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本編
09.陽光
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「父上の言い付けを何度も頭の中で繰り返し、戻りたい気持ちを懸命に抑えました。」
両手で顔を覆った。
あの爆発音が敵のものだったのか、それとも味方のものだったのかは分からないが、父の身が無事ではないであろうことはあの時点で想像がついた。
「私がもっと速く駆けていれば!もっとちゃんとピストルの雨避けをしていたら!父上は、今も……。」
無意識のうちに、うずくまるような体勢になっていた所を、「クリスタル卿。」とハミルトン様に腕を引っ張られ、顔を上げざるを得なくなった。かと思うと、反対の手で頭を引き寄せられ、ハミルトン様の膝を枕のようにする体勢になった。
「たくさん泣いてもいいから、俺の膝上でにしておけ。」
独りだと冷えるだろ、と。
驚きのあまり、声が出ない。
「慰めにはならないだろうが、戦場で、”たられば”なんて言い出したらきりがない。ほんの数秒、ほんの些細な出来事が、死に繋がる。」
頭の上に置かれた彼の手の、おそらく親指が、私を宥めるように優しく滑る。
ハミルトン様の前でみっともないと分かっているのに、それが心地よくて抵抗する気が起こらなかった。
「雨が降らずとも銃は不発だったかもしれないし、仮に発砲できたとして、敵を打ち抜いたとしても、それでも敵も根性で発砲していたかもしれない。何がどう作用するかは、結局、憶測でしか語れない。だから、クリフの死は君のせいじゃない。君が背負う必要はない。」
それでも、私にもっと実力があれば、何かは変えられたかもしれない。そう思いながらも、肩が軽くなっていくのはなぜなのだろう。
私の過ちを忘れてはならないのに、消してはいけないのに、大きく温かいハミルトン様の手が、心の内の濁りを掬っていってしまう。
声を抑えようにも、歯を食いしばる隙間から嗚咽が漏れ出る。
いつまでもこの体勢でいるわけにはいかないのに、どうしようもなく涙が止まらなかった。
すみません、と途切れ途切れにどうにか言うと、落ち着くまでこのままで、といつも以上に優しい声を落とされた。
自分への情けなさ。兄の信頼を失った悔しみ。オム王国への憤怒。
黒く渦巻くそれらの感情は涙と共に流れて行ったのか、涙の勢いが治まり、呼吸が安定してきた頃に残ったのは、胸が焼けそうなまでの羞恥心だった。
どれくらいこうしていたのか。ハミルトン様の膝は、不快に感じるまでに濡れていた。
顔を上げるタイミングが分からない。上げてしまったら、見るも無残であろう顔を見られてしまう。
いや、そもそもそんな事を考えている場合ではない。この体勢はあまりにも無礼ではないか。完全に、彼の優しさにつけこんでいる。
意を決し、顔を伏せたままに「空は」と口を開く。
「明るくなりましたか。」
「ちょうど太陽が全身を見せたところだ。そろそろ朝食かな?」
しまった。早朝トレーニングの時間を丸々使って、泣きじゃくってしまった。
恥ずかしい。と眉間に力を込めた時、ようやく彼の足の心配をするに至った。はっとして顔を上げる。
「申し訳ございません!足の方は大丈夫ですか?」
きょとんと目を丸くしたハミルトン様と真っ直ぐに視線が重なり、恥じらいのあまり、すぐに顔を下げた。
泣く事なんか滅多にない為、どうなっているかは想像つかないが、泣きはらした後は目が腫れて見るに堪えない顔になるというのが世の常だ。
「お、お見苦しい顔を……申し訳ございません。お、おみ足の方は……。」
どきまぎとどうにか言葉を紡ぐと、ふっと笑うように息の漏れた音が聞こえた。「大丈夫だ。」と。
「でも卿は皆との朝食の席は避けた方がいいかもな。」
ははっと笑うテノールに、身体の内から熱くなり、耳まで赤くなっているだろうと自覚があった。
感情表現豊かなヒロインにでもなったような気分だ。なぜ私はこんなにもいっぱいいっぱいになっているのだろう。
「はい。大人しく部屋に戻ろうと思います。」
「近道を教えるって言ったろ。俺の別棟においで。その方が近いし、他の者に会うリスクも少ないから。」
近道を知りたいという理由ももちろんあったが、単純に、誘ってもらったことに胸が高まり、そうすることにした。
井戸水で顔を洗い、さすがに遠いからと、ハミルトン様の車椅子を押す。
案内された近道は、茂みの裏に隠されていた。古びた石レンガの隙間から雑草が控えめに伸びている。
おとぎの国にでも迷い込んでしまいそうな、素朴な香草に囲まれながら、自然と目がハミルトン様に向いてしまう。
甘い誘惑。そう感じるまでに彼に好意を抱いてしまっている。
危険だ。
彼はジネス王国西部を統べるシューリス家の長男で、西部の英雄。
侯爵位を継がずに伯爵位に就いたとはいえ、私などが吊り合うような人物ではない。
吊り合うような人物ではない?
途端に顔に熱が集まった。
なんと大それたことを考えてしまったのだろう。騎士として、シューリス家に仕えるカッソニア家として彼の手足になろうと決意していたのに、いつの間にか彼の隣に立つことを考えてしまうとは。
おこがましい。
頭に自分を批判する言葉が次から次へと浮かぶのに、顔の熱はいつまでも下がらず、そわそわと胸が落ち着かない。
世界中で彼だけが輝き、周囲がぼんやりと霞がかるようだった。
両手で顔を覆った。
あの爆発音が敵のものだったのか、それとも味方のものだったのかは分からないが、父の身が無事ではないであろうことはあの時点で想像がついた。
「私がもっと速く駆けていれば!もっとちゃんとピストルの雨避けをしていたら!父上は、今も……。」
無意識のうちに、うずくまるような体勢になっていた所を、「クリスタル卿。」とハミルトン様に腕を引っ張られ、顔を上げざるを得なくなった。かと思うと、反対の手で頭を引き寄せられ、ハミルトン様の膝を枕のようにする体勢になった。
「たくさん泣いてもいいから、俺の膝上でにしておけ。」
独りだと冷えるだろ、と。
驚きのあまり、声が出ない。
「慰めにはならないだろうが、戦場で、”たられば”なんて言い出したらきりがない。ほんの数秒、ほんの些細な出来事が、死に繋がる。」
頭の上に置かれた彼の手の、おそらく親指が、私を宥めるように優しく滑る。
ハミルトン様の前でみっともないと分かっているのに、それが心地よくて抵抗する気が起こらなかった。
「雨が降らずとも銃は不発だったかもしれないし、仮に発砲できたとして、敵を打ち抜いたとしても、それでも敵も根性で発砲していたかもしれない。何がどう作用するかは、結局、憶測でしか語れない。だから、クリフの死は君のせいじゃない。君が背負う必要はない。」
それでも、私にもっと実力があれば、何かは変えられたかもしれない。そう思いながらも、肩が軽くなっていくのはなぜなのだろう。
私の過ちを忘れてはならないのに、消してはいけないのに、大きく温かいハミルトン様の手が、心の内の濁りを掬っていってしまう。
声を抑えようにも、歯を食いしばる隙間から嗚咽が漏れ出る。
いつまでもこの体勢でいるわけにはいかないのに、どうしようもなく涙が止まらなかった。
すみません、と途切れ途切れにどうにか言うと、落ち着くまでこのままで、といつも以上に優しい声を落とされた。
自分への情けなさ。兄の信頼を失った悔しみ。オム王国への憤怒。
黒く渦巻くそれらの感情は涙と共に流れて行ったのか、涙の勢いが治まり、呼吸が安定してきた頃に残ったのは、胸が焼けそうなまでの羞恥心だった。
どれくらいこうしていたのか。ハミルトン様の膝は、不快に感じるまでに濡れていた。
顔を上げるタイミングが分からない。上げてしまったら、見るも無残であろう顔を見られてしまう。
いや、そもそもそんな事を考えている場合ではない。この体勢はあまりにも無礼ではないか。完全に、彼の優しさにつけこんでいる。
意を決し、顔を伏せたままに「空は」と口を開く。
「明るくなりましたか。」
「ちょうど太陽が全身を見せたところだ。そろそろ朝食かな?」
しまった。早朝トレーニングの時間を丸々使って、泣きじゃくってしまった。
恥ずかしい。と眉間に力を込めた時、ようやく彼の足の心配をするに至った。はっとして顔を上げる。
「申し訳ございません!足の方は大丈夫ですか?」
きょとんと目を丸くしたハミルトン様と真っ直ぐに視線が重なり、恥じらいのあまり、すぐに顔を下げた。
泣く事なんか滅多にない為、どうなっているかは想像つかないが、泣きはらした後は目が腫れて見るに堪えない顔になるというのが世の常だ。
「お、お見苦しい顔を……申し訳ございません。お、おみ足の方は……。」
どきまぎとどうにか言葉を紡ぐと、ふっと笑うように息の漏れた音が聞こえた。「大丈夫だ。」と。
「でも卿は皆との朝食の席は避けた方がいいかもな。」
ははっと笑うテノールに、身体の内から熱くなり、耳まで赤くなっているだろうと自覚があった。
感情表現豊かなヒロインにでもなったような気分だ。なぜ私はこんなにもいっぱいいっぱいになっているのだろう。
「はい。大人しく部屋に戻ろうと思います。」
「近道を教えるって言ったろ。俺の別棟においで。その方が近いし、他の者に会うリスクも少ないから。」
近道を知りたいという理由ももちろんあったが、単純に、誘ってもらったことに胸が高まり、そうすることにした。
井戸水で顔を洗い、さすがに遠いからと、ハミルトン様の車椅子を押す。
案内された近道は、茂みの裏に隠されていた。古びた石レンガの隙間から雑草が控えめに伸びている。
おとぎの国にでも迷い込んでしまいそうな、素朴な香草に囲まれながら、自然と目がハミルトン様に向いてしまう。
甘い誘惑。そう感じるまでに彼に好意を抱いてしまっている。
危険だ。
彼はジネス王国西部を統べるシューリス家の長男で、西部の英雄。
侯爵位を継がずに伯爵位に就いたとはいえ、私などが吊り合うような人物ではない。
吊り合うような人物ではない?
途端に顔に熱が集まった。
なんと大それたことを考えてしまったのだろう。騎士として、シューリス家に仕えるカッソニア家として彼の手足になろうと決意していたのに、いつの間にか彼の隣に立つことを考えてしまうとは。
おこがましい。
頭に自分を批判する言葉が次から次へと浮かぶのに、顔の熱はいつまでも下がらず、そわそわと胸が落ち着かない。
世界中で彼だけが輝き、周囲がぼんやりと霞がかるようだった。
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