仮面夫婦の愛息子

daru

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 セオからの報告書のような手紙を読み、万事順調だということを告げたところで笑顔など見せないであろう父の書斎を訪ねた。

「今日は顔色が良いね。」

 正直、人の顔色の良し悪しなんか俺には少しも分からないが、父が書斎にいるということは、体調が良いということなのだ。
 そうでない時は自室に籠もっているから。

「ああ、少し身体が軽い。」

「それは良かった。セオからも朗報が入ったから、もっと気分が良くなるよ。」

「報告が来たのか。」

「うん。先日無事に求婚する許可がおりて、今日、公爵邸を訪ねるらしい。」

 それは良かったと頷く父に、だったらもっと嬉しそうにしてよ、なんて愚言だ。

 まぁ許可が降りたところで、問題は公爵がどう出てくるかということだから、手放しで喜ぶにはまだ早いけど。

 あの公爵に、叔母さんも叔父さんも連れずに、1人で立ち向かおうというのだから恐れ入る。
 でもセオならと、そう期待してしまう。

「ヴィクトル!」

 突然、父の名を叫びながら部屋の戸を乱雑に開けたのは、ずいぶんと慌てた様子の母だった。
 これにはさすがの父も驚いていた。

「どうした、エイヴリル。」

「ヴィクトル、どうしましょう!エドウィンが騎士団を連れてやってきたの!」

 俺と父は同時に目を見合わせた。

 セオの手紙にはそんなことは書かれていなかった。
 クラリッサからの証言で、母が容疑者の最有力候補にはなったものの、確定はしていないし、公爵のこともある為、慎重になっていると聞いていた。

 それが、叔父さん自ら騎士団をぞろぞろ連れて来るなんて。
 何か急に情報でも入ったのだろうか。もしくは、最初から実力行使をするつもりで、俺と仲が良いセオが邸を空ける日に実行したのかもしれない。

 どうするべきか。
 セオに知らせに行った方が良いのだろうか。

「落ち着きなさいエイヴリル。普段通り、出迎えよう。」

 焦る俺とは違い、父は冷静だった。俺も見習おうと息を吐くが、ドキドキと速まる鼓動だけはどうしようもなかった。

 馬車ではなく、騎士団の列を連れて馬に乗ってやってきた叔父さんを、応接室へ通した。

 俺も同席する気満々だったが、叔父さんから、まずは2人で話をさせて欲しいと、父だけが呼ばれ、母と俺はそれぞれの自室で待機することになった。

 もし捕まった執事が吐いたというのなら、なぜ母ではなく父と話をするのか。父が共犯、ないしは黒幕と疑われているのでは。

 不安でうろうろと歩く足が止まらない。
 それを見かねたのか、俺について来た父付きの老執事が眉尻を下げて声を掛けてきた。

「若様、ご安心ください。私は長くウェップ家に仕えておりますが、侯爵閣下と旦那様は、複雑なように見えて、その実、仲は悪くないのです。きっと悪い事にはなりませんよ。」

 そんなの希望的観測じゃないか。
 母が叔父さんに毒を盛ったのに、そんなに簡単なわけがない。けれど、セオに相談もせずに勝手には動けない。

「私の顔を見てください、若様。落ち着いてきますでしょう?」

 じっと老執事の顔を見つめる。老執事は俺ほど不安に駆られてはいなさそうだ。
 子供の頃から見慣れたその顔を見ていると、今の問題とは別のことに考えが及び、確かに少し落ちついてきた。

「しわが増えたな。」

「私のしわの数だけ、ウェップ家への忠誠と理解が深いとお受け取りください。」

「じゃあウェップ家への忠誠と理解が深まる度に、髪の毛が抜け落ちる仕様なのか?」

「ほっほっ。だんだん落ち着かれてきたようですね。」

 まったく、こんな談笑をしている場合ではないのに。

「どうにかセオに使いを出せないか?」

 使者の1人でも送ってこちらの現状を伝え、セオの指示を仰ぎたいが、邸の出入り口は騎士団に見張られている。
 おそらく使用人も出られないだろう。

 そこで老執事が深く頷いた。

「若様、ついにこの時がやってきましたね。」

「なんだ?」

「壁に飾ってある、あの剣をお取りになるのです。若様の武を、騎士たちに見せつけてやるのです!」

 老執事の掲げた拳と、垂れた瞼を持ち上げた瞳に、みなぎる力を感じる。

「そうか、ついに俺の実力を…、ってバカヤロウ。」

 手の甲で老執事の胸を叩く。

「俺は剣術を6歳で捨てた男だ!」

「それは捨てたというより、初めから持っていないような…。」

「いいから真面目に考えろよ!」

 老執事とは、俺が子供の頃から、父を笑わせる為によく一緒に画策をした仲だったが、ふざけるのは時と場を選んで欲しい。

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