左遷先の伯爵様が愛しすぎて帰れません。

daru

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本編

12.道

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 いつもは胸を弾ませて歩いていた居城裏の庭園を、今は重い足取りでハミルトン様の別棟へと向かっていた。
 兄からの手紙を読み終えると同時に、彼に呼び出されたのだ。悪い予感しかしない。

 菜園を早足で突っ切り、別棟の戸を叩く前に深呼吸をした。
 手に持っていた兄からの手紙を握り締め、ドアノッカーを鳴らすと、ショーンさんがドアを開けてくれた。が、彼に案内されるまでもなく、奥から「こっちこっち。」と耳に優しく馴染む声が飛んできた。

 呼ばれるがままに足を運ぶと、ハミルトン様はテーブルに手紙を広げて置いたまま、コーヒーカップの中をコーヒースプーンでぐるぐるとかき回していた。
 私の顔を見た後も「来てくれたか。」とため息を吐いて、手は止まらない。

「クリスタル卿がネッサここに来て、10か月くらいか。」

「はい、正確には、10か月と1週です。」

 もっとずっと長くいたような気がするのは、ネッサに来てからの充実感のせいだろうか。

「君のお兄さん、メンタム伯から、代わりの騎士隊長を派遣するからクリスタル卿をカッソニアに戻して欲しいと要請が来たよ。」

 胸を擽られるのは、内容の為ではない。その話をする不本意そうなハミルトン様の表情が嬉しかった。

「申し訳ありません。私の方には、社交界に出る準備をするようにと手紙が届きました。もうすぐ父上が亡くなって1年経つから、そろそろ、と。」

「いや、まぁ、理解はするよ。戦争で、一般的に出遅れたとはいえ君はまだ20歳だし、カッソニア家の功績もあって、どの家門からも望まれる結婚相手だろうからな。」

「結婚は……。」

 望んでいない。

「でもメンタム伯も酷いよな。ネッサの為に有能な身内を送ってくれたと思ったら、中途半端に呼び戻すなんてさ。」

「申し訳ありません。」

「あ、悪い。カッソニア家が送って来る代わりの者が無能だとか、そういう意味ではないんだ。」

「はい。」

 そんな事を言う人ではないことを知っている。
 くすりと頬が弛んだ。するとハミルトン様はスプーンを回す手をようやく止めて、眉尻を下げて口角を上げた。

「まぁ、卿とここまでやってきた俺としては残念ではあるが、君からしたら朗報なのかな?家族に会うのも楽しみだろ?」

 そう言って、優にカップを口に運ぶハミルトン様に、咄嗟に言葉が出なかった。笑顔を作るのも遅れた。
 慌てて「そうですね。」と返したが、彼の真っ直ぐと私に向けられた赤い瞳に全て見抜かれてしまったような気がして、唾を飲み込み、唇をきゅっと結んだ。

 ハミルトン様は静かにカップを置いた。

「卿は、ネッサここが好きか?」

 突然、ハミルトン様はわざとらしいまでの明るい笑顔を作った。
 何かしらの意図を感じ、ええと、と言い淀みながらも、正直に「はい。」と頷くと、そうかそうかとまたしてもわざとらしく目を細めた。

「それなら、もう少しここにいたらどうだ?」

「え?しかし、お兄様に逆らうことになってしまいます。」

「おお、そうだ、逆らおう。」

「ええ?」

 困惑のあまり、素っ頓狂な声が出てしまった。
 ハミルトン様の少年のような悪戯な笑みに不安を覚えつつ、胸が高鳴る。

「クリスタル卿は素直だから、てかカッソニア家の者はみな決まって真面目だから考えもしないだろうけど、人ってのは1度や2度くらい肉親に反抗するものだぞ。」

 無意識の内にくしゃくしゃに持っていた手紙に視線を落とす。

「反抗した時の相手の、困ったように驚いた表情を見れば、誰だって愉快に思うさ。人を振り回すのってクセになるぞ?」
 
 話がずれている気がする。
 いつもハミルトン様に小言を羅列するショーンさんを振り返り、憐れんだ。

 しかし、茶化すような彼の物言いのお陰で、冷静さを取り戻した。
 短くため息を吐いた。

「お兄様を困らせたいわけではありません。ただ、中途半端な状態で離脱せざるを得ないのが、悔しいのです。」

「それをちゃんと伝えるべきだ。」

 全てを見透かされてしまいそうな瞳を避けるように俯き、下唇を噛む。
 私の言葉が兄に届くだろうか。メンタムに残って兄の手伝いをしたいと抗議した時、取りつく島もなく却下された。
 もう1度でも、私の言葉を蔑にされることが怖い。

「卿はもう大人だ。立派なレディーであり、一人前の騎士だ。」

 クリスタル卿、と手の平を上にして指先を動かしたハミルトン様に、素直に歩み寄り片膝を付いた。
 すると彼は両手で私の手を挟むようにし、いつになく真剣な眼差しで私を見つめた。
 心臓が大きく鳴り、恥ずかしさから逃げ出したいのに、その瞳から視線を逸らせない。

「クリスタル卿、君の道は、君が決めて良いんだ。君の人生は君だけの物だし、何より大事なのは君の意思だ。」

 ちりちりと体中に電気が走った。
 心拍が加速し、優しく微笑むハミルトン様にどうしようもなく魅かれる。

「卿はどうしたい?俺は卿の意思を尊重するし、応援するよ。卿の良き友として。」

 熱くなった胸に手を当て、泣くのはどうにか堪えた。

 どうしたいかなど考える必要もない。
 誤魔化しようもない程、全身全霊で彼を求めている。彼の側にいる事を望んでいる。必要なのはそれを口に出す勇気だけだった。
 しかし彼が力になると言ってくれている。こんなに心強いことがあるだろうか。

「ネッサに残ることを、望んでも良いのですか?」

「もちろんだ。そうしてくれると俺はとても嬉しい。」

「ハミルトン様にお仕えしていたいです。ここで、共にネッサに、クック村に力を尽くしたいです。」

 帰りたくない。掠れた声でそう言うと、ハミルトン様は満面の笑みで「ありがとう。」と受け取ってくれた。
 よく言った。頑張ったな、と幼子を宥めるように頭を撫でられたものだから、一気に熱が顔に集まった。

「俺からもメンタム伯の申し出を拒否する旨を伝えるが、卿からも手紙を書いてくれ。俺の独断で人質に取ったと思われても困るからな。」

「はい。書いてみます。」

「大丈夫、心配するな。文句は言わせないさ。スカーレットだって、政略結婚が嫌で好き勝手やったわけだしな。」

「母上がですか?」

「知らないのか?」

 ハミルトン様は記憶を遡っているのか、左上の方に視線を投げた。

「あいつが17歳くらいの頃だったかな?王族との婚約者候補の一人として挙げられてな、筆頭ではなかったものの、万が一にも王家に嫁ぐのが嫌で、俺に誰かすぐに結婚できる奴を紹介しろって言ってきたんだ。」

「え、もしかしてそれが……。」

「クリフだよ。女に興味ない上、傍系とはいえシューリス家と姻戚関係になるのは家門にプラスだからって、あっという間に話がまとまって結婚したんだ。あれは傑作だった。笑ったなぁ。」

 唖然とした。自然に仲が良さそうに見えたから、すっかり恋愛結婚なのだと思い込んでいた。
 恋愛感情はずっと芽生えなかったのだろうか。そう考えると、愛人の子供である私に嫉妬心も無いことに納得がいった。

「知りませんでした。」

「だからあいつはまず文句は言えないはずだ。後はメンタム伯だな。まぁ、最悪の場合は俺の実家から圧力をかけてもらうっていう汚い手もあるからな、なんとかなるさ。」

 ハミルトン様は、はははと明るく笑ってくれたが、あまり迷惑はかけたくない。
 なるべく異論を持たせないよう、素直な気持ちを手紙に綴ろうと思った。もしかしたら心配せずとも、兄の方が私を手放すことを望んでいる可能性もある。
 それならそれで良いかもしれないと思えるほど、ネッサに残りたいという意思が固いことに、自分で自分に感心した。

 

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