霊感不動産・グッドバイの無特記物件怪奇レポート

竹原 穂

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第二話 袋路の魔鏡館

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 分かってて……つまり、理解していたという意味だ。
 でも、いったい何を?

「自分に救いようのない負の感情がたまっていることや、それがセックスなんて短絡的なやり方じゃ浄化されないってことや、無責任に子孫を増やすことが因果を濃くさせるだけだって分かっていて、それでもなお一時の衝動を優先させたんだ」
「非常に人間らしくはあるわね」
「番場ちゃん、あんまり嫌味言わないでよ~」
「あら、失礼」
「えっと、つまり……」

 なんだかんだ仲の良さそうな二人を視界の隅に置いといて、頭の中で状況を整理する。

「……ここの館の持ち主は、自分の身に起きた悪いことを全部『魔物のせい』と考えて浄化するために鏡を置いたり……なんていうか、恐怖を忘れるために性的衝動に身を任せたりしていたはず……ですよね?」
「ん? そんな回りくどい言いかたせずに普通にセックスって言えばいいじゃん。番場ちゃんはそういうの気にしないぜ? なぁ?」

 おちゃらけた様子で所長が番場さんの肩を叩く。
 さっきまで血の涙を流しながら呻いていたのに、なんて切り替えの早い人なんだ……。

「うるさい。幼なじみじゃなかったら、ひっぱたいてるところよ。……大体、朝前さんの言うとおりね。当主は何も知らずに悪霊に怯えるフリをして、その癖全部分かっていたのでしょう」
「それどころか、子供を増やして因果を濃くすることで、自分の負債を減らそうとまでしたよな」
「子供に親の因果が引き継がれるかどうかは、確実ではないけどね。中途半端に知識があったから、そんなふうに考えたんだわ」
「子供を目くらましにして、悪霊がどこにいるかを知るために魚を飼って、悪霊に当てられたら魚はポイ、子供も育てずポイってヒドいよなぁ」

 なるほど、聞けば聞くほどヒドい当主だ。
 お金持ちになるためには、そこまでしないといけないのだろうか。
 それなら僕は、貧乏でもいいかな……と思ってしまう。
 今回は極端な例だけれど、人より多くの物を持つということは、それなりの代償を払うということなのかもしれない。

「そうね……」

 番場さんは館に一定間隔で飾られ、そして壊れている鏡のひとつひとつをじっくり眺めてから言った。

「なんだかここは、迷路のようね」
「迷路?」
「この館の鏡たち、割れていなければそれぞれがどこかの鏡と向かい合わせになるように計算されているわ」
「向かい合わせになった鏡同士は、鏡から鏡へ通り抜けることができるんだぜ。ホラ、午前0時に合わせ鏡をすると、悪魔が鏡の向こうからやってくるって話は朝くんでも聞いたことがあるだろ?」

 そういえば、子供の頃に少しだけ聞きかじったかもしれない。
 そんな逸話を聞かなくても、『合わせ鏡』というものはどこか薄気味悪い。のぞき込んでも先が見えないところとか、何があるか分からないから怖いのだ。

「鏡合わせの通路を作ることで、悪霊が自分にたどり着けないように迷わせるつもりだったのね」
「霊って、そんな簡単に騙されるものなんですか?」
「めっちゃ普通に騙されるぞ?」

 所長はなに当たり前のこと言ってるんだ?とでも言いたげな顔で即答した後で、フと考え込む。

「……いや、騙されるって言うよりも……人間と同じなんだ」
「えっ?」
「死ぬまでに分からなかったことは、死んでからも分からない、ってこと。死んだからといって、いきなり万能になれるわけじゃない」

 僕のイメージだと、幽霊って言うのはなんでもお見通しだと思っていた。
 例えば、自分を殺した相手に化けて出るとかお手の物なんだと……。

「幽霊だって、自分を殺した相手が分からない場合もあるんだ」

 え?
 僕、いま思ったこと口に出したっけ?

「後ろから襲われたり、殺される前に目を潰されたりすると……」
「里見くん」

 一瞬、心が通じたように感じたのは絶妙なタイミングのせいだったらしい。
 所長は少しだけ表情に暗い影を落としたけれど、番場さんに名前を呼ばれるといつもの顔全体をクシャッと歪めるやり方で笑った。

「……だから、生きているうちになんでも知る努力をしないとな! 学びは生者の特権だぜ?」
 
 番場さんは所長のそんな様子を眉を顰めながら見ている。
 僕は二人の間に流れる微妙な雰囲気に違和感を覚えたけれど、深くは追求できなかった。

「じゃ、次行くか!」

 中庭を歩いた泥だらけのスリッパで室内に上がり込むのかとギョッとしたけれど、所長は懐から新しい簡易スリッパを取り出して封を切った。
 物件案内において、スリッパはやっぱり必需品だと思う。
 広縁ひろえんを抜けて、再び玄関ホールへと戻る。
 最初に通ったときは不気味に感じた鏡だらけの室内も、見慣れてくると滑稽に感じた。
 でも、それが幽霊たちの通り道で、しかも当主の汚い思惑が隠されているのだと知った今は……幽霊に対する『何か分からない』怖さではなく、僕にとっても馴染み深い、人間社会における『よく知った』怖さに変わった。
 人が人を蹴落としたり、見下したりする時の怖さだ。

「………」

 最初とは違った意味で身震いをしていたら、玄関ホールの辺りで番場さんが足を止める。

「じゃあ、私はこれで」
「えっ!?」
「おぅ、おつかれ~」

 自然な流れで番場さんは案内用のスリッパを脱いで、ヒールの高い外靴に履き替えはじめた。

「ば、番場さん……?」
「じゃあ、後はよろしくね。水和不動産にとって必要なデータは集まったから、後はグッドバイさんにお任せするわ」
「そんな! だって僕たちだけじゃ……!」

 相変わらず察しの悪いポンコツな僕と、霊感ほぼゼロの所長に何ができるというのか。

「私どもが依頼されたのは、床の間の大鏡の資産価値と現在の館の現状だけなので」
「それじゃ、二階も調べないといけないんじゃないですか!?」
「だから、グッドバイさんに依頼しているのよ。私が全部できるのなら、最初から依頼しないわ」
「で、でもさっき出来ることなら協力するって……!」
「出来る範囲で、とも言ったでしょ。残念だけど、今の私は短時間しかこんな場所の調査はできないの」
「た、確かに煙草一本分の時間は僕のために使ってもらいましたが……」
「そういうこと。十分に引き継ぎしたつもりよ」

 必死に引き留めるけれど、まるで手応えがない。
 加えて、所長に全く危機感がない。まさか、AV垂れ流しで調査でもするつもりなのか? この人は。

「大丈夫だって! 俺と朝くんがいればなんとかなる!」
「………」
「そんなに青い顔しないで」

 よっぽどヒドい顔をしていたのか、番場さんが僕の頬に片手を添える。

「えっ?」

 そして、またかなり強い力で両頬をぶっ叩かれた。

「痛ったぁ!?」

 きょ、今日はこれで三度目なんですけど……!!
 帰ったら腫れてるでしょ、絶対……。

「あっ、ずるいなー朝くんばっかり」
「ハァ!?」

 アンタには叩かれて喜ぶ趣味でもあるんですか!? という暴言がもう本当に喉の先まで出掛かったのをどうにか押しとどめる。

「ソレ、魔除けの方法なんだぜ?」
「え……?」
「両方のほっぺたを、自分以外の奴に叩いてもらうの。自分で自分を叩くのは意味ないぜ? むしろ霊を呼び寄せるから」

 僕、それ事務所に入る前にやってた……。
 なんなら、自信がない時に気合いを入れるために結構昔からやってた……。

「自分でやると、負のサイクルが余計に回るだけだけど、他人にやってもらうと感情の波がプラスに振れるんだ。この時、叩く相手は自分より上位の霊能者であればあるほど良い」

 所長の解説も、正直あまり頭に入ってこない。
 どうしてこうも僕ってヤツはやることなすこと裏目裏目なんだ……。

「番場ちゃんにパワーもらったし、霊感の詰まりも治ったみたいだから大丈夫だって!」
「大丈夫、死にはしないわ。まぁ、最悪でも……」
「最悪でも……、なんですか?」

 番場さんが意味ありげに言い淀む。
 もちろん気になって先を促したけれど、番場さんは口の端だけ引き結んだ笑みだけを返して背中を向けてしまった。

「あっ、ちょっと待って下さい!」
「よせよ、番場ちゃんは忙しいんだって。俺らみたいなちっぽけな会社じゃないし。大人しく、身の丈にあったことしようぜ」
「そんなこと分かってるよ!」

 自分だって幽霊にすぐやられてしまうくせに、あまりにも暢気な所長に思わず敬語が外れてしまった。
 やばい。
 先輩に対してタメ語で話すなんて、またどんなに怒られるか……っ!?

「ふーん」
「いや、あの、その……!」

 取り繕おうとしても、上手い言葉が思いつかない。ダラダラと冷や汗が額を伝う。
 でも、所長は怒らなかった。

「分かってるなら、やることは一つだよな?」

 至極普通の顔で、僕が最初に嫌な気配を感じた玄関ホールに鎮座しているヒビの入った姿見を親指でさした。

「たぶん、なにか居るだろ? 俺には見えないけど」
「い、います……」
「最初から熱烈な歓迎だったよな~。番場ちゃんは床の間しか興味なかったし、俺はよく分かんないから無視しちゃったけど」

 所々割れている鏡は、もう鏡としての役割を忘れてしまったかのように僕たちを映していなかった。
 その代わりに、見知らぬ誰かが鏡の中に居た。
 仕立ての良さそうなガウンを羽織ったその人物は、顔の部分に近づくほど黒く靄がかかって顔が見えない。
 ただ、黒い霧のなかで二つの血走った目玉だけが、恨みがましそうに僕を見ている。
 この館に入った当初から感じていた視線は、コレだったのか……。



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