夕月の欠片

daru

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第2部

22.

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 昼過ぎ、ローニヤンでサータナリヤ孤児院とその周辺を見張らせていた私兵の班が帰還した。

 班長のガザリという男はブランドンと同い年でありながら性格は正反対。口数が少なく、いつも冷静で落ち着いている。容姿も、いかにも兵士といった筋肉隆々なブランドンとは違い、バランスの良いしなやかな筋肉を身に着けていた。
 傭兵出身で機転が利き、剣に限らず、対人戦では目を見張るものがある。

 遠距離を移動してきたはずの今も、疲れを顔に出さず、物静かに主室タブリヌムへ入室した。

 1度頭を下げて、すぐに上げる。

「ガザリ班、只今戻りました。」

「途中報告から変化は?」

「ありません。子供たちと世話人の女性はそのままに、ナイジェルとセスという男2名が未だ戻っていません。トレシュ様の御指示通り、班員を4名置き監視を続けています。何かあったらすぐに報告が入るかと。」

「そうか。ご苦労だった。」

 シノアを暗殺者と確信してから、ガザリにはシノアの出身の孤児院を調べさせていた。

 彼女たちはローニヤンの町で隠れもせずに生活していたらしく、おまけに頗る評判が良かった。

 犯行グループのメンバーと思われるのは、シノアと仲良くしていたという孤児院の運営管理をしている男ナイジェルと、用心棒らしき男セス。それからシノアにくっついて歩いていた少女リリー。

 このリリーという少女は、陛下の伝令使を襲撃した犯人の容姿、身体的特徴と一致する。孤児院にも戻っていない。
 反撃時に致命傷を負わせたと聞いたので、既に亡くなった可能性も高い。

 ナイジェルという男はあまり町の外には出ないらしいが、私が孤児院の内情を知る為に物品の寄付という名目で私兵たちを向かわせると、それには穏やかに対応したものの、直後、彼は行方を暗まし、孤児院に戻っていない。

 こちらの動きに気がつき、反応をしたことは明白だった。

 シノアが邸を抜け出した時、わざわざ戻って来て私を襲撃したことから、シノアに接触した、即ちバデュバールここにいる可能性も大いにあった。

「ガザリはバデュバールの巡回を引き継ぎ、指揮を執ってくれ。」

「えっ?!」

 大きい声を上げたのは、言うまでもなくブランドンだ。
 現在、巡回の指揮を執っていたのは彼だった。

 ガザリが眉一つ動かさずに耳を塞ぐ。

「トレシュ様!俺の指揮にご不満がございましたか?!」

「そうではないよ。ブランドンには邸の護衛に重点を置いてもらいたいんだ。ガザリの班員ならナイジェルの顔も知っているからね。」

「それは…そうですが。」

 機動力があり調査能力が高いのもガザリの方だが、それは言わないでおく。

 ガザリが眉一つ動かさずに耳を塞いでいた手を下ろした。

「邸の護衛、シノアの護衛も重要な任務だよ、ブランドン。」

「シノアを連れ戻しに来るとお考えですか?」

「もしくは口封じか。」

 ブランドンが息を呑む音が聞こえた。

 正直、この町にいないのなら、シノアをトカゲの尻尾のように切り捨ててどこか遠くへ逃げてしまったのならその方が良いと、心の片隅にあさましい考えが住み着いていた。
 私の事を信じてついて来てくれるブランドンやガザリには、とても打ち明けられない。

「ガザリ、疲れてると思うけど、さっそく明日から動けるかい?」

「御意のままに。」

「ありがとう。よろしくね。」

 いつもなら用が済み次第速やかに下がるガザリが、なかなか私の前から動こうとせず、じっと目を見つめてきた。

「どうした、下がれ。」

 ブランドンが鬱陶しそうにしっしっと手で払う動きをしたが、ガザリは少し考えるように目を逸らし、それからまた私に目を向けた。

 何か言いたげな雰囲気を汲み取り、私から声を掛ける。

「ガザリ、どうかしたのか?」

 ガザリは「トレシュ様。」と私の名を呼び、一呼吸置いてから口を開いた。

「随分とお疲れの御様子。」

「…私が?」

 予想外の返答に、咄嗟に口の端を上げた。

「そんなわけがないだろう。実際に動いている君たちに比べたら。」

「トレシュ様のお心のままに、ご決断ください。如何なる時も、自分はトレシュ様の御意に従います。」

 一瞬、喉がつかえ、すぐに声を出すことができなかった。「ブランドンと違って。」とぼそりと付け加えられるまで。

「何っ?!誰が違うと言った?!」

 ブランドンはすぐに反応し、「トレシュ様!」と騒々しく私に向き直った。

「トレシュ様の1番の忠臣は俺です!お分かりですよね?!」

「側に仕えていながら、このような顔をさせている奴が、言うことだけは御立派だな。」

 私はそんなにくたびれた顔をしているのだろうか。

「側で見ていない奴が、外野からやいのやいのうるさいぞ!」

「うるさいのは貴公の声だ。いちいち大声でないと話せないのか?」

「なにおう?!このっ…すかしたキザ野郎が!」

「そこまでにしてくれ。」

 ブランドンがガザリの胸ぐらを掴んだところで口を挟み、手を挙げて制すと、ブランドンは眉間に皺を寄せたまま渋々手を離し、ガザリはそのままの澄まし顔で胸元の乱れを直した。

 好いてくれているのは嬉しいが、時折このような揉め事が起こるのは厄介だ。
 2人共に私に忠実な同志のはずなのだが。

「ブランドンも、ガザリも、私のことを考えてくれていることは承知しているよ。2人がいてくれて、私はとても心強い。」

 トレシュ様、とブランドンが小さく溢す。

「お騒がせして申し訳ありません。何か御用命があれば、なんでも仰ってください。」

 視線を下げてそう言ったガザリに「ありがとう。」と返すと、彼は引き締まった態度で会釈をしてから退室した。

 ガザリが出て行った戸を未だに睨み付けているブランドンを見て、自然と頬が弛んだ。そうしてようやく、自分の表情筋が強張っていたことに気がついた。

 凝りに凝って薄っすらと痛みすら感じる頬や眉間を、手で解しながら考える。

 シノアが暗殺者だと知られてしまった今、彼女と生きる道は閉ざされたと思っていた。誰も納得するはずがない。なによりも、国政に関わる私がそんな選択をすることは許されないと構えていた。

 けれど、もしかしたら、私欲というものを出してもいいのだろうか。

 シノアが無事に目を覚ましたら、彼女を抱きしめてもいいのだろうか。彼女の手を取ることを、彼らは許してくれるのだろうか。

「トレシュ様、やはりお疲れですか?」

 ブランドンが私の顔を覗き込んだ。その心配そうな瞳をじっと見返す。

 もし、そんな道理に背いた選択にすら彼らがついて来てくれるというのなら、どれだけ心強いだろうか。

 だがそんな夢を見る前に、まずはこの事件にかたをつけなければならない。
 そうして全てが終わった時、シノアのことはその時に考えれば良い。

 杖を握る手に力が入った。

「ブランドン、邸内の護衛配置の件で話がある。」
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