左遷先の伯爵様が愛しすぎて帰れません。

daru

文字の大きさ
5 / 14
本編

04.視察

しおりを挟む
 ネッサに来てから一夜明け、今日は朝から領内視察の予定だった。
 ハミルトン様が直々に案内してくださるということで、補佐官のダンのみを連れ、エントランスの外で待機していたのだが、本来、馬車が用意されるであろう場所には、荷車を取り付けられた2頭のロバがいる。それから、それとは別に馬が1頭。

 補佐官を連れて行く旨は話しておいたはずだが、なぜ馬が1頭しかいないのだろうか。

 こそこそと、ダンが声を潜める。

「もしかして、車椅子ごとロバに引っ張って貰うのでしょうか?」

 快活な笑顔で白金色の髪をたなびかせ、ロバに直接引かれるハミルトン様を想像すると、あまりに滑稽な様相に笑いそうになった。が、ダンは堪えもせずにくすくすと笑った。

「バカなことを言うな。」

 御者しかいないとはいえ、軽率な発言だ。
 昨夜の酒が残っているのではあるまいなと疑い、睨み付けると彼はようやく口元を引き締めた。

「騎士たちの様子はどうだ?」

「どうって?副隊長がご報告した通り、特に問題ありません。」

「お前の視点から見てどうかを聞きたいんだ。」

 エルガーはダンよりも礼儀を重んじる。ダンが軽んじ過ぎるという点はさておき。

 私のせいで田舎への派遣を命じられ、騎士たちの中には、口にこそ出さないものの、本意ではない者も多くいたはずだ。
 申し訳なく思ってはいるが、気立ての良いハミルトン様の為に、どうにか力を尽くしてほしい。

「変に気負っているのかもしれませんが、心配は無用ですよ。」

「根拠は?」

「我々が滞在させて頂く部屋ですが、6人部屋とはいえ、本来は上流階級の方々に用意されるような立派な部屋です。加えて昨夜の大変美味な晩餐会。騎士隊一同、不満どころかネッサに来たことを幸運に思っているくらいです。」

「そう、か。」

 そう言われると、彼らへの罪悪感が少し薄れた。

「酔った勢いで、メイドや村娘と結婚をして永住したい、などと抜かしている連中までいる始末です。」

「迷惑になるような行動は慎めよ。」

「その点は副隊長が目を光らせるんじゃないですかね。」

 だといいが。

 一先ずは安心した。
 騎士たちに心を尽くしたもてなしをしてくれたおかげで、彼らのモチベーションが上がったのだ。
 ハミルトン様には感謝してもしきれない。

 重い扉が開く音で、私とダンは後ろを振り返り、背筋を伸ばした。

「悪い、待たせたな。」

 ハミルトン様はその言葉とは裏腹に、少しも悪びれた様子はなく、恐らく彼の為に作ったであろう、階段横から伸びる緩い坂道を下って来た。

 手伝いに行こうと足を踏み出したダンを手で抑え、ハミルトン様が目の前までやって来るのを待ち、頭を下げた。

「おはようございます、ハミルトン様。」

 白いシャツに皮ベスト。部屋着よりももっとラフな格好をしたハミルトン様を見て、呆気にとられた。
 しかし彼は、私の装いの方が不服らしい。

「部屋に色々な服を用意させてたんだが、気に入らなかったか?」

「そういうわけではありませんが、隊服で十分ですので。」

「ふーん。まぁ、その方が乗りやすいか。」

 ハミルトン様はぽつりと呟き、ロバの方へ向かうと、御者が荷車の後部に三角のスロープを設置した。

 はっとした。

「ハ、ハミルトン様、その荷車にお乗りになるのですか?」

「そうだ。ちょっと手伝って貰えるか。」

 まるで荷物ではないか。馬車とか、何か他の案はなかったのだろうか。
 スロープを前にして淡々と私を呼ぶ彼に急いで駆け寄ったものの、車椅子を押す前にもう1度、確認を挟んだ。

「普段からこのようにご移動を?」

「ああ、案外快適だぞ。」

 ならば何も言うまい。

「後ろ向きに乗せてくれ。」

「後ろ向きで乗るのですか?」

「前向きで乗りたいのは山々だが、奥に車輪を固定するベルトがあるんだ。前向きで固定してしまっては足がつっかえるし、大きく揺れた時に前に落ちそうで危ないだろ?」

 確かに後ろ向きの方がスペースがあって安全そうだ。だが、そもそも車椅子ごと乗らなければならない必要があるだろうか。
 ちゃんと座って乗りたいのなら、それこそ馬車にするべきだ。

「直にお座りになるのはお嫌ですか?」

 ハミルトン様は困ったように笑った。

「クリスタル卿は無茶を言うな。俺は歩けないんだぞ?車椅子の乗り降りも一苦労なんだ。」

「私がお抱えします。」

「え?……は?」

 先に荷車に乗り込み、奥の一角に肩に掛けていたマントを拡げて敷いた。

 戻って降りると、ハミルトン様は未だ戸惑いの表情を浮かべている。

「せっかく騎士隊わたしたちが来たのですから、手足のようにお使いください。」

「い、いや、それはありがたいが、荷車に乗るくらいで別に……。」

「鍛えておりますのでご心配なく。」

「いや、そういう話じゃ……。」

「失礼致します。」

「まっ、待て!……わっ!」

 遠慮がちではあるが嫌がっているようには見えない為、問答無用でハミルトン様の膝裏と背に腕を回し、ふわりと抱き上げた。

 戦場で何人もの負傷者を運んできたが、彼の筋肉が落ちているせいか、その誰よりも軽かった。まるでレディでも抱えているような体重に、少し心配になる。

 当の本人はというと、「おお!」と歓声を上げて咄嗟に私の首にしがみつき、1歩1歩スロープを上がれば、次第に驚嘆の声が笑いに変わった。

「はははは!これはすごいな、クリスタル卿!」

 私にしっかり抱きついた形で耳元で笑う為、ふわふわと顔に当たる白金色の髪がこそばゆい。

「降ろします。」

 先程敷いたマントの上に、ゆっくりと慎重に下ろすと、ようやく首が解放された。
 無礼をした自覚はあったが、これまで以上に楽しそうに笑顔を輝かせるハミルトン様に、人知れず胸を撫で下ろした。

 こんなに感情表現豊かで少年のように笑う彼が、父と同い年というのだから不思議でたまらない。

「分かったよ、クリスタル卿。」

「何がですか?」

「世の中の御令嬢ってのは、こうやって逞しい騎士に惚れるんだな。」

 本当に楽しそうに話すものだから、こちらまで頬が弛んでしまった。

「お気に召したのなら良かったです。」

 ダンが車椅子を下から持ち上げたので、私は上で受け取り、そのまま引き上げた。

 ダンの、「隊長さすがぁ。」やら「いけめーん。」やらの言葉を適当にあしらっていると、ショーンさんに呼ばれ、なるべく揺らさないように静かに荷車を降りた。

「何でしょうか?」

「普段はわたくしがお供させて頂くのですが、本日は卿がいるため不要とのことですので、ハミルトン様のことをよろしくお願い致します。」

「はい。」

「あまり長時間にならないようお気をつけください。」

「はい。」

「姿勢を変えられる時はゆっくりと、また、めまいや足のむくみはないか、こまめにご確認ください。」

「はい。」

「楽しい気分になると歯止めが効かず、どんどん調子にお乗りになるので、無理をしないようしっかり目を光らせてください。」

 ショーンさんが注意事項を述べる中でも1番険しい顔を見せると、「おい。」とハミルトン様が荷車の上から口を挟んだ。

「人を子供のように……。」

「分かりました。」

「分かるな!」

 子供のように口を尖らせるハミルトン様を見ると、ショーンさんの言葉の真実味が増す。
 彼の言い付けこそ守るべきだと直感した。

「それではどうぞクリスタル卿はロバ車へ、補佐官様は馬をお使いください。」

 なるほど、私が荷車なのか。ハミルトン様もこちらなのだから、当然といえば当然か。

 ショーンさんの指示通りダンは慣れている馬にさらりと跨り、私は再び荷車に乗ってハミルトン様の隣に座った。
 荷台に乗って移動するのは初めてだった為、御者が席につき、いざ動き始めると、ゆっくりとした景色の流れにいつの間にか口角が上がり、胸が高鳴っていることに、自分自身ですら気がつかなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...