に“舞台”を整えつつあった。
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